ビジネススクール流知的武装講座 [199]
マネジャーの必須科目
「傾聴力」と「個性対応力」
職場の「ダイバーシティ」と「脱コミュニティ」化が進んでいる。
こうした変化の中、いまマネジャーに求められる能力とは。
変化しつつある
働く人のモチベーション要因
先日出席した政府の研究会で、面白い調査の結果を聞いた。近年働く人のモチベーションを規定する要因として、「傾聴」と呼ばれる要素のウエートが高まってきたというのだ。傾聴とは、「耳を傾けて、熱心に人の話を聴くこと」であり、働く人は、自分の意見や要望が企業のなかで経営側にきちんと届いていると感じるときに、モチベーションが高まるというのである。
実は、傾聴という考え方は、医療や心理療法の分野では、すでに注目されており、しっかりと自分のことを聞いてもらえる安心感や、人に話すことで自分の気持ちや考えが整理できることの効果が治癒に結びつくことが実証されている。また、昔から臨床心理士やカウンセラーなど、対人援助の仕事に従事する人たちの間では、傾聴(active listening)は重要なスキルとして位置づけられてきた。
今回の研究では、こうした臨床的な意味ではないにしても、ひと昔前の職場における発言やボイスといったやや戦闘的な「経営にもの申す」といった感覚とも違った意味があるようで、働く人が自分の考えていることを経営側に聞いてもらいたいという欲求が高まっていることが示唆されていた。
また、同じ調査では、同様に「評価」や「育成」といった要素もモチベーションと強い関係があることが示唆されていた。もちろん、いままでもこれらの要素は重要だったので、一見、それほど新しい発見ではないようにも見える。
ただ、これも項目ごとに丁寧に見てみると、表面的に受ける印象とは少し違ってくる。評価では、プロセスを考慮していること、フィードバックが適切であることなどが、昇進・昇給へと結びつくことなどに比べて、大きな意味をもっているようだし、また、育成については、会社の教育体制よりも、育成について上司とよく相談できること、目標にできる上司がいることなどが大きなウエートを占めているようだった。
部下は個別に
自分の意見や不満を
聞いてもらいたい
ここから見えるのは何なのだろうか。ひとつは、働く人がもつ欲求や不満などが強くなってきたという解釈ができる。過去15年間、バブル経済崩壊からの復興過程で数多くの変化を受け入れ、また職場の風景がすっかり変わってしまうなかで、多くの働く人が不満をためている。これを経営側に聞いてもらってよりよい方向への変化を望むというストーリーもあるだろう。これももちろん背景の一部だと思う。
だが、私にはこうした説明だけでは尽くせない組織や職場の変容とでもいう現象が過去15年間で起こってしまった結果だと思えるのである。
ひとつは、深層での多様化や個性化の進展である。つまり、こうした現象の背景には、いまや組織全体や働く場面が、これまでのような同質性の高い人たちの集まりではなく、もっと多様な意識と価値観や生き方を背負った人たちの集まりになってしまったことがあるということである。
実際、15年前に比べて、表面的に見ても、女性の雇用が増え、高齢者の雇用も進展し、さらに最近ではすでに多くの職場で外国人が日本人に交じって働いている。また、働き方も多様化し、いわゆる正規従業員を中核とし、その他の労働力が周辺的にサポート業務を担っている昔ながらの職場はだんだん少なくなってきた。
さらに、目で見てわかる多様化だけではなく、より深層にある価値観の多様化もいつの間にか進展し、あっと驚くような趣味や人生観をもっている人材も職場にはたくさんいるようになってきた。また、「オンリーワン」という言葉に象徴されるような、個性の尊重を謳った教育を受けた若者たちが多く職場に入ってくる時代である。結果として、現実には私たちはいつの間にか、極めて多様な人材を組織のなかに抱え込んでしまったと考えられる。
ちなみに、わが国におけるダイバーシティ研究の第一人者、早稲田大学の谷口真美教授によると、企業にとって本当に課題になるのは、表面的にわかるダイバーシティではなく、深層にある価値観や考え方の多様性だという。わが国では、実は目で見てわかりにくい多様性が大きく増加したとも考えられる。
こうした多様性の高い集団がもたらすひとつの帰結は、深層での考え方や意識、不満の多様化である。一人ひとりの目標や価値観が違い、同じ状況にいたとしてもどう感じるかが違うなかで、不満やモチベーションのあり方も同様に多様化するのである。こうした違いは表面からはなかなかわかりにくい。
上記に示した調査結果は、こうした状況を働く人が敏感に感じ取り、自分の問題を解決してもらうために個別に自分の不満や意見を誰かに聞いてほしい、また他人とは違う自分の仕事ぶりをきちんと見ていてほしい、という欲求が強くなってきた結果と考えることはできないだろうか。「みんなが求める昇進や昇給ではなく、私は○○が欲しくて働いているのです。それがないから不満なのです。それをわかってほしい……」とでもいうことか。一人ひとりが自分の意見や不満を聞いてもらわないと気がすまないのである。
そしてもうひとつの背景は、組織や職場の脱コミュニティ化にある。コミュニティとしての組織や職場とは、働く場を人と人のつながりだと考えることであり、そうした社会的ネットワークに組み込まれることで、働く人は仕事上の情報を獲得できるだけではなく、安心感も含めて多くのメリットを得てきた。ところが、前にも一度このコラムで書いたように、日本の組織は過去15年間、人のつながりとしての側面を失ってきたのである。逆に、仕事を行う場所であるという本来の機能が強くなってきた。
もちろん、職場のコミュニティとしての価値に気がつき、コミュニティ復活のための支援や活動(飲み会、社員旅行、寮制度など)を行っている企業もあるように聞くが、実態としてみるとこうした活動はあまり多くはないし、働く人がどれだけ喜んでいるのかもわからない。私たち古手は、復活をノスタルジックに語る傾向があるが、やはり意識の変化や働き方の多様化は、コミュニティ活動の魅力を大きく低下させてしまったのかもしれない。一部の企業を除いて、コミュニティ活動再生の動きがあまり加速しないのも、思ったほど効果があがらないという理由もあるのだろう。
上記の研究結果が物語るのは、こうしたなかでいま、働く人(特に、若手と中堅だろうか)が求めるのは、上司とのつながりだということなのだろう。自分の仕事ぶりをきちんと見ていてくれて、結果だけではなく、プロセスを丁寧に評価してくれる上司。そんな理想的な上司が前にもまして求められている結果だと読めないこともない。もちろん、こうした上司は、いつの時代でも求められていたのかもしれないが、職場での人間的なつながりが失われ、同時に成果をあげる能力の確保が求められるいま、下から見ると一番頼りにできるのは、仲間ではなく、人間的な上司ということなのであろう。
個性を考慮しないアドバイスは
相手に響かない
いま組織は、多様化と脱コミュニティ化が同時に進む場面となっているのである。もはや、日本型経営の長所(または短所)として、賞賛(または批判)されてきた同質性とそれを前提とした結束は大きく失われたといわざるをえない。言い換えれば、「ムラ」や「家族」といった比喩があてはまる世界ではなくなったのだ。
そんなことはわかっているという声も聞かれよう。だが、重要なのは、こうした変化が深く静かに進行する傍らで、多くの現場リーダーの仕事量が増え、プレーイングマネジャー化し、部下を成果管理するようになったことである。またもともとコミュニティのなかに入ることを前提としない派遣人材や契約人材やパートが、「部下」として増えたのである。こうした現象は、働く人の個性を勘案して不満に対応し、孤立している人とつながるような行動をとることを阻害するはずだ。
したがって、重要なのは、こうした職場の変化を前提にして、いま、マネジメントやリーダーシップのあり方も変化すべきことを認識することである。
そこでのキーワードは、やや大げさに言えば、「心理学」である。心理学とは、個性に関する学問だといってもいい。多様化した一人ひとりの不満の聞き役となり、個別ニーズを捉え、また可能な限り個別のアドバイスをする。仕事においても、キャリアにおいても同様だ。
なかでも最初に必要なのは、相手の話を聞き、個別の違いを感じる力なのかもしれない。いわば、傾聴力とでも言おうか。働く人の雇用形態が多様化し、キャリアのあり方も変化し、専門性を身につけ、外部労働市場での移動を繰り返す人材も増えてきた。さらに、働く人の意識も変化し、働くことが生活の中心にない人材や、能力開発に関して、企業に依存することを嫌う人材も増えてきた。ワークライフバランスなどという課題も登場してきている。人を個性として見なくてはマネジメントできない状況が増えてきた。
こうした違いを考慮しないとどんなにいいアドバイスをしていても、上司の言っていることが相手には響かない。それがいまのマネジメントの難しいところだ。自分の考えをしっかりもっているだけではだめなのだ。好むと好まざるとにかかわらず、それを相手に合わせて、応用していく力が必要になってきた。
また、これは前々から言われてきたことだが、一人ひとりの仕事を見ながら、適切なフィードバックを与えることが求められる。どうも働く人はそれを最も求めているようだ。いうなれば、人材評価の基本であった、比較(○○さんは△△君よりもいい)という判断のウエートが減り、本来の意味での評価(○○さんはここが優れている、劣っている)という判断が重要になるのであろう。また、それを適切に部下に伝えることが必要だ。仕事においても、少数精鋭化する職場で、各人の役割が大きく異なるようになり比較がさらに難しくなってくる。いわば、個性対応力とでも言おうか。
会社が多様化、脱コミュニティ化するなかで、マネジャーはもっと心理学を学ばなくてはならないのかもしれない。思えば、私が大学院生のころ、米国でミドルマネジャー向けのベストセラーに数多くの心理学書があった。日本もこうした時代に突入しているのかもしれない。困った事態というか、好ましい事態というか……。











