ビジネススクール流知的武装講座 [216]
日本の石炭火力技術はCO2削減の切り札
地球温暖化問題において、石炭火力発電はCO2排出量の大きさから
新増設を反対されることが多い。
石炭火力発電「悪者」説に対して、筆者は三つの理由から異を唱える。
エネルギー問題を
考えるための「三つのE」
地球温暖化問題の深刻化とともに、日本国内では、石炭火力発電に対する風当たりが強まっている。発電電力量当たりの二酸化炭素(CO2)排出量が多いことをとらえて、短絡的に石炭火力を「悪者」扱いし、その新増設に反対するばかりか、極端な場合には、その撤去さえ求める論調が目立ちつつある。
確かに石炭火力の発電電力量当たりのCO2排出量は大きい。各種発電方式の建設、燃料の採掘・輸送・精製、運転、保守のすべてを含めてキロワットアワー当たりCO2排出量を算出すると中小水力が11グラム、地熱が15グラム、原子力が22グラム、風力が29グラム、太陽光が53グラム、LNG(液化天然ガス)火力(複合)が519グラム、LNG火力が608グラム、石油火力が742グラム、石炭火力が975グラムとなる(2003年現在)。
しかし、そうであるからといって、石炭火力を「悪者」扱いするのは正しいだろうか。答えは「否」である。
まず、石炭火力「悪者」説は、石炭火力がもつ経済面やエネルギーセキュリティ面での優位性を等閑視している点で、一面的である。もし、国内において、一般供給用および自家用の石炭火力発電の規模が抑制されることになれば、化学工業や鉄鋼業をはじめとして、日本の多くの基幹産業が国際競争力を失うことになるだろう。また、石炭に関しては、供給源が原油のように特定地域に集中しておらず、そのうえ輸入量の約40%が、日本企業によって開発・生産された「自主石炭」で占められている事実を見落としてはならない。つまり、石炭は、石油や天然ガスにはない経済面やエネルギーセキュリティ面での優位性を有しているのである。石炭火力「悪者」説は、エネルギー問題を考える場合に念頭におくべき三つのEのうち、エコノミーとエネルギーセキュリティを等閑視したものであり、一面的であるとのそしりを免れない。
ただし、ここで強調すべき論点は、むしろ別のところにある。それは、石炭火力「悪者」説が、三つのEのうちの残る一つのE、すなわち肝心の環境(Environment)問題に関しても、重大なミスリーディングをもたらしかねない点である。
この点に関して指摘すべき第一の事実は、地球環境問題はあくまで地球大で解決しなければ意味がないことである。
福田康夫前首相は、日本のCO2排出量を50年までに60~80%減らすという内容の「福田ビジョン」を提示した(05年時点での日本では、CO2排出量が温室効果ガス排出量の95%を占める)。このビジョンは、現在でも、政府の環境政策立案に大きな影響力を及ぼしているが、ここで忘れてはならない点は、日本の温室効果ガス排出量(CO2換算値、以下同様)は13.7億トン(07年度速報値)であり、世界全体の温室効果ガス排出量266.9億トン(05年)の5%程度を占めるに過ぎないことである。50年までかけて日本のCO2排出量を60~80%(8億~11億トン)減らしたところで、それだけでは、地球温暖化問題はとうてい解決しない。地球環境問題を解決するためには、CO2排出量を地球的規模で削減しなければならないのであり、それを進めるうえで、世界最高クラスの石炭火力発電の熱効率など、日本の技術力の出番は大きいのである。
指摘すべき第二の事実は、石炭火力発電は世界の主流を占める発電方式であり、たとえ日本でだけ石炭火力を縮小しても、国際的な石炭火力依存が変わらない限り、地球環境問題の解決策とはならないことである。
図1は、IEA(国際エネルギー機関)のデータにもとづき、04年における主要国と世界の発電電力量の電源別構成比を見たものである。この図からわかるように、石炭火力のウエートは、日本では27.2%であるのに対して、中国では77.7%、インドでは69.1%、アメリカでは50.1%に達する。発電面で再生可能エネルギーの使用が進んでいるといわれるドイツにおいてさえ、石炭火力のウエートは50.0%に及ぶ。世界全体の発電電力量の電源別構成比においても、39.6%を占める石炭は、19.5%の天然ガス、16.5%の水力、15.6%の原子力、6.7%の石油火力などを圧倒している。世界の発電の主流を占めるのはあくまで石炭火力なのであり、当面、その状況が変わることはないのである。
世界最高水準の熱効率を誇る
日本の石炭火力
指摘すべき第三の事実は、日本の石炭火力の熱効率は世界最高水準にあり、その技術を国際移転すれば、すぐにでもCO2排出量を大幅に削減することができることである。
国際的に見て中心的な電源である石炭火力発電の熱効率に関して、日本は、ドイツ・アメリカ・中国・インドを凌ぎ、北欧諸国と並んで世界トップクラスの実績をあげている。したがって、日本の石炭火力発電所でのベストプラクティス(最も効率的な発電方式)を諸外国に普及すれば、それだけで、世界のCO2排出量は大幅に減少することになる。
図2は、IEAのデータにもとづいて資源エネルギー庁が試算したものである。この図からわかるように、日本の石炭火力発電のベストプラクティスを普及するだけで、1年間に中国で4億6300万トン、アメリカで3億7400万トン、インドで1億6200万トン、これら3国合計でちょうど10億トンもCO2排出量を削減することができる(03年実績値基準)。
「福田ビジョン」を
50年を待たずに達成する方法とは
この10億トンという数値は、先述した07年度の日本の温室効果ガス排出量(13.7億トン)の73%に相当する。したがって、日本の石炭火力のベストプラクティスを諸外国に普及しさえすれば、日本のCO2排出量を60~80%減らすという「福田ビジョン」が打ち出したCO2排出量削減目標は、50年を待たずして、すぐにでも達成されることになるわけである。
ここまで指摘してきたような三つの事実に目を向けると、石炭火力「悪者」説が、肝心の環境問題に関しても的外れなものであることは明らかである。石炭火力が日本に存在するからこそ、熱効率の向上は進み、CO2排出量原単位の改善をもたらす技術革新が進展する。その石炭火力を「悪者」視して日本から追い出したりすると、CO2排出量の世界的規模での削減につながる技術革新は停滞する。このような意味で石炭火力「悪者」説はミスリーディングなのであり、我々としては、日本の石炭火力をCO2排出量削減の「正義の味方」として、正しく評価しなければならないのである。
ポスト京都議定書の枠組み設定をめぐって、日本も早期に温室効果ガス排出量削減の中期目標を設定すべきだと主張する向きがある。しかし、ここで忘れてはならないのは、国別の温室効果ガス排出量削減目標を設定した京都議定書が大きな落とし穴をもっていた点である。京都議定書が定めた温室効果ガス排出量削減義務の国別設定の枠組みには、アメリカ(温室効果ガス排出量世界1位)や中国(同2位)やインド(同5位)などが参加しなかった。その結果、京都議定書で削減義務を負った国々の温室効果ガス排出量の合計値は、世界全体の総排出量の3割強にとどまった(04年実績値で計算)。
京都議定書のケースと同様に、ポスト京都議定書の枠組みにおいても排出量削減義務が課せられる国と課せられない国とが並存する場合には、エネルギー多消費産業・部門が前者から後者へ移転する可能性が高い。しかし、現状では、エネルギー多消費産業・部門を移出する側の排出量削減義務が課せられている国(例えば日本)のほうが、移入する側の義務が課せられていない国(例えば中国)よりも、総じてエネルギー効率が高い。このことは、石炭火力発電の熱効率の違いに、端的な形で表れている。石炭火力発電が日本に存在するほうが、さらに熱効率を向上させ、CO2排出量原単位のいっそうの改善をもたらす技術革新が進展する確率は高い。その技術を、エネルギー効率が悪い国(排出量削減義務が課せられない国)の電力部門に対して移転すれば、地球的規模でCO2排出量を大幅に削減することができる。
大きな落とし穴をもつ温室効果ガス排出量削減義務の国別設定を急ぐことは、極端な場合には、日本から石炭火力発電を「追放」することにつながりかねない。しかし、石炭火力が日本に存在してこそ、世界のCO2排出量を大幅に減らすことが可能になる。地球環境問題へ的確に対応するためには、短絡的発想を避け、大局的で現実的な見地に立たなければならない。












