職場の心理学 [203]
3カ月で認知度5倍! 手づくり「口コミ」大作戦
わが社の商品やサービスをほしがっている人々が、
どこかに必ずいるはずである。
でも、どこにいるんだろう?
どうやって探せばいいんだろう?
コストをかけずに効率よくアプローチしたい。
そんなときは、インターネットを使った口コミマーケティングをやってみよう。
誰に聞けば
重要な商品情報を
得られるのか
マス広告ほどのコストをかけずに、ほしがっている顧客に着実に商品を購入してもらう手法として口コミマーケティングがある。私たちが手がけた、ある海外ファッションブランドの認知度を上げるために行った口コミマーケティングの結果が表1である。インターネットのユーチューブとアメーバビジョンに動画を流し、同時にアルファ・ブロガー(多数の読者がついていて、大きな影響力を持つブログの書き手)にブランドに関する記事を書いてもらった。ブロガーには一切謝礼を出さず、ブロガー自身にそのブランドを着てもらい、本当によいと思ったら記事にしてもらう条件をつけた。
口コミマーケティングを展開する前は、ファッションに興味を持つ人にすらあまり知られていなかったブランドが、三カ月のマーケティング活動の結果、認知度がおよそ五倍に上がった。キャンペーン終了後も、動画はインターネットで流れ続けており、アルファ・ブロガーの記事も健在であり、認知度は9倍に上昇している。
インターネットを使うこのような手法は、口コミマーケティングのほんの一部である。しかし、一度インターネットに流した情報は長期にわたって残っていること、さらに動画やブログへのアクセス回数がわかることから(今回のキャンペーンでは動画へのアクセス数は1万2000)、広告効果が測定できてインターネットの持つ強みを実感できた。
とくに、SNS(Social NetworkingService:社会的ネットワークを構築できるサービスやサイト)は口コミマーケティングには必須の存在である。ミクシィをはじめとするSNSでは、ファッションに対して興味、価値観、使命感などを共有する多数の集団が形成されている。この集団が、自然と消費者をセグメント(区分)する形になっていて、マーケティングが展開しやすい。
たとえば今回のようなファッションブランドの認知度を上げるキャンペーンを行う場合、20代前半の女性であれば、オシャレ度の高い大学のサークルや美容師・ダンサーなどファッション感度の高い人々からの情報収集、神戸コレクションをはじめとするサイトのチェックなどを通して対象を絞り込む。SNSにはファッションに興味を持つ人たちだけが集まるコミュニティが存在する。
さらにアルファ・ブロガーの記事を定期的に読む消費者は、アルファ・ブロガーとファッションセンスを共有し、年齢的にも近い人が多い。ブランドに心から共感してもらえるアルファ・ブロガーを発見しさえすれば、ブランドの認知度は確実に向上する。インターネットではこのようにピンポイント攻撃が可能になる。テレビと違って、興味を持つ人が能動的にアクセスしているので、アクセス数は、視聴率よりも認知度を測定する確実な物差しになる。
しかしながら、口コミマーケティングは常に成功するとは限らない。口コミに向いた商品と向いていない商品があるからだ。たとえば、個性のない商品は話題性に乏しいので、口コミが生まれない。東京電力の電気と関西電力の電気には差がないので、口コミの対象とはなりえない。しかし、もし東京電力の電気に健康効果があると証明されたら、口コミの対象になる。
SNSでは「たくさんの消費者のなかで、誰に聞けば、当該の商品やサービスについてもっとも適切な情報を得ることができるのか」をいつも問うことが大切である。無作為抽出のサンプル集団からアンケートをとっても、ベストの情報を得ることができるとは限らないからだ。マーケティング全般に関しても、筆者はアンケートを取ることに疑問を抱いている。たとえば、車を買うつもりがないときにどんな車がよいかと聞かれたら、かなりいい加減に答えるだろう。嘘をつくつもりがなくても、非現実的な理想を交えたり、家族の意見を考慮に入れないなど、実際の購入とは違った意思決定プロセスをたどって答えるリスクがある。信頼できる情報は、身銭を切って買った人のみから入手できるのである。
また、取り扱う商品が新しく開発されたものであれば、消費者にとって未経験のものなので、その商品の将来性や潜在的な魅力を感じとれる消費感性の高いプロシュマー(消費者として専門家の境地に達した人)を探す必要がある。ロイヤルティの高い顧客を囲い込んでファンクラブをつくると、このなかに影響力の大きいプロシュマーを見つけることができるだろう。身銭を切って購入した複数のプロシュマーにインタビューし、販売ターゲットを絞ることがマーケティング調査の第一歩である。
顧客と緊密に結びつくための
五原則
口コミマーケティングのターゲットはピンポイントであるだけに、一般のマーケティング活動以上に、対象となる消費者の絞り込みを間違えると致命傷を負うことになる。カウンセリングの領域では、「クライアントは重要な問題を隠していて、表面的には別の問題を持ってくることが多い」と言われている(※注1)。インタビューでは、プロシュマーは本当の課題を隠すというよりは、潜在的な問題に気づいていてもそれを意識化できていないことが多い。そのために、カウンセリングをもとにしたインタビュー技法が有効となる。
口コミマーケティングは手作り感がないと成功しないので、その分担当者が力仕事をする部分が増える。動画製作のカメラマン助手をしてもらうとか、プロシュマーのインタビューに同席してもらうなどである。ところが、担当者に参加してもらうことによって、課題を共有し、企業改革につなげられるという巨大な副産物が得られる。
たとえば、トップの意思決定が遅い企業は、顧客に対応するスピードも遅くなる。商品やサービスに対する悪口が広がった場合、トラブルを引き起こすリスクも増えてしまう。さらに上司と部下のコミュニケーションが悪ければ、大きな事故やトラブルの前兆がつかめずに対応が後手後手に回り、悪い口コミが広範囲にばら撒かれるので、口コミマーケティングはまったく機能しなくなる。口コミマーケティングをすすめるうちにこのような課題が見えてきて、マネジャー層や店舗スタッフの意識に変化が生まれるといった効果が表れる。その意味で、口コミマーケティングは広告活動の原点回帰ではないだろうか。同時に、広告代理店のビジネスモデルの一部変革を余儀なくさせる性質をも持っている。
口コミマーケティングの仕事をしていて、「よい商品はよい企業から生まれる」という当たり前の真理を実感できるようになった。本当によい商品を、本当にほしがっているクライアントに買っていただく、というのが口コミマーケティングの大原則である。「やらせ」や「サクラを使う」などの欺瞞的な手法は厳禁であり、口コミマーケティングを展開する企業には厳しい倫理性が求められる。
企業が顧客と緊密な関係をつくるためには、
(1)顧客の信頼を獲得する
(2)企業が顧客に対して誠実で首尾一貫した企業活動を行う
(3)企業活動の透明性を高める
(4)顧客の要求に敏感に反応する
(5)顧客との約束を守る
という五つの原則を守らなければならない(※注2)。
熱烈な支持者が一瞬にして
手ごわい批判者になりうる
これを提唱するニールセン・オンラインのバイス・プレジデントであるピート・ブラックショーは、五つの原則は道義的な問題ではなく、企業の死活問題であると考えている。インターネットの発達で、ブログやウェブのソーシャルネットワークを通して消費者が自由に発言し大きな影響力を持つようになった時代、つまりCGM(consumer-generated media)の時代では、企業が五原則のどれか一つにでも違反すれば、とてつもなく大きなリスクにさらされる。日本でも大阪の高級料亭があっという間もなく瓦解したように、誠実に消費者と向かい合うことが企業の至上命題になっている。
口コミマーケティングは両刃の剣であり、5原則の一つでも違反すれば、企業の熱烈な支持者が一瞬にしてもっとも手ごわい批判者に変わってしまう。企画、開発、販売、アフターサービスのすべてのプロセスで、顧客に正直で、誠実であることが求められるのである。
口コミマーケティングは単なる広告活動ではなく、企業が「愚直に、まじめに」企業活動を遂行できるための、企業変革活動なのである(※注3)。したがって、口コミマーケティングには経営トップのコミットメントが必須であり、経営戦略と連動して展開していかねばならない。
口コミマーケティングの実務からいえば、五原則の中でも、顧客の要求に敏感に反応する仕組みづくりを優先すべきであろう。そのためには、感性のよい人を選抜したうえで、顧客の本音を聞き出すコミュニケーショントレーニングを繰り返し実施することが必要となる。さらに、顧客から引き出した本音の要求を経営施策に反映し、もしトラブルの前兆となる情報が入ったら24時間以内に対応できるような体制をつくらなければならない。
本当によい商品をつくり、五原則を守ったとしても、それでもミスは起きるものである。ミスに気づいたとき、または顧客から思いもかけないクレームがよせられたとき、すばやく誠実に対処する仕組みの整備が必須である。口コミマーケティングが成功するためには、経営陣やマネジャーが常に現場を直接モニタリングする仕組みづくり、企業の窓口であるコンタクトセンターや「お客様相談室」が健全に機能する仕組みづくり、顧客情報のデーター収集と分析の仕組みづくりなどが必須の準備作業である。
「総論賛成、各論反対」の議論が起きる理由は現場の負担が重くなることにある。そこで、仕組みをつくることによって現場の負担が軽くなる実感を持ってもらうことが成功のカギとなる。口コミマーケティングの成功は、企業がさらに力強く成長した証しなのである。企業が成長するためにはチャレンジが必要で、チャレンジには失敗や事故がつきもの。失敗や事故を0%にしようと思えば、企業活動を停止するしかなくなってしまうだろう(※注4)。
海外を旅していると、日本経済力の衰えを感じさせられる機会が増えた。海外のハブ空港に設置されたテレビは韓国製品が多い。ホテルでも日本製品に出会う機会がめっきり減った。
外国の街角を元気よく歩いているのは、中国人、インド人、アラブ系の人たちである。それにもかかわらず、筆者は日本経済の先行きを悲観していない。どんな時代になっても、顧客のために「愚直にまじめに」とことん努力する企業は生き残れる。口コミマーケティング活動を通して、優秀企業を増やすことができれば、日本は世界から尊敬されるビジネス・リーダーになれると信じている。
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注1:家族療法で有名なセラピストのVirginia Satirの提唱した考え
注2:Pete Blackshaw “Satisfied Customers tell three friends, Angry customers tell 3,000” p15
注3:新原浩朗『日本の優秀企業研究』日本経済新聞社 p284
注4:吉田道雄『医療事故の人間的側面』 産労総合研究所 p57










