ビジネススクール流 知的武装講座

「サムライとパンダ」が
借金大国米国を救う

 
 

米国の財政赤字は2009年度に1兆7500億ドル(約170兆円)に
拡大することが明らかになった。日中の金融協力によって、
米国の膨大な財政赤字を賄うことができると筆者は説く。

 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
小川英治=文
text by Eiji Ogawa
1957年、北海道生まれ。一橋大学商学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得、商学博士。88年より同大学商学部勤務。ハーバード大学(86~88年)、カリフォルニア大学バークレー校(92~93年)でvisiting scholar。著書・訳書に『国際通貨システムの安定性』『金融経済入門』『金融リスク管理戦略』などがある。

平良 徹=図版作成
 
 

 

オバマ大統領は
財政赤字を半減できるか


 今回は、アメリカの財政赤字に対して、サムライとパンダが手を組もうという話である。サムライとパンダが手を組もうというのは、パロディー映画のなかでは(例えば、『ラストサムライ』の侍たちと『カンフー・パンダ』のポーが手を組んで黒船と戦うことは)ありそうだが、実際にアメリカの財政赤字に対してサムライとパンダがどうやって手を組むのであろうか。

 去る2月24日に麻生首相がアメリカ・ワシントンDCに出かけていって、ホワイトハウスでオバマ大統領と初の首脳会談を行った。その首脳会談では、世界金融危機および世界同時不況への対応策が議論された。そのなかで麻生首相とオバマ大統領が合意したことのなかで一つ気になることがある。それは、「基軸通貨たるドルの信認を維持することが重要である」ということで両首脳の意見が一致したことである。というのも、同日(2月24日)のオバマ大統領による議会演説のなかで、オバマ大統領の任期中、2013年までに財政赤字を半減させる目標を掲げたこと、そして、その翌々日の2月26日にオバマ大統領が予算の基本方針のなかで米国の財政赤字拡大を発表したタイミングに呼応しているからである。

 その予算の基本方針によれば、09年度に財政赤字が1兆7500億ドル(約170兆円)に拡大することが明らかにされた。これは、08年度の財政赤字額4590億ドルの4倍弱に相当する。また、財政赤字額1兆7500億ドルは、アメリカの対GDP比で12.3%に達する。「双子の赤字」が問題視され、プラザ合意の下でドルが半分近くの価値に暴落した1980年代後半におけるアメリカの財政赤字が対GDP比で4%程度であったことと比較すると、09年度の財政赤字が対GDP比で12.3%というのは、当時の3倍にも達する。ちなみに、08年度の財政赤字額4590億ドルは、対GDP比で3.2%ほどである。

 90年代後半から拡大し続けてきたアメリカの経常収支赤字の基本的な背景が、アメリカ民間部門の貯蓄不足にあったことを考慮に入れると、対GDP比で12.3%の財政赤字を国内貯蓄で賄うことは難しそうである。確かにアメリカ発の金融危機の影響を直接に受けているアメリカ経済では、これまでの過剰消費が縮小し、貯蓄率が上昇する可能性がある。
 また、このような動向を根拠にアメリカの経常収支赤字が縮小すると予測しているエコノミストも多い。しかし、08年度の財政赤字が対GDP比3.2%であったものが、09年度にはそれが12.3%に上昇するという、この財政赤字9.1ポイントの増加に対して、同じ大きさの消費の減少・貯蓄の増加および投資の減少が起こりうるというのは疑わしい。もしこの財政赤字増大と同じ大きさだけ消費と投資が減少しないのであれば、アメリカの経常収支赤字はさらに増加することになる。そして、それほど大きく増加することが期待できない国内の貯蓄では4倍弱に増大する財政赤字を到底賄えないことが予想される。

アジアの貯蓄をドル安から守る
二つの方法


 それでは、このような膨大なアメリカの財政赤字はどのようにすれば賄えるのであろうか。これまでのグローバル・インバランスのなかでは、おおよそ以下のように国際的に資金が流れていた。一つは、アジア(とりわけ、日本と中国)の豊富な貯蓄がアメリカの国債等を運用することによって、アメリカの財政赤字の資金調達に向けられていた。もう一つは、今回のアメリカ発の金融危機が世界金融危機に発展した背景となったことであるが、中近東、ロシアなどの石油輸出国の経常収支黒字が欧州、特に、ロンドン・シティの国際金融機関を通じて、アメリカのサブプライムローンの証券化商品に運用されることによって、アメリカの住宅投資の資金調達に向けられていた。あるいは、90年代後半にアメリカでITブームあるいはITバブルが発生して、同時に、アメリカの経常収支赤字が増大し始めたときには、大量に欧州からアメリカへ資本が流入した。そして、ITバブル崩壊とともに、その資本が欧州に引き揚げられたことがあった。90年代後半には資金が欧州からアメリカに流れ込んだために、ドル高ユーロ安が進んだ。しかしその後、00年代に入り、ITバブル崩壊とともに、資金がアメリカから欧州へ逆流し、その影響を受けて、ドル安ユーロ高が進んだのだ。

 これまでのグローバル・インバランスと国際的な資金の流れの状況に加えて、アメリカ発の金融危機が欧州にまで深刻な金融危機をもたらしていることを考慮に入れると、今後のアメリカの財政赤字を賄うための資金を期待することができるのは、アジア、とりわけ、日本と中国の豊富な貯蓄であろう。バーナンキ連邦準備制度理事会議長やポールソン前財務長官は、このアジアの豊富な貯蓄を「過剰貯蓄(saving glut)」と呼び、そして、これが世界金融危機の原因になったと批判している。しかし、アメリカ政府は、財政赤字を賄うためにはアジアの豊富な貯蓄(彼らから言わせれば、過剰貯蓄)に頼らざるをえない。
 今後のアメリカの膨大な財政赤字がアジアの豊富な貯蓄によって賄われなければ、アメリカの国債の価格が暴落し、国債に対するリスク・プレミアムが高まって、長期金利が上昇することであろう。この長期金利の上昇は、設備投資回復の腰を折り、景気回復に一層悪い影響を及ぼすであろう。したがって、アジアの豊富な貯蓄は、それがたとえ過剰貯蓄だとしても、アメリカの財政赤字を賄うために流し込んでほしいというのが、アメリカ政府の願いであろう。その願いを受け入れるかどうかは、アジア・サイドが決めることである。

日本のGDPの三分の一に相当する
米国財政赤字


 アメリカからの願いを受け入れるかどうかを決めるに際して、我々の大事な貯蓄が将来のドル安によって目減りしないことを保証してもらうことが重要である。その一つの方法は、麻生首相が言うように、「基軸通貨たるドルの信認を維持することが重要である」として、ドルの信認を維持し、その暴落を防ぐことである。しかし、このように日米の首脳が宣言したところで、マーケット・メカニズムが働いている為替市場においてドルの価値が維持されるとは限らない。
 それでは、どうすべきか。「基軸通貨たるドルの信認を維持することが重要である」という宣言の裏で、ドルの信認が失墜しないように、アメリカ政府が発行する国債が売れ残らないように日本政府がそれを積極的に購入することを約束したのではないかと邪推してしまう。もし日本政府がアメリカの財政赤字額170兆円相当のアメリカ国債を全額購入する用意があれば、ドルの信認は失墜することなく、そして、その結果として大事な貯蓄が目減りすることはないであろう。しかし、170兆円という金額は日本のGDPの三分の一ほどに相当する。日本だけでアメリカの国債を全額購入することができないことは明々白々である。
 そこで、豊富な貯蓄がある中国と手を組んで、日本政府と中国政府が協調して、アメリカの国債を購入することが考えられる。このように豊富な資金をアジアでかき集めたとしても、まだ残る問題がある。それは、為替差損や為替リスクである。

為替リスクを解消する
円建て米国債


 将来においてドル安になることによって、日本も中国も豊富な貯蓄の目減りは避けたい。そのような為替差損を回避することのできる方法として、アメリカ政府に円建て国債や人民元建て国債を発行させて、それらを日本と中国が購入するということが考えられる。日本政府や日本の投資家が円建てのアメリカ国債に投資することができれば、為替差損や為替リスクは解消されるし、中国政府や中国の投資家が人民元建てのアメリカ国債に投資することができれば、彼らの為替差損や為替リスクは解消される。
 一方、アメリカ政府にとっては国債を償還するときまでに円や人民元に対してドル安が発生すると、国債の償還時の負担が増大することから、円建て国債や人民元建て国債はアメリカ政府によるドル安を抑止することにもなるであろう。
 そして、円建てや人民元建てのアメリカ国債が発行されると、日本や中国の投資家が保有している円建ての貯蓄資金や人民元建ての貯蓄資金が投資されるであろうから、東京や上海の外国為替市場では何も起こらない。ニューヨークの外国為替市場では、アメリカ政府が円建て国債や人民元建て国債を発行することによって調達した円建て資金や人民元建て資金をドルに換える必要がある。外国為替市場で円売りドル買い、あるいは人民元売りドル買いの取引が行われ、ドルの暴落は起こらず、その信認も維持されよう。ただし、国債の償還の時点では、反対方向の外国為替取引が行われることから、将来的にはドル安傾向となろう。
 このような円建て外債はサムライ債と呼ばれている。アルゼンチンの通貨危機のときに、アルゼンチンのサムライ債が返済不能となって、痛い目に遭ったことをまだ記憶している投資家もいることだろう。さすがに、アメリカはアルゼンチンとは違うことを期待したい。また、アジア開発銀行が人民元建て債券を発行したことがあり、そのような人民元建ての国際機関の債券はパンダ債と呼ばれている。このようなサムライ債とパンダ債をアメリカ政府に発行させれば、日本も中国も豊富な貯蓄を為替リスクにさらされることなく、安心して運用することができよう。

 日本政府は、円滑に資金が流れるようにするために、アメリカ政府にサムライ債を発行させて、財政赤字の資金調達をするように主張すべきである。あるいは、地域金融協力の一環として中国政府と協調して、アメリカ政府にサムライ債とパンダ債を発行させて、膨大な財政赤字の資金調達をするように、合同交渉することもあるだろう。いまこそ、沈みかけた黒船を救うとともに、我々の大切な貯蓄の目減りを防ぐために、サムライとパンダが手を組むときであろう。

 
 
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