
「インターネット革命」に
後れをとった日本企業
私は1995年1月に発行した『インターネット革命』(プレジデント社・刊)という単行本で、情報化社会が企業経営に与える影響などを述べた。この本は多くの経営者たちに読まれ、「大前さんが書かれたことは、我々が生きている間には実現しませんよね」と、よく尋ねられたものだ。彼らはまるで『スターウォーズ』を見ているかのような気分だったのかもしれない。しかし、私が書いたことは2000年までに、ほとんどが現実となった。95年からのわずか5年間で、少なくとも欧米企業はそれほど大きく変貌したのだ。
具体的には、メインフレーム(大型汎用コンピュータ)を核とする集中型システムに代わり、クライアント・サーバーの分散型システムが台頭した。
もっと革命的な変化としては、インターネットと企業のコンピュータシステムとが不可分の関係になったことがあげられる。クライアントPCは、場所を問わずサーバーへのアクセスが容易になり、サーバー自体の進化や通信速度の向上ともあいまって、分散型システムは著しく発展した。
また、経済的なパッケージソフトウェアがあらゆる業務分野で充実したおかげで、以前のような高額のテーラーメイドシステム(レガシー)に頼る必要性は薄れていった。
さて、同じ5年間に日本企業はどうしていたか。相変わらず大型のメインフレームを使ったシステム開発に莫大な資金をつぎ込んでいたのである。
メインフレームはベンダーの独自技術に基づくから、開発も管理もコストが割高だ。技術的にオープンな基本ソフトでクライアント・サーバー・システムを組み立て、パッケージソフトを使いこなせば数十億円ですむところへ1000億円も投じる(金融機関などの)例すら見られた。
もう一つ、欧米では90年代にデータベース(DB)の重要性が増大した。データベースシステムは、生産・販売・経理といった分野別や、部品・完成品などの段階別に構築され、それぞれが「色」をもつようになった。しかし、企業というものは有機体だ。各色が無機的にバラバラのままでは、十分な効果を発揮するとはいえない。
そこで90年代後半からはERP、すなわち企業資源計画の概念や手法が本格化した。資源や業務を統合管理するERPパッケージソフトも欧米を中心に広まった。だが、ここでも日本企業は蚊帳の外に甘んじていたのである。
私は、「2005年の時点でERPパッケージを適切に使いこなしている日本企業は一社もなかった」といってはばかるつもりはない。何でも自分自身で確かめる主義の私は、「ERPを活用している」と聞けばその企業へ出向き、どんなふうに活用しているか見せてもらった。ところが、真の有効活用だと評価できるケースは、外国企業の日本支社や、外資の入った合弁会社ばかり。伝統的な日本企業は、ゼロだったのである。
そのころ講演に招かれるたび私は、「ここ10年間で日本企業のIT環境は、欧米に20年分の差をつけられてしまった」と語らざるをえなかった。
ITを適切に活用するため
仕事のやり方を組み直す
日本企業と欧米企業に差がついた原因は何だったのか。ズバリいって、日本企業は仕事のやり方を組み直そうとせず、「自分たちがやっているとおりになぞらせる」というシステムづくりに躍起だった。これは致命的な誤りである。
人間の仕事と機械の仕事は本来、異質なのだ。機械には人間より優れた働き手の側面もあるが、正反対の側面もある。人間のやり方だとか、人間がなすべき仕事をそのままコンピュータに押し付けたら、むしろ効率は低下し、本末転倒に陥ってしまう。
その点、欧米企業ではパッケージソフトの普及が進み、人間優先でテーラーメイドしたシステムに比べ、コンピュータはコンピュータらしく仕事ができた。その代わり、ある面では人間がコンピュータに合わせるよう要求される。システムの動きの前提となるやり方で仕事をするわけだ。営業社員であれ、スタッフ部門の社員であれ、新しいパッケージソフトの導入に伴い再トレーニングを受け、仕事のやり方を変える。競争力を向上するためには当然の成り行きだった。
とはいえ、仕事のやり方を組み直すことは、会社を“ゼロからつくり直す”ほどの一大事だ。経営者には、相応の覚悟とリーダーシップが求められる。
日本企業を見ていると、多くの経営者がIT整備を社内の電算本部に任せ切りだ。その電算本部は、現業部門から「やり方を変えたくない」と強弁されれば簡単に無視もできない。「だめだ。人間の仕事もシステムも、ゼロベースで組み直せ」。この一声を、覚悟を決めた経営者が発したなら、より安く早く効率的に、人間とコンピュータの長所がどちらも生きる新体制を築けるはずなのだ。
なぜ日本の経営者は
ゼロベースに戻れないのか
それにしても、欧米と日本の経営者の違いには、どんな背景があるのだろう。国の文化は異なるものの、それがIT環境の整備に影響しているとは思われない。なぜなら日本企業も生産分野においては、ゼロベースで新しいやり方に切り替えることが非常に得意だからだ。
松下幸之助氏も、生産体制のスクラップ・アンド・ビルドを繰り返した。新しいシステムを入れるとなったら、工場ごとつぶしてしまうような規模でスクラップする。過去は消し去り、新しい機械とやり方を取り入れて、ゼロからの再スタートをリードした。
これは松下氏に限らない。日本の製造業といえば、TQC(Total Quality Control)でもVA(Value Analysis)でもVE(Value Engineering)でも、グローバルに通用する合理的なシステムをゼロベースで構築してきた功績がある。トヨタ自動車の生産方式が世界中のメーカーにベンチマークされていることはいうまでもない。だのに業務分野となると、なぜかしら大胆な刷新ができないのだ。
結局、日本人経営者たちのITに対する認識が、欧米人たちとは異なるということではないか。逆にいうなら、「人」に対する認識が違うのかもしれない。「人は城」だとか「企業は人なり」もいいが、その思いが強すぎて、非定型業務になるほど「IT側に人の動きをなぞらせて当たり前」という発想に支配されるのかもしれない。
ただ、生産部門以外にも、経理や人事や購買といった部門では、まだまだ部分的にせよ、ようやくパッケージシステムやASP(Application Service Provider)、SaaS(Software as a Service)などが利用されつつある。そうした動きから最も縁遠い部門は、営業なのだ。
営業部門も含めトータルにビジネスを見直したうえで、ITを有効活用する。それは、いまなお日本企業が克服せねばならない重要課題である。
とりわけ営業や販売に軸足を置いてベンチマークするとしたら、シスコシステムズ(シスコ)やデルなどが適当だろう。シスコはネットワーク機器のメーカーだ。協力会社も巻き込んで、「シスコ・コネクション・オンライン」と呼ぶホームページを中心としたバーチャル・シングル・カンパニーを90年代につくりあげた。これで同社は、生産・販売・メンテナンスなどのプロセスを、どれもオンラインで処理するという高効率なビジネスモデルを確立した。
シスコ・コネクション・オンラインの技術的な功労者は、当時のCIOだったエド・コゼルだ。しかし、営業畑出身でCEOのジョン・チェンバーズがグランドデザインを描き、ゼロベースでシスコの再構築を決断したからこそ、それは実現したのである。
一方、デルもインターネットをフルに使った体制で成功した。だがネットを介した拡販の主な対象は、個人客である。法人営業には集中して人的資源を注ぎ込み、数百台、数千台のPCというオーダーを獲得することで、デルは急成長を遂げた。繰り返すが、機械と人間では負うべき仕事が異質なのだ。人間は、説得や交渉などを伴う仕事に極力時間を割くべきである。
分かれ目は「10の何乗か?」
最適な手法で営業の成功を
人間が行う営業活動をSFAなどITに支援させるかどうかは、「ターゲットの数が10の何乗か」によって四段階の目安がある。まず、10の0乗は1。その典型は例えば防衛省など、特定の組織に対する営業で、相手が一軒ならITは無用。
10の1乗は10。北海道から沖縄までの電力会社が相手なら、ちょうど10社ある。この場合もITより有効なのは、チーフエンジニアが営業担当を務め、自社技術・製品の優位性をとことん語ることだろう。
10の2乗は100。これに当たるのは半導体製造装置や特殊な産業機械の営業活動だ。相手が100社ほどなら、やはりエンジニアの出番だろう。
103=1000の規模になると、ついにITの登場である。統計学の勝負になり、データベースに基づいたITシステムが頼もしい味方となる。ただし、まず肝心なのは、既存顧客のデータに加え、開拓ターゲットとすべき潜在顧客に関する豊富なデータだ。そして既存・潜在顧客の場所をマッピングし、訪問のルート管理を行う。一人が1日七軒回るとすれば、既存四軒、潜在三軒といった割合で、効率のよいルートをITが示してくれるはずだ。キーパーソンに会える確率が高い時間帯も加味されるよう、面会のたびデータ入力することを徹底したい。
また、潜在顧客が取引中の競合社名や採用している製品、いよいよコンペになったときの結果なども蓄積していく。すると、最近のITシステムはそれらを分析し、「大阪地区でA社と競合なら○○%の値引きが必要」「東京地区でB社と競合なら、製品価格よりも付属の消耗品価格を□□に」などと、決め手までも導き出せるようになる。
やがて見事、新規顧客の獲得に成功したら、今度は既存顧客としてメンテナンスを励行する。定期訪問でフィードバックを収集し、それらもデータベースに蓄える。適切なフォローの継続や、新製品の再購入を促すアクションにつなげられるし、自社の他部門にも有益な情報となるだろう。
SFAのボトルネックは
営業社員の心の中に
とはいうものの、SFAをはじめとするITの活用にもボトルネックが存在する。科学的ツールに対する営業社員の抵抗だ。私のコンサルティング事例を振り返っても、たいていの営業社員は自分の経験と勘が最強の武器だと信じて疑わない。彼らにとって営業はアート。サイエンスとはかけ離れた活動なのだ。
だから、いきなりすべてをサイエンスに転換させるのは得策でない。彼らが一カ月に訪問する軒数が250だとしたら、最初のうちは150軒を経験と勘に任せ、残りの100軒をSFAの指示どおりに、という案配で進めてみる。あるいは、もしも予めサイエンスに肯定的な支店があれば、まずそこだけに導入してもいい。
数カ月後、軍配はサイエンスにあがる。営業社員たちはITが的確なインテリジェンスを与えてくれる相棒だと実感し、積極的にその強みを活かすようになるはずだ。
じつをいうと、営業本部長が経験と勘の猛者である企業はとても多い。むろん本部長がいつまでも「全員に俺と同じくらい根性があれば、売上倍増なのに」などとうそぶいていたのでは、営業部門の進歩は期待できない。
一方、営業部門によるIT活用の可能性は、SFAだけにとどまらない。例えばモバイルPCを使い、製品開発責任者の説明を動画で見せる。パンフレットを置いて帰るより、よほど効果的だろう。納入製品のガイダンスにはWeb会議システムやストリーミングを使えば、昔ながらの集合研修は不要になる。客先の一人ひとりが都合のいいときオンデマンドでも視聴でき、歓迎されるに違いない。
さらに、顧客とのコミュニケーションは面会してこそベストと考えがちだが、ネットを通じ堅固な関係を保つことも可能である。簡単にいえば、顧客と「メル友」になるのだ。文字に限らず映像などもまじえ、顧客にとって有効な情報の提供などをstickyに(粘っこく)続ける。相手からも思いがけない情報が送られてくればありがたい。 ビジネス上の相互学習的な関係が恒常化すると、次の購入の意思決定にも大きなプラスの影響が生まれるだろう。何よりstickyに接点を保っておけば、他社が割り込む隙間も密閉してしまうことができるのだ。
顧客の喜びを追求し
ITも好きになれ!
ところで時々、「社内にIT部門を設けていない中小企業などの経営者はどうしたらいいか」と聞かれる。私にいえるのは「好きになりなさい」。この一言だ。ITを好きになる、顧客を好きになる。好きな顧客のことを徹底的に知って、ITの支援でより喜ばれる製品やサービスの提供を実践できたら素晴らしいではないか。
私自身は現在、ビジネス・ブレークスルー大学院大学で教育に情熱を注いでいるが、ビジネスコンサルティングも、その顧客のことも大好きだった。釣だって、魚が釣れるほどおもしろさが増す。コンサルティングも同じだ。顧客の業績があがる、感謝してもらえる。それがうれしかった。顧客の喜びは、私の喜びなのだ。
「ITは苦手」と逃げるべからず。私は原子力のエンジニアだったから少し特殊かもしれないが、65歳のいまでさえ、最先端のITにキャッチアップしている。みんな1年も勉強すれば大丈夫。これから外国語を習得するより容易に違いない。それに誰しも年齢を重ねていく以上、ITの恩恵で効率よく仕事をこなしたほうが、ずっと楽ができるというものだ。
必ず守ってほしいのは、新しいシステムを導入しようというとき、いろいろな企業の事例を自分の目で確かめること。一世一代の投資額になると見込んでいても、驚くくらい安くすむ事例に出会うかもしれない。
要は企業の規模にかかわらず、経営者がITシステムの導入やリニューアルにコミットする姿勢が大切なのだ。そして、あくまでゼロベースでビジネスの再構築に挑み、ITによる大きな果実を手にしてほしい。 ▲▲
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