ビジネススクール流知的武装講座 [197]

本質を見抜く力「ビジネス・インサイト」を磨け

 
 

ある一つの事象から、新しいビジネスの価値を生み出す能力──。
筆者は、二つの事例を交えて、この能力を身につける方法論を説く。

 
 

流通科学大学学長
石井淳蔵=文
text by Junzo Ishii
1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て、2008年4月より、流通科学大学学長。専攻はマーケティング、流通システム論。
著書に『ブランド』『マーケティングの神話』『営業が変わる』などがある。


平良 徹=図版作成

 
 

ビジネスで必要な
「意味ある全体像」を描き出す経験


 いくつかの断片的な事実あるいは断片的な理論から、「意味ある全体像」を描き出す。それをここでは「インサイト」と呼ぶ。本稿ではまず、二つのビジネス上のインサイトを紹介する。読まれれば、「そういう経験、私にもある」と思われると思う。「ビジネスで一番大事なことは、そういう経験を積むことだ」という共感を読者の皆さんから得たい。
 インサイトが大事だというのは、しかし、ビジネスの世界だけではない。科学の世界や教育の世界、つまり「知」の世界全般においてもっとも大事な経験だ、とマイケル・ポランニーは主張する。私もそう思う。私たちが、ビジネスの中であるいは科学研究の中で後世に伝えていかなければならないことは、「インサイトというものが存在する」こと、そして「インサイトの経験は世界を切り開くもっとも大事な経験だ」ということを論じたい。

自販機メーカーのケース
 営業マンが道を歩いている。ふと、道の傍らに自販機があるのに気がつく。それを見て、「一休みしようか」と思い自販機から缶コーヒーを買う。誰にでもあるような、なにげない風景だ。だが、自販機のビジネスシステムを仕事としてきた人にとっては、一つのインサイトを与える風景になる。どうしてか。
 わが国では、屋外に置かれる自販機が多い。自販機先進国のアメリカではもっぱら屋内に置かれるが、それとは対照的だ。アメリカとの違いということで言えば、いろいろな自販機の種類があることも印象的だ。こと飲料に限っても、そうだ。多数の缶が入る大容量の自販機、道路に沿って置いても邪魔にならない薄型の自販機、温かい飲み物と冷たい飲み物両方を提供できる自販機……。自販機のこうした多様性は、富士電機冷機をはじめとするわが国自販機メーカーの独自の開発努力の成果である。
 わが国における一連の自販機開発には、一つのミッションが潜んでいる。それは、「一歩でも消費者の近くに」である。「あなたが何か飲みたいと思ったとき、あなたのすぐ側に飲み物(=自販機)が用意されています」というわけだ。軒を並べるように自販機が並んでいたり、こんなところで誰が購入するのかという田圃の中や山の中に自販機があったりするのは、そうしたミッションに従って購入する消費者に一歩でも近づこうという飲料メーカーと自販機メーカーの努力の結果なのだ。自販機は、消費者とそういう関係をつくり上げてきた。
 しかし、先に述べた営業マンと自販機の関係は違っている。解説するとこうなる。
 自販機で缶コーヒーを買った営業マンは、実は、自販機を目にするまでは缶コーヒーを買うつもりはなかったというのがミソだ。彼が缶コーヒーを買おうと思ったのは、自販機を見た後なのだ。ここが、これまでの自販機との関係で違っている点だ。関係が違えば、自販機システムのミッションも違ってくる。
「飲料を欲しいと思うお客様にできるかぎり入手の便宜を図るように自販機を各所に設置していく」、これがこれまでの自販機ミッションだ。消費者の欲望がまずあって、それに応える自販機があるという構図だ。だが、この営業マンは、飲料を欲しいと思って自販機のところに行ったのではなく、自販機を見て飲料を買ったのだ。これまでとは逆に、自販機が主で、消費者の欲望は従なのだ。少し格好をつけて言うと、自販機は、飲み物が欲しいという消費者の「欲望を満たすメディア」でもあるが、「一休みしませんか」「何か飲み物、いりませんか」と消費者に問いかける「欲望を創発するメッセージ」の役目も担うのだ。
 もしそうなら、徹底して消費者に近づくという自販機のこれまでの戦略に対して、新たな展開の芽を見ることになる。「一休みしませんか」と消費者を誘う自販機のありようが求められる。自販機の周囲に、ちょっと一休みできる空間を設けるのは、考えられる工夫の一つだ(石井淳蔵『ブランド―価値の創造』岩波新書、1999年)。
 この話は、実は自販機メーカーのトップの方から聞かせていただいた(嶋口充輝ほか『自販機マーケティング―21世紀のベンディングマシーン・ビジネスを求めて』ダイヤモンドフリードマン社、98年)。この話を聞かせていただいたとき、私はその意味するところがわからなかった。われわれ素人が気にかけないちょっとした事実が、自販機の限界に直面し、毎日その新しい姿を探し続けている人には、“意味ある全体像”(この場合であれば、これまでの自販機システムとは異なったミッションをもつ新しい自販機システム)を形づくるきっかけとなりうる。

宅配便会社のケース
 ヤマト運輸の小倉昌男元社長(故人)が書いた『小倉昌男 経営学』(日経BP社、99年)の中に、「マンハッタンでの確信」という見出しの一節がある。
「あれは昭和48(73)年9月のことであった。ヤマト運輸は、国際航空貨物も手がけており、昭和46(71)年4月にニューヨークに営業所を開設していた。その視察と業務指導のため、私はニューヨークに出張したのである。海外旅行者の定番コースとして、エンパイアステートビルディングの展望台に上がり、市内を俯瞰して地上に戻ってきた。そのときである。四つ角に立ってふと見ると、交差点を中心にUPS(ユナイテッド・パーセル・サービス)の車が四台停まっているのに気がついた。……。UPSの集配車がニューヨークの十字路の回りに四台停まっている。それを見て、私は、はっと閃いた」
 こういう出だしで始まる。マンハッタンの四つ角に四台の集配車が停まっている。それも同じ会社の集配車。私のような素人だと、そんなことにまったく気がつかないだろうし、気がついても「なかなかこの会社、がんばっているなあ」「だけど、ムダも多いなあ」と思って通り過ぎてしまう。現に、私はその数年後、マンハッタンを訪れているのだが、そんな現実を見ることさえなかった。
 小倉元社長が閃いたのは、「ネットワークの収支は、全体の損益分岐点を超すか超さないかが問題だが、いまひとつ、集配車両単位の損益分岐点というものがあるのではないか」ということに思い至ったからだ。
 集配車一台の1日あたりのコストは、走行距離によって多少変化しても、人件費、燃料費、修繕費、減価償却費などだいたい決まっている。問題は、その固定費を上回る収益があるかどうかだ。それは、1台で1日何個の荷物を集配できるかという作業効率にかかってくる。車両の受け持ち区域を広く取れば集配荷物数は増えそうだが、そうでもない。区域が広くなると、集配に時間がかかり効率は悪化する。そのため、1台の1日あたりの収入は増えない。そう考えると必然的に、「集配密度を上げる」「車両を増やし、各担当の受け持ち区域を狭く取る」、これしかない。
 これが宅配便ビジネスのカギだ。UPSの車が四つ角に同時に停まる(つまり、それぞれの車両がマンハッタンの一つのブロックを担当する)ことは、そのことを示している。小倉元社長は、なにげないマンハッタンの風景を見て、そんなインサイトが閃いたのだ。「宅急便システム」という“意味ある全体”が像をなしたのだ。
 後日談だが、平成11(99)年3月の東京・中央区全域の状況を述べてこの一節は終わる。この地域の1台あたりの平均集配個数は205個。銀座1丁目から8丁目には21台の車両が配置され、かつてニューヨークの街角で見かけた1ブロック1台のUPSの車より、はるかに密度の濃い仕事をしている、と。

「暗黙知」は知識ではなく
知るプロセスである

 マイケル・ポランニー。偉大な化学者でありかつ哲学者。彼は、半世紀前、「暗黙知」という概念を提起した(『暗黙知の次元』ちくま学芸文庫、2003年)。この概念には、ちょっと注意が必要だ。
 暗黙知というと、職人がもつ技のようなものを指すと思われがちだ。たとえば、酒造りの杜氏とかパンをこねるパン職人とか……。彼らには、口に出してうまく説明はできないが、素人では真似のできない「技」がある。その技を、職人技に留めず、いわば機械でもやれるように形式知化することが重要だ。これが、暗黙知/形式知の論理だ。
 だが、ポランニーの言う暗黙知は、実はそのことを指すのではない。技であれ知恵であれ、「一塊の実体としての知識」というのが上記の暗黙知のイメージだが、それは"Tacit knowledge"だ。化学者ポランニーが哲学に転向してまで言わんとしたことは、そうした「すでに存在する実体」としての知識ではない。Tacit knowing、つまり「暗黙裡に知るプロセス/機制/力の作用」にある。"ing"がカギだ。
 暗黙の裡に知る力。ポランニーは、もっぱら研究者の暗黙に知る力を論じ、アインシュタインやプランクの話をもってくる。彼は言う。
「ドイツの物理学者マックス・プランクが1900年に量子論を築いたときに用いたデータは、他のすべての物理学者たちの検証にも自由に付されていた。しかしそのデータの中に人類の未来を一変させる新秩序が刻み込まれていることを見抜いたのは、彼一人だけだった」と。
 プランクは、物理学者の誰もが目にする断片的な理論と事実から、誰も組み立てることがなかった量子論という「意味ある全体像」を構成した。見逃してはいけないのは、
・その全体像とは、茫漠としたイメージではなく、細部まで見通しが利くような全体像であること。
・しかも、その全体像の妥当性(正しさ)を彼自身「確信」していること。
 ポランニーは、科学の知においては、巷間言われる仮説検証のプロセスより、もっと大事なプロセスの存在を指摘した。それを、彼は「意味ある全体像を暗黙裡に構成する力Tacit knowing」と考えた。読者には、ポランニーが言わんとしたことは、まさに最初に紹介したビジネス・インサイトと同じだと、わかるだろう。
 最後に、ポランニーが示唆する暗黙知を発揮するための二つの条件を示して終わろう。
 第一に、「意味ある全体像」は、能動的に経験を形成しようとする結果として生起すること。断片から「意味ある全体像」が形成されるという点ではゲシュタルト心理学と同じ。だが、ゲシュタルト心理学では「外形の認識は、網膜もしくは脳に刻印された個々の特徴が自然な平衡を得て、生起する」と考える。ポランニーは違う。インサイトは、それに能動的に関わらないかぎり生まれることはない。
 第二に、ポランニーは、事物(理論)を真に理解するために、その事物(理論)に内在化しないといけないと説く。理論であれば、まずその理論を使って問題を解いてみることが大事だ。ビジネス・インサイトを得るためには、インサイトを与えてくれるその対象に入り込まないといけない。道を歩く営業マンの気持ちになったり、マンハッタンの集配車に乗る集配作業員の気持ちがわかることが大事だ。
 どちらの条件も、われわれの実感にも合いはしないだろうか。

 
 
PRESIDENT 2008年6.2号
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