職場の心理学 [218]
「仕事の速い人」はなぜすぐ腹を立てるのか
あなたの周りに優秀で仕事をテキパキとスピーディに
片づける人はいないだろうか。
仕事が速いことと腹を立てやすいことの間には
はたして相関関係があるのだろうか。
実は、仕事が速いことの裏側には
私たちが陥りやすい深刻な問題が潜んでいるのである。
仕事を早く片づけようとして
陥る落とし穴
企業で「切れ者」とか「仕事師」と評判の高い人が、「瞬間湯沸かし器」とか「おこりびと」などの別名でひそかに呼ばれていて、そのような上司の前で、顔がひきつり、体を硬直させた部下が直立不動で立っている場面を目撃したビジネスパーソンは多いのではないだろうか。「切れ者」タイプの人は仕事が速く、どんどん仕事を片づけていくので、経営者の覚えもめでたく(ときには経営者も同じタイプであったりする)、パワハラに近い言動があっても、周囲も遠慮して何も言えない。そのような仕事の速い人には、なぜすぐに腹を立てる人が多いのだろうか。
アリゾナ州立大学でとても興味深い心理実験が行われた(※注1)。きちんとした生活習慣を好む傾向や、あいまいで、結果がどうなるのかわからない状態を嫌う傾向を、人がどれくらいもっているかを測定するPNSという心理テストがある(※注2)。PNSのスコアが高い人ほど、その傾向が大きい。心理学を勉強しようとする学生にこのテストを受けてもらったうえで、学期末までにある課題をやり遂げたら単位を取得でき、やり遂げなかった学生は次の学期に再挑戦しなければならないという条件が与えられた。その結果、PNSスコアが高い学生は、低い学生に比べ、やり遂げた学生の割合が高く、早い時期に課題をやり遂げる傾向がみられた。つまり、規則正しい生活を好み、何が起きるかわからないような環境を嫌う学生のほうが、まじめに、スピーディに与えられた課題に取り組んだ、ということになる。私たちが日常で使う「まじめな人」という言葉は、「規則正しい生活習慣をもち、安定した状態を好む人」と言い換え可能ではないだろうか。だとすると、まじめなビジネスパーソンのほうが、そうでないビジネスパーソンよりも、与えられた仕事をやり遂げる確率が高いという結論は当然すぎるくらいである。
問題は「スピーディ」である。なぜPNSが高いと、早く課題をやり遂げようとするのだろうか。アリゾナ州立大学の研究者は、「結果がどうなるのかわからない状態を嫌う」学生は、急いで決着をつけたがるから、早く課題をやり遂げたがるのではないかと考えている。この考察をビジネスパーソンに適応すれば、まじめなビジネスパーソンほど、見通しがきかない状態を不愉快に思い、できるだけ早く仕事をやり遂げようとするといえる。
仕事が速いビジネスパーソンは、仕事の見通しが立たない間は不愉快に感じ、いらいらして腹が立ちやすい心理状態になっている。だから仕事が速い人はすぐに腹を立ててしまうということになる。仕事が速いことの副作用がこの程度であれば処方箋は簡単で、情動コントロールの基本的なスキルを学べば、落ち着いて周囲の人と接することができる人に変身できる。しかし、仕事が速いことの裏側にはさらに深刻な問題が潜んでいる。
今日、世界には情報が満ち溢れている。しかし、私たちは複雑な世界をなんとか理解しようとして頭を働かせる。アメリカは最近あれほど推奨してきた時価会計主義を変えようとしている。その事象と、たとえばノルディックスキーで競技ルールが変えられたため、日本のノルディックスキーは長年メダルから遠ざかってしまったことを結びつけ、欧米は自分の都合が悪くなるとルールを変える、と考えると、西洋社会について何か理解したような気になる。私たちは複雑な現象を理解するとき、ステレオタイプ(型にはまった画一的なイメージ)化しようとする。人間の認識力や情報処理能力には限界があり、周囲の人々や出来事をできるだけ単純化して理解しようとする。複雑な現象を構造主義的に思考して、その現象の裏側にある根本的な原理を発見するならば、私たちは世界を再発見できるだろう(※注3)。
しかし、構造主義的な思考は、煩わしく、時間もかかるために、ステレオタイプで人間や出来事を理解して、大量の情報を短時間で処理しようとする。たとえば、ある営業所の売り上げが落ちてきたとき、「営業所長のAさんでは無理だよ」とか「あの地域は売れないよ」などと、問題を単純化して、営業所長の首をすげ替えたり、商品構成を変えたりする。
組織内には「くまのぷーさん」的
人材が不可欠である
現代のビジネス社会では、拙速が尊ばれるために、安易なステレオタイプ化がどんどん広がっていく。大量情報の負荷を軽くするために、ものごとや人間をある程度ステレオタイプ的に理解することはそれなりの効果もあるのだが、その副作用に気がつかないと、組織はとんでもない方向につきすすむことになる。山本七平は第二次世界大戦中の日本陸軍の病理的な思考をあざやかに解明した人だが、彼はその著書で「日本軍の行き方は常に『速戦即決、前面の敵を片づける』のである。──片づける、明らかにわれわれは常に何かを片づけようとし、片づかないと『自分の気持が片づかない』。従ってこの片づけの前提は、先験的な枠にはめられた『絶対的な見方』の基礎をなす心的秩序なのである」と述べている(※注4)。
あなたの会社は目の前の赤字に対して、「速戦即決」的に安易な経費節減策だけで、赤字を「片づけ」ようとしてはいないだろうか?
ステレオタイプ的にものごとや人間をみることで、ものごとや人間を「片づける」心理になりやすく、「絶対的な見方」に縛られるリスクを高めてしまう。手早く「片づけて」しまうために、仕事は確かに速くなるのだが、「絶対的な見方」はうつ病や人格障害の温床でもあり、抑うつ、軽蔑、嫌悪、苛立ちなどの情動を引き起こしやすくなる。先に紹介したPNSのスコアが高い人は、ステレオタイプな理解をしやすいという傾向がみられ、かつ、神経過敏な傾向もある。つまり仕事の速い人(もちろん仕事の速い人全員ではないが)は、ステレオタイプな思考をしやすく、ちょっとしたことでいらいらしやすくなる、ということになる(※注5)。
仕事の遅い人は、初めての仕事で戸惑っている人をのぞけば、多様な視点からものごとや人間をみつつ、柔軟に、安定した情動をもって仕事をしている貴重な人材なのである。ディズニーのアニメーションでたとえれば、「くまのプーさん」のような人である。「くまのプーさん」はゆったりと生きているが、ときおり仲間が考えつかないような意見を言って、仲間に新しい気づきを与える。成果主義的人事施策をとると、仕事の速い人を高く評価しがちになる。そのために、せかせかと動きまわる人が多くなり、固定的なものの見方が蔓延し、組織は、あたかも帝国陸軍のように崩壊していく。そのリスクを小さくするために、仕事は遅いが、多様な視点にたち、柔軟に考える人材が必要なのである。
「くまのプーさん」的な人は、PNSのスコアが低い傾向がある。同時に「勤勉性(Conscientiousness)」も低くなる傾向があって、なまけもの的にみられがちでもある。しかし企業が健全に賢明に発展していくためには、不可欠の人材ではないだろうか。
ステレオタイプ的に考えがちな人のための処方箋として、「哲学」を学ぶことをおすすめしたい。哲学が「帝王の学問」と考えられるのは、テキパキと決断をしなければならない帝王が、固定的なものの見方に陥ることを予防するために哲学が有用だったからだと思う。哲学の勉強は時間がかかる。ビジネスの第一線で働く人たちにとって、そんな悠長な時間はないと思われるかもしれない。しかし、急がば回れ、である。悠長な時間がないからこそ、悠長に考えなければならない。右表はPNSをビジネスパーソンむけに筆者が作りなおしたものである。あなたがどのくらい、「仕事は速いが、腹も立てやすい」のかを振り返るためのツールとしてお使いいただきたい。
PNSに無関係に仕事が速い人たちがいる。ある仕事に習熟している人たちで、たとえて言えば将棋や碁の名人である。何千何万の指し手から一瞬にして、妙手を考えつくことができる。熟達者は仕事体験と訓練を積み、「記憶」「目のつけ所」「課題に対するアプローチの仕方」などが初心者に比べて断トツに優れている(※注6)。企業の昇進階段を上っていく人は、熟達という観点からすれば、当然仕事は速いし、そのこと自体は企業にとっても、本人にとってもプラスであろう。しかし、熟達すると、セルフエフィカシー(自分がある状況で、あることができる能力があるという意識)が高まる。セルフエフィカシーが高くなると、その結果受け取る種々の報酬(ポジション、給与、処遇、敬意など、社会的、物質的、心理的な報酬のこと)への期待が高くなる。セルフエフィカシーの高い人が、期待した処遇や敬意を受け取れないと、不平をもったり、憤激しやすくなる。有能な女性が、同じ能力をもっている男性に比べて、昇進ができないとか、給与が安いときの心理状態を思い浮かべていただきたい。
仕事の速い人は、おまけに社会的地位が高いため、自分は自分の意見や感情を表現できる権利があると思いこむことがある。部下が、自分の意見に反対したり、自分が期待している尊敬の気持ちを表現しないと、かっとなってしまう。このような上司は傲慢であるとか、パワーハラスメント的な人と、部下から思われるリスクがある。傲慢はセルフエフィカシーのないことの裏返しの虚勢であるが、セルフエフィカシーと報酬期待のマトリックスから生まれる怒りと誇りと軽蔑のまじりあった情動は、能力と成果の裏付けがあるだけに要注意である。セルフエフィカシーが高くすぐに腹を立てる人には、セルフエフィカシーと、受け取る報酬への期待を切り離すことが有効な処方箋だと思う。
セルフエフィカシーは自分の努力で高めることができるが、受け取る報酬は、相手次第である。成果をあげたときには、それにふさわしい処遇を受けたい気持ちが起きても当然だが、受けることができることもあれば、できないこともある。自分ではどうすることもできないことに心を煩わせるのは愚かなことではないだろうか。
【40点未満の人(ビジネスPNSが低い人)】
●強み
考え方が柔軟で複雑な状況を正確に観察することができます。先入観がなく出会った人をあるがままに理解することができるために、異文化適応力が高く、いろいろな文化的な背景をもった人たちを束ねるリーダーとして力を発揮できるでしょう。新しいものに対する好奇心もあり、学習能力が高いと期待できます。
●弱み
考えすぎて決断がおそかったり判断があいまいなリスクを抱えています。そのため仕事も遅く、ときには怠け者ではないかと誤解され、思考力が鈍っていると思われたりします。部下の能力評価をできないときがあり、そのために能力不足の部下に重要な仕事を任せてしまい、大きな失敗をしてしまうリスクがあります。
●弱み克服のポイント
意識的に優先順位をつける習慣を身に付けてください。選択肢を考えるとき、選択肢の数を制限することも、弱みの克服につながるでしょう。1日のうちの何時間かは、自分の業務に集中して、仕事の期限を厳しく守るように心掛けてください。デスクは棚が乱雑なときは、「みえる化」をして仕事の効率をあげてください。
【40点以上の人(ビジネスPNSが高い人)】
●強み
決断力があり、スケジュール通りまたはそれ以上のスピードで仕事をすすめていきます。複雑な事象を整理して課題をどんどん解決していくことができます。納期をきちんと守り、ミスが少なく、顧客からの評価も高いでしょう。勤勉に努力をし、責任感があり、まじめで、会社にとって必要な人材と高く評価されています。
●弱み
頭が固いと周囲から思われることがあります。仕事は速いですが、効率的であると一度判断すると、やり方を変えようとしない傾向があります。仕事に失敗した部下には、次のチャンスを与えないなど、一度押した烙印を消さないところがあります。自分の考えと違ったやり方を部下がするといらいらする傾向があります。
●弱み克服のポイント
仕事を急いで片づけようと思ったとき、北京オリンピックで北島康介選手がコーチから言われた言葉「ゆっくり泳ぐ勇気をもて」を思い出してください。ものごとや人間を型にはまった見方だけで片づけようとしていることに気づいたとき、自分の思考にストップをかけ、いくつかの視点から見直しをしてください。
注1:Journal of Personality and Social Psychology 1993. Vol.65 No 1. 113-131 p125
注2:Personal Need for Structure Scale
注3:構造主義に興味をもたれた方には、橋爪大三郎著『はじめての構造主義』講談社現代新書を読むことをおすすめしたい。
注4:山本七平著『一下級将校の見た帝国陸軍』文春文庫 p130
注 5:Steven L. Neuberg and Jason T. Newsom “Personal Need for Structure: Individual Differences in the Desire for Simple Structure”
注6:今井むつみ・野島久雄共著『人が学ぶということ』北極出版 p157
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