ハーバード式仕事の道具箱 [147]
ネガティブな実験結果に隠れた利益の原石を探そう
失敗を爆発的イノベーションに転換するには
研究室で否定的な結果が出た技術――、すべてを見切るのはまだ早い。
そこにこそ、歴史に残るような成功の種が隠れているかもしれないのだから。
狭心症治療薬の副作用の研究から
バイアグラが誕生
1980年代末、医薬品メーカー、ファイザーの研究者たちは、当時UK-92,480として知られていた化合物を狭心症の治療に使う実験を開始した。だが、試験管内の実験と動物実験では有望に見えたこの化合物は、ヒトに対する臨床試験ではほとんど効果を示さなかった。
この否定的な結果を前に、ほかの企業なら敗北を認めて、新しいプロジェクトに移っていたかもしれない。だが、ファイザーの研究者たちは、興味深い副作用と思われたものを取り上げ、それを掘り下げる研究を行った。その副作用はイノベーションのプロセスをまったく新しい方向に導き、最終的にファイザーにとって歴史的な利益を出す商品となった。これが、バイアグラの誕生である。
ファイザーがこの新薬開発に成功したのは、イノベーション・プロセスのいわゆる「フォールス・ネガティブ」(最終的に誤りとなる失敗のサイン)にうまく対処したからだ。揺るぎない姿勢を持つ研究者たちは、新薬が当初予定していた狭心症に効果を示さなくても、その先に目を向けることができた。彼らは、UK-92,480をスクラップの山から拾い上げ、歴史的な大型新薬に転換したのだ。
「フォールス・ネガティブ」対処法
賢明な組織は昔から、イノベーションにおけるフォールス・ポジティブ(実験では成功と出ても、実際は失敗するという現象)を最小限に抑えることには注意を払ってきた。しかし、フォールス・ネガティブにはほとんど関心を向けてこなかった。これはフォールス・ポジティブによるダメージのほうがはるかに見分けやすく、数量化しやすいからだ。フォールス・ネガティブは見分けにくいだけでなく、それに対処する最良の方法論があるわけでもない。それでも企業は、次のような方法で、フォールス・ネガティブを見抜き、うまく対処することができるだろう。
まず、破棄されたすべてのプロジェクトを、その終了から6カ月ないし12カ月後に見直してみることだ。それらを再考するに値するような環境などの変化が起きていないかを見極めよう。
また、プロジェクトが社内で行き詰まっている場合、社外の誰かがそれを前進させるアイデアを考えつくかもしれない。
IBMの研究部門で検討されていたが、ものになりそうになかったあるソフトウエア・プロジェクトの救済に、社外の人間が貢献した例がある。プロジェクトがいったん中止されたとき、IBMは、開発中のソフトウエアを、社外の人間が無料でダウンロードして試用できるウェブサイト、アルファワークスで公表することにした。その後、このソフトウエアは、ほかのソフトの10倍のペースでダウンロードされていることが判明。この結果に促され、IBMは社内でこのソフトウエア・コードを再検討した。今日それはXML(Extensible Markup Language)パーサ(構文解析プログラム)として広く知られている。
また、社内で使われていない技術のライセンスを他社に供与し、売り上げをあげる方法もある。プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は、「コネクト・アンド・ディベロップ」戦略の一環としてこの方法を使っている。P&Gでは特許取得の日から3年間、社内で使用されなかった技術は、競合を含む他社にライセンス供与してよいという方針を採っている。
これには副次的な利点がある。事業部門が、未使用の技術は競争相手に奪われる可能性があると認識しているため、新技術の利用方法について、以前より入念に検討せざるをえなくなったのだ。
自社で売れないなら
ベンチャー企業で
ルーセント・テクノロジー(現アルカテル・ルーセント)は、社内では使えないと判断された、ベル研究所内の技術を商品化するベンチャー企業を立ち上げるべく、ニュー・ベンチャー・グループ(NVG)を設立した。NVGチームは、ルーセント自身の事業部門では市場に出せないと判断された有望な技術を掘り起こし、ルーセント内で市場化を再検討させた。やはり使えないと判断した場合、その技術の商品化に取り組むベンチャー企業を設立した。
この方式の採用以降、ルーセントの事業部門はP&Gの例と同じく、決断を下すことに非常に慎重になった。
NVGは、96年から2001年の間に、ベル研究所から35のベンチャー企業を立ち上げた。多くは撤退したが、いくつかは利益を生む企業に成長し、うち3社は後にルーセントに吸収された。ルーセントがそれらの技術を、社内で商品化しないと決めてからわずか2~3年後のことである。
ルーセントの事業部門はどうしてこれらの技術の価値を見抜けなかったのか。私は、それは事業部門の判断ミスではなかったと思う。初期段階の技術評価に必然的に伴う不確実さから生じた、測定の誤りだったのだ。
35のプロジェクトのうち三つが「ポジティブ」だと判明したことは、ルーセントの事業部門にとって決してお粗末な実績ではない。だが、ルーセントがNVGを自社のイノベーション・プロセスに組み込んでいなかったら、これらのベンチャー企業によって生み出された情報は表に現れなかっただろう。それらは、ベル研究所の内部に永遠に埋もれていたかもしれないのである。
初めから最善の
プロセスは読めない
社内で退けられたアイデアのもう一つの救出場所に、ベンチャー・キャピタリストがある。ベンチャー・キャピタリストは新技術のビジネス・モデルを編み出すのがうまく、誕生間もない技術を、新市場でより効果的に実験することができるからだ。
この方法はアイデアを生み出した企業にいくつかの選択肢を与えてくれる。投資家としてその実験に参加することもできるし、顧客として、あるいはサプライヤーとして参加することもできる。
また、単に傍観者として関心を持ちながら眺めていることもできる。何らかの価値が生み出された場合、技術のライセンスを供与するなり、ベンチャー企業を買収するなりしてビジネスに参加することができる。
新しい技術を商品化する際、技術と市場の両面で不確実さを解消しようとすることは非常に難しい。最初から最善のコースを予測できるはずがないからだ。
どれほど周到な計画や調査をもってしても、ビジネスの結果を明らかにすることはできないし、測定などの誤りは避けられない。企業は失敗を無視するのではなく、あくまでそれに対処するしくみをつくるべきなのだ。そうすることで、失敗を逆手にとり、技術のきわめて価値の高い利用法を見つける可能性が高まるのだから。
イノベーションの歴史には、新製品や技術の最終的な利用法が、当初意図していた目的とはずいぶんかけ離れたものだったという例が山ほどある。だからこそ、企業はイノベーション・プロセスのフォールス・ネガティブを見抜き、それにうまく対処する必要があるのである。










