職場の心理学 [215]
『おくりびと』「エンタの神様」……
ウケる着想の内側
「エンタの神様」「踊る大捜査線」『フラガール』など、
数々のメガヒットを生み出してきたトッププロデューサーたちは、
どのようにして共感を呼ぶ企画を考えるのだろうか。
代替不可能な
オンリーワン人材になるには
私たちを取り巻くビジネス環境のパラダイムシフトが起こっている。高度な情報化、経済のグローバル化によって、製造業の現場のみならず、ホワイトカラーのルーチンワークも、賃金の安い海外にアウトソーシングされるか、コンピュータに取って代わられる運命にある。マニュアルがあれば誰でもできるような仕事に、高い賃金を払う必要はないというわけだ。
つまりこれからの社会で自分の価値を高めるには、代替不可能なオンリーワンの人材になるしかない。終身雇用が崩れ、企業や事業の寿命も短命になりつつある今、組織の信用ではなく、個人の実績や信用で勝負することがますます重要になったのだ。
そこで目指すべきは、無から有を生み出すクリエーティブ人材ではないか。クリエーティブ人材とは、独創的なアイデアを立案する感性と、それを実行する問題解決能力を備えた人材のこと。人の思いつかないこと、やらないことに挑戦し、イノベーションを起こす──そんなオンリーワンの存在になれば、変化の激しい時代でもうまく生き残れるはずだ。
日本におけるクリエーティブ人材の先例として、本稿ではメディアコンテンツ業界の第一線で活躍するトッププロデューサーに着目した。
プロデューサーと聞くと、一般のビジネスからは遠い存在に思えるかもしれないが、平たく言えば、プロデューサーの仕事とは「クリエーターの作る作品を市場価値のある商品にする」「クリエーティブの現場とビジネスマーケットをつなぐ」こと。クリエーティブな感性だけでなく、チームをまとめて事業を推進するプロジェクトリーダーとしての才覚も必要となる。
生活者の感性に訴える商品・サービスの開発や、クライアントのニーズを捉えた提案型営業が主流となるなか、プロデューサー的な発想やスキルが幅広い業種のビジネスで求められるようになってきた。また、パラダイムシフトによって、部門や企業の壁を越えた・プロジェクト型組織・を導入する例も増えている。言うまでもなく、このプロジェクト型組織の典型が映画などのコンテンツ製作である。次時代のリーダーシップを探る意味でも、プロデューサーの思考法を分析することは、大いに参考になるに違いない。
本稿では特にプロデューサーの企画力に焦点を当てて、斬新な企画の発想方法について考えてみたい。
人脈力、実行力、資金調達力、宣伝力、モチベーション・マネジメント力など、プロデューサーが備えるべき能力は多岐にわたるが、なかでも企画力は重要な位置を占めている。
企画力の向上は読者にとっても大きな関心事であろう。「自分は発想力に乏しいから」と企画に苦手意識を持っている人も少なくないはず。
だが、きらめくような発想の才がなくてもヒット企画を生み出すことはできるのではないか。奇抜な発想は貴重だが、メガヒットに結びつくとは限らない。メガヒットは不特定多数の人の支持があって生まれるもの。あまりにも尖った、突飛なアイデアでは、多くの共感を呼ぶことは難しいからだ。
テレビ番組、特に地上波のゴールデンタイムの番組を例にとってみよう。ヒットと見なされる視聴率15%とは、1000万人の視聴者(全国放送の場合)の獲得を意味する。
そこで、テレビ界屈指の“視聴率男”日本テレビの五味一男上席執行役員は、「1000万人の大衆を自分のなかに住まわせて、その気持ちを代弁するよう心がけている」と語る。視聴者の嗜好が細分化するなかでヒットの鉱脈を掘り当てるには、生活者の目線で、現代日本人の心に潜む普遍的な欲求をあぶり出す必要があるからだ。
求められるのは、クリエーターのひとりよがりな感性や思いつきではなく、時代を客観的に分析する能力である。世の中を注意深く観察し、人々の関心を集めているテーマを見つける。そして「それが流行っている理由」を論理的に分析し、その本質を追究するのだ。
「エンタの神様」しかり、「ごくせん」しかり。時代が求めているものの本質を番組のコンセプトに落とし込んできたからこそ、五味氏は、20年にわたって継続的にヒット番組を生み出すことができたのだろう。
目指すのは「予測を裏切り、期待に応える」こと。目新しさは強みになるが、あまり先を行きすぎても幅広い層に受け入れてもらうことは難しい。
「ありそうでなかった新鮮な驚き」「古くて新しい魅力」。そんな何かが見つけられればしめたものである。「踊る大捜査線」シリーズのプロデューサーとして知られるフジテレビの亀山千広執行役員常務も「『先駆』というのはマイナー。まったく新しいものは受け入れられるのに時間がかかる」と語る。
何を隠そう「踊る大捜査線」も、あの大人気刑事ドラマ「太陽にほえろ!」を下敷きにしているのだ。しかも「太陽にほえろ!」で印象的だった部分(仲間をアダナで呼ぶ、など)を“禁じ手”にすることで、「作品の持つポピュラリティーを維持しながら、新しさを生み出した」。その結果、映画『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』は、興収173.5億という日本映画の記録を塗り替える大ヒットとなったのだ。
名作の巧みな模倣や借用はメガヒットを生むための常套手段。たとえば、かの『スター・ウォーズ』も、古代の英雄伝説や黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』をモデルにしているという。さらに、ブロードウエイでロングヒットを記録し、映画化もされたミュージカル『レント』は、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の現代版といった具合に、この種の事例には事欠かない。
つまり、古くから慣れ親しんだものを新しい形で提示することは、ヒットの近道になりうるということ。
国内外で3兆円の市場規模を持つ「ポケモン」が国境や文化の壁を越えて愛された理由も、原点であるゲームソフトが、昆虫採集やザリガニ釣りなど、誰もが経験したことのあるプリミティブな遊びをベースにしているからだと考えられている。「共感」への訴求は、強力な武器になるのだ。
最近の広告に「25年後の磯野家」をモチーフにした「オトナグリコ」のCMがあるが、これもなつかしさと新しさを印象的に演出した例である。こうした手法は、新商品やサービスの開発でも応用できるはずである。
トップ・プロデューサーが
企画立案で重視する三つのこと
筆者はこれまで、コンテンツ業界で活躍する実力派プロデューサーに話を聞き、『トップ・プロデューサーの仕事術』などの著作にまとめてきた。その知見から、企画立案にあたってプロデューサーたちが重要視するのは、次の3点だと考えている。
・物事の本質を捉える
・自分を疑う
・人間に興味を持つ
まず「物事の本質を捉える」ことから見てみよう。前述のように、ヒット企画は天才的なひらめきだけで生まれるわけではない。人々が求めているものの本質を執拗なほど突き詰めた結果、導き出されることが多いのだ。
水面下にある生活者のニーズを掘り起こすとき、五味氏は自分の分身が5人いるつもりで、頭のなかで“ひとりブレスト”を行うという。あらゆる角度から仮説を徹底的に検証して、その本質を捉える。そしてそれをベースに企画のコンセプトを練るのである。
「30文字程度で語れるようなわかりやすいコンセプト、いわば“企画のタネ”を作ることが、プロデューサーの役目。グダグダと説明しなきゃ相手に伝わらないような企画は『商品』にならない」と、亀山氏もコンセプトを研ぎ澄ますことの大切さを説く。
本質をつかむには論理的、客観的な思考が欠かせないのだが、通常、クリエーティブを自認する人がエゴを捨てるのは難しい。そこで二番目の「自分を疑う」ことがポイントとなる。
「『自分は何も知らない』という立場で仕事に取りかかり、徹底的に研究する。エゴを取り払って、客観的に考えられるかどうか……そこで腹をくくれるかどうかが問われる」。そう五味氏が語るように、まさに「腹をくくれるかどうか」が分かれ道。同時に、相手の立場に立って発想することも重要だ。気鋭のクリエーティブディレクター山本高史氏も、自身の発想の裏側を綴った著書『案本』で、「主観は偏見に過ぎない」と断じている。自分の企画が選ばれないのは、その人が世間や人間を知らないから。上司やクライアントを恨むのは筋違いだというわけだ。
山本氏は同書で・人生経験というデータベース・の大切さを説いているが、それは3番目のポイント「人間に興味を持つ」にもつながる。「人間が好きでなければ、ヒットは出せない」という五味氏の言葉通り、人間を深く知ろうとしなければ、多くの人の心を捉える企画を生むことはできないからだ。
『フラガール』など良質の作品を製作する独立系映画会社「シネカノン」を率いる李鳳宇氏も、普段から人間観察を欠かさないという。特に気になるのが、懸命に生きる市井の人たちである。「人をどう描くかが我々の仕事。だから散髪屋のおじさんにも、『どうしてこの仕事をしているんですか?』と、つい聞いてしまうんです」。シネカノン作品の脇役が魅力的なのは、そんな李氏の人柄と無関係ではないだろう。聴き上手になることも、企画力を鍛える方法のひとつといえそうだ。
また、企画の選定についても、李氏は独自の姿勢を貫いている。近年の日本映画界では、原作の売り上げ部数といったマーケティングデータを最重要視するが、「数字で企業の人を説得することが先に立つと、新しい発想はなかなか出てこない」と、データ偏重のやり方に異を唱える。
業界の常識や過去のデータに頼れば、リスクは最小限になるかもしれない。だが、予想外の成功という可能性の芽も摘んでしまうことになるからだ。映画『おくりびと』の成功は、こうした業界のマーケティング至上主義に自戒を促したのではないか。
本作の企画者でもある主演の本木雅弘氏が映画化に動き出したのは15年前のこと。当初は「死体や棺を扱う映画が興行的に成功するはずがない」という否定的な反応ばかりで、企画は暗礁に乗り上げていたという。ところが、本木氏らの粘り強い働きかけで、紆余曲折を経て映画が完成。作品が公開されるや、国内だけで50億円近い興行収入を上げる大ヒットに。さらに米アカデミー賞の外国語映画賞を受賞するという快挙も成し遂げたのだ。
生と死という普遍的なテーマがグローバルな共感を呼んだ結果だが、企画のすばらしさを信じて製作費集めに奔走した人々の熱意がなければ、作品が日の目を見ることはなかったわけだ。
ビジネス重視か、クリエーティブ重視か・・その狭間で迷ったとき、うまくバランスを取るのがプロデューサーの役割である。企画を練り上げる段階では冷静に検討を重ね、企画がまとまれば、自信を持って突き進む。プロデューサーの企画力とは、そんな能力や姿勢を指すのかもしれない。










