ビジネススクール流知的武装講座 [212]

資源開発競争に勝つカギ
「コンビナート高度統合」

 
 

新日石と新日鉱ホールディングスの経営統合は、
売上高13兆円超という世界メジャーの仲間入りを実現させた。
この再編劇には「コンビナート・ルネサンス」の
進展が作用していると、筆者は説く──。

 
 

文・橘川武郎
一橋大学大学院商学研究科教授
text by Takeo Kikkawa
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授を経て、現在一橋大学大学院商学研究科教授。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『日本電力業発展のダイナミズム』、共著に『現代日本企業』などがある。


平良 徹=図版作成
 
 

経営統合合意の出発点となった
水島コンビナート


 2008年には、日本の石油業界のあり方を変えるような大きな出来事が続いて起こった。
 一つは、12月に発表された、新日本石油と新日鉱ホールディングスによる「経営統合に関する基本覚書」の締結である。この経営統合が実現すると、売上高で準メジャー級のイタリアのENIを上回る大規模石油会社が、日本に誕生することになる。そして、それは、国内の石油元売り業界のさらなる再編・統合を引き起こすきっかけともなるであろう。
 もう一つは、4月にベトナムで、出光興産・三井化学・クウェート国際石油・ペトロベトナムの合弁会社として、「ニソン・リファイナリー・ペトロケミカル・リミテッド社」が設立されたことである。これは、ベトナム北部に出光興産と三井化学の技術によって製油所・石油化学工場を建設し、そこでクウェート産原油を処理して得た製品を、ベトナム国内および中国南部で販売しようという、グローバルなプロジェクトである。このプロジェクトが実行されると、日本の石油業界は、第二次世界大戦後長く続いた消費地精製方式の枠組みから脱却することになる。
 ここで注目すべき点は、これら二つの出来事には、共通の要因が作用していることである。それは、「コンビナート・ルネサンス」と呼ばれるように、各コンビナートで石油精製企業や石油化学企業の高度統合が進展したという要因である。新日石・新日鉱の経営統合合意の出発点となったのが、06年に始まった水島コンビナート(岡山県)での両社製油所の一体的操業であったことは、想像に難くない。また、ニソン・プロジェクトは、ここ数年千葉コンビナートで進展している出光興産・三井化学間の多面的な事業連携の延長上に実現したと言っても、けっして過言ではなかろう。
 日本においてコンビナート・ルネサンスが進展する契機となったのは、00年5月に石油コンビナート高度統合運営技術研究組合(Research Association of Refinery Integration for Group-Operation, 略称RING)が設立されたことである。RING発足によって始まった日本の石油精製企業と石油化学企業によるコンビナート統合の動きは、00~02年度の第一段階(RING・I)および03~05年度の第二段階(RING・II)を経て、06~09年度には第三段階(RING・III)を迎えている。コンビナート・ルネサンスは、これまでのところ、RING事業の展開を通じて具現化してきたと言えるのである。


高度統合による
三つの経済的メリット


 石油コンビナート高度統合運営技術研究組合は、RING・Iで、鹿島・川崎・水島・徳山・瀬戸内の五地区において、コンビナート内設備の共同運用による製品や原材料の最適融通などに取り組んだ。ついで、RING・IIでは、鹿島・千葉・堺=泉北・水島・周南の5地区において、コンビナート内における新たな環境負荷低減技術の確立や、副生成物の高度利用、エネルギーの統合回収・利用などに力を入れた。そして、RING・IIIでは、鹿島・千葉・水島の三地区において、コンビナートとしての全体最適を図るために、石油・石化原料の統合・多様化やコンビナート副生成物・水素の統合精製などの技術開発を進めている。先述した水島地区での新日本石油とジャパンエナジー(新日鉱ホールディングスの子会社)による両社製油所の一体的操業、および千葉地区における出光興産と三井化学による多面的な事業連携は、いずれも、RING事業の成果として実現をみたのである。

 コンビナートの高度統合が進展すれば、日本の石油産業や石油化学工業の国際競争力は強化される。その理由としては、コンビナートの高度統合がもたらす、以下の三つの経済的メリットをあげることができる。
 第一は、原料使用のオプションを拡大することによって、原料調達面での競争優位を形成することである。同一コンビナート内の石油精製企業と石油化学企業との間で、あるいは複数の石油精製企業間で、連携や統合が進むと、重質原油やコンデンセートの利用が拡大する。最近では軽質原油と重質原油との価格格差は拡大しており、コンビナート統合による重質油分解機能の向上やボトムレス対策の進展によって、相対的に低廉な重質原油を大量に使用できるようになれば、国際競争上、有利な立場を得ることができる。一方、天然ガスに随伴して産出されることが多いコンデンセートに関しては、一般の原油より軽質でナフサに近い性状を有しながら国際的にあまり利用されてこなかったため、石油精製企業・石油化学企業間の提携・統合により、それを使用することが可能になれば、競争上の優位を確保しうる。
 第二は、石油留分の徹底的な活用によって、石油精製企業と石油化学企業の双方が、メリットを享受することである。同一コンビナート内でリファイナリー(石油精製設備)とケミカル(石油化学)プラントとの統合が進めば、リファイナリーからケミカルプラントへ、プロピレンや芳香族など、付加価値の高い化学原料をより多く供給することができる。また、エチレン原料の多様化も進展する。一方、ケミカルプラントからリファイナリーへ向けては、ガソリン基材の提供が可能である。これらの石油留分の徹底的活用によって、石油精製企業も石油化学企業も、競争力を強化することができる。
 第三は、コンビナート内に潜在化しているエネルギー源を、経済的に活用できることである。残渣油を使った共同発電、熱・水素の相互融通などがそれであるが、そこで発生した電力や水素については、コンビナート内で消費したうえでなお残る余剰分を、コンビナート外の周辺地域で販売することも可能である。
 コンビナート高度統合は、地域経済の活性化にも大きく貢献する。
 地域の付加価値生産性を示す指標としてよく使われるものに、従業者一人当たりの製造品出荷額がある。この指標に関する都道府県別ランキングを、04年についてみると、(1)山口県、(2)千葉県、(3)大分県、(4)三重県、(5)愛知県、(6)岡山県、(7)神奈川県、(8)滋賀県、(9)和歌山県、(10)茨城県、となる。つまり、コンビナートを擁する県が上位10県中の八県を占める(コンビナートが存在しないのは、滋賀県と和歌山県のみ)のであり、コンビナートがいかに地域の付加価値生産に貢献している(したがって、地方の税収面でも貢献している)かがわかる。
 別図は、コンビナートと地元府県の製造品出荷額を比較したものである。この図から、各コンビナートが地域経済にとって、必要不可欠の存在であることは明らかである。とくに、千葉・水島・大分コンビナートの製造品出荷額は、地元県の製造品出荷額全体の過半に達している。コンビナートの高度統合は、地域経済の活性化にとっても、きわめて重要な意義をもつのである。



なぜ日本には
高付加価値技術が
重要なのか


 コンビナートの高度統合は、石油・石化産業の国際競争力強化や地域経済の活性化に貢献するだけではなく、エネルギー安全保障の確保にも寄与する。日本のエネルギー安全保障確保のためには、省エネルギーのいっそうの推進、運輸部門における燃料の多様化などとともに、海外での石油・天然ガス資源の開発にも力を入れる必要がある。
 ただし、資源開発競争は世界的規模で激化しており、そのなかでわが国が勝ち抜くためには、産油国・産ガス国が求める高付加価値技術、つまり石油精製技術や石油化学関連技術を提供する(場合によっては、産油国・産ガス国へ石油精製企業や石油化学企業が直接進出する)ことが重要になる。
 日本国内で石油・石化企業の連携・統合が進み、国際競争力あるコンビナートが構築されれば、そこで得られた技術面での知見を、産油国や産ガス国でも、大いに活用することができる。そのことが、国際的な資源開発競争において、わが国にとって有利に作用することは、言うまでもない。原料使用のオプションを拡大し、石油留分や潜在的エネルギーを徹底活用するコンビナート高度統合は、技術資源の動員によって産油・産ガス国との関係を緊密化するという国家的課題の、重要な一翼を担っているのである。
 ここまで見てきたように、コンビナート高度統合は、(1)日本の石油産業と石油化学工業の国際競争力を強化する、(2)地域経済の活性化に寄与する、(3)エネルギー安全保障の確保に寄与する、という三つの大きな社会的意義を有している。RING事業の展開によって軌道に乗りつつある日本でのコンビナート高度統合が、今後いっそうの進展を見せることを強く期待したい。

 
 
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