職場の心理学 [209]

労使Win-Winの
「人員削減」4つのポイント

 
 

人員削減は優秀な人材が離れたり、トラブルが起こるリスクをはらんでいる。
アウトプレースメントの現場では何が行われているのか。
会社と社員が互いに納得のいく人員削減のあり方に迫った。

 
 
ビジャスト社長

西野 裕

にしの・ゆたか 1966年、東京生まれ。明治大学卒。経営コンサルティング会社を経て、イタリア料理の修業道に入るも1年で断念。その後、米国ナンバーワンのアウトプレースメント会社の日本法人代表取締役に就任。2003年5月、ISSINコーポレーション設立。同年12月、社名をビジャストに変更。

登上幹千=構成
高橋常政=イラストレーション
 
 

10年前のリストラとの
違いは削減対象


 銀行の貸し渋りや円高などの影響で企業の経営状況が悪化する中、人員削減を余儀なくされる企業が増えてきた。弊社が提供するサービスの一つ、アウトプレースメントの需要も2008年の夏以降急増している。希望退職を募り再就職支援を行うこの手法は、バブル崩壊後、リストラが盛んに行われた10年前に導入が相次いだ。企業は限界まで組織のスリム化を図り、社員一人当たりの給料はそのままに仕事量を増やすことで生産性を高めた。
 ここ数年はその反動からか大量採用が行われたが、この数カ月で、状況は急変、新卒採用では内定取り消しという事態が起こり社会問題化している。企業は株主や市場、銀行から待ったなしの状況に置かれ、ついには既存社員の人員削減を考えるまでに追い込まれている。超売り手市場と言われた1年前には考えられなかったことだ。
 この状況では企業が長期的な展望に立ち、社員が意欲的に働ける環境をつくることは難しくなっている。私のところに寄せられるアウトプレースメントの相談も、企業の生き残りをかけた切羽詰まったものが目立つ。
 10年前と大きく異なるのは人員削減の対象である。人員削減というとリタイア目前の世代(50~60代)をイメージしがちだが、今度はそうはいかない。なぜならこの年齢層は10年前の大リストラ時代にかなりのスリム化が図られているからだ。給料が高く働きが悪い層を一気に減らすという一昔前の単純な図式はもう成り立たない。
 それでなくとも、この10年で多くの企業が年齢・経験重視型から能力・結果重視型の人事制度に移行した。若年層でも主要ポジションを任せられ、成果に応じて報酬が得られる仕組みとなった。年功序列の組織形態が崩れた今、年配の社員をまとめてリストラしても大きなコストカットの効果は期待できないのだ。このため、年齢の括りを取り払って、個人単位で給与とパフォーマンスのバランスを見て、人員削減の対象を吟味することになる。まさに「あなた個人が給料に見合った仕事をしているか」が問われるのだ。
 人員削減を考えるとき、日本企業の多くが希望退職という手段を取る。しかし単純にこの手法を用いると必要な人材まで辞めていき、会社が生き残る体力を失う危険性がある。思い切って社員を大量に減らし、コストカットに成功したところで、残った人材が疲弊しては会社再生の特効薬にはならない。やり方を誤ると会社存続の危機に瀕することになるのである。
 企業が人員削減のリスクを最小限に抑えるポイントは(1)削減人数の確保、(2)労使トラブルの回避、(3)コア人材の流出防止、(4)残った人材のケア、の四つである。
 まず会社を存続させていくためには何が何でも決められた人数の退職者を確保しなければならない。希望退職の応募期間は長くても2週間が妥当だ。その期間に規定の人数を集めるために希望退職を募る約2カ月前から、企業側が社員一人ひとりと面談し、残ってほしい人と辞めてほしい人おのおのにその理由を説明する機会を設ける。
 面談をせずに希望退職を募ると、いざ蓋を開けたときに何が起こるかわからないからである。辞めてほしくない人材も含めて予定より多くの人が殺到し、残ってもらうための説得に奔走しなくてはならなくなったり、逆に人数が足りずに期間が延び、通常業務に悪影響を及ぼしてしまうこともある。
 社員との面談は削減人数の確保とともに・のトラブル回避のためでもある。トラブル回避のためには、辞めざるをえない人に、話し合いを通じて納得感と共感を持ってもらうことが大事だ。そのためにまず今後どのように会社が生き残っていくのかというビジョンを伝えること。そして、残念ながらその中で果たしてもらいたい役割がないということを説明する。
 社員の納得を得るためには経営層、人事が一枚岩となって人員削減をする必要がある。面談では質疑応答のマニュアルを作り、ロールプレーをして何を聞かれても同じように答えられるようにすること。部下を前にすると、上司も長く一緒に働いてきた人間を無下にはできないものだ。社員も人によって様々な事情を抱えている。だからといって面談する上司が情に流されては会社の再生はできない。
「子供がまだ小さく家のローンもあるんです。勘弁してください」と詰め寄られて「上が決めたことだ。俺も散々会社に直談判したんだ。好きでやっているわけじゃないんだよ」などと上司が自分の保身に走り、逃げの姿勢でいては部下が納得できるはずがない。


人員削減失敗の原因となる
“パラシュート”とは?


 経営陣が一枚岩でないとこんなことも起こる。社員の中には、かつての上司や面倒を見てもらった役員に電話をかけてくる人もいる。電話を受けた専務や常務が人事部長のところに「A君だが、いろいろ事情を抱えているようだから何とかしてあげてくれ。一人くらいなんとかなるだろう」という内線を入れてくるのだ。これを業界用語でパラシュート(上から降ってくるから)と言うが、これでは人員削減が滞る。
 人員削減後、企業はなるべく早く立ち直りを図らなければならない。そのため、今後の事業を見据えた組織づくりと適切な要員計画が必要不可欠となる。これを実現するためにも、経営陣も含め会社が一丸となって取り組まなければならないのだ。
 もう一つ重要なのは、人員削減の対象となる人に対してこれまでの仕事を否定するようなことを言わないことである。数年前のミスをほじくり返したり、仕事への貢献度が低いなどといったことを今さら話したところで感情的に納得できない。相手はこれまでの自分の人生を否定されているように感じ、揉める原因となる。情報漏洩やマスコミへのリーク、訴訟、ユニオンへの駆け込み、逆恨みや最悪の場合、自殺行為に及ぶ可能性もある。
 辞めざるをえない人に、いかに納得感と共感を持ってもらうか。これが企業にとって最大のリスクヘッジとなる。会社側がこれまでの本人の仕事を認めたうえで感謝を示し、勤めてきた時間が決して無駄ではなく有意義なものであったと思ってもらうこと。それが次の人生に向けて本人が再就職先を自発的に探す原動力ともなる。
 次のステップに進むためのメンタルケアを怠って「再就職先はアウトプレースメント会社が紹介してくれるから大丈夫」という説得の仕方はすべきではない。再就職はそんなに簡単なものではない。うまくいかなかったとき、逆恨みの矛先はすべて会社に向かう。10年前、それで失敗した会社も多い。企業は細心の注意を払って施策を行っていかねばならないのだ。

 次は会社が生き残るための重要な鍵、コア人材の流出防止である。コア人材とは、今後の事業を運営するうえで必要不可欠な人物のこと。このため場合によっては優秀な人でも辞めてもらう必要が出てくる。確かにパフォーマンスを発揮できていることも大事である。しかしその人がパフォーマンスを発揮できているのは、別の誰かや、チームの助力によることもありうる。
 すべてのバランスを見ていかなければ、組織の中で緩衝材となってくれている重要な人物や見えざる力となっている部分を失ってしまう。例えば単純に営業成績順に下から10番までを切れば、その営業部隊がよくなるかというと、必ずしもそうではない。次の下から10番が新たにできるだけだ。
 人員削減は単に何人減らしたから人件費をその分削減できるという数字の足し引き算段ではない。できるだけ早く会社を再生するために、必要な組織をつくり、そのためには誰がどういう役割を果たすのかを明確にしなければいけない。コア人材には会社のこれから先のビジョンを語り、本人に求めたい役割をしっかり伝えることだ。
 最後に残った人材へのケアも忘れてはいけない。人員削減をしたことによって、当然、一人当たりの仕事量も増え疲弊感も生まれる。会社の先行きに不安を感じ「このまま残っていていいのか」という疑問を持つ人も多くなる。
 そういう社員に向けて投資家向けの事業再生計画の配布資料を渡したところで意味はない。コア人材の流出を防ぐためにしたように、会社の実情とこれから先の情報をきちんと面談で説明し、そこで期待する役割を社員一人ひとりに丁寧に伝えることだ。
 情報量に比例してやる気は高まり、不安はやわらげられる。残った人員で今の苦境を乗り越えられたなら、1年後にはこういう状況に辿り着くという未来を示す。残って頑張ろうと思えるような情報を伝えることがモチベーションの維持に繋がるのだ。
 私が人員削減をお手伝いした会社の中に某大手食品会社の子会社がある。その会社は通販業務を主としており社員も当時80名と少なかった。しかし業績が厳しくなり苦渋の決断で人員削減を行った。
 社長自らが矢面に立ち、社員の説得に当たった。社員が少ないため、それぞれの顔も事情も知っている。真剣に向き合って自社の未来を考えたときにどういう選択をしなければいけないのかを一人ひとりに語った。
 辞めてもらう社員は年齢も職種も様々であったが15名削減した。残った社員に対しても時間をさいて状況は必ずよくなると何度も説得し、社運をかけてある商品を前面に押し出した。
 その会社は今ではすっかり立ち直り業績も好調である。当時の社長は今、親会社である一部上場企業の社長に就任している。今思うとそのときの社長の覚悟が社員に伝わったことが、苦境を乗り切る力となったと感じている。
 日本は欧米のようにドラスティックな解雇手段は取れない。だが、実質的に人員削減というのは希望退職という名の退職勧奨である。ほぼ100%会社の事情であることは間違いないのだ。だからこそ退職を受け入れてくれた人に感謝し、次のステップに進むための配慮もしなければならない。


リストラの対象になったら
どうするか


 かつて個人のキャリアとは、会社が決めるものであった。つまり「キャリア=会社の人事」だったのである。自分の意思より、会社から求められることに応えることが仕事だった。
 大学を卒業して65歳の定年まで、人は43年間働く。その間、姿、形を変えずに存続する企業などありえない。会社の事業にも寿命はある。変化の激しい現在のサイクルでは5~8年で市場が成熟して終わるケースも少なくない。場合によっては倒産も覚悟しなければならない。人員削減は社員にとっては突然降って湧いた出来事のように思えるかもしれないが、どんなに業績好調な会社でも経済状況の変化によっては、いつでもありうることなのだ。今は、働かなければならない43年間に4~5回転職してもおかしくない時代だ。キャリアは個人が築く時代に変わってきている。
 そんなときに自分のキャリアをどう考えていけばいいのか。
 一つ言えることは、人員削減の対象となったからといって、それはその一社での特定の局面での判断でしかないということ。それを絶対視しないことだ。所属していた会社の置かれた環境の中で会社が取った手段、それは客観的な自分の市場価値ではない。現在の会社で評価が低くとも場所を変えれば大活躍する人も大勢いる。会社からの評価ではなく自分自身がこれまでの仕事をどう捉えるかが重要なのだ。
 そして、当たり前の日常が当たり前に続くとは思わないこと。自分の身は自分で守り、自分の選択において起きたことは自分で引き受ける。そう考えることが一個人として有効なキャリアパスを築く礎となるのである。

 
 
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