
「当社の歴史は企業統合の積み重ね。そうしたなかで、私自身が18年前に参画した企業が今日なお中核を占めているのは、合従連衡の節目が訪れるたび『天の時、地の利、人の和』がそろったおかげといえるでしょう」
10月1日に発足した「スカパーJSAT(ジェイサット)株式会社」秋山政徳代表取締役執行役員社長は感慨深げに同社の足跡を顧みる。
同社は、持株会社であるスカパーJSATホールディングスの傘下で活動していた事業会社のうち、主要な3社を統合し、設立された。3社とは、(1)JSAT=衛星通信事業者、(2)宇宙通信=同上、(3)スカイパーフェクト・コミュニケーションズ=“スカパー!”をはじめ、衛星などによる有料多チャンネルデジタル放送のプラットフォームの提供である。
国内通信業界の大手でも放送事業をもつ例はなく、その逆の例もない。通信分野と放送分野を一社でカバーするのは、スカパーJSATが日本初だ。衛星の保有数、放送チャンネル数はアジアで最多。同社は、まぎれもなく日本でナンバーワン、オンリーワンなのである。
ところで“スカパー!”のブランドはすっかりお馴染みだが、例えばCSデジタル放送とBSデジタル放送の違いとなると、一般には浸透しきっていないのも実状だろう。
BSとは、放送用電波の送受信を目的にした放送衛星だ。CSのほうは通信衛星だが、通信用電波に加え、放送用電波も送受する。つまり守備範囲が違うのだ。それぞれが浮かんでいる位置(東経で表される)も違うため、草創期からの“スカパー!”とBS放送では、受信用のパラボラアンテナを向ける方角も異なる。しかしスカパーJSATは、BSと同じ東経110度に位置するCSも保有し、その点での強みももっている。

- 〈衛星事業〉衛星管制や企業などの各拠点へデータ配信を行う衛星マルチキャスト配信サービスの地上局(JSAT/YSCCテレポート)。
三つの事業会社を統合しスカパーJSATを設立した狙いを、秋山社長は「三本の矢」の逸話になぞらえる。「シナジーによる揺るぎない総合力で、元来の強みに一段と磨きをかける」のだ。
「主に通信インフラを提供する衛星事業は、日本の場合、市場が成熟段階にさしかかり、必ずしも年々飛躍的に成長できる環境ではありません。とはいえ、お客様方は長期安定的で、今後とも継続的に高収益がもたらされます。旧JSATと旧宇宙通信とをあわせ、計12個も衛星をもつので、なおさら収益力は大きいのです。
一方“スカパー!”をはじめ放送関連事業は当社の成長エンジン。非常に有望です。日本国内の総世帯数だけでも約5000万あり、まだまだ市場は深耕できるはず。その分、放送関連は資金需要が旺盛な事業なのです」
そこで資金の流れを最適化することはもとより、人・モノ・情報といった経営資源も、従来の3社の垣根を取り払って最大限に有効活用し、衛星事業・有料多チャンネル事業によるハイブリッドな成長モデルを実現していくのが、新会社であるスカパーJSATなのだ。その使命を果たすうえで示された企業理念は、次の通りである。
〈当社は、放送と通信という公共性の高いサービスを提供する企業として、その社会的責任を強く認識し、法令・倫理を遵守しつつ、つねにパイオニア精神をもってサービスの向上を図り、豊かな社会生活の創造に貢献する〉
この理念を掲げた背景について、秋山社長はこう説明する。
「異なる企業文化をもち、別々に走ってきた3社が一体となるからには、すべての役員・社員で共有すべき理念の明確化が不可欠でした。しかもグループ株式の時価総額は、地上波民放局一社並みの水準なのです。企業のステータスがアップすると同時に、公共性や社会的責任はより大きく重くなった。それを強く認識して仕事に取り組む姿勢も必要です。また、パイオニア精神を忘れず、衛星による通信・放送が融合する時代をリードしたい。通信も放送もカバーするマルチコンプレックスな企業として、公共の利益を生み出しながら、おもしろさ、楽しさも創造していきたいと考えたのです」

さて、秋山社長が先に触れた合従連衡の歴史を概観すると、まず1985年に伊藤忠商事などがJSATの前身となった日本通信衛星を設立。2000年までに同業他社のM&Aなど繰り返し、JSATへと発展した。
宇宙通信も85年の創立で、今年3月にスカパーJSATホールディングスが買収し、傘下におさめた。スカイパーフェクト・コミュニケーションズは、日本通信衛星から独立する形で94年にその前身が生まれ、やはり同業他社の数々を吸収してきた。
こうして二十余年の間に、合計でおよそ八つもの企業が集成された新会社が、スカパーJSATというわけだ。この経緯は、日本における衛星ビジネスの戦国時代を表すともいえる。
90年に伊藤忠商事より出向し、日本通信衛星に参画した秋山社長。同社の業容拡充に情熱を傾け、歩を進める過程で「食うか食われるか」の局面を克服した彼なればこそ、冒頭の発言にあった「天地人」は現実味を帯びている。
「グループ内の放送事業会社が他社にのみ込まれるかもしれない。そうなったら衛星をもつ会社のほうも─といった危機を感じた場面も思い出されます。我々が存続できたのは、命運のかかった岐路に立つたび、半歩だけ他に先んじてきたから。早すぎないし、遅すぎなかった。戦略的に考え、綿密な戦術を過不足なく構築するよう努めてきたのです。その結果、M&Aやパートナーシップ締結などに踏み切るTPO、ひいては『天地人』の三拍子に恵まれたのだと思います」

- 〈有料多チャンネル事業〉約300チャンネルの番組を放送するうえで多くの重要な役割を果たす放送センター(東京)。
また、自身についてはこう語る。
「90年に出向を命ぜられたときは、一時的な任務だと思っていました。しかし2000年にJSATの上場が決まり、私個人にも人生の転換点が訪れた。上場すれば伊藤忠との兼籍はできない。択一が必要でした。それまでJSATでの私は、国内には手本もない状況で衛星の営業活動を立ち上げ、統括し、国内外で成果もあがっていました。熟慮の末、JSATをライフワークの場に選ぶ決意をしたのです」

スカパーJSATは、成長の具体的なロードマップとして2008~12年の5カ年にわたる中期経営計画(以下、中計)を策定した。
放送関連事業は、三つのプラットフォームをもつ。まず、1996年にスタートしたCSデジタル放送の先駆け“スカパー!”(285チャンネル)。
二つ目は、BSと同じく東経110度に位置するCSを使った“スカパー!e2”(70チャンネル)。これはBS放送と同じアンテナで受信できるうえ、デジタルテレビやDVDレコーダーの大半にはチューナーが内蔵されており、契約者増が加速している。
三つ目は、CSでなく地上の光ファイバーケーブルで配信する(アンテナ不要)“スカパー!光”(地域により303~318チャンネル)である。
これらの有料視聴契約件数を全部あわせると、今年8月末現在で371万件余り。中計では、有料多チャンネル放送市場のシェア約3割、430万件まで伸ばすことを目指している。
達成に向けたプランのなかで最大の目玉は、ハイビジョン放送の開始である。すでに今月から15チャンネルがハイビジョン化されており、来年10月には累計70チャンネル以上に増える予定。さらに2012年度には、累計100チャンネル以上ものハイビジョン化計画が打ち出されている。
独自の調査結果に基づき視聴者の期待に応えて、ハイビジョン化するのは映画やスポーツを中心に、海外ドラマや総合エンターテインメントなど。さらにはドキュメンタリーや音楽、アニメほか、じつに多彩なチャンネルがハイビジョンで楽しめるようになる。
並行してハイビジョンにふさわしいコンテンツのさらなる充実のため、例えば2010年度にはプロ野球とサッカーJ1の全試合をハイビジョン放送する計画だ。
一方、コンテンツ増への対応や、契約件数を伸ばしていく戦術上、スカパーJSATにとって2011年は、その後を大きく左右する年となる。総務省によれば、同年にBSアナログ放送の終了で周波数帯域が三つ空き、新規のBSデジタル放送用周波数帯域も追加されるという。また同省は「東経110度にある衛星をBS、CSデジタル放送と区別せず、東経110度衛星デジタル放送として普及政策を一本化する」との方針なのだ。秋山社長は、絶好のチャンス到来ととらえている。
「総務省は新規参入の希望も調査しています。現在はCSが専門の我々もBSデジタル放送に進出し、大幅な契約者増につなげたい。なかでもBSアナログ放送終了後の空きチャンネルを獲得すれば、現状の視聴者の方々がそのまま当社と契約してくださることも期待されます。それをきっかけに同じ東経110度衛星の“スカパー!e2”へお誘いすることもできるでしょう」
秋山社長の意欲的な目標は、2011年以降も見据えている。
「いまBS参入への準備を万端に整えている最中ですが、ハイビジョン化やコンテンツの充実を含めた一連の施策を成功させることにより、2015年度には契約件数600万達成も視野に入ってくるものと考えています」
そうなれば、有料多チャンネル放送の日本市場で、名実とも「ガリバー」と呼ぶに値するスケールだ。

中計では、主に通信インフラを提供する衛星事業においても「アジア地域ナンバーワン、世界トップ5」の規模を活かし、堅実な成長による安定利益の創出を図る。その戦略は三本柱からなり、一本目の柱は移動体通信サービスの拡充だ。例えば、航行中の船舶に快適なインターネット環境を提供。また、陸上での災害時などには現場の車載中継局と固定拠点(本部など)との双方向通信もサポートする。とりわけ日本では、先ごろストラトス社(米)とジョイントベンチャーをスタート。移動体通信市場への本格参入を果たしたところだ。
二本目の柱は、公共サービスの需要拡大に対応することだ。例えば、総務省は2010年度までにブロードバンド・ゼロ地域をなくし、デジタルディバイド解消を目指している。ところが日本には、山間部の集落や離島も少なくない。ケーブルネットワークを網羅するのは限界がある。したがって衛星の出番となるのだ。
「すでに父島、母島などではスカパーJSATの衛星を使い、ブロードバンド環境が整備されました。住民の方々がネットショッピングを楽しめるようになったとの声もお聞きしています」
三本目の柱は、衛星事業のグローバル展開だ。すでに北米にはインテルサット社(米)との共同衛星を保有しており、同社とは来春、インド洋上の衛星を区分所有する計画がある。あらかじめユーザーを確保できているうえ、この衛星は船舶などの移動体通信にも貢献するものだ。結果、スカパーJSATの衛星事業エリアは、日本・アジア・北米から中東まで広がるのである。

中計で目指す業績は、営業収益2000億円、経常利益300億円、EBITDA500億円だ(持株会社・スカパーJSATホールディングスの連結業績として)。ただし、「数字至上主義に走ることはない」と秋山社長は断言する。
「米国でさえ、ワールドコムの不正会計と破綻などを教訓とし、経営者に短期で利益の急上昇を求める風潮は後退してきました。グローバルに共通する経営のキーワードは『利益』から『誠実さ』へ変わりつつあるといえるでしょう。企業にとって利益は欠かせませんが、スカパーJSATはあらゆるステークホルダーに長い目で見ていただき、それに応える価値を提供できる企業であり続けたいと考えます」
そう言葉に力をこめる秋山社長の信念もふまえ、中計に掲げられたビジョンは「質実剛健の会社を目指す」。「質」はサービスや商品の質を指し、その継続的向上によって顧客満足度を高めていく。「実」は、質の向上を通じて収益力を強化し、企業価値を最大化することを指す。
「本来の質実剛健は、質素にして誠実で、たくましさを備えていること。それもまたスカパーJSATのあり方として是だと思います。加えて、ビジョンにある通り『高品質が企業価値を高める』好循環を実現していきます」

- 秋山政徳(あきやま・まさのり)
1970年伊藤忠商事入社。宇宙・情報・マルチメディアカンパニー開発業務部長などを経て90年日本通信衛星へ。JSAT取締役などを歴任し、現在スカパーJSATホールディングス社長も兼務。
秋山社長は、かつて伊藤忠商事時代、故瀬島龍三氏の秘書を約5年半の間務めた経験をもつ。秋山社長が1990年に日本通信衛星へ出向し、衛星ビジネスの市場をつくりあげるため粉骨砕身した苦労の日々にも、経営をあずかる立場となってからも、氏の影響を感じることが折々あったという。
「瀬島さんは、いわずと知れた戦略・戦術のプロ。色紙などに好んで書いたのは『着眼大局着手小局』でした。勝海舟も実践を心がけたという有名な言葉ですが、『大局を俯瞰しながら目前のなすべきことを一歩一歩着実に実行する』の意。それを体現していた瀬島さんのもとで仕事をした者は皆、感化を受けたはず。私もその一人です」
まさに「着眼大局着手小局」の戦略と戦術こそが勝負の分かれ目で「天の時、地の利、人の和」を招き、秋山社長らは衛星ビジネスの戦国時代を勝ち抜いてきたのだろう。そしていま、スカパーJSATという巨大な新船のキャプテンとなった秋山社長は、通信と放送の新たな時代を切り拓く航海に船出したのである。
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