
カネでは買えないものが2つある。時間と健康だ。この2つに共通するのは、「自己責任」が求められること。だが、時間のマネジメントには熱心なビジネスパーソンも、ヘルスマネジメントとなると手薄になりがちだ。長年、多忙なビジネスパーソンを診察してきた出版健康保険組合・健康管理センターの須田都三男名誉院長(医学博士)は、こう警告する。
「仕事熱心でアグレッシブな人ほど重大な健康障害に陥りやすい。忙しいとどうしても生活習慣が乱れがちになりますが、こればかりは自分で管理するしかありません」 わかっていても、多忙な身には容易ではない。そんな悩みを抱える人のために、健康管理のコツを伝授してもらった。それが「ビジネスパーソンのための健康10カ条」である。
須田医師がまず掲げるのは、「(1)自分の体質上の弱点を知る」こと。
「人間の体質はそれほど変わるものではありません。だから、定期健診などで自分の体のことをよく知ってください。病気の予防も生活習慣の改善も、ここから始まります」
そのうえで、毎日体調をチェックし、記録することを須田医師は推奨する。健康管理にありがちな失敗は途中で挫折すること。だが、記録をつけることによって、モチベーションを維持できるという。今は体重や血圧も自宅で手軽に測れる。それらの数値を記録し、毎日自分の体と向き合うことは、特にこれからの時期役に立つ。
「年末は仕事の追い込みや行事が重なっていつも以上に忙しくなり、宴席も多くなります。冬はそうでなくても寒さで血管が収縮し、体に負担がかかる季節。そこへ過労やストレス、暴飲暴食が加わると、心臓病や脳血管障害などの疾患を発症することがあります。記録をつけていれば、『どうもここのところ血圧が高めだ』とか、おのずと変化に敏感になります。自分のコンディションを知ることは、病気の兆候を知る手がかりになるんです」
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須田都三男(すだ・とみお) 医学博士 |
10カ条の中でも、生活習慣、特に食事は重要である。原則は「(6)ゆっくり食べて、腹八分」。カロリーの高いものや脂っこいものは避け、「(8)魚や野菜、大豆食品など多種の食品をバランスよく」摂取する。
「理想的なのは和食です。洋食に比べて脂肪分やコレステロールが低く、野菜、豆類、海藻、いも類、ゴマなど、食物繊維の豊富な食品も多い。心臓病や脳血管障害の原因となる高脂血症を予防するのに、食物繊維の豊富な食品はとてもいいんです」
しかし、いくら身体にいいからといって、いつも精進料理のような食事では味気ない。たまには天ぷらやとんかつにも食らいつきたいものだ。
「揚げものも適量であれば食べて構いませんよ。血液中の脂質を増加させるような食生活は慎むべきですが、極端な節制は続かないものです」
「ただ、コレステロールには誤解もあります。よく『コレステロールを多く含む食品をとると、コレステロール値が高くなる』と思っている人がいます。しかし、体内のコレステロールは、適切な量に保たれるよう生合成されているのです。食事から吸収されるのは、全体の2割程度に過ぎません。もしコレステロール値が高いのであれば、それは薬の力を借りて改善する方法もあります」
気になる酒についても、「(7)強い酒を控え、ゆっくり楽しく適量を守って」飲むのなら構わないという。
「よく『休肝日』をもうけるといいといいますね。でも、そうすると反動で休肝日以外の日に飲みすぎてしまうことがあります。大事なのはトータルの量。日本酒一合くらいの量であれば、毎日飲んでもいいでしょう。毎日3合以上飲む人は『常習飲酒家』といい、アルコール性肝障害になりやすく、五合以上を10年以上続けると、アルコール性肝硬変などさまざまな障害を起こします。大酒によるアルコール性肝炎は肝硬変への特急券といわれ、短期間で肝硬変に進行します。くれぐれも飲酒は適量を心がけてください」
食べて飲んだ後は歯磨きである。軽視されがちだが、「(9)うがいや歯磨きなどの口腔ケア」も大切だ。
「口の中の細菌は、歯周病を引き起こすだけでなく、年とともに気管へ入りやすくなり、肺炎の原因となります。高齢者施設でうがいや歯磨きを励行したところ、肺炎患者が減ることがわかりました。口腔ケアは、疾病の原因となる病原を元から絶ちます。きちんと歯を磨いたつもりでも、デンタルフロス(糸楊枝)や歯間ブラシを使うと、驚くほど歯垢がとれるもの。毎日一度は丁寧にケアしてください」
食事と同じく大切なのが運動である。だが、これも「わかっちゃいるけどできない」ことのひとつである。それならば1日30分歩けばいい、と須田医師はいう。まとめて30分でなくても、15分を2回でもいい。それも少し息が上がっても、笑顔が出るくらいのニコニコペースのほうが体にいいという。これなら通勤や昼休みの時間を使って無理なくできそうだ。

これからの季節は忘年会や新年会など、宴席の機会も増える。それに伴って病院を訪れる人も増える、と須田医師はいう。
「暴飲暴食は、急性胃炎、出血性胃炎、十二指腸潰瘍や食道炎など、胃や食道の疾患の原因になります。胃痛や胸やけ、嘔吐、吐血があったら危険シグナルです。小腸の潰瘍や炎症によって、消化不良や下痢が起こることもあります。それから、急性アルコール中毒。日本酒1升くらいになると、意識混濁、歩行不能、嘔吐などが起こり、昏睡して呼吸麻痺で死亡することもあります。暴飲暴食をすると、血圧が上がって脳血管障害も起こりやすくなります。過労やストレスのたまりやすい年末年始は特に注意が必要です」
その他意外と多いのが、痛風発作だという。痛風は、血液中の尿酸が増えること、つまり高尿酸血症から発症する。尿酸は通常老廃物として尿に排出される。ところが、水に溶けにくいため、増加すると溶けきれない尿酸が関節にたまって沈着し、激しい痛みを引き起こすのだ。
「発作が起こると、足の親指のつけ根が赤く腫れ上がり、歩行困難になるほど痛みます。暴飲暴食は発作のひきがねになります。忘年会などの後に発作を起こした患者さんを私もたくさん診てきました。痛みや腫れは7、10日でなくなりますが、高尿酸血症を治さないと発作を繰り返すことになります。痛風や高尿酸血症は、働き盛りの男性に増えている病気のひとつ。飽食の結果ですね」
高尿酸血症は、高血圧や高脂血症などを合併しやすく、動脈硬化につながりやすい。
「動脈硬化は高脂血症、つまり血液中に含まれる脂質が過剰になることから起こります。飽食、過食、運動不足の現代社会では、高コレステロール血症のような高脂血症が著しく増加しました。定期健診でももっとも多い異常所見です。血液中の脂質が過剰になれば、動脈内壁が厚く硬くなりやすく、それが破れて、血栓ができやすくなります。高脂血症は典型的な生活習慣病です。食生活や運動で改善できることも多いのですが、自覚症状がありません。健診などの数値から、自分が高脂血症になりやすい体質かどうかを知ってください。なりやすい体質であれば、日頃の生活習慣を根気よく改善する必要があります」
定期健診で兆候が見られる人は、生活習慣の改善に真剣に取り組むべきだろう。食べすぎない、飲みすぎないのはもちろんだ。
だが、品行方正ばかりでは息も詰まる。ボーナスで懐も温まれば、街に繰り出して1年の疲れを思い切り吹き飛ばしたいのも人情だ。旨いものは食いたし、病気は怖し。何かいい知恵はないだろうか。
「ツボをおさえて飲み食いすればいいのです。まず、空きっ腹に酒、というのは絶対にいけません。胃が荒れます。何か食べて胃をコーティングしてから飲んでください。食事は酒の肴のようなものを積極的にとるといいですね。
こういうものは野菜や海藻などビタミンが豊富ですから。たんぱく質は、肉より豆腐、魚などをとりましょう。脂っこいものはほどほどに。食べるなら植物油で調理したものにしてください。そして、何を食べるのもよく噛んで、ゆっくり食べてください。それで満腹を感じて食べすぎを防ぐことができます。2次会、3次会は、自分の体調とよく相談して、行くかどうかを決めましょう。無理は禁物です。食事も酒も付き合いも、『ほどほど』に勝る健康の秘訣はないのです」
メタボ腹をながめつつ、暮れ行く年の名残を惜しむ。そんな人にこそ実践して欲しい10カ条である。 ▲▲
誰でも憂うつになることはある。だが、その憂うつが気力や根性の問題ではなく、心の問題であることがある。いわゆるうつ症状やうつ病だ。
「そんなの自分とは関係ない」とたいていの人は思う。ところが、「うつ」は「心の風邪」といわれ、軽症を含めるとほとんどのビジネスパーソンが経験しているといわれる。「どうも意欲がわかない」「朝、新聞を読む気がしない」「よく眠れない」「いつも見ている番組を見ても面白くない」「集中力がない」。こういう症状が続いたら、それは「心の風邪」といっていいかもしれない。「風邪」である以上、無理は禁物。休養をとったり、気分転換をしたりするのが最良の薬である。
心の風邪(うつ)はストレスで起こるとは限らない。昇進や引っ越しなど、本来喜ばしいはずのできごとでも発症する。出版健康保険組合・健康管理センターの須田都三男名誉院長はいう。
「昇進したはいいけれど、仕事内容の変化に適応できず、元気がなく落ち込むケースは多く見られます。また、マイホームを手に入れたとたん、長年の夢が叶って気が抜けてしまう、という『引っ越し症候群』もあります。環境が変わると、その現状にスムーズに溶け込めずにいる状態です」
軽症ならば風邪と同じように自然治癒する。しかし、2週間以上症状が続くときは、こじらせる前に医師やカウンセラーに相談したほうがいい。今は薬で心の風邪を抑えることができ、「病」である以上、必ず治療する。一人で悩むのがいちばんよくないそうだ。
今や欠勤日数原因の六割以上が心の風邪(うつ)が原因だという。かかるのは真面目で責任感の強い人。部下や同僚がかかることも珍しくなくなった。そんなとき、つい「がんばれ」と声をかけたくなる。だが、励ましは厳禁。職場復帰を祝って飲み会に誘うなどもってのほか。
「本人を追い詰めるだけだから、普通に接するのがいちばん」と須田医師はいう。
転職も自己主張もままならなかった昔に比べれば、今ははるかに恵まれた時代である。それなのに急増しているという。その理由を須田医師は、「昔は苦しくても希望がありました。今は明日に希望がないんですね」と分析する。人間、衣食足りて長い人生を生きられるほど単純な生きものではないのである。 ▲▲

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