ビジネススクール流知的武装講座 [204]
日本発「トップランナー方式」は温暖化を救えるか
オイルショックを機に、
省エネ技術を確立してきた日本は
省エネ先進国と呼ばれる。
世界規模で地球温暖化対策を展開するうえで、
日本が果たすべき役割とは──。
「福田ビジョン」は
あくまできっかけにすぎない
7月9日に閉幕した洞爺湖サミットは、さながら、「地球温暖化対策サミット」の様相を呈したといっても、けっして過言ではない。原油高、サブプライム問題、世界的景気後退など、ほかにも対策を講じる必要がある重要問題がいくつか存在したにもかかわらず、洞爺湖サミットでの議論は、事実上、地球温暖化対策としての温室効果ガス排出量の削減に終始したからである。
しかし、それでは、洞爺湖サミットが地球温暖化対策に関して画期的な成果をあげたかというと、答えは懐疑的なものにならざるをえない。2050年に向けた温室効果ガス排出量削減の長期目標の設定に関して、総論賛成という合意が先進国間で成立しただけにとどまるというのが、実情であろう。マスメディアが、「玉虫色」の合意で実効性に疑問があるといっせいに報じたのも、このような事情を考慮に入れれば、納得することができる。
ただし、ここで見落とすことができないのは、洞爺湖サミットに先立ち福田康夫首相が、「50年までに日本の温室効果ガス排出量を現状に比べて60~80%削減する」旨のいわゆる「福田ビジョン」を大々的に発表したことである。このビジョンは、事実上、日本政府の国際的公約としての意味をもつものであり、洞爺湖サミットでの合意内容の如何にかかわらず、将来の日本における地球温暖化対策のあり方を規定づけるものである。その意味では、洞爺湖サミットを契機にして、日本の環境行政は大きく転換したといえる。
「福田ビジョン」は、日本での排出権取引市場の創設を方向づけるとともに、炭素税などの形をとる環境税の導入を政治日程にのせた。いわば市場的アプローチによる地球温暖化対策に大きく一歩踏み出したわけであるが、市場的アプローチだけでは「50年までに温室効果ガス排出量を60~80%削減する」という大目標を達成しえないこともまた、忘れてはならない事実である。誤解をおそれずに言えば、排出権取引や環境税はきっかけにすぎず、それがもたらす「市場の圧力」のもとで、様々な面において技術革新や制度改革が進むことによって初めて、この大目標は達成されるのである。
50年までに日本の温室効果ガス排出量を60~80%削減するためには、例えば、陸上輸送の主要な担い手を電気自動車に置き換える必要がある。また、電気の生産に関して、化石燃料を使用する火力発電のウエートを最小化し、原子力発電と新エネルギー発電(太陽光発電等)を主軸とする電源構成へ移行しなければならない。電気自動車や太陽光発電を軌道に乗せるためには、飛躍的なイノベーションをもたらす技術革新が不可欠である。原子力発電を安定させるためには、リスクマネジメントの向上につながるような制度改革が求められる。洞爺湖サミットによって日本の環境行政が大きな一歩を踏み出したことは事実であるが、それは、あくまできっかけにすぎず、技術革新や制度改革などの「本番」は、これから始まるのである。
省エネ推進こそ
トレードオフを解消する
唯一の道
地球温暖化対策を本格的に進めるうえで求められる技術革新や制度改革は、明確なビジョンのもとに遂行される必要がある。そのビジョンの基本となるのは、「豊かさ」と「地球救済」との両立であり、それを可能にするものとしての省エネルギーの推進である。
地球温暖化対策の実施にとって最大のネックとなっているのは、取り組み方によっては、それが、「豊かさ」を求める人間の欲求と矛盾することになりかねないという問題である。そのようなケースでは、いわば、「豊かさ」と「地球救済」がトレードオフの関係になる構図が成立するわけであり、この構図を突き破らない限り、地球温暖化対策の本格的な進展は期待することができない。京都議定書が定めた温室効果ガス排出量削減目標の国別設定の枠組みに中国やインドなどの新興国が参加しなかったのも、目標設定が、自国における「豊かさ」の実現を阻害することをおそれたからであった。
「豊かさ」と「地球救済」とのトレードオフを解消する唯一の道は、省エネルギーの推進にある。そのことを雄弁に物語っているのが、別図である。
図は、世界の主要国・地域のGDP(国内総生産)単位あたりの一次エネルギー消費量を、06年時点のIEA(国際エネルギー機関)のデータにもとづいて比較したものである。
具体的には、国・地域ごとに、石油換算した一次エネルギー消費量を米ドル換算したGDPで除し、日本の数値を一として、各国・各地域の数値を算出してある。数値が小さければ小さいほど当該国・地域で省エネルギーが進んでいることを意味するが、省エネがかなり進んでいるはずのEU(欧州連合)でも、同一規模のGDPを生み出すのに日本の1.7倍のエネルギーを消費していることがわかる。この倍率は、アメリカでは2.0倍、韓国とカナダでは3.2倍、タイと中東では6.0倍に及び、インドネシア・中国・インドでは約8~9倍に達する。ロシアにいたっては、日本の18.0倍のエネルギーを使用しているのである。
図は、世界各国・各地域が日本並みの省エネルギー水準に到達すれば、「豊かさ」を維持、拡大しながら、エネルギー消費量を大幅に減らす(そのことは、温室効果ガス排出量の大幅削減をも意味する)ことができることを、雄弁に物語っている。省エネルギーの推進こそ、「豊かさ」と「地球救済」とのトレードオフを解消する唯一の道なのである。
地球温暖化対策を世界規模で展開するうえで、「省エネ先進国」である日本が果たすべき役割は大きい。省エネルギーの推進は、21世紀に日本がなしうる国際貢献のうちで、最も有意義なテーマだと言っても、けっして過言ではなかろう。
鉄鋼・セメントの各業界で
成果をあげた技術革新
しかし、このことは、日本が現在の省エネルギー水準に満足してしまってよいことを、けっして意味しない。今日の「省エネ先進国=日本」を築き上げた原動力は技術革新と制度改革を追求する不断の努力であったという、歴史的事実を見落としてはならない。
例えば、日本の鉄鋼業界は、エネルギー価格が急騰した1970年代の石油危機の直後から、工程の連続化や省略に力を注いだ。続いて80年代には、CDQ(コークス乾式消火装置)やTRT(高炉炉頂圧発電装置)などの大型廃熱回収設備を設置した。CDQとは、コークス炉から押し出された高温のコークスを空冷する際に生じる廃熱を有効に回収する装置のことであり、TRTとは、高炉炉頂圧を制御するとともに、高炉ガス圧力を電力として回収する装置のことである。TRTによって、送風動力の40~50%が回収されるといわれている。鉄鋼業界は、さらに90年代以降は、廃棄物有効利用等にも取り組んでいる。
また、日本のセメント業界は、70年代から80年代にかけて、湿式キルンを撤去し、キルンの乾式化(SP/NSP方式の導入)を進めた。SP/NSP方式のキルンは、回転窯の廃熱を利用した予熱装置を通過させてから原料を回転窯に送り込むことによって、セメントの焼成工程の効率化を図る装置であり、これによって、約30%のエネルギー消費量削減を実現した。その後もセメント業界は、粉砕効率の優れた竪型ミルや予備粉砕機を積極的に導入し、消費電力量の削減に成果をあげている。
温暖化対策に資する
技術革新の課題
石油危機後の日本では、産業界において省エネルギーの取り組みが活発化しただけでなく、それを促進するための制度改革も進んだ。79年には「エネルギーの使用の合理化に関する法律」(いわゆる「省エネ法」)が制定され、工場・建築物について省エネのガイドラインが設定されるとともに、機械器具(自動車・エアコン等)についてもエネルギー消費効率に関するガイドラインが提示された。この機械器具についてのガイドライン設定は、99年に本格的に導入されることになった「トップランナー方式」につながる、先進的な内容をもっていた。トップランナー方式とは、自動車の燃費基準や電気製品等の省エネ基準を、それぞれの機器においてその時点で商品化されている製品のうちの最も優れた機器の性能以上に設定するという考え方である。このトップランナー方式は、日本が開発したユニークな省エネルギー推進策として、国際的な関心を集めている。なお、省エネ法は、93年の改正の際に、従来からのエネルギー安全保障という観点に加えて、地球温暖化対策の観点からも省エネルギーに積極的に取り組むことを、明確に打ち出した。
これらの事実から、「省エネ先進国=日本」は、けっして一朝一夕に生まれたものではなく、技術革新と制度改革をめざすたゆまぬ努力によって長い時間をかけて築き上げられたものであることは、明らかである。このことは、今後ともそのような努力を積み重ねなければ、「省エネ先進国=日本」の座が揺らいでしまうであろうことを示唆している。
06年に日本政府が策定した「新・国家エネルギー戦略」は、30年までに、現状より少なくとも30%のエネルギー消費効率の改善を実現することを明記している。すでに言及した電気自動車や太陽光発電のほかにも、超燃焼システム、時空間を超えたエネルギー利用、次世代省エネデバイス、省エネ型情報生活空間の創出、先進的交通社会体系など、地球温暖化対策に資する技術革新の課題は、多々存在する。「市場の圧力」とトップランナー方式の最適な組み合わせ、トップランナー方式の海外移転など、制度改革面で残された課題も多い。日本の産業界と政府は、「省エネ先進国」としての役割と責任を十分に自覚して、研鑽を重ねることが求められているのである。










