ハーバード式仕事の道具箱 [151]

交渉上手な男性に有利な文化は大きなロスを生む

女性差別の損失は利益の45%

 
 

男性は女性に比べ、交渉によって利益を得ようとする傾向が強いという。
この差異を理解していない上司は、知らず知らずのうちに
優秀な女性の可能性を潰しているかもしれないのだ。

 
 
リンダ・バブコック、サラ・ラシェーヴァー=文
text by Linda Babcock and Sara Laschever

翻訳=ディプロマット
 
 

採用時の小さな交渉が積み重なって
大きな格差を生む

 あなたが今の会社に採用されたとき、自分の給与の額を交渉して決めただろうか、それとも提示された額をそのまま受け入れただろうか?
 これは、性別に大きく左右される。男性の場合は交渉して給与を決めた可能性が高く、女性の場合は最初に提示された額をそのまま受け入れた可能性が高いのだ。われわれの調査でも、また他の調査でも、男性は交渉によって自分の利益を推進する傾向が女性より高いという結果が出ている。これは、個人にとってはもちろん、組織にとっても重要な意味を持つ。交渉の男女格差が放置されれば、あっという間に給与や昇進の格差となり、社員の離職につながることになる。本稿は、管理職が職場のこの根深い問題に対処する一助になるはずだ。
 女性は交渉を避けることで高い代償を払っている。給与だけでも、女性はたいてい何十万ドルものカネをつかみそこねているものだ。そして、女性が受け入れた金額と、交渉すれば獲得できる可能性があった金額との小さな開きは、キャリアの道筋を歩んでいく中で劇的に拡大するのである。
 MBAを取って間もない30歳の二人の人物―― 一方は男性でもう一方は女性――が、年俸10万ドルで働かないかというオファーを受けたとしよう。男性は交渉によって年俸を11万1000ドルに押し上げ、それに対し女性は、交渉することなく10万ドルをそのまま受け入れた。二人が以後のキャリアを通じてまったく同じ3%の昇給を得たとしても、65歳で退職する頃には、年俸の差は3万953ドルに開いている。
 しかも、交渉した男性は、退職までの35年間、毎年女性より多額の年俸を受け取ることになる。彼が年収のこの「上乗せ分」を年利5%で運用するとしたら、その最初の1万1000ドルが、退職時には160万ドルに増大しているのである。
 女性が最初の給与交渉を避けることで失う金額は、とてつもなく大きいわけだ。しかも、これらの数字の算出にあたっては、ボーナス、ストックオプション、年金など、給与に連動する他の富はまったく勘定に入れられていない。加えて男性は、おそらく入社以後も、交渉によってより大幅な昇給やより多くの昇進を獲得し、交渉力の恩恵を拡大するだろう。
 交渉を避けることで女性が犠牲にするものは金銭だけではない。似通った訓練を受け、似通ったスキルを持つ男性と女性が、似通った職務に採用されたとしよう。男性は入社後早い時点で、重要なプロジェクトに取り組むチームに参加するよう求められる。このチームに参加することで、組織内での注目度は高まり、貴重なリーダーシップの経験を積んで、新しいスキルを身につけることができる。彼の上司たちが再び重要なプロジェクトにスタッフを集めなければならなくなったとき、その男性は、当初似通った立場にあった、より控え目な女性より実質的なスキルの面でも優位に立っているだろう。しかも、彼がその後もキャリア開発の機会を女性より頻繁に要求するならば、それぞれの才能や能力に関係なく、男性のほうが組織の階段をはるかに速く上っていくことになる。

男性の積極性を買う組織の
莫大なコスト


 公正さの問題を別にしても、組織が重要なプロジェクトの機会や昇進を、誰がそれを要求するかを主たる基準として分配したら、必然的に最も有能な女性のスキルを無駄にすることになる。男性のほうが女性よりこうした機会や見返りを要求する傾向が強いため、男性の大多数が女性の同僚より速く昇進し、最後には組織のトップの座を占めるわけだ。そうした男性の中には、取り残された女性の一部より資質も能力も劣っている者もいるはずだ。
 女性の不利益が累積するとき、それは他の形で損失をもたらす。ある調査によると、社員の離職の理由で最も多いのは、自分のスキルが十分活用されていない、もしくは評価されていないと感じた、というものである。同僚男性のほうが目立つ仕事や大幅な昇給を与えられているのを目にしたら、女性は離職を決意するかもしれない。
 社員に辞められたら本当に高くつくと、ジェネラル・ミルズの会長、スティーブ・サンガーは言う。「優れた人材の採用や育成に資金を投じてきた会社なら、彼らに辞められたくないはずだ」。時間給労働者の交代要員を採用、育成するには、平均でその労働者の年俸の50%の費用がかかり、専門職労働者の場合は、その労働者の年俸の150%の費用がかかる。採用コスト、採用業務を行う社員の機会コスト、および新たに採用した労働者が力をフルに発揮できるようになるまでの生産性の損失を合計すれば、ずいぶん大きな額になるのだ。
 交代要員の採用・訓練が完了するまで、辞めた社員の穴埋めをしなければならない社員の士気の低下を計算に入れると、コストは一挙に増大する。われわれの試算では、離職コストは典型的な中規模企業の場合で、売り上げの3.4%、利益の実に45%にものぼることがあり、きわめて大きな影響を及ぼすという結果が出ている。

女性活用のために
管理職ができること


 組織の利益のために、すべての部下の能力が開発され、活用されるようにするためには、まず、組織の中で誰が交渉を持ち出すかに注目し、意思決定をそれに応じて調整することだ。
 女性の能力開発を本当に気にかけている管理職でさえ、誰がその仕事を要求しているかを主な基準にして仕事を分配すると、気づかないうちに女性を差別することになる。男性の部下が「この仕事をやらせてくれ」と言ってきたら、その男性がその仕事に一番適任なのか、それとも要求してこない女性のほうがその仕事をうまくやれるのかを、よく考える必要がある。そうすることで、男女格差を是正する方向に歩み出すことができる。
 管理職はメンタリングを使ってもよいだろう。信頼する上司からの次のようなアドバイスに従うことで、多くの女性が急速に成長を遂げるのをわれわれは目にしてきた。
「職業生活に関することはすべて交渉可能だという前提に立とう」
「関心のあるプロジェクトに志願しよう」
「自分の仕事上の目標を積極的に追いかけよう」
 隠れた能力開発の機会を教えてもらうことは、多くの女性が自分のキャリアを新しい視点からとらえるきっかけになる。女性部下が潜在能力をフルに活かすために何を必要としているのかを心得ていれば、上司もいい仕事ができる。
 最後に、男女の同じ行動に対しての異なる対応が、どのように女性の前進を妨げ、組織に害をもたらすかについて、すべての社員の意識を高めることも大切だ。積極的に要求する男性は「やり手」とか「率直な人間」と評されるのに、女性が同じように行動したら「厚かましい」という烙印を押されるのはなぜなのか。組織の文化を、要求する女性に対してもっと優しいものにすることで、管理職は女性部下に、自分の前進のために交渉することは自分自身にとっても組織にとっても勝利の戦略になりうるということを教えられるのだ。

 
 
PRESIDENT 2008年9.15号
PRESIDENT 2008年9.15号
税込価格 650 円
売り切れ
 
PRESIDENT公式twitterアカウント

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更