職場の心理学 [207]

日本企業は「グーグル化」できるのか

 
 

意思決定のスピードアップ、現場への権限委譲、人件費削減のために、
多くの日本企業で組織のフラット化がすすめられた。
しかし、フラット組織はうまく機能しているのだろうか。
グーグルのようなフラット組織の成功例とはどこが違うのだろうか。

 
 
SPC CONSULTING ディレクター
白藤 香=文
text by Kaori Shirafuji
しらふじ・かおり 学習院大学大学院経済学研究科博士課程後期満期。日・欧・米上場企業に勤務し日本・北米・台湾でマネジメントを経験後、01年独立。グローバル組織の調査分析、組織運用、人事労務管理に関するコンサルタント。

高橋常政=イラストレーション

 
 

組織のフラット化で増えた
管理職に対する不満


 かつて日本企業では、評価査定によって昇進の階段を駆け上がり、賃金も上げることができたため、定年まで勤めても従業員全員が仕事を生き甲斐に働き続けることができました。しかし1990年代後半から成果主義や組織フラット化という改革を進めた結果、評価査定や管理職に対する不満が増え、職場は活力を失い混沌としています。
 その理由として挙げられるのが、フラット化でヒエラルキーをなくしたことによる「インセンティブ機能(動機づけ)」の低下です。フラット化導入前の研究では「査定によって、賃金、特に昇進・昇格に差をつけてきたことが日本の労働者のインセンティブ向上に役立ってきた(*1)」(橘木俊詔)と考えられてきましたので、フラット化導入後はそこに影響が出ていると推測されます。
 日本企業では組織フラット化導入に際し、
(1)意思決定プロセスのスピードアップ
(2)現場への権限移譲
(3)ポスト縮小による人件費削減
 の三つのメリットが、ヒエラルキー組織のデメリットを上回ると当初は期待されていました。しかし日本企業で効果を挙げたのは人件費削減の一つだけで、その他はすべて問題の種となりました。

 まず、管理職の業務過多が現場で顕在化しました。意思決定がトップダウンである欧米企業の視点からすると、情報が管理職一人に集約されれば、機能的合理的に意思決定ができると理論上は考えられます。しかし、企業従業員調査によると日本企業では合議による意思決定が90%も占めています。合議による意思決定では、管理職一人に情報が集約されると身動きが取れなくなってしまいます。そのため管理職は部下に対して十分な業務対応ができず、評価査定に対する不満もうっ積しました。

●ボトムアップの意思決定
 特に不満が多い若手の場合は、中間管理職層(特に課長)がいなくなり、ボトムアップによる仕事が機能しなくなりました。その研究分析が日置弘一郎ほか著『日本企業の「副」の研究』第五章に紹介されています。
「ボトムアップの意思決定では、各課内のとりまとめ、他課や他部との交渉・打診が合議形成に効率的であり、決裁の迅速化をもたらしている。こうした役割を課長代理が課長のために、次長が部長のために演じている。(中略)問題は決裁の効率であって職階の数ではない(*2)」
 日本企業のお家芸であったボトムアップによる活力創出は、根こそぎいなくなった課長などの「副」の機能が支えていたとする説には深く共感します。

●日本企業内の昇進・評価
 さらにフラット化した組織では人間関係の不協和音も発生しています。経済学では「組織構造面の特徴を所与として、そこから生じるインセンティブの問題を軽減するように日本の報酬システムは設計されている。(中略)つまり短期的な賃金体系と長期的な昇進のインセンティブがトレードオフになる(*1)」(伊藤秀史)と考えられてきました。
 しかし、企業従業員調査の実証分析(*3)では、成果型人事制度を導入し組織構造がフラット化した場合、「賃金」満足度は低いまま、「昇進」満足度も低く、同時に「評価」満足度も大幅に低くなるため、結果としてインセンティブ機能が欠如し、組織の求心力が弱まっています。
 フラット化による長期的昇進機会損失のデメリットが、成果型人事制度による短期的賃金査定のメリットを上回り、そのため人間関係による不協和音が起きていると考えています。

 では、組織フラット化の成功事例として注目を浴びる米グーグルはどうなのでしょうか。
 米グーグルの採用人材は、本社求人広告によると「専門知識のある、自律行動的でリーダーシップのある個人」というキャラクターが示されています。また従業員の人材開発要件を読みますと、「誰もが強いリーダーシップを持つこと」がビジョンとして描かれています。では、強いリーダーシップを持つ個人が営む組織運営とは具体的にどのようなものでしょうか。次の二点に整理できます。

(1)曖昧さの少ないディべート型の意思決定手法
 国内でディベート型の意思決定にイメージが一番近いのは大学組織の「教授会」です。研究のプロフェッショナルが営む教授会とは、「決定手法が平等」なフラット組織で、その意思決定では理論構築力、対話力、議論力を駆使した話し合いが展開されています。首都圏の大学数校で聞き取りをした結果、その意思決定はディべートに近い議論を経て決裁されていることが多いことがわかりました。


グーグル型フラット組織と
日本型との違い


 一方、日本企業の場合、対話では傾聴の精神で他の意見を吸収しながら融合する過程を辿ります。そのため話し合いは曖昧さを多く含むこととなりディべート型にはならず、現場が正しい意思決定をしているとは限りません。
 つまりフラット組織とは、個人の主張を強く打ち出せる従業員が互いの意見を対話によって競い合い、トップダウンに頼らずともメンバーだけで最良の判断が下せるため、階層がいらない状態を意味します。
 そもそも前提として、日本人の多くは欧米人のように「まず個人を尊重し、他との違い(個性)を明確に打ち出す」という個人主義ではない。個人主義型組織では指揮命令はリーダーのトップダウンによるため、最初から意思決定プロセスと場のあり方が日本企業とは大きく異なっているのです。

(2)“狭く深い”専門性の高さ
 またフラット組織の運営では、職種ごとに高パフォーマンスが求められます。高い専門性と強い個性を備え持つプロフェッショナルのプロジェクトでは、各個人の業務遂行レベルが一定基準に揃えられ、職務分担が個人ごとに細分化されています。プロジェクトマネジメントの進捗管理では、各担当者同士の横の連携がなくても個別業務は仕様通りに仕上がります。そのため一部分で進行を妨げた担当者がいたら、手厳しく評価されメンバー除籍などの制裁を受けます。その視点で、日本企業が得意とする“広く浅い”専門性を生かした「文殊の知恵」プロジェクトでは、横の連携なくして個別に業務遂行することはむずかしいでしょう。

 以上から、日本企業がグーグル化するためには、従業員個人の特性や行動パターンの中身を大幅に変えることが求められます。

(1)まず自身の考えを理論的に説明し相手の意見を的確に理解し返すなど、議論から結論を導く対話力を磨くこと
(2)次に職種別の専門性を狭く深く高めることによって個人の職務遂行能力を上げること

 この2点がチームとして同水準になれば合理的なフラット組織を営むことが可能になると思います。単純に日本企業に導入をしますと職務個別化が進み自己完結が多くなるため、組織力で培ってきた「日本の強み」を同時に失うことになります。そのため、従業員には理論思考を伴った対話力、修士レベルの専門知識など、個別運用のための能力スキルを自己研鑽してもらい、チーム力を結集し職場で実践することによって学習効果を高め、全体としてレベルアップが図れます。

 グーグルに見られる組織フラット化は、欧米組織のグローバル戦略のひとつです。一方、日本企業の組織運用では、国内では「和」を基調としたチーム力を守りながらも、半面グローバル市場では多数を占める「個人主義型組織」の個別行動パターンにスイッチできる器用さと能力が必要になります。北米や中国の企業では、上司が新しい仕事を部下に課す場合、どんなに褒められても思いっきり嫌な表情を見せ、快く引き受けない従業員が大勢います。このような人材を動かすためには、なんらかの「インセンティブ機能」を仕掛ける必要があります。
 日本企業のように能力資質の標準が諸外国に比して高く、柔軟な職務範囲を持つ場合には、組織の中にヒエラルキーのある「昇進」ポストを維持することが重要です。つまり、長期的に努力しチャレンジする機会を与え、将来まで見据えて社内に人材を蓄積しながら、個人を縛らない評価制度で運用すると、従業員は自主的に前に進みます。そうすると日本企業では、個人に賛同して生まれるプロジェクトや仕事に情熱のある従業員が新たな市場価値を創出するなど、他国の組織とは違った独自性ある成果の出し方をするようになります。

 昨今日本の組織改革は、個人主義組織の行動をもとに考えられた欧米コンセプトや手法の輸入が多く、職務の個別化を加速させました。「組織が狂うと元に戻すのに10年はかかる」といわれます。筆者は欧米組織や台湾組織でのマネジメント経験を踏まえ、各地域の従業員特性を強みとして組織運用に活かすことが大事であると考えています。グローバル戦略とは、ある望ましい組織行動をモデルとして標準化し、その行動を「一つの完結した組織シナリオ」として世界各地で運用することにほかなりません。日本企業のように独自性が高い場合は、例外として強みを死守することが大切と考えています。
 今後どのようなグローバル市場戦略になっても、日本企業の強さは「組織力」にあることを忘れてはなりません。筆者はかつて世界各国のマネジメントが集うセールスコンファレンスに幾度か参加し、ともに自己研鑽する中で、欧米人と比べ日本人が集団から個人になったときの弱さを、内面的外面的にいろいろ発見してきました。生産性ではドイツ企業に大きく離され、収益性では韓国企業と鼻の差となり、世界市場で各国企業が勢いを伸ばしてきている中、組織力を弱めた日本企業は国際競争力も低下させています。

 世界的な変化の潮流の中で今後どうすればいいのでしょうか。筆者は、人事制度では賃金体系のインセンティブ機能と長期的な昇進昇格ヒエラルキーをいま一度見直すと、職場の不協和音は改善され、組織の活性化が図れると考えています。また組織運用では、深く高い専門能力と優れた対話力を兼ね備えた個人を「文殊の知恵」チームに結集し、組織力として集約すれば、日本企業は間違いなくグローバル市場で高い成果が見込めると予測します。逆境の金融危機の中で勢いを盛り返すためにも、日本企業は自社の強みを活かし、グローバル組織へとシフトできるように、組織改革にはいち早く着手してもらいたいと願っています。

 
 

注と参考文献
(*1) 橘木俊詔・伊藤秀史編著『査定・昇進・賃金決定』
(*2) 日置弘一郎ほか著『日本企業の「副」の研究』
(*3) SPCCLABO企業従業員調査ならびに研究調査分析
IMD/WEF International Competitiveness 2007
OECD Compendium of Productivity Indicators 2008

 
 
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