職場の心理学 [201]

強面の部長が突然挨拶を始めた理由

 
 

官僚体質を反省し、部課長たちが
独自の組織風土改革に動き出した。
NTTから分社化して10年。
これがダメなら次の10年はないとの覚悟で
改革に挑んだ彼らが出した答えとは。

 
 
ライター
登上幹千=文
text by Miyuki Togami
とがみ・みゆき 岩手県生まれ。東洋大学法学部卒。官公庁向け専門紙の編集記者を経て、フリーライターとして独立。企業の経営や組織、人材に焦点をあて執筆活動中。

高橋常政=イラストレーション
 
 

会社の問題点は
10年前のものと変わっていなかった


「だいたい社長の頭が固いからうちの会社はよくならないんだ」
「上司が組織をうまくまとめられていないからダメなんじゃないか」
「いや、会社の仕組みが悪いんだよ」
 30代後半から40代のおじさんたちがこんな会話を繰り広げている。これは決して居酒屋での会話などではない。会議室で部課長レベルが真剣に話し合っているのである。実のところNTTコムウェアの「NEXT10プロジェクト」のワンシーンである。
 このプロジェクトは、2007年9月に設立10周年を迎えたNTTコムウェアが過去10年間を振り返り、社内の問題点を抽出、次の10年に向かって、新たな企業ビジョンを掲げ、社員の意識改革と組織風土改革を目指すものだ。06年8月から現在に至るまで長期的に進められている。
 プロジェクトを実施した背景を、コムウェアの取締役、瀧本邦雄経営企画部長は次のように回想する。
「NTTから分社化して10年。会社をよくしようと今まで施策を考えたり、制度を見直したり、様々な手を打ってきたはずなのに、部課長レベルが抽出した会社の問題点は10年前とほぼ同じものだった。社内の状況は依然として何も変わっていなかったのです」
 瀧本部長は、これまでの改革は上層部で制度をつくり、社員に周知させることの繰り返しで、上からのお仕着せにすぎなかったと反省する。そこで、社員自らが会社の変革に取り組む一大プロジェクトを実施したのである。
「会社の問題を自分たちの問題として捉え、自分たちで行動し、変えていけるように議論してほしいとお願いしました。一方で社長や幹部自らが行動を変える必要もあると思いました。よくも悪くも人事制度をはじめ役所的な電電公社時代のDNAを引き継いでいてコムウェア独自の社風に変えられないというジレンマがありましたから」
 コムウェアは発足後、社員全員がNTTから転籍し、コムウェア籍となった。採用も独自で行い、日本屈指の規模を誇るシステムインテグレーターとして歩みはじめた。だがその一方で古いある種の官僚的組織体質から脱却できずにいたのである。
 プロジェクトは部課長クラスによる社内の課題の抽出から始まった。それが冒頭の議論である。最初は16名の部長クラスによる議論からスタートし、メンバーを80名の部課長まで広げた。
 その一人であるアクセスソリューション部の安部田泰孝課長はこのときの議論の様子をこう振り返る。
「初めは正直、愚痴みたいな話し合いになりました。すべての問題を社長や上司、仕組みなどのせいにして、自分たちが動いて何ができるのか、ということに意識が及んでいなかった」
 NTTは誰もが知る歴史ある大企業だ。コムウェアも分社化されたとはいえ、社員は5000名を超える。会社を変えることは並大抵のことではない。
「でも徐々に具体的な解決策につながる話し合いができるようになりました。例えばプロジェクトマネジャーが忙しすぎるという問題があります。忙しそうだから部下は上司に話しかけづらく、すべてのやり取りをメールで済ませてしまうなど、コミュニケーションがうまく取れていないという話は多く出されました」
 コミュニケーション不足の問題は、瀧本部長も一つの顕著な課題として感じたと話す。
「部課長80名が集まったとき、当然みんな面識があるだろうと私は思っていました。でも部課長クラスですら意外にもお互いを知らないのです。本来はITツールで業務の効率化ができた分、重要なコミュニケーションに時間をさくべきところを、怠っていたのだと思います」
 80名の部課長の議論で浮き彫りになったのは、社員の自己責任、帰属意識、当事者意識の欠如、社員間のコミュニケーション不足、さらにそれによる社内の閉塞感などであった。
 これら課題をもとに、次のステップとして、80名の部課長をグループ分けした。グループごとに議論のテーマを設け、そこに加わりたいと考える社員を公募。「会社をよくするための活動に参加しませんか」と呼びかけた。

社員は社風改革など
やらない会社だと諦めていた


 最初は「上がまた何かやっている」程度に動きを傍観していた社員の竹内大和さんは、これに驚いたという。
「早い段階で我々現場レベルの人間にも一緒にやりませんかという声がかかりました。入社して10年になりますが、こんなことは初めてです」
 こういった今までにない社員の声は瀧本部長の耳にも届いた。
「社員はこういう取り組みをやらない会社だと諦めていたようで『うちの会社がこんなことをやるんだ』と新鮮な驚きというか発見があったようです」
 その結果、社員120名がこの公募で集まった。最初の部課長80名を核として様々な「変革施策ワーキンググループ」が発足。最終的に20グループほどができ、テーマごとにさらなる課題の抽出と解決策の検討を行っている。
 変革施策ワーキンググループの検討テーマは、「モチベーション向上施策」「開発力向上のための施策」「一体感のある社風づくり」などだ。なかには仕事の阻害要因を分析・排除する「ダークマターを排除しよう」というテーマを掲げているグループもある。
 これと並行して新たな企業ビジョンを検討するビジョンワーキングチームも発足した。部課長十数名が中心となって議論するが、その内容をWeb上で公開し、ビジョン策定までの経緯が社員にもわかるようにした。
 社員の意見を反映しつつ、でき上がったビジョンが次のようなものだ。
【NTTコムウェアは、システムの品質と信頼性を追求し、豊かなコミュニケーション社会の実現に貢献します】
 ビジョン自体は普通の印象だが、それを達成するための五つの行動指針が設けられており、そこにコムウェア独自の特徴的なものが二つある。
 一つ目は、上司、部下、同僚のために【・わかっているけど誰もやっていない仕事・に進んで取り組みます】だ。あえて具体的な文面にしたことで実感が湧きやすく意識して行動できる。
 二つ目は、自分自身のために【自分の夢を実現するために、自らの可能性を信じ、◯◯し続けます】である。空欄の「◯◯」は、社員が自ら考えて入れ込む。
 ビジョンは07年の創立10周年記念式典で大々的に発表された。式典をプロデュースしたのも社員だ。こちらは「イベントワーキングチーム」が担当し、式典前のプレイベントから「NEXT10プロジェクト」を社員に浸透させるべくアピールした。
 式典ではビジョンの発表とともに、これまでの部課長80名による活動内容が報告された。会場は全席埋まり、立ち見まで出たという。
 チームは式典後も様々なイベントを展開し社員に企業ビジョンとNEXT10プロジェクトを浸透させるとともに、社員間のコミュニケーション不足を解決するために動いた。

家族対象のオフィスツアーに
200世帯以上参加


 本部長の椅子に小学生がドンと腰かけ、テレビ会議を始めた。その横ではお父さんたちが自慢げにシステムの説明をしている。会議室の外では、笑顔で名刺交換をする子供たちもいる。
 今年3月、前出の安部田課長ひきいるイベントワーキングチームが企画した家族をオフィスに招待するイベント「オープンハウス」の模様である。企画に携わったのは「会社をよくしたい」という思いからプロジェクトに賛同した年齢も事業部も異なる社員たちだ。
 社員の家族213世帯、742名が参加。うち高校生以下の子供は361名。子供用名刺を配布して、お仕事ツアーを体験してもらった。
 子供たちからは「一回お父さんの会社に来てみたかった」「会社で働く父親を想像できなかったので、今回はとてもいい機会だった」、妻からは「家族が夫を見直す絶好のチャンスだと思います」などの好評を得た。
 安部田課長は企画の意図を社員の家族も巻き込んだコミュニケーションの活性化のためと話す。
「イベントのコンセプトを考えるうえで『家族』がキーワードとして出てきました。我々の仕事は目に見えるプロダクツ(製品)があまりないので家族に『お父さん何やっているの』と聞かれても説明が難しいのです」
 これはIT業界で働く人に共通の悩みだ。特にソフトウエアなどは目に見えるものではない。
「子供たちがわかるような技術を見せたいと思いました。そこでテレビ会議のシステムや地震や津波などの災害シミュレーターを用い、ゲーム感覚でお父さんやお母さんが開発している製品を知ってもらえるようにしたのです」
 瀧本部長は、今回のビジョンは、浸透方法もあわせて考えたという。
「イベントの場でビジョンをPRするとともに、ビジョンについて社員が話し合う職場ごとのオフサイトミーティングで浸透を図っています」
 オフサイトミーティング(以下OSM)とは、社員が意識的に「気楽にまじめな話」をすることを通じて、職場の課題解決を目指すものだ。公募で手を挙げた社員だけではなく、一般社員まで巻き込んだ取り組みである。
 前出の竹内さんも、同僚から肩を叩かれ、自身が所属しているNGN?OpS事業本部のOSMに参加した。
「私が参加したチームも最初の議題はビジョンでした。でもそれをきっかけに『やりがいのある仕事、いい会社とは何か』という新たなテーマが派生し議論が広がっています。会社のことを考えている人間が自分だけでなく、ほかにもいたんだなと思いました」
 社員一人の不満は文句にしかならないが、人数が集まると課題として認識される。一人で口をつぐんでいた社員も声を上げられる。
「期限がありアウトプットが求められると、優等生っぽい議論に終始してしまうと思うのです。でもOSMは、期限がなくいろいろな議論ができる。不満という膿を出し切ってゼロクリアにしたうえで、どうしたらいいか素直に考えることができる場だと思います」
 OSMこそが帰属意識の低さやコミュニケーション不足といった問題を解決する糸口になっている。
「こんな機会でもないと話をすることはない人たちと面識ができ、人脈が広がりました。それによって仕事がしやすくなったような気がします」

 現在はまだ職場での課題を抽出している段階で、具体的な解決策の検討には至っていない。しかしOSMをはじめ「NEXT10プロジェクト」の活動を通じてコムウェアは緩やかだが変化しつつあるようだ。竹内さんはまず部課長クラスが変わったと述べる。
「もともと強面だった上司が元気に朝『おはよう』というようになったという話をよく聞きます。入社の浅い若手社員の中には部長と話をしたことがない人もいます。だから声をかけてくれるだけで嬉しかったりするのです」
 これを聞いて、広報室の小野文明課長は少し苦笑ぎみに答える。
「実は優秀といわれる部長や課長が集まって何回も議論を重ねて出た結論が『朝、自分から挨拶しよう』という些細なことだったのです」
 しかし、小さなことが変化の呼び水となることもある。小野課長は、それを草の根的に社内の隅々にまで広げていきたいと述べる。
「どの企業もこれをやったから明日から変わるという特効薬はないと思います。繰り返ししつこくやっていくことで、やがてそれが文化と呼べるものになるのではないでしょうか」
 それでも一社員の竹内さんから見るとまだ自分たちの意見が会社に届いているという実感はないという。
「それにはもっと時間が必要だと思います。一時的なものにせず続けてほしい。数年後にまた新しい施策があって『あれはどうなったんだっけ?』ということの繰り返しだけはもう嫌です」
 これは社員みんなの本音だろう。もしこのままで終わりなら単なるガス抜きとも捉えられる。この指摘に瀧本部長は最後に真剣な面持ちで断言した。
「社員の意見は会社の施策としてしっかり取り入れると式典で私自身が宣言しました。もしこれがガス抜きで終わったらコムウェアの次の10年はない。そういう覚悟で取り組んでいます」
 すべては今後の施策しだいである。それによってコムウェアがどう変わるのか注視していきたい。

 
 
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