ビジネススクール流知的武装講座 [210]

「通貨危機」ユーロ、「迷走」ドルの真相

 
 

金融危機を受け、ユーロやアジア通貨が暴落する一方、
ドルの減価は限定的にとどまっている。
筆者はアジア通貨の変動分析から、その理由を明らかにする──。

 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
小川英治=文
text by Eiji Ogawa
1957年、北海道生まれ。一橋大学商学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得、商学博士。88年より同大学商学部勤務。ハーバード大学(86~88年)、カリフォルニア大学バークレー校(92~93年)でvisiting scholar。著書・訳書に『国際通貨システムの安定性』『金融経済入門』『金融リスク管理戦略』などがある

平良 徹=図版作成
 
 


基軸通貨という地位を
現在もなお維持するドル


 本誌2008年10月13日号に筆者が「『グレシャムの法則』から見た基軸通貨ドルの明日」というタイトルで文章を載せた。「ユーロの台頭、サブプライムローン問題の深刻化により、もろさを露呈するドル。それでもなお、基軸通貨の座を維持している理由とは──」という前文を付け、そして、その文章の最後に「ドルは、減価し続ける一方、国際貿易取引や国際金融取引において最も利用される基軸通貨という地位を現在もなお維持している」と書いた。
 その後、9月のリーマン・ブラザーズ・ショックがグローバル金融危機に発展するにつれて、世界中の各国通貨の為替相場を大きく変化させるという影響をもたらしている。ドルが「国際貿易取引や国際金融取引において最も利用される基軸通貨という地位を現在もなお維持している」という背景から、グローバル金融危機のなかドルの減価は限定的なものとなっていて、むしろユーロや一部のアジア通貨が暴落する事態となっている。

 図1と図2と図3を見ていただきたい。図1は、アジア通貨(ASEAN10カ国と日中韓の13通貨)の加重平均値を対ドル、対ユーロ、対ドルとユーロのバスケット(アジアの対米・対ユーロ圏の貿易ウエート)で表したアジア通貨単位(Asian Monetary Unit: AMU)の動きを示している。2000~01年のベンチマーク期間においてAMUの対ドル、対ユーロ、対ドル・ユーロのバスケットの為替相場を一としている。上方に推移すればアジア通貨が対ドル、対ユーロ、対ドル・ユーロで増価することを意味し、下方に推移すればアジア通貨が対ドル、対ユーロ、対ドル・ユーロで減価することを意味する。一方、図2と図3は、各アジア通貨がどれほどそのベンチマーク期間の水準よりも過大評価されているか、あるいは、過小評価されているかを表すAMU乖離指標の動きを示している。
 図2には、最近、大きく減価しているアジア通貨の動きが示されている。一方、図3には、最近、増価しているアジア通貨の動きが示されている。これらのAMUおよびAMU乖離指標は、一橋大学グローバルCOEと経済産業研究所の共同プロジェクトとして毎週、データ更新が行われるとともに、ウェブサイト(http://www.rieti.go.jp/users/amu/index.html)に掲載されている。






アジア通貨による
「対ドル」「対ユーロ」の
非対称的な動きとは


 図1を見ると、アジア通貨とドルとユーロの間の特徴的な関係が見られる。アジア通貨は、00年10月から03年6月にかけて、対ドル・ユーロで10ポイント減価した後、徐々に増加し続けてきた。08年10月末には、00~01年のベンチマーク期間の通貨価値水準に戻ってきている。このような穏やかなアジア通貨の動きを対ドルと対ユーロに区別してみると、アジア通貨の価値の変動以上に、ドルおよびユーロの価値の変動を反映した形で、これらが推移していることが見て取れる。

 02年3月以降、ドルの全面的減価を反映して、アジア通貨は対ドルで08年3月まで増価を続けてきた。この間にアジア通貨はドルに対して20ポイント以上、増価した。しかし、07年8月のサブプライムローン問題の発覚(サブプライム・ショック)以降の円キャリー・トレードの手仕舞いの影響を受け、さらには、08年9月のリーマン・ブラザーズ・ショックの影響を受け、アジア通貨は対ドルで減価に転じている。逆に言うと、アメリカ経済がサブプライム・ショックおよびリーマン・ブラザーズ・ショックを受けたにもかかわらず、ドルはアジア通貨に対して増価に転じている。このことは、ドルがアジア通貨のみならず、ユーロやポンドをはじめとするヨーロッパ通貨に対しても増価に転じていることと共通している。
 アジア通貨の対ユーロの推移を見ると、最近において、アジア通貨が対ドルで減価している以上にユーロが大きな減価をしていることが見出される。00年10月にアジア通貨が対ユーロで最高値を付けた後、04年12月までに40ポイント以上、対ユーロで減価した。その後、アジア通貨の対ユーロでの減価は小康状態になったものの、さらに徐々に減価し、リーマン・ブラザーズ・ショックの直前の08年7月には、00年10月時点の水準に比較して、50ポイント近く減価した。しかし、その後、リーマン・ブラザーズ・ショックを受けて、3カ月ほどの間に20ポイントもアジア通貨は対ユーロで増価することになる。

 このように、アジア通貨が対ドル・ユーロに対しては比較的安定した動きとなっているにもかかわらず、アジア通貨の対ドルの価値と対ユーロの価値が非対称的となっているのは世界の通貨の動きが反映されている。とりわけ、サブプライム・ショックとリーマン・ブラザーズ・ショックを受けて、08年4月以降のアジア通貨の対ドルの減価および08年7月以降のアジア通貨の対ユーロの増価といった非対称的なアジア通貨の動きは、ユーロが対ドルでアジア通貨以上に大きく減価していることを反映している。グローバル金融危機において、ユーロが最大の影響を受けていることの表れである。さらに、ユーロ圏の周辺の通貨を見ると、そのいくつか(例えば、アイスランド・クローナ)はほとんど通貨危機に陥っている状態にある。
 サブプライム・ローンの証券化商品を保有していた欧州の金融機関が、そのバランスシートを傷めているために、ドル資金を調達できない状態にあることに加えて、欧州の一部の国々で土地バブルがアメリカと同時に崩壊したことによって、ユーロをはじめとする欧州通貨が暴落した。
 ユーロはユーロ圏およびEU域内における決済通貨として利用されているものの、域外諸国とは依然としてドルを決済通貨として利用せざるをえない状況において、欧州の金融機関が傷んだバランスシートのためにドル資金を調達できないことが、ユーロをドルに対して大きく減価させることになっている。逆に言うと、ユーロ圏およびEU域内を除くと、世界経済における決済通貨をドルが独占していることから、グローバル金融危機によってバランスシートを傷めた世界中の金融機関へのドル資金の供給が細り、これらの金融機関がドル資金を欲しても調達できないことから、ドルに対する超過需要状態が発生して、アメリカ発のグローバル金融危機のなかでドルが相対的に増価する事態となっている。

 次に、目をアジアの各国通貨に移してみよう。確かにアジア通貨は全体的に見ると、最近、減価傾向にあるものの、アジア各国通貨間においても非対称的な動きを示している。図2は、アジア通貨のなかで(AMUに対して)減価している通貨(インドネシア・ルピア、韓国ウォン、マレーシア・リンギット、フィリピン・ペソ、シンガポール・ドル、タイ・バーツ)を集めて、その動きを示している。一方、図3は、アジア通貨のなかで(AMUに対して)増価している円と人民元の動きを示している。最も大きく減価したのは、韓国ウォンである。ウォンは、04年後半から増価し始め、06年2月から07年11月初めまで、00~01年のベンチマークに比較して20%過大評価されていた。しかし、07年11月以降、ウォンは急速に減価し続け、08年10月末には、00~01年のベンチマークに比較して30%弱の過小評価をされるまでに減価した。この1年ほどの間に、ウォンは、アジア通貨のなかで50ポイントも減価したことになる。
 その他のアジア通貨も、ウォンほどではないが、タイ・バーツなども、サブプライム・ショックとリーマン・ブラザーズ・ショックを受けて、この1年間に減価している。

米国は双子の赤字が深刻になり、
ドル安への可能性も


 一方、図3に示されている円と中国・人民元は、前述したウォンやバーツとは異なり、アジア通貨のなかで増価している。円は、07年7月においては、00~01年のベンチマークに比較して14%ほど、過小評価されていたが、その後、増価傾向にあり、08年11月には数%の過大評価となっている。この1年ほどの間に円はアジア通貨のなかで約20ポイントの増価となった。また、人民元は、08年3月までは一貫して、00~01年のベンチマークに比較して過大評価もなく過小評価もなかったが、08年3月以降、アジア通貨のなかで増価に転じて、他のアジア通貨が減価するなか、08年11月初めには相対的に7%ほどの過大評価となっている。

 このように、サブプライム・ショックに始まり、リーマン・ブラザーズ・ショックによって深刻化したグローバル金融危機は、ユーロをはじめとする欧州通貨を減価させるとともに、アジア通貨を減価させている。しかし、グローバル金融危機は、アジア通貨間において、ウォン等を減価させる一方、円や人民元を増価させるという非対称的な効果をもたらしている。言い換えれば、グローバル金融危機によって、バランスシートの傷んだ金融機関がドル資金を調達できなくなっていることによって、ドルを相対的に増価させる結果となっている。しかし、これは短期的な現象である。
 アメリカ政府が金融機関へ資本注入を進めるにつれて、今後、財政赤字が増加することが予想される。アメリカの金融危機によって民間消費と設備投資が縮小したとしても、それ以上に財政赤字が膨らむ可能性が高く、そのことは、経常収支赤字を拡大する可能性がある。
 00年代前半から発生していた双子の赤字(財政赤字と経常収支赤字)がより深刻になるかもしれない(一時期、「三つ子の赤字」(財政赤字と「家計部門赤字」と経常収支赤字)が発生していたが、住宅バブルの崩壊および金融危機の発生とともに民間貯蓄不足が解消した)。そのことは、長期的にはドル安が発生することを意味する。

 
 
PRESIDENT 2008年12.15号
PRESIDENT 2008年12.15号
税込価格 650 円
売り切れ
 
PRESIDENT公式twitterアカウント

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更