ビジネススクール流知的武装講座 [198]

「ガソリン騒動」にみる価格変動のメカニズム

 
 

一時的に廃止されたガソリン暫定税率が、5月より復活した。
筆者は、需要側と供給側の論理から、その経済的意味合いを考える。

 
 

小川英治=文
一橋大学大学院商学研究科教授
text by Eiji Ogawa
1957年、北海道生まれ。一橋大学商学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得、商学博士。88年より同大学商学部勤務。ハーバード大学(86~88年)、カリフォルニア大学バークレー校(92~93年)でvisiting scholar。著書・訳書に『国際通貨システムの安定性』『金融経済入門』『金融リスク管理戦略』などがある

平良 徹=図版作成

 
 

製油所からの
出荷時に課税される
ガソリン税


 私事から始めることをご容赦いただきたい。筆者は、通勤でJR中央線を利用している。そのJR中央線では今、三鷹と立川の間で高架化の工事が進められている。現在のところ、下り線のみの工事が終わったところであり、高架化された下り線の断面からは鉄筋が飛び出していて、これから上り線の工事を始めようとしているところである。この高架化が完成すれば、JRの運行が改善されるだけではなく、この区間のJR中央線を横切る踏切がすべてなくなり、道路の渋滞が解消され、JR中央線によって南北に分断されていた多摩地域の住民の移動も随分とスムーズとなると期待されている。
 最近まで筆者は気づいていなかったが、そのJR中央線の高架化工事区間の各駅の看板に、JR中央線の三鷹・立川間における高架化の工事はガソリン税等の道路特定財源によって施工されていると書かれている。道路特定財源がこのような工事にも利用されているのである。もし今後、道路特定財源がなくなったら、JR中央線の上り線の高架化の工事が中断され、すでに高架化された下り線の断面からは鉄筋が飛び出したままとなってしまうのかと、若干の心配を心に抱いてしまった。筆者は「道路族」ではないが、地方で道路整備を待ち望んでいる人たちも同じ不安だったかもしれないと同情の念を持った。
 本稿では、この道路特定財源の政治的な意味合いに関しては触れないこととして、道路特定財源に関連して、この4月におけるガソリン暫定税率の一時的な廃止の経済的意味合いを考えてみる。4月の1カ月間にガソリン暫定税率が一時的に廃止されて、3月末までガソリン税が1リットル当たり53.8円であったものが、25.1円下がって、4月には1リットル当たり28.7円となった。しかし、その後、5月1日から再びガソリン暫定税率(1リットル当たり25.1円)が復活して、1リットル当たり53.8円に戻ることとなった。
 このガソリン税は、製油所から出荷されるときに課税される「蔵出し税」であることから、4月の1カ月間におけるガソリン暫定税率の廃止(4月1日)および復活(5月1日)のタイミングからタイムラグ(時間の遅れ)を置いて、ガソリンスタンド店頭のガソリン価格に影響を及ぼすと考えられていた。また、ガソリンスタンドがカルテルを結んで、一斉に店頭のガソリン価格を変更するわけにはいかないので、各ガソリンスタンドは、近隣のライバルのガソリンスタンドの価格変更を窺いながら、自らの価格変更の意思決定を行わなければならない。今回のように、ガソリン暫定税率の廃止と復活およびその変更幅が明らかとなっているときに、各ガソリンスタンドがどのような価格設定を行うかは、ガソリンの仕入れ値の変更が明らかではない場合と比較して、異なることとなるであろう。
 石油情報センターの「給油所石油製品臨時価格調査」によれば、ガソリン暫定税率が廃止される前日3月31日に、レギュラーガソリン価格が全国平均で1リットル当たり152.9円であったものが、ガソリン暫定税率が廃止される当日の4月1日に、1リットル当たり10円ほど下がって、142.2円となった。その2日後の4月3日にはさらに1リットル当たり8円ほど下がって、134.3円となった。さらに1週間経った4月10日の、レギュラーガソリン価格は、全国平均で1リットル当たり130.7円まで下がった。この水準は、ガソリン暫定税率が復活する直前の4月28日におけるレギュラーガソリン価格1リットル当たり130.6円とほぼ同じ水準となっていた。
 4月28日には、各ガソリンスタンドには、ガソリン暫定税率が廃止される以前に仕入れた在庫のガソリンはほとんど残っていなかっただろうと考えられることから、4月28日の水準と同じ水準のガソリン小売価格となった4月10日の時点で、3月の高いガソリン税率で仕入れたガソリンの在庫はガソリンスタンドにはもはや残っていなかったと推察される。すなわち、ガソリン税が製油所から出荷されるときに課税される「蔵出し税」であるという理由から、ガソリンの小売価格がガソリン暫定税率の廃止を十分に反映して引き下げられるまでに10日間ほど要したことになる。ガソリン暫定税率が廃止されてからほぼ10日を要して、ガソリン暫定税率廃止に対してガソリンの小売価格の引き下げ調整が行われた。

価格上昇幅は
1カ月で22.8円


 これに対して、ガソリン暫定税率が復活した5月1日に即座に多くのガソリンスタンドでガソリンの小売価格が引き上げられた。4月末にレギュラーガソリン価格が全国平均で1リットル当たり130.6円であったところから、5月1日には1リットル当たり153.4円に一気に引き上げられ、ガソリン暫定税率が一時的に廃止される前の水準に即座に戻った。ガソリン暫定税率廃止のときと同じく、製油所から出荷されるときに課税される「蔵出し税」であるという理由から、ガソリンの小売価格がガソリン暫定税率の復活を十分に反映して引き上げられるまでには、数日を要して、ゴールデンウイーク後であろうという期待もあったが、その期待は簡単に打ち砕かれてしまった。実際には、即日でガソリンの小売価格が引き上げられ、3月末の水準に戻ってしまった。
 個人的な感覚では、筆者が目にするガソリンスタンドのレギュラーガソリン価格は、1リットル当たり160円以上に値上げされ、ガソリン暫定税率廃止前の水準に戻るどころか、それを超えて上昇したように見える。石油情報センターの上記の調査で、4月後半においては、レギュラーガソリン価格が全国平均で1リットル当たり130.6円が続いていたことから推察するに、原油価格上昇が半月間はガソリン小売価格に反映されず、5月1日にガソリン暫定税率の復活を契機に原油価格上昇がガソリン小売価格に反映されたということなのであろうか。
 このように、ガソリン小売価格は、引き下げられる場合と引き上げられる場合とでは、そのタイムラグの長さに非対称性が存在することに気づくであろう。つまり、ガソリン小売価格が引き下げられる場合には10日間ほどのタイムラグがある一方、それが引き上げられる場合には即日でタイムラグはないといえるほどの大きな非対称性が存在している。

なぜ価格変更に
非対称性が見られるのか


 このような価格変更における非対称性が見られる原因には、第一に、価格変更予想に依存した消費者の行動の非対称性がある。価格が引き上げられると予想されるときには、消費者は価格が引き上げられる前に満タンにして、少しでも買いだめをしようとする。したがって、ガソリンスタンドの在庫はすぐに底を尽くことになる。一方、逆に、価格が引き下げられると予想されるときには、消費者は価格が引き下げられてから購入しようとして、買い控えをする。したがって、在庫はなかなかなくならない。このような状況で、製油所から出荷されるときに課税される「蔵出し税」というガソリン税の特徴が、ガソリン小売価格の非対称性を生み出すことになる。これは、需要サイドの要因である。
 供給サイドの要因も考えなければならない。供給サイドの立場にあるガソリンスタンドは、利潤を追求するという合理的な経済主体であれば、当然、利潤増加につながることは行うはずである。
 そもそもガソリンは、どのガソリンスタンドでも同質であることから、ちょっとした価格差がそれぞれのガソリンスタンドに立ち寄る消費者の需要に大きな影響を及ぼす。すなわち、ガソリン需要の価格弾力性は高いといえる。したがって、各ガソリンスタンドは、近隣のライバルのガソリンスタンドが価格を変更しないときに、自分だけ価格を変更して、現状の利潤を減少させるようなことは積極的に行わない。
 しかしながら、ガソリン暫定税率の廃止と復活のように、ガソリン小売価格に1リットル当たり25.1円分が引き下げられたり、上乗せされたりすることが明らかに起こる場合には、消費者は当然のこととしてガソリン小売価格の変更を予想する。消費者によってガソリン小売価格の変更が当然のこととして予想される場合には、ガソリンスタンドは価格変更を行いやすい。すなわち、各ガソリンスタンドの価格変更が当然視されている環境のなかで、近隣のライバルのガソリンスタンドが価格を変更することに不確実性がない状況であれば、各ガソリンスタンドは価格変更を行いやすい。逆にそうでない場合には、価格変更は行いにくい。
 とりわけ、今回の「蔵出し税」としてのガソリン税の変更においては、近隣のライバルのガソリンスタンドの在庫がいつなくなって、いつ小売価格を変更するかに不確実性が存在したものの、消費者はいずれ小売価格は変更されるものだと当然視していた。前述したように、需要サイドを一緒に考え合わせると、ガソリン小売価格を引き上げるほうは、ガソリン暫定税率の復活の前日に在庫が尽きたという説明ができ、また、近隣のライバルのガソリンスタンドもそうするであろうと予想することができるので、価格引き下げに比べて価格引き上げに積極的に対応するという非対称性が見られた。
 その傍証として、4月の原油価格上昇を4月中には小売価格(上述したように、4月後半は1リットル当たり130.6円が続いた)に上乗せすることはせず、5月1日のガソリン暫定税率の復活に際して、それ(1リットル当たり25.1円)とともに原油価格上昇分を上乗せしたといわれていることが挙げられる。このように、明らかに何らかの正当な理由で、かつ、特定のタイミングで価格が変更されるときには、容易に価格を変更することができる。それに対して、価格変更の理由やタイミングに不確実性が存在する場合には、価格の変更はそれほど容易ではなくなる。
 このように、ガソリン暫定税率の一時的廃止に起因して起こったガソリンの小売価格の変更を観察すると、原油価格の上昇に対する反応とは違った、ガソリンの小売価格の変動特性を理解することができる。

 
 
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