ビジネススクール流知的武装講座 [207]

「沈滞チーム」を救う現場リーダーの条件

 
 

今、多くの企業で社員の価値観や個性まで含んだ人材把握を行い、
活用する能力が減退しているという。
これが原因となり社員のさまざまな不満を招いているなか、
現場リーダーの果たすべき役割とは──。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
文=守島基博
text by Motohiro Morishima
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。2001年より一橋大学商学部勤務。著書に『人材マネジメント入門』『21世紀の“戦略型”人事部』などがある。


平良 徹=図版作成

 
 

 

個人情報保護がもたらす
意思決定の制限


 今、日本の企業では人材に関する情報が減少または劣化しているように思う。そのことに経営者はどれだけ気がついているだろうか。
 企業内での人のマネジメントとは、基本的に、多様な人材情報に基づく意思決定の連続である。働く人一人ひとりについて可能な限り詳しい情報を集め、それを活用して意思決定をする。その繰り返しが人材活用の基本だ。
 ただ、そこで使われる情報は成果や能力などの職務遂行に関連した情報だけではない。個性や人間性、好み、家族背景などに関する質的な判断が必要な情報を含めて、総合的な人に関する情報が真の意味の人事には必要になる。その意味でよい人材マネジメントは働く人に関する情報の濃密さの上に成り立つのである。
 前回も少し書いたが、考えてみると、これまでの日本の雇用の仕組みは、働く人に関する総合的な情報獲得に適合的だった。例えば、長期雇用は、単に成果や職務遂行能力だけではなく、その人のもつ価値観や個性などまで含んだ深いレベルでの人材把握を可能にしてきた。もう一つ例を挙げれば、定期的なローテーションは、評価者と被評価者の組み合わせが何通りもできることで、多様な場面での情報収集を可能にしてきたのである。
 こうした仕組みのおかげもあり、過去日本企業は集めた人材情報を有効に活用して、丁寧な人材活用を行ってきた。仕事の割り振り、プロジェクトリーダーの選抜、昇進など多様な意思決定を、個人の価値観、好き、嫌い、家族状況までを含んだ総合的な観点から行ってきたのである。
 だが、そうした情報が失われている。または劣化している。大きく分けて四つの要因が考えられる。要因の一つは、人事制度自体の変革によって、人材把握基準が、大きく成果や能力などに集中されてきたことである。人材評価基準の成果へのシフトについては賛否両方から多くの議論がなされているが、案外、気づかれていないのは、潜在的能力を把握し、それを組織として蓄積する仕掛けが失われてきたことである。まず潜在能力そのものにあまり関心を払わなくなってきた。
 第二の要因が、企業の分断である。事業部制の強化やプロフィットセンター化などは、当該部門が、人材を外に出すことを拒むだけではなく、人材に関する情報を(ややきつい言い方だが)秘匿するインセンティブを与える。下手に情報を公開して、部門内の優秀な人材が、全社規模で育成する人材に選ばれたら、その代わりを見つけるのが大変だ、ということである。また、育成も現場への委譲が強まるなかで、人材情報が部門間の壁を越えにくくなる。
 分断化はさらに、現場からの人材情報流出を停滞させるとともに、人材一人ひとりについての時間をかけての多面的観察を難しくした。一つの部門内だけでキャリアを展開する可能性が高くなり、多様な視点からの情報が集まりにくくなる。また、種類の違う仕事への異動が難しくなるので、仕事内容が変化しにくく、いったんその人についての評価や見方が決まると、それを覆しにくくなる。
 第三に人材情報を集め、蓄積する部署としての人事部が弱体化した。まず、人員削減などにより人事部による情報収集が難しくなった。また、もっと重要なのは現場が人事部門を受け入れなくなってきた。ややきつい言い方をすれば、人事部が煙たがられる存在になってきたのである。
 もちろん、正確に言うと、一部の業種を除いて、昔も一人ひとりの能力や個性に関する情報を蓄積することに長けてはいなかったのかもしれない。単に、社員の名前を言えば経歴や家族構成、酒の好みまで諳んじることのできる名物人事部長がいただけなのかもしれない。でも、多くの企業で、(それなりの意味があるのだが)人事部門以外からの人事部長抜擢が増えてきた。
 さらに、最後の要因が、個人情報保護の観点だ。もちろん、個人情報保護については好ましい側面もあるが、人事部が収集した情報を企業内で活用することが難しくなってきた。人事部門が個人に関する深い情報をもっていても、それを企業内での意思決定に使ううえで制限が出てきたのである。

求められる「人材情報濃密企業」への再生

 人材のマネジメントには、能力や成果の評価などの職務と関わる側面だけではなく、人としての側面までも含んだ情報が必要なのである。以前はこうした人材情報が比較的濃密だったように思う。もちろん、働く人から見ると、意思決定プロセスや情報自体が開示されてこなかった点で、疑心暗鬼に陥ったり、決定プロセスへの参画感が生まれなかったりすることに対して不満をもつ場合もあった。しかし、丁寧にやれば、こうした意思決定は、組織と人がともに幸せになる異動、昇進、昇給などにつながっていた。今、多くの企業でこうした濃密な情報を収集し、活用する組織能力が減退しているように思うのは私だけだろうか。
 また、人材情報劣化のなかで逆にこれまで企業があまり関心をもってこなかった人材情報に対するニーズも増加している。例えば、一人ひとりがもつキャリアについての計画。キャリア自律が進んだ現在、その人がもつキャリア目標や価値観、プライドの源泉なども重要な情報となる。いわゆるキャリアアンカー(働く人が自らのキャリアを選択する際に大切にする価値観や欲求のこと。碇のようなもの)を従業員本人に確認させる努力をするケースは多いが、企業として把握することも大切になってきた。ようやく働く人の間にも、キャリア開発を自分の手で、という自律的な考え方が浸透し、望むものが与えられないと他の企業に移る傾向も増えてきたからだ。
 例えば、(独)労働政策研究・研修機構が1999年から4000人以上を対象に継続的に行っているアンケートによると、雇用慣行の見直しの方向として、能力開発を企業に任せるのではなく、自己啓発型で行うことへの賛成の割合は70%以上であり、99年からほぼずっと上昇している。
 また最近では本人が望むワークライフバランスに関する情報も大切だ。現在ワークライフバランスへの関心が高まるなかで、結構企業は、従業員一人ひとりのワークとライフのバランスに関する考え方や、計画を知ろうとしない。個人情報だからという言い訳も成り立つだろうが、多くの企業で従業員がワークライフバランスに関わる選択をするまでわからないことが多い。例えば、次期は管理職へ昇進させようと思っていた女性人材が、妊娠し、「突然」長期の育児休暇を申請するというとき、本人にとっては全く突然ではないかもしれないのである。
 働く人の趣味やそれによって必要になる休暇などについても、モチベーション管理上、知っておくことは有益かもしれない。昔のように仕事が趣味ではないのである。何がその人の喜びの源泉となるかは聞いてみないとわからない。例えば、「釣りバカ日誌」のハマちゃんのマネジメントには、趣味の情報が不可欠だ。もちろん、現場では必要性からこうした情報をすでに収集しているケースも多いのだろうが、経営としてそうした情報をシステマティックに収集する企業は少ない。現在、個人に関する情報が集まりにくくなってくるなかで、新たな種類の人材情報に関する必要性が高まっているのである。
 人を中核とした経営では、やや聞こえは悪いが、丁寧な人間観察とそれに基づく人材情報の蓄積はより効果的な人材経営のために必要なのである。言い方を変えれば、「人材情報貧困」企業から、「人材情報濃密」企業への再生が求められている。

戦略的であると誤解されている
「人的資源」管理論

 そして、この連鎖のなかで、最も重要な役割を演じるのが、現場のリーダーである。もちろん、いつの時代でもこうした個人に関する情報は現場の管理者が最も多く集めていたいし、集まっていたのである。現場のリーダーは、人材観察をする最も有利な立場にいたし、集めた質的情報が公式情報を補ってきた。

 だが、それがいろんな理由で難しくなった。人事部の支援はなくなり、成果に追われて、部下の話を聞く余裕もなくなった。ノミニケーションは嫌われる。でも、それが現場における人のマネジメントの基本であることは今も変わらない。
 さらに大変なのは、新たに必要になってきた情報は、基本的には、働く人が自らボランタリーに提供しなくてはならない性質のものであることだ。女性従業員に出産計画を聞いて、公式人事情報として集めるわけにはいかない。
 そのため、リーダーに求められるのは、働く人が、キャリアプランやワークライフバランスに関する価値観、人生で大切にしているものなどを安心して上司とすり合わせできるような信頼関係と場づくりである。このとき、働く人の人生計画や家族状況は時間とともに変わることも考慮しなくてはならない。前はそんなこと言っていなかったじゃないか、ではだめなのである。
 もちろん、キャリアカウンセリングなどを通じて、企業として従業員と企業との意識のすり合わせをする定期的な場も必要であるし、従業員が安心して情報開示ができる体制をつくることも必要だ。現場リーダーに期待をするなら、相応の支援をすることも大切であり、すべてを現場リーダーに押し付けるのも大きな問題だ。

 今回も忙しい現場リーダーへのお願いになってしまい申し訳ないが、人材情報収集の端末は、現場リーダーなのである。その意味で、現場のリーダーには、仕事のエキスパートであると同時に、人のエキスパートであることが求められる。それは単に人事考課をうまく行うとか、目標が設定できるという人事的な側面だけではなく、人間観察力と、信頼構築力が土台である。
 ここしばらく、企業では、働く人を職務能力の塊として見たり、成果を出す資源だと考えたりする「人的資源」管理論が盛んだった。効率を重んじる方向で人事制度が改革されたこともあり、働く人を、人として総合的に見る傾向が弱まったように思う。それを戦略的な人材マネジメントだと誤解していたのである。
 いつの時代でも働く人についての丁寧な把握は、人材活用の出発点である。濃密な情報の獲得は、人材が多面性のある総合的な存在だという認識への回帰から始まる。

 
 
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