ビジネススクール流知的武装講座 [203]

「適材適所力」にみる小泉と福田のリーダー学

 
 

福田内閣の改造をめぐる議論はますます熱を帯びてきている。
トップ自身がリーダーシップを発揮できる組織をつくるために、求められる力とは──。

 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
守島基博=文
text by Motohiro Morishima
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。2001年より一橋大学商学部勤務。
著書に『人材マネジメント入門』『21世紀の“戦略型”人事部』などがある。

平良 徹=図版作成
 
 

小泉氏はなぜ
トップダウン人事を貫徹できたのか


 この文章が印刷に回るころには決着がついているかもしれないが、現時点(7月29日現在)では、福田康夫首相の内閣改造に関する議論が盛んである。安倍晋三前首相から引き継いだ内閣に代わって、自らのビジョンを達成すべく、新たな閣僚で内閣を構成する。そうした重要な時期である。私は、この時点がこれまで多くの懸念が表明されてきた福田首相のリーダーシップが問われる大きな節目だと思っている。ここで閣僚の任命において、適材適所を達成し、まさに「福田内閣」と呼べる体制を組むことができれば、曖昧で人任せに聞こえる話し方や、対野党との駆け引きにおける弱気とも思える態度などに対する批判は鎮静化するのではないかと思う。
 ここで思い出してほしい。小泉純一郎元首相の内閣の組み方である。報道されている限りでは、一人どこかに籠もって、最後の一閣僚の人選まで、自分で考えて結論を出し、それを最終決定として伝えたという。政策の実現という、極めて複雑で、政治的なプロセスにおけるマネジメントは、実行過程で本人がどんなに努力しても、周りの人間が意のままに動いてくれない限り、成果へとは結びつかない。複雑な目標プロセスは、自分の周りで組織として、自分のビジョンを達成してくれる人材を配置しない限り不可能なのである。
 報道されていることが事実だとすれば、それ以前の組閣の仕方からの逸脱に対する批判も含めて、リーダーとしてどんなに苦しい数日だったのか、私には想像もできない。小泉氏は、政治的駆け引きに決定を委ね、そのなかで意にそぐわない人材を閣僚に任命するよりは、周りからの批判に耐えてでも、自分のビジョンを達成する人材をトップダウンで配置することを選んだのである。そして多少の問題はあったとしても、その内閣は、小泉氏のビジョンを達成することにおいて機能し、成果もあげた。
 私は、必ずしも小泉元首相のやったことや考え方すべてに賛同していたわけではないが、少なくとも、こうした内閣づくりのやり方をあえて選択したということは、小泉氏がリーダーとは何をするべき人なのかを明確に理解していたからだと思う。こうしたプロセスを貫徹したという意味で、小泉氏は極めて優れたリーダーだったのである。
 トップがリーダーシップを発揮できるかどうかは、自らの参謀となる人材の組織づくりにおいて、適材適所を実現する力に大きく依存する。その意味で組織のトップにいるリーダーが発揮すべきリーダーシップの根幹のひとつは、「適材適所力」なのである。こうした事情は、政治の世界だけではなく、企業のトップマネジメントから、現場のリーダーまで、企業経営においても全く同じだと思う。
 では、なぜ小泉氏はこうしたことができたのであろうか。残念ながら、私は政治ウオッチャーではないので、小泉氏について詳細はわからない。通常マスコミで報道されていることしか知らない。
 ただ、一般的にいえば、適材適所力は、三つの構成要素からなる。具体的には、ゴールやビジョンの明確化、人材の丁寧な観察、そして状況の深い把握である。

深いレベルでの人材把握が
可能な長期雇用


 まず、自分のビジョンやゴールが明確になっていることである。何をしたいか。それは通常いわれている以上に、適材適所の達成のためにも重要である。ビジョンやゴールという言葉がわかりにくければ、到達点といってもよい。それがどれだけ明確になっているか。そこが曖昧だと、適材も選べないし、また配置の結果が、適所かどうかも判断できない。企業内で、適材適所が実現できないという溜め息をたくさん聞くが、実はやらせたい仕事が明確ではない場合が多いのではないだろうか。何をさせたいのか、何をするべき仕事なのかがわからないと、適材か、適所かを決めることはできないのである。
 次が、人材の丁寧な観察である。人材把握力といってもよい。こうした人材を把握する力は、天性の資質のように思われるが、実は行動や努力で大幅に向上できるものなのである。自分の周りにいる人材に対して関心をもち、観察を行い、情報量を増やすことが、一人ひとりの深い把握につながる。現場のリーダーでも、トップマネジメントでも、自分の部下や周りにいる人材を丁寧に観察する努力をすることで人材把握力を高めることができるのである。
 最後が、状況の深い把握である。状況読解力といってもよい。今、組織や部門がどういう状況に置かれているか、誰が決定権を握っており、どう変化する可能性があるのか。こうしたことに関する把握は、適材適所を達成するうえで重要だ。なぜならば、適材をあてはめるべき場面(役割、仕事)の理解が多面的であるほど、より精緻で状況の変化に対応できる適材適所が達成できるからだ。逆にいえば、適所の把握が一面的だと、効果的な配置ができない。状況読解力も、能力というよりは、努力や行動に依存する部分が大きい。対象としている役割や課題だけではなく、その周りの状況にまで関心を払う。または、状況を、関係者の予測された動きまで、ダイナミック(動的)に読んで、深い理解をしようとする。こうしたことは資質ではなく、努力や訓練で向上できる部分が大きい。
 いわば、適材適所力とは、「(ビジョン・ゴールの明確化)×(人材把握力+状況読解力)」なのである。ビジョン・ゴールは必要条件なので掛け算であり、人材把握力と状況読解力は総和が重要である。そして、この三つともリーダーの資質だけではなく、努力や行動によって高められることが多い。リーダー育成の大きな要素として、ビジョンの明確化だけではなく、人材把握や、状況読解の仕方など、通常リーダーシップの一部とは考えられていない部分も考慮する必要が出てきたともいえる。
 ただ、今の多くの企業で、こうした適材適所の実現が難しくなっているのも事実である。ちなみに、私は、日本的経営(特に、人材マネジメント)の強みは、よく言われるように、人材が集団的に管理され、組織としての力が強かったことではなく、集団的な人材管理の仕組み(長期雇用、年功賃金、頻繁なローテーションなど)の陰に隠れて、極めて個別的な適材適所が可能になってきたことにあると思っている。特に優良な企業はそうだった。優良な企業では、仕事の与え方や、職務遂行における上司の支援、さらにはフィードバックの伝え方などにおいて、個別人材の特徴を考慮した「個性的」なものだったのである。
 例えば、仕事の与え方である。誰にどの仕事を任せるかは、成果達成へ向けての的確な貢献は言わずもがな、育成やモチベーションという観点から見ても重要だ。育成という点では、その人が確実にできるレベルより、ほんの少し高いレベルの仕事を与えることが必要で、当然だが、確実にできる仕事だけを与え続けていては、その人は伸びない。ここでも個性の把握を前提として仕事の割り振りが、長期的な強みへと続く適材適所を可能にする。
 またモチベーションの観点からも、本人が意義を感じる仕事を割り振ることができれば、意欲を高めることができる。通常、意義を感じる仕事とは、本人が興味をもっていたり、やりたいと考える仕事が多いであろう。それも適材適所である。
 これまでの人材マネジメントの仕組みは、こうした適材適所を可能にしてきたのである。例えば、長期雇用は、一人の人材について多面的な情報を把握することを可能にし、単に成果や職務遂行能力だけではなく、個性やその人のもつ価値観などまでも含んだ深いレベルでの人材把握を可能にしてきた。つまり、より包括的な意味での適材適所を考えることが可能だった。その結果、多くの企業で、職場での仕事の割り振りだけではなく、社内異動までも、能力やそこまでの成果だけに依存しない個性的な決定が行われてきた。

大きなビジョンの実現には
適さない「調整型」人事


 さらに、重要なのは、評価や処遇である。極端にいえば、評価や処遇が年功的に決定される部分が多かったために、人事配置や仕事の割り振りで、あまり処遇を気にせず、適材適所が追求できた。また、本人もあまり処遇上のリスクを感じなかったのだろう。いわば、処遇が成果と短期的に連動しないことで、企業のなかで育成やモチベーションという意味も含んだ、「適材適所」が可能になったのである。
 もちろん、こうした仕組みがすべてよかったわけではない。だが、ここしばらく、多くの企業でこうした個性や個人の能力の把握に基づいて人をマネジメントするために仕組みを捨て、成果などの単一尺度で、人材を評価し格差を持ち込むことに奔走し、それを個別管理と呼んできたのである。本来の個別管理とは、働く人一人ひとりの個性を、能力、好み、関心、向き不向きなどを総合的に考慮して把握して、それに基づいて適材適所を行うことである。短期での政策達成を狙う政治の世界だけではなく、経営の現場でもこうしたより総合的な適材適所の判断が重要なのである。
 だが、ここしばらくの仕組みの変革は、個別管理という名の下の、人材把握軸の減少であり、人材観察の停滞であった。また、ゴールの明確化や、状況の把握も、目標管理などの仕組みのなかで、それを多面性をもって行うことが難しくなってきた。つまり、現場のマネジャーが「適材適所」を行うのがこれまでより難しくなってきている。多くの企業で、適材適所が難しくなったという声が聞かれるのは、人材や状況の把握のための基準が単純化され、失敗のリスクが大きくクローズアップされてきたことにもよるのだろう。
 それでも、企業はこうした状況に対応していかなければならない。そのため、これまでより一層、現場マネジャーや部門のトップには適材適所を実現することが求められる。それが職場の成果につながり、また長期的にも、人の育成やモチベーションの維持につながるからだ。適材適所を実現する力、別の言い方をすれば、仕事と人のマッチングがリーダーとしての仕事の大きな一部分となり、またそれを行う能力がリーダーとしての能力の基本となる。そして、そのためには人材を個性で把握し、また状況を動的に把握する必要がある。そして、その後でリスクを恐れず、これと思う人材に仕事に割り振ることだろう。
 福田首相がこうした意味でのリーダーシップに秀でているのかはわからない。ただ、これまでの調整型の周りの意見を聞きつつ人とポストをマッチングする方法は、政治でも、企業でも大きなビジョンを実現するのに適したリーダーシップではないことは明らかだ。適材適所力が問われる時代になってきた。この夏、福田首相のお手並み拝見といこう。

 
 

適材適所力=
(ビジョン・ゴールの明確化)×
(人材把握力+状況読解力)

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