ビジネススクール流知的武装講座 [221]

「コーポレートブランド」から「商品ブランド」へ

 
 

厳しい不況下、内需志向、高付加価値のモノづくりへという
ビジネスモデルの転換が予想されている。
この変化にともない、日本企業のマーケティングにおける
転換も大きく促進されると筆者は説く。

 
 
流通科学大学学長
石井淳蔵=文
text by Junzo Ishii
1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て、2008年4月より、流通科学大学学長。専攻はマーケティング、流通システム論。著書に『ブランド』『マーケティングの神話』『営業が変わる』などがある。

平良 徹=図版作成
 
 

 

メーカーの指導の下
系列化された
各業界の商業組織


 空前絶後と呼ばれた現在の不況も、各国、歩調を合わせ集中した経済再生政策が打たれ、今では市場はいずれ元の需要基調に回復することが期待されている。もっとも、そうして回復した市場は、これまでとは違った姿での競争になるだろうともいわれる。各業界、各社ともに、厳しい経済状況のなかで、新しい時代のための新しいビジネスモデルを目指しているからだ。雑誌記事などを見ていると、海外市場志向から内需志向へ、モノづくりもより高付加価値のモノづくりへという転換が予想されている。私は、わが国企業のマーケティングにおける転換も大きく促進されるのではないかと思う。
 日本企業はコーポレート・ブランドを大事にし、欧米企業は商品ブランドを大事にするといわれてきた。日本の消費者は、商品名に会社名が付くことが大事だと考えているのだろう。その証拠に、P&Gは、日本では商品宣伝の最後には必ず社名を出している。同社は、世界では商品名に加えてP&Gという会社名を出すことはないにもかかわらず、である。もちろん、最初から日本の消費者が商品名に会社名を付けることを好んでいたというよりも、いわば企業と消費者との共同作業によって生まれてきたわが国の習慣・伝統なのだろう。では、どうしてそういう習慣が生まれたのだろう?
 わが国では、アメリカなどと違い、昔から商業組織が発達していた。戦後、大手消費財メーカーが、大量消費に対応して大量商品の供給を図ったとき、まずは既存の商業組織を利用することを考えたのは自然の流れだ。パナソニック、資生堂、トヨタ自動車、キリンビール、ヤマハ、コクヨ、花王といったわが国の有力消費財メーカーはことごとく、各業界の既存商業組織を、自分たちの主導権が発揮できるような形に再編成していった。電球や蛍光灯を売っていた小さな電器店が、冷蔵庫や洗濯機やテレビを陳列する大きいお店に変貌していった。パナショップ、資生堂化粧品店、トヨタディーラー、ヤマハの楽器店といった私たちに馴染みのある店は、メーカーの指導の下に系列化され誕生したものである。そして、商業組織の活用が巧みであったメーカーが各業界のトップ企業となり業界の覇権を握ることになった。

商品名を変えないソニー、
変えるパナソニックの違い


 メーカーのマーケティングの核心に、チャネルが位置することになったわけである。そこから、一つの類型的なマーケティング施策が派生する。
 第一に、みずから整序したチャネルをそれとして維持するために、そのメーカーはまず広い製品ラインが必要になる。パナソニックは、AV機器も白物家電も情報機器も扱おうとする。メーカーにとっては、系列販売店が販売できる能力以上に、供給能力があるかどうかが、チャネルを整序できるかどうかのカギになる。トヨタの供給能力は大きく、五つの系列チャネルごとに異なった商品を売り分けることができるくらいになった。系列販売店をはるかに上回る供給能力をもったわけだ。しかし、こうした大きい供給能力をもつのは、大手メーカーであってもたいへん難しい。事実、トヨタのようなビッグ企業でも、同一車を双子車や三つ子車にして、チャネルに向けた供給能力不足をカバーしなければならなかった。
 メーカーが複数のチャネルをもつと、それに応じて、自然と商品数そして商品ブランド数は増える。典型は、トヨタであり資生堂だ。両社がチャネル数を増やした理由や経緯は違ってはいるが、両社ともに、複数チャネルを維持するために、ブランド数は膨大な数に上っている。営業担当やマーケティング担当は、たくさんある自社ブランドの違いをきちんと区別して説明できるのか、危ぶまれるくらいに増えている。

 第二に、早いサイクルの新製品開発が要請される。系列販売店を維持するための第二の施策は、競合メーカーに遅れることなく、新製品を発売することである。競合メーカーが新しく開発した商品に対抗しうる新製品が、当該メーカーチャネル店になければ、その店は顧客を失ってしまう。そうなるといけないので、その店も、必要と思えば、系列メーカーの競合メーカーから仕入れることを選ぶ。そうすると、(系列メーカーの商品しか売らないという)メーカー専属体制に緩みが出る。そうならないために、系列販売店を確保したメーカーは、先行する必要はなくても競合メーカーに遅れることなく新製品を導入する必要がある。

 第三に、商品ごとのブランドづくりより、コーポレート・ブランドの構築維持に注力する。メーカーのマーケティングの焦点は、流通チャネルの協力を得ながら消費者にアクセスするやり方、つまり「プッシュ型マーケティング」である。消費者も、商品購入の手がかりは、まずもってチャネルにある。パナショップで買うか、東芝ストアで買うかが、購入上の問題である。その場合、パナソニックや東芝が、わざわざ商品名をアピールする必要はない。たとえば、「パナソニックの遠心力洗濯機」「東芝のテレビ」で十分なのだ。パナソニックや東芝ばかりではない。資生堂、トヨタ、ヤマハ、コクヨで十分といえば十分なのだ。メーカーと消費者の関係を媒介するのは、「商品ブランド」ではなく、企業が商業組織を利用しながら構築したチャネル、ないしはその代名詞たる「会社名=コーポレート・ブランド」なのである。

 チャネルという安定した顧客関係メディアを完成させたメーカーにとってみると、商品の名前が少々変わっても、大きい問題があるわけではない。たとえば、パナソニックとソニーの商品名の推移を調べてみると面白いことがわかる。ソニーは、トリニトロンやウォークマンといった名称がそうであるように、5年10年と、商品名を長期にわたって変えない。他方、パナソニックは、たとえば、テレビ受像機を見ても、画王→横綱→タウ→ビエラと、テレビの技術が大型からワイド、フラット、薄型と変わるごとに、その名称を変えてきた。常識的に考えれば、商品名を世の中に周知させるだけでも多額の宣伝費が必要になるので、できれば、商品名を変えずにやりたいところ。しかし、パナソニックは、そうしたコストはものともせず、「技術が変わった」というメッセージを強烈に訴求するがために、名称まで変えても問題ないと考えた。毎年毎年、マーケティングのテーマを変えてリセットしても、消費者との安定した関係はチャネルと会社名を通じて担保されていたからできたことである。他方、拠るべきチャネルを持たないソニーにとっては、消費者との接点はブランドでしかない。そこで、長期にわたって商品ブランド名を変えずにきたというふうに見ることができそうだ。もちろん、それが唯一の理由だというわけではないが。

 こうしたやりかたは、コーポレート・ブランド型マーケティングとして総称できる。構造を図に示すと、図1のようになる。
 新しいビジネスモデルは、従来のビジネスモデルと対照させるとすれば、プル型マーケティングとして定式化できる。それは、真逆のモデルを想定すればよい。まとめると図2のようになる。

ブランドをメガブランド化し
経営の柱とする


 従来は、メーカーがほかとの優位性を発揮するうえで、チャネルが核心的地位にあった。みずから組織したチャネルは、いったん確立してしまえば、ほかのメーカーの追随を許すことはなかった。しかし、現在では、流通業において寡占化が進む。そうなると、これまでのようにメーカー主導のチャネル制御は難しい。チャネルを通じての競争優位の確立が困難になれば、それ以外のところに求めなければならない。その候補は、商品ブランドしかない。
 チャネルが消費者とのメーカー固有の関係をつくるための媒体として重要さを失うにつれ、「ブランドを通じての対消費者関係」の構築維持が課題となる。しかも、それも、これまでのように、コーポレート・ブランド中心というわけにはいかない。というのは、「チャネルがあってこそのコーポレート・ブランド」なので、自前のチャネルをもち、自在に取扱商品をコントロールできて初めて、コーポレート・ブランドがそれとして十全な機能を発揮できたからだ。昔のように自身がチャネルリーダーではない状況では、いくら企業が会社名(=コーポレート・ブランド)を軸として自社の多くの商品にブランドを拡張しようと思っても、それは難しい。

 焦点は、商品ブランドになる。しかも、独立したブランドを多数保有して、それを個々にマネジメントするのは難しいとすれば、少数のブランドに集中する必要がある。たとえば、P&Gでは、パンパースやジレットなどの20を超える一ビリオンダラー(1000億円)ブランドが企業を支えているといわれている。ブランドをメガブランド化し、それらを経営の柱とするやり方である。
 こうした狙いは、P&Gだけでなく、コカ・コーラやネスレなどの外資系企業ではおなじみのやり方である。日本企業でも、ソニーやホンダ、あるいは最近ではシャープや日清食品はそうした志向をもっているように見える。他方、これまで各業界をリードしてきたトップ企業は、そのやり方への切り替えを急いでいる。経済回復後の新しい市場において、競争の様態は違ったものになりそうだ。

 
 
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