職場の心理学 [206]

みずほ式
「即成栽培」「横串人事」の内側

 
 

グループ企業が6社に及ぶみずほフィナンシャルグループ。
その全人材3万4000人を最大限活かす人事制度とはどのようなものなのか。
経営統合後の社員の求心力を高めるヒントもそこに隠されている。

 
 

ジャーナリスト
溝上憲文=文
みぞうえ・のりふみ
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学政経学部卒業。経済誌記者などを経て独立。経営、ビジネス、人事、賃金、雇用問題を中心テーマとして活躍中。『年金革命』『隣りの成果主義』など、著書多数。

高橋常政=イラストレーション

 
 


グループ6社共通の人事制度構築で
人材交流を活性化


 M&Aによる経営統合の最大のリスクは人的資源の再構築であるといってもいいだろう。企業文化や価値観が異なる社員が一緒に机を並べて仕事する以上、問題が発生しないはずはない。人的融合がうまくいかなければ社員の既得権争いの激化や優秀社員の流出といった障害を招くことになる。
 過去の経営統合ではこうした障害を回避するために旧社の人事制度を並立し、タスキ掛け人事やクロス人事の実施。あるいは近年では持ち株会社体制を敷いて旧社の事業子会社化による人事処遇制度の温存という手法も見られた。しかし、こうしたやり方では人的資源の活用という統合効果はとうてい望むべくもない。
 統合後の最大の課題は真っ二つに割れている社員の求心力の一元化であり、人的融合のシナジー効果を発揮するための人材マネジメントシステムの再構築である。その観点では持ち株会社体制を敷くみずほフィナンシャルグループの仕組みは極めてユニークな存在といえるだろう。
 おもなグループ企業には持ち株会社をはじめ、みずほ銀行、みずほコーポレート銀行、みずほ証券、みずほ信託銀行、みずほ情報総研の6社があるが、最大の特徴は人事制度のフレームワークを共通化した「プラットフォーム」を構築している点だ。具体的には社員の健康保険、企業年金制度などをグループ共通にしているほか、給与体系などの人事制度もまったく同じ仕組みを共有している。
 たとえば月例給は年功色を払拭し、携わる職務内容で決まる職務給と成果加算給で構成される。グループ企業の職務内容を分析し、共通の職務レベルを1~15段階に格付けした職務等級制度を導入。職務給は単一賃金であり、仮に三等級の社員の職務給が30万円であれば、どの企業でも三等級であれば同じ30万円となる。ただし、賞与は個々の企業業績や業態に合わせた評価方法によって異なり、好業績企業とそうでない企業では当然原資の配分も違ってくる。
 給与は共通、賞与は個別という考え方は「評価」でも貫かれている。人事制度の根幹をなす人事ビジョンとして「人材投資のROE」を掲げる。ROEとはResponsibility=自主性と自己責任原則、Opportunity=公正な機会の提供、Employability=市場競争力のある専門性の追求であり、ROEを高めることで魅力に富んだ働きがいのある環境を目指している。そして単に言挙げするだけではなく、ビジョンを具体的な行動レベルに落とし込んだのがグループ共通の評価軸だ。

 評価軸は(1)お客様第一の徹底 (2)変革への挑戦意欲 (3)合理的で公正な活動 (4)スピードの重視 (5)主体的で責任ある行動──の五つであり、グループの全社員が5項目に即して評価される。
「これらは社員の行動面の人事評価の基盤である。各社ごとにビジネス内容や経験、スキルは違うし、達成すべき成果は異なるが、人事部やマネジメントの評価の考え方は統一する必要があり、共通評価軸という横串を通すことによってビジョンの実現を目指している」(みずほフィナンシャルグループ・倉中伸人事部長)
 共通の制度はグループの一体感を醸成するのが目的であるが、その具体的効果といえるのが「転籍異動」と呼ぶ企業間の自由な異動である。異なる会社へ移る場合、通常は出向もしくは退職再雇用という形をとらざるをえないが、人事制度や退職金制度が同じであるため処遇が変わることはない。あたかも部署を変わるかのごとく容易に異動させることで人材交流によるシナジー効果やグループ全体の人材の最適配置が可能になる。同社の前田晃伸社長は、まさにこの柔軟なグループ会社体制の仕組みこそ「みずほのビジョンにほかならない」と自負する。
 もちろん会社にとってのメリットだけではない。「個々の社員にとってスキルの形成という点においても、一つの銀行という組織で修得するだけにとどまらず、金融という広い世界で多様なスキルを身につけるチャンスを提供することもできる」(倉中人事部長)。

公募制により、
36歳の支店長が誕生!


 定期的なグループ間異動に限らない。社員の自発的なキャリア形成を推進する施策が(1)ルーキージョブリクエスト制度 (2)ジョブ公募制度 (3)支店長公募制度──の三つである。ルーキージョブリクエスト制度は、総合職に当たる基幹職で採用された社員に、最初の配属先を1年経過した時点で本人が希望する職務を自己申告し、その希望職務にそったグループ各社の人事異動先を検討するものだ。
「入社後はじめての人事異動の際に次はどういう仕事をやりたいかを全員に聞く。1年後に全員が異動するわけではなく、人によっては2年後、3年後に異動することになるが極力希望にそうようにしている」(倉中人事部長)
 新卒の圧倒的多数はみずほ銀行の支店勤務になるが、たとえば支店経験を通じて信託業務の専門性を深めたいと思えば、みずほ信託銀行への異動も可能となる。銀行の人事といえば、本人の希望に関係なく会社が決めたジョブローテーションによって命じられるままに転勤を繰り返すというのが通り相場だった。それが自行内だけでなく会社の垣根を越えて自らの希望で異動できるのは画期的ともいえる。
 同様にジョブ公募制度もグループ企業の各部門が年に一回、社内イントラネット上に募集広告を掲示し、応募して合格すれば異動できるという仕組みだ。グループ入社後3年目以上の社員で現在の所属部署に1年以上在籍していれば応募できる。ジョブ公募は2002年にスタートしているが、募集職務は毎回180を超え、合格者は累計で500人を超えている。支店長公募制度は若手の早期育成と積極的登用の観点から課長クラス以上の45歳未満の社員が応募できる。03年以降、年に2回募集しているが、これまで累計で60人以上が合格し、最若手では36歳の支店長も誕生している。
 6社の全社員は3万4000人。共通の制度や諸施策を用意しても社員一人ひとりに着目し、実際に運用していくのは並大抵のことではない。運用の要となるのが人事部門だ。グループ各社に人事部があり、人事制度の運用や配置、育成などについて常に一体となって運用する体制を築いている。毎週1回、各社の人事異動や評価を担当する次長、人事企画担当の次長の両方が集まる次長会を開催するほか、人事部長による月1回の部長会、人事担当常務による四半期ごとの会議もある。
「採用活動や育成をはじめ人事全般について人事部門が常に連絡を密にしている。それぞれ独立した金融機関であるが頻繁に情報を共有し、共同で施策を推進する金融機関はほかにないのではないか。この点も当社の最大の特徴である」(倉中人事部長)
 採用窓口もグループで一本化する一方、入社後の育成、転籍異動後の本人の仕事ぶりや評価などの情報もグループの人事部門が共有する。端末を叩けば、本人の職務経歴や過去の人事評価、キャリアプランなどの情報が瞬時にわかる仕組みになっている。配置の際には「人材育成の観点から、たとえばコーポレート銀行のAさんはみずほ証券で経験を積んだほうがいいのでは、という話もする。セクショナリズムに陥ることなく、各社の人事部門が3万4000人の人事データを共有している」(倉中人事部長)。
 持ち株会社体制とはいえ、各社に人事部が存在することは、効率化の観点から人事部門の縮小・一元化という世の中の趨勢とは逆行しているように見えるが「社員一人ひとりに目が行き届くことで安心感を与えると同時に、グループ人材の活用という人的シナジーを生み出す点ではむしろプラス」(倉中人事部長)と自負する。

今までに体得した
暗黙知を形式知に


 社員の成長を促す教育研修体系においてもグループ共通の研修と個別企業の研修という両輪によるシナジーを目指している。持ち株会社が運営する「みずほユニバーシティ」はグループの社員を対象に、外部リソースを活用した高度な教育プログラムを提供する役割を担う。たとえば若手社員を公募で40人選抜し、MBAで学ぶテーマを集約した講義と事業戦略策定を行う四カ月の研修、同様に課長クラスを公募で選抜した研修では、経営知識の修得と最終的にみずほの経営課題に対する提言を行う。
「たとえば、みずほ銀行の個人戦略をどうするべきか、あるいは証券戦略などの重要課題について、出身会社が違う社員が共通の課題として討論し、発表する。人材交流を通じてグループ人材としての意識を醸成し、みずほの経営課題を共有する場となっている」(倉中人事部長)
 それに対して各社個別の研修は、それぞれの分野ごとに実務面での高度の専門知識の修得と能力発揮を目指している。とくにみずほは近年2400~2500人規模の新卒大量採用を実施しているだけに、いかに戦力として早期に育成するかが個別研修の重要な課題でもある。
 たとえば、みずほ銀行の法人営業担当部門の人員は約2500人、うち新人が550人を占める。同社の法人業務部では07年10月から「Be Profe
ssional!」と題する独自教育を実施している。大きく基礎教育と実務スキル向上の二つに分かれるが、基礎教育では成長・育成の風土改革を目指した五つのメニューを用意している。一つは高業績者の行動パターンを調査・分析し、それを10カ条にまとめた「Be-Pro憲章」の周知徹底だ。
 内容は実務主体であり、たとえば第二条は「懐に入れ。自分を知ってもらい、会話の糸口を増やせ」。理解を深めるために一緒に配布されたヒント集には「まず自ら心を開く。自分の趣味や好きなスポーツ、家族構成などを語り、自分をよく知ってもらう」「人生の先輩へプライベートのことを相談してみる」といった虎の巻に近い内容が記されている。
「今までは先輩とお酒を飲んだ機会などに密かに教えてもらうノウハウだが、いわば先輩社員が体得した暗黙知を形式知にできないかと考えて作成した。新人が多いだけに先輩の知恵を自ら学び、体得するツールとして役立てることを期待している」(みずほ銀行法人業務部業務チーム・櫻木伸生参事役)
 同時に現場のノウハウを主体的に学習する場として開設したのが「みずほ塾plus」だ。先輩社員を塾頭に入社2~4年次の社員15人で構成。半年間かけて現場の実践的なノウハウを学習する。塾ではテーマ設定も含めて塾頭を中心に塾生全員で自主的に運営する。今年4月から全国17カ所30クラスで始まっている。
「お客様の懐に入るといっても大企業と社長と中小企業のオーナーなどいろいろパターンも違う。先輩の具体的体験談を披露してもらい、若手社員が抱える悩みの相談や明日から使える具体的ノウハウを自由に語ってもらう場にしていきたい」(同業務チーム・中川信調査役)
 そのほか、法人営業担当者が経験したビジネス上のエピソードをまとめた雑誌を定期的に発行するほか、法人営業担当者として幅広い経験と視野を広げるために取引先やグループ各社、中国視察など日常業務を離れた派遣研修も実施している。さらに専門スキル研修ではコミュニケーション力、セルフマネジメント力などのパーソナルスキルの学習のほかに、金融商品・金融市場知識などを入社年次ごとに体系的に学習する。
 いうまでもなく現場力を高めるには座学だけではなくOJTは不可欠だ。大量採用により一人の先輩が3人を見なければいけない中で、いかに人材育成力を向上させるのか。まさに緒についたばかりの新たな研修システムがその鍵を握っている。
 グループ各社を貫く共通の人事制度、それに基づく採用・育成・異動の仕組みはほかに例を見ない独自の経営システムであろう。グローバル化の時代にあってビジネスモデルや業態の多様化に伴い、多くの大企業で事業の分散、子会社化が進行している。それと同時に日本企業の強みであったロイヤルティに裏付けられた求心力も徐々に失われつつある。
 みずほの取り組みが、求心力に支えられた人的資源の活性化を促す新たな経営システムとして認知を得るのか。始動して間もない3万4000人による壮大な実験の成果がその成否を握っている。

 
 
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