職場の心理学 [205]
「慢性疲労職場」が生まれ変わる仕かけ
「イノベーションは組織の限られた優秀な人材が起こすもの」
と考えている人は必見。凡人でも、個人やチーム単位で
明日からすぐに始められるイノベーションの起こし方を紹介します。
「イノベーション不全症候群」は
なぜ起きるのか
昨今、誰もが口にする「イノベーション」という言葉があります。もともと経済学者のシュンペーターが唱えた概念で、日本では長く「技術革新」と訳されてきましたが、最近は技術に留まらず、新しい商品やビジネスモデル、社会システムの開発といった幅広い意味で使われるようになったのはご承知の通りです。
われわれKDIは、そうしたイノベーションが陸続と生まれてくる、創造的な組織づくりのお手伝いをクライアント企業向けに行う、富士ゼロックスのコンサルティング部門です。
製造業や、システム・インテグレーション分野のソフトウエア業で顕著なことですが、各社の悩みがまさにイノベーション不全症候群にかかっていること。カラカラの雑巾をさらに絞るように、生産性を極限まで高めたものの、国内、さらにはグローバルの競争は激しさを増すばかりで利益率は下がる一方です。多忙なのに儲からない、目の前の仕事をこなすのに精一杯で、イノベーションを考える暇も体力もない。
景気が悪くなれば時間に余裕ができて、少しは、イノベーションにつながる創造的な仕事に時間が割けるかな、と思っていたら、「残業禁止! 早く帰れ」という状態です。しかも、成果主義が徹底され、現場がタコツボ化し、誰もが上司と握った仕事しかやらない。こんな組織、事業に大きな未来はないでしょう。
体制の問題もあります。日本企業は現場が強いので、イノベーションのアイデアは大抵、現場から上にボトムアップしていきます。そうすると、怖い代官様のような上司がいて、「これは本当にうまくいくのか」と厳しくチェックする。市場のないところから生まれるからイノベーションなのですから、成功の道筋をロジカルに説明できるわけがないのです。結果、革新的なアイデアほど実行に移されず、潰されてしまう。
たまたま他社が同じことを考えていて、大当たりさせると、「なぜうちもやらないのか」と慌てて参入するものの、先行者利益が大きく、二番手以降は儲からない、という、笑えない話になってしまうのです。
企業によっては、トップ主導型で、イノベーションを仕掛けていく姿勢のところもありますが、しょせん、上がってくるアイデアが少ないので、当たり外れが多くなる。それよりも、社内のありとあらゆる部署から、常に斬新なアイデアが上がってきて、その中から精査して実行していくのが本来の姿です。そのためには、チャレンジを褒め称え、特別なインセンティブを与えるといった具合に、社内の仕組みを変える必要があるのですが、そこまで手を打って成功している企業の数は少ないのが現状です。
イノベーションの必要性は痛感しているのに、なぜ起こすのが難しいのでしょうか。この、まさにイノベーションのジレンマを解くには、イノベーションに対する考え方を根本的に変える必要があるのではないでしょうか。
例えば、営業部門で、お客様から「おたくにはAという商品はあるが、最近、うちではBという商品の需要が高まっているんだ。つくっていないのかね」と尋ねられたとします。それに対して「つくっていません」と答える営業が大部分でしょうが、「いまはつくっていませんが、つくれるかどうか検討してみますので、少しお待ちください」と持ち帰って、その声を製造部門に伝える営業がいたとします。それを聞いた製造部門の人がマーケティング部門にも働きかけ、検討した結果、B商品を自社のラインアップに加えたとします。幸い、画期的な商品ができ、競合を押しのけてシェアトップになるかもしれません。これは営業部員のほんの小さな行動が起こしたイノベーションといえないでしょうか。
あるいは、休日に自宅でニュース番組を見ていて、飢餓に苦しむアフリカの子供たちのドキュメンタリーに感銘を受けた人がいました。「日本の子供は恵まれているなあ」と思って終わる人がいる一方で、「うちの会社としてできることはないか」と頭をひねり、翌日、総務部に行って、流通段階で廃棄処分になっているけど、食用には何の問題もない製品をアフリカに寄付できないか、という相談を持ちかける人がいるかもしれません。この人の行動も、イノベーションにつながる、価値ある行動といえないでしょうか。
イノベーションの質より
行動を起こせるかどうかに着目する
賢明なる読者ならおわかりだと思います。私はイノベーションが起きない原因を、数の不足や質の悪さといったアイデアの問題や、目利きの不在、杜撰な選別プロセスといった体制の不備には求めません。なぜなら、ほんの些細なアイデアを眠らせずに次につなげられるか、という「行動」に着目するからです。
経営学の世界にはイノベーションマネジメントという分野があって、イノベーションの確率をいかに高め、いかに成功させるかという研究がさかんに行われています。でも、そのやり方をいくら真面目に追求しても、イノベーションによる組織や社会の活性化につながらないのではないでしょうか。
イノベーションの質を高める理論を探すのは一旦やめて、一人ひとりの人間がいかにイノベーションを起こす行動を取れるかを考えませんか。私たちは、先のB商品をつくろうとした営業マンや、アフリカの子供たちへの具体的な支援活動を会社に提案した人が取った、現状に甘んじず、まずは一歩踏み出してみる行動を「イノベーション行動」と呼び、それをいくつかの面から掘り下げ、「科学」にまで昇華させようという研究プロジェクトを国際大学のシンクタンクであるGLOCOM(グローバル・コミュニケーション・センター)で立ち上げました。名称は「イノベーション行動科学」です。
コンピュータでイノベーションが起きる確率を決めるとします。関係者一人ひとりがイノベーション行動を取る確率を0.1%に設定するのか1%に設定するのかで、全体の確率が大きく変わってきます。企業の中でも社会においても、その確率をできるだけ高めるにはどうしたらいいか。それを研究するのがイノベーション行動科学です。
イノベーターやアントレプレナー、社会起業家になれるような人は放っておいていい。どんな困難が立ちはだかろうと、次々にイノベーションを起こしていける人たちだからです。私は、私たちのような「普通の人」でもイノベーションは起こせるということを、研究を通じて明らかにしたいのです。

イノベーションはなぜ起こりにくいのでしょうか。私たちは、さまざまな学問成果を応用して、イノベーション行動を阻害するいくつかの要因を考えました。
ひとつ目は、市場を固定的にとらえることです。マーケティング会社が調査して、「これが市場だ」ととらえているものが市場だと勘違いしがちです。有名なたとえ話があります。「靴を売り込もう」と、アフリカのある国に出かけたセールスマンのうち、ひとりは、人々全員が裸足であることを目の当たりにして、「この国には靴の市場がない」といって帰ってしまった。ところがもうひとりは「靴を履く習慣がない、この国の人たちに靴を売れたら、どんなに大きな市場になるだろう」と、拠点づくりを始めた。もちろん、後者がイノベーション行動の取れるセールスマンです。
ふたつ目は「購買行動は論理的に決まっている」という思い込みです。最近の行動経済学の成果が明らかにしつつありますが、人間が合理的な判断を下せる場面は限られています。品質とサービスが同じなら、値段の安いものが売れるというのは、論理的な思い込みにすぎないのです。
また、組織というものが役割やミッションだけで動くものと思い込んでいませんか。成功のセオリーは一種類だけだと思っていませんか。イノベーションや企業変革は選ばれたエリートの専売特許だと信じていたり、物事はいろいろな蓄積で動いていくものなのに、天才の閃きが大切なのであって、自分にはそんなものの欠片もないと諦めたりしていませんか。
いずれも間違っています。組織はたったひとりの熱意で動きますし、成功という山に登る道がいくつもあるのは歴史を紐解けばすぐにわかります。熱意と信念があって、やり方さえ工夫すれば、誰もが変革を起こすことができるのです。
彼の仕事は
「フィールド・マツリスト」。
イノベーションのマネジメントではなくて、イノベーション行動のマネジメントを本気で行うなら、アイデアを出すのが得意な人間にはアイデア出しだけをやらせる、ビジネスをプロデュースするのが得意な人にはそれに専念させる、事業運営に長けている人にはひたすらそれに邁進してもらう、といった、得意分野ごとの切り分けが必要ではないでしょうか。
いまの多くの日本企業で取られている、全員がオール3を目指すようなやり方では、特にアイデアマンは埋もれてしまいがちです。
しかし、そのための施策を打つことは、組織の構造を根本からつくり替えることを意味し、大きな経営問題になってしまいます。今回は敷居を下げ、明日からできる、「イノベーション行動を促すチーム単位の仕掛け」を紹介したいと思います。
われわれKDIで実践していることなのですが、個々のメンバーが、自分のビジネスタイトルをつくるのです。仕事の専門領域を自ら決め、それを名刺にも刷り込むのです。営業や経理といった既存の職種ではなくて、名前からして斬新な、新しい職種のほうがより望ましい。
例えば、私は「WOW!リサーチエクスプロラー(驚きの研究を行う冒険者)」と名乗っています。自称「セクシーワークスタイリスト(思わずぞくっとする仕事のやり方をスタイリングする人)」の女性コンサルタントもいます。結構、人気があるのが「場コンダクター」。場づくりの専門家ですね。
このビジネスタイトルを考えるために、それぞれ何カ月もかけています。「自分は何がやりたいんだ」と自問自答しなければならないからです。「フィールド・マツリスト(現場で祭りを起こす人)」というタイトルを考えた人は実に1年かけました。最初は気軽に考えて発表するんですが、「どんな職業なのか」「本当にそれがやりたいのか」と、四方八方から突っ込まれ、悩みに悩むのです。この苦しい時間を経るからこそ、そこから出てきたタイトルが初めて自分のものになる。
ビジネスタイトルとはブランドです。自分たちの仕事ブランドを一生懸命考えるのです。ブランドができあがると、その分野における世界の第一人者になれるのです。同じ分野の仕事がどんどん振られるでしょうし、さまざまなアドバイスを求められ、人脈もできてきます。そうすると、その名に恥じないように、という自覚が生まれ、本を買い込んだりして自主的に勉強を始めるでしょう。
これがなぜイノベーション行動につながるのでしょうか。一人ひとりがある分野のプロになるわけですから、自分固有の世界観で仕事をとらえるようになるからです。
「私の仕事はA社の売り上げを上げることだ」という意識でいると、隣の同僚の仕事はあまり気になりません。でも、「プレゼン資料のマイスター」というタイトルを掲げた途端、隣の人が担当企業に出している資料のわかりにくさが気になって、自分の知識を教えたくなります。同じく、自分は「製造技術のプロ」という自覚を持った人なら、あらゆるプロジェクトの技術が気になり、気づいたことを指摘するようになります。つまりイノベーション行動が取れるようになるのです。私たちはこれを「分業のための専門化」ではなく、「協業のための専門化」と呼んでいます。
ファイリングの達人、マナーの鬼、文章師範、ビジネス書の目利き……些細なことでいいのです。そうやって、みんなが得意分野でつながる組織には、イノベーションの女神が微笑んでくれることでしょう。
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