ビジネススクール流知的武装講座 [222]
「新インフルと通貨危機」
伝染の共通点
新型インフルエンザの感染者は5月12日現在、
世界で6000人に迫る勢いで猛威をふるっている。
筆者はその広がりについて、金融危機や通貨危機の
伝染と共通点があるとし、そのメカニズムを説く。
なぜ欧州に新インフルの
感染者が多いのか
4月にメキシコで豚からヒトに感染したことが確認された新型インフルエンザが国境を越えて世界的に感染の国・地域を拡大している。5月10日にはとうとう米国から帰国した日本人4人が新型インフルエンザに感染したことが確認された。下の図は5月12日19時時点での新型インフルエンザの発生状況である。
このように速いスピードで新型インフルエンザが世界的に伝染している背景には、国境を越えたヒトの移動が多いことがある。特に、飛行機に乗ればどこへでも1日のうちに移動できることは、理論上、新型インフルエンザの伝染も1日のうちに世界中におよぶ可能性があることを意味する。
世界中の多くの国の政府は、新型インフルエンザが自分の国に伝染してくることを何とか食い止めようとしている。日本政府も空港等で厳しく検疫することによって、国境の水際でそのことに努めてきた。今回の日本人4人の例は、それを成田空港の水際で止めたということであった。
一方で、これだけ世界的に新型インフルエンザが伝染した原因は、新型インフルエンザの発生国のメキシコや5月12日時点で世界最多の新型インフルエンザ感染者を有する米国サイドで、新型インフルエンザ感染者の出入国を野放しにしている(もともと、出国のパスポート・コントロールさえもない)ことにある。そのためになおさら日本など他の国々が国境の水際で新型インフルエンザの感染者の入国を止めることに躍起にならなければならない。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群:Severe Acute Respiratory Syndrome)のとき、その発生国の中国では、入国時はもちろん出国時にもサーモメーターの機械が空港に設置されて、高熱者の出入国をチェックしていた。筆者が風邪気味のときに中国から出国できるかどうか冷や冷やしていたことが今でも思い出される。それに比較すると、メキシコや米国では、新型インフルエンザ感染者の出国が野放しとなっているといっても過言ではないであろう。
もう一度、新型インフルエンザ感染者の世界地図を見ていただきたい。新型インフルエンザの発生源となったメキシコの感染者数が多いのは当然として、隣国の米国(5月12日時点で世界最多)、さらにその隣の国のカナダも感染者数が多い。これらの3カ国で感染者数が多いのは、北米自由貿易協定(NAFTA)の下で、ヒトの移動も含めて、密接な経済関係にあることを反映しているのかもしれない。
さらに、欧州各国でも感染者が出ている。特に、スペインと英国で感染者数が多くなっている。北米に次いで、スペインと英国で新型インフルエンザ感染者数が多いのは、直接的な関係はないだろうが、米国発の金融危機が英国を中心に欧州の金融機関に波及したこととなぜか重なって見えてくる。世界金融危機で、米国と同様の住宅バブルとその崩壊を経験したのは、英国とスペインであり、そして、米国と同様に、これらの国の金融機関のバランスシートは毀損する状況となっている。
通貨危機における伝染の
3つのメカニズム
一方、アジアでは、北米と経済の結びつきが強く、そして、金融危機の影響を多少とも受けた日本や韓国において、新型インフルエンザの感染者が空港の水際で発見されている。それに対して、中国が、新型インフルエンザの感染者は2人(香港含む)にとどまり、金融危機の影響も軽微だったことは特徴的である。ヒトの移動とおカネの移動はある程度相関があるのであろう。
新型インフルエンザと同様に、金融危機や通貨危機も、グローバリゼーションの中で、発生国から世界中に伝染する。新型インフルエンザの伝染は咳やくしゃみのインフルエンザ・ウイルスの飛沫によることは明らかである一方、金融危機や通貨危機の伝染には諸説がある。以下では、金融危機や通貨危機の伝染に話を移して、これらの伝染のメカニズムについて述べる。
まず、07年夏に米国を震源地とする金融危機の影響を受けて、アイスランド・クローナおよび東欧諸国通貨などのユーロ周辺国通貨が次々と暴落して、通貨危機に陥った。しかし通貨危機の伝染は今に始まったことではない。新興市場国も含めて各国で国際資本移動の自由化によって金融のグローバリゼーションが進展した結果として、1992年の欧州通貨危機や94年のメキシコ通貨危機、97の年アジア通貨危機において危機の伝染が見られた。
例えば、アジア通貨危機では、97年7月2日にタイ・バーツ危機が発生した直後に、通貨危機が他のASEAN諸国通貨に及んだ。7月11日にはフィリピン・ペソが切り下げられ、続いて7月14日にはマレーシア・リンギットが切り下げられた。さらに、7月21日にはインドネシア・ルピアにまで切り下げの圧力が波及した。10月には通貨攻撃の対象がアジアNIES諸国に移り、通貨切り下げの圧力が台湾ドル、香港ドル、シンガポール・ドルにまで波及した。香港ドルに対する投機攻撃が行われた直後の11月20日に韓国ウォンが急落した。12月に入っても、韓国ウォンの減価は止まらなかった。翌98年1月に入ると、インドネシア政府がIMFの救済融資の条件を遵守する意思がないものと見なされ、インドネシア・ルピアがさらに急落した。
このような通貨危機伝染のメカニズムとして、貿易上における競争関係を通じたつながりやマクロ経済政策・マクロ経済環境の類似性、金融危機の国際的連鎖が挙げられる。新型インフルエンザにおけるウイルスが世界中に拡散するように、投機家による投機攻撃がそれに負けそうな通貨をめがけて、広がっていく。
まず、貿易上における競争関係を通じたつながりによる通貨危機の伝染は次のように説明される。通貨危機が発生した国の通貨の価値が低下すると、その国の輸出産業の国際競争力が高まることになる。同時に、通貨危機が発生した国と貿易面において競争関係にある他の国では、相対的にその国の通貨の価値が上昇し、過大に評価されることになる。このことは、その国の輸出産業の国際競争力が相対的に低下することを意味する。このことによって、これまで維持されてきた固定為替相場では、その国の貿易収支赤字が増加し、中央銀行の外貨準備高が減少するので、その国の通貨も投機家による攻撃を受けることになる。
次に、各国間のマクロ経済政策やマクロ経済環境における類似性が原因となって、通貨危機が伝染するメカニズムは次のようなものである。例えば、いくつかの国の通貨当局が共通して、米ドルに対して自国通貨を固定するという共通の為替相場制度(ドル・ペッグ制)を採用していると想定する。米国の利子率が上昇するような外生的ショックが発生すると、固定為替相場を維持するためにはドル・ペッグ制を採用している国々も利子率を同様に上昇させなければならない。
しかしながら、それらの国々が共通して不況にあって、利子率を上昇させることがそれらの国々の経済にとって好ましくないマクロ経済環境にあった場合には、利子率を上昇させることが困難となる。このような共通のマクロ経済環境が投機家によって認識されると、投機家は、これらの国々の通貨当局は固定為替相場を維持することができないと予想して、これらの国々の通貨に対して投機攻撃を仕掛けることになる。このようにして、共通のマクロ経済環境にある国々において通貨危機が同時に発生することになる。
最後に、国際的に活動している先進諸国の金融機関が連鎖的に資金を引き揚げるという、一種の国際的な銀行取り付けが、国際金融システムの中で発生することによって、通貨危機が伝染するというメカニズムがある。多分に今回の世界金融危機の影響を受けて、ユーロ周辺国通貨(韓国ウォンの暴落も含めて)が危機的となった原因はここにあろう。
今回の金融危機で
ユーロ周辺国通貨が
暴落した原因
新興市場国の国内金融機関は、資産と負債の満期構造を変換することによって、長期に資金を固定する運用を嫌う外国投資家に対して流動性資産を提供することができる。これによって、国内金融機関は外国から資金をより容易に調達することが可能となる。このように国内金融機関が債務の短期化を図り、流動性を提供することによって、資金流入を増大させることができる。
しかし、何らかの外生的な原因によって国際金融機関が一斉に資金を引き揚げるときには、自らの資産を流動化することができない国内金融機関は流動性不足に陥り、流動性危機が発生し、さらには金融危機にまで発展する可能性がある。同時に、国内金融機関から資金が外国に引き揚げられると、これらの国々の通貨に減価圧力が発生する。
ある新興市場国の通貨危機・金融危機の結果として国際金融機関自体のバランスシートも悪化するので、国際金融機関は、そのバランスシートの改善を図るために、他の新興市場国への融資などの資産運用を流動化したり、それらの資産運用を他のより安全な資産運用に切り替えることによって対応することになる。そうなると、他の国にも同様の金融危機と通貨危機が発生し、これらが伝染することになる。
このように、通貨危機の伝染には諸説あるが、いずれにせよ、経済取引(経常取引および資本取引)のボーダーレス化によって、通貨危機が伝染しやすくなっていることは確かである。それを国境の水際で止めるには、外国為替管理や資本管理によって、外国からの資本の流入を完全に止めるしかない。しかし、これらの管理は、国際的なおカネの移動を抑制することとなり、世界経済および各国経済の成長を減速させるものとなる。
新型インフルエンザの世界中への伝染に対する国境の水際での検疫を徹底的に強化していけば、国境を越えたヒトの移動が抑制される。それに加えて、外国為替管理や資本管理が強化されて、国際的なおカネの移動が抑制されるならば、これらの抑制が相俟って世界経済の成長に対する構造的減速要因となりかねない。











