職場の心理学 [198]

とたんに売上3割増! 社長が変われば社員が変わる

 
 

ある日本法人の社長は、コーチングを受けたことによって視野が広がり、
高圧的なマネジメントをやめて社員の話に耳を傾けるようになった。
すると社内で対話が始まり、プロジェクトチームが主体的に動き始めたという。

 
 
ガンガー総合研究所代表取締役社長
藤井義彦=文
text by Yoshihiko Fujii
●ふじい・よしひこ 神戸市生まれ。慶應義塾大学、スタンフォード大学卒業。ハーバードビジネススクールAMP、ODESSEYプログラム修了。カネボウ、外資系日本法人社長を経て現職。慶應義塾大学大学院ビジネススクール特別研究教授(2004~07年)。西北工業大学(中国・西安市)および文京学院大学大学院客員教授。SNAコーチング協会パートナー。AMA Strategy Executive Coach。『経営者格差』など多数の著書がある。

高橋常政=イラストレーション
 
 

経営者が抱いている
五つの悩み

 グローバル化が進み、コンプライアンスがますます重要になるなどビジネス環境が急速に変化かつ複雑化する中で、企業トップには、スピードをあげて戦略を策定、実行することが強く求められるようになった。大きな夢・ビジョンを示し、それに社員全員を巻き込み、戦略を実行し、成果をあげなければならない。激しい変化の潮流の中でどのように対応すればよいのか、不安を抱いているというのが日本の現状ではないだろうか。
 いま日本の経営者が抱いている悩みは次の五つに整理することができる。

(1)経営者としての能力に対する不安
・経営をどのようにもっていくか、時間に追われながら下す自分の判断は果たして正しいのだろうか。
・経営者として自信が持てず、孤独で悩みを相談できる人が見つからない。
(2)組織運営に対する不安
・想いやビジョンが社内に伝わらない。
・部下が主体的に動かない。
(3)業績に対する不安
・戦略を策定したにもかかわらず、成果があがらない。
(4)人材育成に関する悩み
・人材、特に後継者が育たない。
・優秀な人材が流出してしまう。
(5)自身の存在意義に対する不安
・家族にとって自分とは何か。
・自分は何のために生きているのか。このまま何もなさずに死に近づいていいのか。

 経営者がどんなに高邁な思想を持っていても、事業から利益を得られなければ無意味である。ときには人員を削減しなければならず、そのときは身を削られるような思いに苛まれ、自分の気持ちに反して非情にもならざるをえない。しかし、その半面、トップの地位を心地よいものに感じ、得た権力をいつしか当然のことと思い、エゴが膨らんでしまうこともある。
 古来優れた武将には優秀な軍師がついていたように、企業の経営者にも「心の軍師」と呼ぶべき存在が必要である。それがエグゼクティブ・コーチである。
 欧米の経営者は、トップに上り詰めた後でも自分の能力を磨くことに貪欲で、絶え間なく勉強し研鑽し続ける。企業も経営者教育のために「ダイヤモンドの原石」たるエリートをビジネススクールのプログラムに派遣したり、エグゼクティブ・コーチ(以下EC)をつけて短期教育を行う。人材育成をますます重要視し、リーダーシップ教育をコーチングに委ねている。ところが、日本企業の特徴として、新入社員をはじめ課長クラスまでの研修は熱心に行うのだが、部長以上や役員として経営に携わる層への教育はほとんど行われていない。昨今日本の先見性のある一部の企業がその点に気づき、経営者へのリーダーシップ教育を行い始めた。
 先にあげた五つの悩みをECではどのように解決しようとするのだろうか。まずは、経営者に「自分のなりたい姿」を明確にイメージさせ、それに対して自身の現状はどうであるのかを徹底的に認知させるところから始める。そして、どのようにすればそのギャップを埋められるのか、どのようにすれば「なりたい姿」になりうるのか、対話を通してしつこく追求する。
 クライアントの潜在能力を最大限に引き出せるように、本人の中にある答えを見つけ出していく。気づかせ、やる気にさせ、コミットさせ、組織と個人の短期ゴールを達成させることがECの眼目である。
 人は成長するにつれ、社会の規範に合わせ鎧をまとうようになる。自分を守るために内面を隠すわけだ。その鎧を取り外し、自分を突き動かしているものは何かをつかむために、徹底的に自身と対峙させるのだ。リーダー自身がよい状態のとき、悪い状態のとき、それぞれどのような性格が出てくるのかを知り、自身を受容し、人の多様性を認めて初めてチームを生かし動かすことができる。
 コーチングとはいろいろなスキルを駆使してクライアントを操作するのではない。コーチはクライアントの成功と成長を心から願い、自分のすべての経験や技量を惜しみなく与える。クライアントに対しては、裏切らない、批判しない、感情的にならない、コーチの意思とノウハウを押し付けない、そして常に秘密を守り、甘えることは許されない。このようなコーチであって初めて信頼されるのである。
 日本の名経営者の中には、儒学者や名僧を師と仰ぎ、悩みがあると訪ねていき判断を仰いだ人も少なくない。このとき明確な答えを求めているのではなく、相談することで迷いを断ち切り、「これでいこう」と自らを奮いたたせているのである。

部下の意見に耳を傾けると
社内で対話が始まった


 日本では企業トップに外部コーチがつくことに対する抵抗感が根強くあるのだが、EC先進国のアメリカでは2007年には5万人以上の経営者がコーチングを受講し、フォーチュン500社のうちECの採用企業は70%といわれる。それに対して日本では、受講者の80~85%が外資系企業である。今後はその重要性が認められ、ハーバードビジネスレビュー等によるとECへの需要は急速に伸びていくものと予測されている。
 あるヨーロッパ系日本法人での事例をあげてみよう。この会社の元社長はコンサルタント会社出身で、理論ばかりを優先するビジネスの進め方に社員がついていけなくなり、営業不振で更迭された。次に抜擢されたのが、五人の営業部長の中で最も優秀な部長であった。営業一筋で経営に関する教育は全く受けていない。社長として2年間努力したが、成果が思うようにあがらない。営業マンとして天才的な嗅覚を持つ社長は、営業部長や営業マンが歯がゆくて仕方がない。部下の意見を聞く前に「こうしろ!」と高圧的な命令を下してしまい、社内では不協和音も高まってきた。会社を変革する必要を感じたヨーロッパ本社からの「ECをつけるように」という依頼で私が担当することになった。
 この社長は元来は竹を割ったようなさっぱりとした明るい性格なのだが、悪い状態のときは自己中心的で過度の競争心があり、自己過信が強く、その結果生意気に見えがちだ。そこで、自分自身がどんな人間性を持っているのかを徹底的にとらえてもらうことにした。360度評価、エニアグラムによる性格分析などを参考に、職場でどのような人間性が表れているのかをしつこく対話したうえで、部下の気持ちを忖度させるようにした。
 このプロセスで、自分の「本源」がわかってくるとともに、部下の性格の多様性が見え始めて、それを受容できるようになってきた。部下にも顧客に接するのと同じように接するべきことを肌で感じとった。そして人に対する好き嫌いを表面に出さないように努力し始め、部下の意見に耳を傾けると、社内で対話が始まった。「社長が変革すれば会社が変わる」という言葉通り、マネジメントチームが主体的に動き出した。
 この社長は経営者としての専門的知識を学んだことがないというコンプレックスを胸中に強く持っていたため、経営書を読むようにすすめたところ、猛烈な勢いで読み始めた。経営書から理論を吸収したら、それを実践するコツをコーチした。経営において正解はない。また、理論と実践とは別物である。明確な戦略を策定したとしても、それが実行できなければ全く意味がない。なぜ戦略が実践されないのか、経営の修羅場で考えに考えさせた。
 社長はそれを実践して行動すると、少しずつ自信が出てきて、社長が変わろうと努力していることに気づいた部下たちが変わり始めた。1年後、会社は明確なビジョンの下、各員が自分の役割を認識し、業績も急激に伸び始め、売り上げは1年で28%増大した。
 しかし、社長はいまでもときどき自分の悪い状態が顔を出してくるという。考え方が変わると行動が変わるのだが、それが習慣になるまでにはさらに時間がかかりそうだ。

旧カネボウの経営者が
コーチングを受けていたら……


 私の体験から見てみると、クライアントが次の4点ができるようになるとECは必ず成功する。
(1)積極的な心構え
ECをネガティブにとらえない。コーチングを受けることは経営幹部として見込みがある証しである。
(2)コーチとの相互信頼
コーチが信頼されなければ、クライアントは本音を言わないので潜在能力を引き出せない。
(3)謙虚さ
すべての責任は自分にこそあるという言い訳しない謙虚さが必要である。リーダーには自我の強い人も多い。社員、部下、経営環境などのせいにしている限り変革はできない。
(4)しつこさ
ポジティブで挑戦的な姿勢が必要である。物事から逃げず、徹底的にしつこく成功するまでやり続ける心構えが求められる。

 費用対効果を算出するのはむずかしいが、ECを行うと業績は確実に向上する。クライアントの視野が広まり、視点が定まることで目標達成への意欲が高まり、より一層高い自己実現を目指すようになる。
 そうしたリーダーに率いられる組織は目標達成へのエネルギーが高まり、組織が活性化し、部下が主体的に考え、行動するようになるといった成果が報告されている。
 苦労する点の一つは、クライアントをどれほど強くコミットさせられるかである。頭で理解しても、実行して成果をあげなければ全く意味がない。ECの効果が顕著に出るか否かは、ここのところにかかっている。
 私は、1965年、アメリカ留学から帰国し、カネボウに入社した。当時のカネボウは「愛と正義の人道主義」を標榜する素晴らしい会社で、キラキラと輝いていた。活私奉公を信条に25年間営業に邁進した。自分を鍛え直す意味で、ハーバードビジネススクールのAMP(高等経営者講座)に挑戦し、「経営はトップの品格による」ことを学び、人間力を磨く教育を叩き込まれた。
 帰国後は企画部に配属されたが、初めて体験するスタッフ部門は営業部と異なり内向きでドロドロの世界であった。トップ層は「会社は永遠に存続する」と思いこみ、私利私欲の観点から経営判断することが多かった。幹部は保身と出世のため、ワンマン経営者の寵愛を得るのに汲々としていた。全身に膿がたまっているような状態だった。このままではいつしか自分もそれに染まってしまうかもしれないと悩みに悩み、カネボウを退社したのが55歳のときだった。
 外資系企業の日本法人トップにヘッドハンティングされ、新しい経営の世界を見た。アカウンタビリティ、コンプライアンス、トランスペアランシー(透明性)、オープンネス、コミットメントを初めて肌で感じた。そこで初めて有望な若手エグゼクティブがコーチングを受けているのを知った。カネボウのダメ経営者がエグゼクティブ・コーチングを受けていれば、あのように無様に倒産することもなかったろうと心底から残念に思った。
 5年後、その外資系企業が敵対的買収に遭い、フランスの会社になった。イギリス、アメリカ、フランスのトップ経営者のしたたかな生きざまを目の当たりにした。8年後コンサルタントとして独立したが、どんなによい提案をしても、実行するのは社長および経営者層であることを痛感させられた。「社長がダメなら会社は衰退していく」。カネボウと同じような会社がこんなにも存在するのかと驚きもした。そして経営に与える影響力の小さいコンサルタントではなく、コーチングを志すようになった。
 資源を持たない日本が世界と伍して闘っていくためには、「人」という資源を最大限に活かすことが大事である。そのためには世界一流の経営のプロが育ち、企業や組織を活性化し、人材を育てていくことに尽きると考えている。私の使命はコーチングを通じて人材を育てること。私の夢は私のコーチしたトップ層が多国籍企業の本社のトップになることである。

 
 
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