職場の心理学 [202]

鈍感君が大変身!「叱り上手」入門

 
 

マナーやエチケット、気配りには明確な正解がない。
しかも、これら「空気の読み方」について注意されると面目を潰された思いがする。
鈍感な部下を傷つけることなく更生させるにはどうしたらよいのだろうか。

 
 
心理学者
内藤誼人=文
text by Yoshihito Naito
ないとう・よしひと 慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。アンギルド代表。人材育成や販売促進をレクチャーする企業研修や講演などで活躍。
【携帯サイト】http://naitou.uat.ne.jp

高橋常政=イラストレーション
 
 

「カッコいい」「カッコ悪い」
という次元で教えろ


 空気が読めない部下の指導は、とても難しい。なぜかといえば、ビジネスにおける「空気を読む」という技術は、他人に対しての気配りやマナーやエチケットに関するものだからである。マナーやエチケットに、はっきりとした “正解”はない。
 たとえば、食事が終わった後に、くちゅくちゅとお茶で口をすすぐのは、歯にこびりついた食べ残しをとって、歯をきれいにするというおばあちゃんの知恵。それ自体は、決して間違いではない。けれども、それを人前でやるのは、とても見苦しく、マナー違反と見なされかねない。だから、もし部下がそれをしているのだとしたら、「接待や、懇親会のような席では、お茶をくちゅくちゅしないほうがいいよ」と言って諭すのが、上司としての思いやりである。
 しかし、相手によっては、食後のお茶で口をすすごうが一向に気にしない人もいたりするので、問題はややこしくなる。空気を読むという点に関しては、確実な“正解”と呼べるものがないので、上司としても、教えたほうがいいのか、そんなものは余計なお世話なのか、判断がつきかねるのである。
 空気が読める立派な部下であれば、自分がマナー知らずの行動をとったとき、「なるほど、こうすればよかったのか」と自分で気づいて、その行動を改めてくれるであろう。けれども、空気が読めない部下には、そういう期待はできない。
 これが幼稚園児や小学生くらいなら、マナーやエチケットは親や学校の先生が教えてくれる。だが、社会人になってからは、マナーを欠いた行為をしていても、だれも何も教えてくれない。
 また、見積書の数字が間違えているとか、報告書の書き方がまずいという問題なら、上司ではなくてもどこかでだれかに指摘してもらえることもある。しかし、「空気を読む」という、気配りやマナーに関する問題については、だれも教えてくれないのである。
 説教くさくならないように指摘するのは、とんでもなく難しい役目ではあるけれども、ほかの人が指摘してくれないのなら、上司であるあなたがその役を買ってでるしかない。
 運が悪いといえばそれまでだが、運を嘆いていてもしかたがない。どうすれば、空気が読めない部下を、指導できるのか。そのための方法をいくつか考えてみよう。
 空気を読み間違えている部下に対して、「キミは、マナー知らずだね」とやったのでは、部下のメンツを潰すことになり、ムッとされかねない。部下の反発心を煽って、かえって言うことを聞いてくれなくなる恐れがある。「マナー」や「エチケット」や「常識」という手垢のついた表現は、それだけで相手からの反発を誘発するのである。その点、「○○すると、カッコいいよ」とか、「△□みたいなのは、カッコ悪いぜ」という教え方であれば、部下のメンツを潰すこともなく、素直に言うことを聞いてくれるであろう。自分が教え諭されているとか、怒られているとは思わないので、反発心が抑制されるからである。
 たとえば、「口臭に気をつけるのは、社会人として、当然守るべきマナー」と注意されるよりも、「大切な人に会う前には、臭いの強いものは控えたほうがカッコいい」と指摘したほうが、概して、相手には受け入れられやすい。特に、若い部下ほど見栄っ張りな人が多いので、カッコ悪さを避けるために、聞き入れてくれる見込みは高くなるはずだ。
 空気の読み方を教えるときには、「モテる」「モテない」という次元で指導するのも、いいアイデアだ。なぜなら、「異性にモテたい」という欲求は、男女を問わず、非常に強烈なモチベーションだからである。若い部下なら、なおさら異性に対する興味・関心も高いだろうから、すぐに自分の行動を改めてくれるはずである。
 オハイオ州立大学のテリー・ぺティジョーン二世が、「あなたはどういうときに幸福な気分になりますか?」という質問紙調査をしたところ、男女とも圧倒的な1位は、「恋に落ちること」であったという。「宝くじにあたる」とか、「成功・名声を得る」とか、「美味しいものを食べる」などより、「恋に落ちること」のほうが、はるかに強い満足感をもたらすのである。
「人と打ち合わせをしているときには、タバコくらい我慢しろ!」と怒るのではなく、「相手がタバコを吸わないなら、たとえ灰皿が置かれていても、吸わないほうがモテるかもよ」のほうが、教え方としてはよいだろう。

 説教をするときには、「どうせ、おまえなんかに言っても理解できないんだろうけど……」という態度が一番よくない。単に部下を侮辱するだけなので絶対にやめよう。どうせ理解してもらえないと思うなら、そもそも説教すること自体をやめたほうがいい。空気が読めない部下に腹を立てたからといって、それを部下にぶつけるのは、あなたのほうが大人げない。
 説教をするのなら、「キミなら、わかってくれると思うんだけど」とか、「聡明なキミのことだから、もう気づいているかもしれないけど」という前提で話を進めたほうがいい。相手が受け入れることを前提にして話すからこそ、相手も受け入れてくれる確率は高まるのだから。
 オーストラリアにあるニューサウス・ウェールズ大学のジョセフ・フォーガス博士は、こういうやり方を、“暗示的誘導”と呼んでいるが、あなたが「受け入れる」ことを前提にして話すからこそ、部下もそれを受け入れるような心理状態になるのである。
「相手にせっかく連れて行ってもらったんだから、そのお店の悪口を言っちゃダメだよ。そうすると、連れて行った相手も気分を悪くするだろう? まぁ、キミならもうわかっているかな。老婆心だったよな」というくらいの説教が好ましい。

「生け贄」となるモデルを
仕立てて、間接的に教える


 だれでも、自分自身が叱られるのは嫌なものだ。その点、ほかのだれかが叱られているのを見るだけなら、「自分も気をつけなければ……」と気分を引き締めることはあっても、自分が叱られているときのような不快感はない。
 部下に指導したいときには、その部下とは別の、だれか無関係な人をやり玉にあげて指導するのもいいだろう。部下にとっては、自分が直接的に怒られているという意識は弱いので、心理的なダメージが少なくなるからである。
「経理に、A男っているだろ。あいつは、トイレから出てくるとき、ハンカチで手を拭きながら出てくるんだよ。あれって、『今、トイレから出てきました』というアピールをしているみたいで好ましくないよな。やっぱり、トイレの中で手は拭いてこないとな」と教えてあげれば、部下はその助言を「他山の石」として学んでくれるかもしれない。
 ただし、このやり方は間接的すぎるので、空気の読めない部下は、「まさか自分の話ではないだろう」と聞き流してしまう危険性もある。そのときにはしかたがないので、普通に指導するしかない。
 また、やり玉や生け贄になってもらう適当なモデルがいない場合には、「過去の自分」を使って、「昔は俺も、こういう失態をやらかしたんだよ……」という教え方をするとよいだろう。

何度も、何度も、
しつこく指導せよ


 人間は、それほど物覚えがよくないので、部下に対してせっかく指導しても、すぐに元通り、ということはよくある。だからこそ、部下に改めてもらいたい点があれば、何度も、何度も、それこそ部下の耳にタコができるくらいしつこく繰り返して指導しなければならない。
 一回だけ言って諭して、それですぐに改めてくれるような部下などいない。そんなに優秀な部下がいるなら、だれかの部下になどならず、自分でビジネスを始めているであろう。
 部下は、物覚えが悪いのが相場なのである。特に、気配りやらマナーというのは、“習慣化した行動”であるために、一朝一夕に改められる種類のものではないのである。
「人と食事をするときには、相手の分までオーダーしてあげるのがいいよ。相手が『これにしよう』と言ったのを覚えていて、キミがまとめてウエーターに注文してあげるんだよ。一人ひとりがオーダーするのは、スマートじゃないからね」と教えてあげたとする。
 しかし、一回だけ言っても、部下は理解したつもりにはなっても、ほんとうの意味では理解できないだろう。そこで時期を変えながら、しつこく指導してあげるのである。そのうち部下も相手のオーダーを全部覚えて、「こちらにはコーヒー、そちらの方には紅茶、そして私にはカフェオレをください」とウエーターにすらすらとオーダーを伝えられるようになる。自然にそういう行為ができるようになるまでは、忍耐強く指導しつづけるのがポイントである。
 空気の読めない部下を叱ってはいけない。彼らは、ただ、だれからも間違いを指摘されてこなかっただけなのである。人間は、間違いを指摘されて、はじめてそれを改めることができるのであり、ただそういう機会がなかったために、今のところは、空気が読めないだけなのである。
 上司であるあなたが根気強く、それこそ徹底的に指導していれば、早晩、空気が読めるようになる。どんな部下でもそうである。部下が空気を読めないのは、あくまでも「練習不足」なだけなのであり、あなたの指導次第で、いくらでも伸びていける。空気を読むことに、生まれ持った才能などない。練習すれば、だれでもそれなりに伸びる能力が、空気を読む能力である。
 一番まずいのは、「どうせ他人なんだから」と言って、指導を投げだしてしまうことである。上司であるあなたが見捨ててしまったら、だれがその部下の指導をしてくれるというのだろうか。あなた以外の人は、「あんなヤツと自分は関係がない」ということで、空気の読めない同僚には見向きもしないはずである。指導してあげられるのは、やはり直属の上司である自分だけなのだ、と思ってあげてほしい。
 子育てもそうであるが、親が子供を見放してしまったら、子供はどうすることもできないのである。「親はなくとも、子は育つ」というが、あれはウソである。親がいなければ、子供は育たない。
 上司と部下の関係もそうで、「上司はいなくとも、部下は勝手に育っていく」ということを言う人がいるが、まったくのウソである。優れた先輩、上司の指導があって、はじめて部下も伸びていけるのである。決して、放ったらかしにしてはいけない。
 また、最後になってしまったが、「空気を読む技術」に終わりはない。だからこそ、部下を指導する一方で、自分自身に対しても、もっと厳しく「空気を読む技術」に磨きをかけることを肝に銘じてほしい。“空気を読めない部下・も多いが、“空気が読めない上司・も、世の中にはうんざりするくらい多いのである。部下は、あなたに指導してもらえるが、上司であるあなたには指導してくれる人はいない。自分で自分を律していかなければ、「あの上司って、空気が読めないよね」と部下に陰口を叩かれることになるだろう。そんなことのないようにくれぐれも注意してほしい。

 
 
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