2008年12.29号 プレジデント言行録
「競合相手が、国内からフェラーリやポルシェや
ランボ(ルギーニ)に変わったんだよ。
もう演歌や浪花節のGT-Rじゃダメ。
ゼロから新しく出発しなければならない、
とてつもなく高いハードルだと俺は理解した」
(中略)「リーダーの仕事は
人をそろえることではなく、
人の心と価値観をつくること」
(「日本発“世界最強車”生んだゴーンCEOとの『運命の邂逅』」83ページより)
「みんなの顔つきが変わり、
声が大きくなり、動きのスピードが
ものすごく速まった。
わずか1カ月足らずです。
その進化は鳥肌が立つほど
感動的でした」
(「1カ月で『ザ・プライス』を開店せよ! 異例の人事に燃えたスーパーな男」59ページより)
「つくり手の思いばかりが先走ってもダメなんだ、
(中略)もっと引いた視点、
『お客様は何を求めているか』を
常に考えていかないと」
(「失敗から学んだ缶コーヒー『糖類ゼロ』圧勝の方程式」122ページより)
「金メダル獲得という厳しい競争にもまれることで、
現場に出てからの習熟度合いが格段に早い。
正直ここまでとは思わなかった」
(中略)「限られた時間内で競技することで
自然と身についた集中力がものをいうのだろう」
(「技能五輪 栄光の金メダリストたちのその後」127ページより)
松下幸之助さんは英語が一つも話せないのに、
技術提携先を求めて自ら世界に飛び出していった。
欧米の有力企業を直接訪問し、当時
世界屈指の電機メーカーだった
オランダのフィリップス社と
電子部品での合弁を実現させたのだ。










