ビジネススクール流知的武装講座 [220]
「原油ウォーズ」
日本が中国を出し抜く秘策
日本政府は「新・国家エネルギー戦略」で2030年までに
自主原油比率を40%まで引き上げる目標を掲げた。
この目標を達成するには、日本は中東諸国に対して
技術協力を展開することが不可欠であると筆者は説く。
出光興産、三井化学、
合弁会社設立のもう一つのルーツ
本誌1月12日号のこのコーナーに掲載された拙稿「資源開発競争に勝つカギ『コンビナート高度統合』」のなかで、最近石油業界で生じた(1)新日本石油と新日鉱ホールディングスによる「経営統合に関する基本覚書」の締結、(2)ベトナムでの出光興産・三井化学・クウェート国際石油・ペトロベトナムによる合弁会社「ニソン・リファイナリー・ペトロケミカル・リミテッド社」の設立、という二つの注目すべき出来事は、いずれも、コンビナートでの石油精製企業や石油化学企業の高度統合(いわゆる「コンビナート・ルネサンス」)をルーツとしていた事実を明らかにした。
このうちの(2)には、じつは、もう一つのルーツがある。それは、(財)国際石油交流センター(JCCP)が展開してきた中東における産業基盤整備事業(技術協力事業)である。
(2)のプロジェクトは、ベトナム北部に出光興産と三井化学の技術によって製油所・石油化学工場を建設し、そこでクウェート産原油を処理して得た製品を、ベトナム国内および中国南部で販売しようという、グローバルな内容をもっている。近年の石油市場では、原油価格の乱高下とともに、重軽格差(重質原油の軽質原油に対する相対的低価格)の拡大も問題となった。重軽格差の拡大にともない、国際的には相対的に重質である中東産原油のなかでもとくに重質であるクウェート産原油は、国際競争上、不利な立場に立たされることになった。石油市場では、世界的に、消費面で軽質製品のウエートが高まり続けている(いわゆる「白油化」の進行)から、クウェートにとって、この問題は深刻さを増していた。一方、出光興産をはじめとする日本の石油精製企業は、重質原油を軽質化する技術を有している。
これらの点をふまえて、クウェートでは、JCCPの技術協力事業として、出光興産が中心となって、重質原油の直接改質プロジェクトが遂行された。今回の(2)のプロジェクトは、このクウェートでのJCCPの技術協力事業を、もう一つのルーツとしているのである。
中東でのJCCPの技術協力事業が、その後、発展をみせた事例はほかにもある。サウジアラビアで取り組んだHSFCC(High-Severity Fluid Catalytic Cracking、高過酷度流動接触分解技術)は、その成果をふまえて新日本石油が水島で実用化へ向けた準備を進めており、技術協力のパートナーであるサウジアラムコ(サウジアラビアの国営石油会社)からも強い期待が寄せられている。また、アラブ首長国連邦で推進した製油所のゼロガスフレアリングは、コスモ石油へのIPIC(International Petroleum Investment Company、アブダビ政府が全額出資する国際石油投資会社)の20%出資を実現させる一つの促進要因となった。日本の石油業界では、中東発のビジネスモデルが目立ちつつあるということができる。
湾岸諸国の水問題に対する
強い危機感とは
筆者は、今年の2月、JCCPとクウェート科学研究所(KISR)が共催し、クウェート国営石油会社(KPC)が協賛してクウェートシティで開催された環境問題の国際シンポジウムに参加し、基調報告を行う機会があった。JCCPがKISRと共催してクウェートで環境シンポジウムを開くのは四回目であり、ほかの湾岸諸国や日本での開催分を含めると、通算17回目の国際環境シンポジウムだという。
シンポジウムでは、日本および湾岸諸国(クウェート・サウジアラビア・バーレーン・カタール・アラブ首長国連邦・オマーン)から集まった19人の専門家が有意義な報告を行い、文字通り活発な討論が展開された。参加者も200人を超え、地元の新聞やテレビも大々的に報道して、シンポジウムは成功裏に終了した。KISRの関係者によれば、このシンポジウムは、今年、同研究所が予定している種々の会合のうちで、最大規模のものだそうである。
このシンポジウムに参加して強く印象に残ったのは、日本と湾岸諸国のあいだには、濃密な人的ネットワークが着実に構築されつつあることである。日本サイドと湾岸諸国サイドとの共催による環境問題に関する国際シンポジウム(湾岸諸国環境シンポジウム)は、(財)石油産業活性化センター(PEC)によって、17年前の1992年に開始された。この活動は2001年にJCCP(81年設立)に継承されたが、JCCPは、それとは別に、産油国を中心にして、年間1000人弱規模の石油産業関係者(エンジニア等)を受け入れ、日本で研修活動を行っている。
最近では、中東諸国からの受け入れ人数も増え、その延べ人数は4320人に達する。また、JCCPは、中東地域へ、延べ1249人にのぼる石油産業の専門家を派遣している。別表は、JCCPによる研修生受け入れ・専門家派遣の実績を、地域別にまとめたものである。この表から、01年以降、中東地域のウエートが拡大していることがわかる。
このほか、JCCPは、産油国との技術協力事業や、産油国キーパーソンの日本への招聘なども実施してきた。これらの活動を通じて日本について知識や親近感をもつにいたった人々が、中東諸国では、徐々に官産学の要職につき始めている。今回のシンポジウムでも、湾岸諸国の多くの参加者が、JCCPを知っているだけでなく、滞日経験ももっていることに驚かされた。
今回の湾岸諸国環境シンポジウムでもう一つ感じた点は、湾岸諸国のあいだで、水問題を中心にして、環境問題に対する危機感が急速に高まっていることである。とくに、主要な水源の一つである地下水が、人口増加や経済成長の影響(例えば、農業用水使用量の急増)を受け、枯渇や汚染の危機にさらされている問題は、日本では想像できないほど深刻である。今回のシンポジウムの会場において、水使用の合理化と廃水の再利用、地球温暖化による海面上昇が地下水に及ぼす影響、油田随伴水の処理と有効利用などをテーマにした日本の専門家の報告が大きな反響を呼んだのは、水問題に対して湾岸諸国が強い危機感をもっているからである。
前回クウェートを訪れたのは、ちょうど2年前の07年2月のことである。そのときには、クウェートを含む湾岸諸国が日本の石油精製・石油化学の技術力に期待していること、さらには雇用を創出するような日本メーカーの直接投資を切望していること、などが感得された。今回は、それらに加えて、湾岸諸国が、水問題をはじめとする環境問題に強い危機感をいだいており、その解決のために日本の技術力に期待していることが明らかになったのである。
06年現在で、石油は、日本の一次エネルギーの44%を占める。わが国は、原油をほぼ100%輸入しているが、その90%は中東産のものである(05年度実績)。中東諸国との良好な関係なしに日本のエネルギーセキュリティがありえないことは、誰の目にも明らかである。
06年に策定された日本政府の「新・国家エネルギー戦略」は、30年までに自主原油比率を40%にまで引き上げるという目標を掲げた。この目標を達成するためには、旧ソ連圏、アジア・太平洋、アフリカでの活動が有意義であることに、異論はない。しかし、その目標の成否を決定づける最も重要な地域が中東であることは、動かしがたい事実である。

中国にはなくて
日本にはあるもの「技術力」
このような状況をふまえれば、中東産油国が日本に期待するものを正確に把握し、それに適切な形で対応することは、わが国のエネルギーセキュリティ上、必要不可欠な施策だといえる。長いあいだ、中東産油国にとって日本は、魅力的な市場であった。この点は、今でも変わりはないが、中国などの強力なライバル(原油輸入面での競争相手)が登場した昨今、それだけでわが国が、中東諸国の心をつなぎとめることはできない。中東産油国が日本に期待するもの、そして中国にはなくて日本にはあるもの、それは、端的に言えば技術力である。
JCCPなどの長年にわたる努力によって、日本と中東諸国とのあいだには人的なネットワークが構築されつつある。中東諸国が、日本のエネルギーセキュリティにとって死活を制する重要性をもつという冷厳な事実は、これからも長期にわたって変わることがないであろう。
そうであるとすれば、日本はクウェート等の中東諸国の期待に応え、互いにウイン・ウインの関係をつくることによって、石油や天然ガスを安定的に確保する必要がある。そのためには、わが国は中東諸国に対して、石油精製・石油化学分野での技術協力、雇用創出につながる直接投資、水問題等の環境問題を解決するための技術協力などを多面的に展開していく必要がある。








