ビジネススクール流知的武装講座 [205]
沈むGMS、粘る百貨店
企業は業態を超えられないという。
果たして克服する術はないものか。
GMSと百貨店における長期分析から明らかにする。
ダイエーにおける
成長を道づけた三つの核心
今回は小売業態、とくにそのライフサイクル(寿命)に注目して検討しよう。小売業態論は、流通論においては伝統のある研究分野である。長い伝統をもち、多くの議論を生み出している。議論はあろうが、ここでは簡単に「小売りにおける商品の売り方」と定義して、話を進めることにする。
●小売業態
小売業態とは、商品の売り方の違いに着目するものである。同じ商品でも、百貨店、GMS(General Merchandis-ing Storeの略、総合スーパーともいわれる)、コンビニ、(食品や衣料に特化した)スーパーマーケット、通信販売の企業で、それぞれ違った売られ方をすることに着目したものである。注意したいのは、売られ方の違いだけでなく、同じ売り方をする同質の企業があることも業態を考えるうえで重要だ。ダイエー1社だけではビジネスモデルとの呼び名で十分だ。イトーヨーカ堂やジャスコといった同タイプの競争企業が出てきて初めて、一つの業態と呼ぶことができる。
アメリカの小売り流通の歴史をたどると、百貨店からスーパーマーケット、そしてシアーズ・ローバックやJ・C・ペニーなどのGMS、そしてウォルマートを筆頭とするディスカウンターへと、支配的業態は変遷している。
わが国で(そして世界でも)、小売業界において大規模な企業として最初に成立したのは「百貨店」である。わが国では戦前戦後を通じて、三越、大丸、高島屋といった百貨店企業は、小売業界で並ぶものがない地位を維持してきた。都心あるいはターミナルにある巨大店舗は、今でも買い物の中心として高い集客性をもっている。
それに対抗する新しい小売業態が登場したのは、1960年前後のことである。ダイエーの故中内?氏が大阪・千林に「主婦の店ダイエー」を創業したのは57年。医薬品と化粧品で始めたのだが、その後、お菓子、牛肉、果物を商品ラインに加え、さらに神戸・三宮に続いて出店したあたりからダイエーの成長が始まる。
その成長の核心には、
(1)商品をプリパッケージして、セルフサービス方式を導入した
(2)仕入れと販売を切り離して、本部集中一括仕入れ体制を構築することで、チェーン・オペレーションを確立した
(3)特定商品に限定せず、食料品から衣料品、DIY用品から、はては家庭電気器具まで品揃えを広げた
ことが挙げられる。
注意したいのは、品揃えを広げながらチェーン化するというのは、実はあまり合理的な試みではないということである。「チェーンの基本ロジック」は、あくまで本部集中一括仕入れによって仕入れコストを下げ、その効果を各店の販売に生かすという点にある。いわば、仕入れにおいて規模の経済を獲得することができるかどうか、これが成功の決め手になる。
90年代後半以降、
資本利益率を改善させる百貨店
だが、中内氏は、このロジックよりもむしろ総合的な商品の品揃えを図るGMSという新しい業態のチェーン化を図った。このあたりの矛盾がなんとも面白いところだ。アメリカの流通100年の歴史と経験から帰納された「チェーン化の基本ロジック」を理解しながらも、そのやり方には染まらなかったのだ。翻ってみれば、この当時、このロジックどおりにやってうまくいかなかった企業がほとんどであったことを思えば、中内氏の判断はその時点で優れたものであった。中内氏にとっては、学ぶべきは異国の理論ではなく、いろいろと変化する彼の周囲にある現実における経験だったのである。
新しい業態をみずからつくり出しながら、ダイエーは成長する。創業わずか15年後の72年には、ついに業界トップの三越を抜いて小売業界売り上げナンバーワンの座に躍り出る。時期を同じくして、伊藤雅俊氏は千住の羊華堂から、岡田卓也氏は四日市の岡田屋からスタートしたが、それぞれダイエーの後を追うように小売業界トップのGMSの一群を形成した。消費者は、GMS業態を物心ともに支援した。そして、大メーカー相手に価格主導権を奪い取る姿勢にも共感した。彼らの成長の軌跡がそれを証拠立てている。
こうしてGMSは、百貨店に代わって小売業界の覇者の座に君臨することになった。さて、その後、両者はどうなったか。これが、本エッセイでの関心事である。
百貨店各社を追い越していったGMS各社は、どうなったのか。図1-1と図1-2は、イオン、ヨーカ堂、ダイエー、西友、ユニー、マイカルというGMS各社を取りあげて、売上高利益率と資本利益率を示したものだ。

●図の見方
年ごとの変動を吸収するため、5年間の平均の利益率を計算した。「過去1~5年」は、2004年から08年の5年間の平均を示す。資本利益率とは使用総資本営業利益率を、売上高利益率は売上高営業利益率を指す。財務数字は、数値の連続性を確保するために、連結ではなく単独決算数値を用いた。算定においては、日高優一郎氏の協力を得ている(日高優一郎「既存小売企業における小売業態の革新可能性─日本の主要小売企業過去30年の業績データを手がかりに─」神戸大学経営学研究科ワーキングペーパー、08年)。
GMSは、80年当時、資本利益率は、百貨店に及ばないものの、だいたい5%を超えていた。なかでもイトーヨーカ堂は、一頭地を抜いた高い収益性を享受していた。その頃から「業革」を進めたことが功を奏したのだろう。80年代中頃から90年代前半を通じて、平均して14%にも達する高収益企業となった。しかし、その後は、他のGMS各社に歩調を合わせるように、収益性はみるみる低下する。収益性が高かった分、低下率はどこよりも高い。
こうして、GMS六社の収益性は、今や生存ギリギリの状態の数字になっている。04年から現在までの5年間平均で、資本利益率は、高い会社で2%。低い会社だとゼロに近い。しかも、この時点ではどこもV字回復のきっかけをつかめていないように見える。
巨大な仕入れ力を生かして、規模の経済を得、メーカーから価格主導権を奪い取るはずのGMS。皮肉なことに、メーカーの収益性が落ちるとともに、みずからの収益性も低下させた。数字だけを見ると、製販共倒れ状態にある。
●製販共倒れ
以前、この欄で、電機業界と加工食品業界の日本の誇る有力大手メーカーの利益率推移を取りあげたことがある。これらの業界はGMSの主たる扱い商品を供給する。その分析結果は、両業界ともに惨憺たるものであった。25年前(80年前後)をピークにして、現在に至るまで収益性は右肩下がり。外資系メーカーに比べると、5分の1ほどの数値にとどまる。これは、今回のGMSの結果とよく似ている。製販ともに収益性を失っていく、そういう状況は製販共倒れと呼べそうだ。
他方、百貨店各社はどうか。図2-1と図2-2に同じく売上高利益率と資本利益率の推移を示している。
図を見ると、80年当時、百貨店各社は、業界覇者の座をGMSに譲ったものの、依然高い収益性を確保していたことがわかる。いずれも資本利益率は5%を超えていた。しかし、それ以降90年代の終わりまで、百貨店の収益性は一気に下落する。90年代後半の資本利益率は、丸井を除く各社は3%を割る水準にまで落ちてしまう。小売業界の覇者の座を譲り渡しただけでなく、業態としての生存の危機に立たされたことになる。
しかし、90年代後半以降、百貨店の資本利益率は総じて改善し始める。なかでも、大丸と伊勢丹の改善ぶりが目だつ。94年から98年の間には平均2%前後に落ちた両社の資本利益率は、99~03年には2~4%に、そして04年から08年の間の平均では5~7%にまで改善する。縮みゆく百貨店業態のなかで、存続をかけた戦いが功を奏し始めているように見える。
その一方で、それほどうまくいっていない企業もある。松坂屋と高島屋は図で見るかぎり、回復が5年遅れている。三越は改善がV字になっていない。その分、これら3社の改善度合いは小さい。松坂屋と三越が急回復組の大丸と伊勢丹と合併することになったというのも不思議なことではない。
GMS各社は、一群となって成長した。だが、ある時期を境に、また一群となって業績が悪化する。百貨店も同じだ。同じ業態にあることで、栄えるときも同じなら、衰えるときも同じになっていることがわかる。理由はいろいろ考えられる。業態を支えた消費者の生活や購買スタイルが変化するとき、業態は成長の場を失うから。あるいは、近親憎悪にも似た激しい競争のなかで、その業態のすべての企業が生存の余地を失うから……。
いずれにしろ、小売業態は、誕生から衰退に至る寿命をもっているように見える。そしてその業態に属している各社は、その寿命を逃れることはできない。なぜなら、それら企業の存在根拠は共通して、「業態」と呼ばれる構造条件のなかにあるからだ。企業は業態を超えられないのだ。メーカーが産業を超えられないのも同じ理由だ。このことは誰もが理解していることだが、長期分析の数字から再認識できる。
だが、それとともに、寿命がきたように見える百貨店業態のなかにおいて、再生し始めている企業があることを見逃せない。業態の固有の寿命に抵抗する力が、企業にはなにがしか残されているのだろう。それについては別の機会に論じたいが、ドラッカーやクリステンセン流に言えば、イノベーションがカギになる。業態寿命の克服はイノベーションによって可能になる。イノベーションを起こすことは難しい仕事だが、決して絵空事ではないこともまた今回の分析から見えてくる。










