職場の心理学 [195]

無名の会社が優秀学生を獲得する法

 
 

知名度もなく、従業員わずか18名の小企業が、
「採用活動」を「営業活動」に変えることで優秀な学生の確保に成功。
この方法は大手企業をはじめ多くの企業でも応用できるはずだ。

 
 

ライター
登上幹千=文
text by Miyuki Togami
●とがみ・みゆき 岩手県生まれ。東洋大学法学部卒。官公庁向け専門紙の編集記者を経て、フリーライターとして独立。企業の経営や組織、人材に焦点をあて執筆活動中。


高橋常政=イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashi

 
 

採用活動は、営業活動の
意気込みでやるべし


 学生の「超売り手市場」といわれる現在、中小企業の多くが学生を集められず苦戦を強いられている。そのような状況の中で、採用枠5名にもかかわらず、エントリー者数79名を獲得し、会社説明会に29名を呼び込み、うち24名を選考に導き、6名を入社させることに成功した企業がある。
 設立5年目、社員数わずか18名のシステム開発会社、リンク・アップ(本社・東京赤坂)である。公共システムの開発に携わっているが、大手企業への特定派遣であり、知名度はないに等しい。同名他社が複数あり、WEB検索でも上位に表示されない。2007年、SEを採用すべく、初めて本格的な新卒採用に乗り出したという会社だ。
 人事部すら存在しない同社は、最初に成果報酬型の採用アウトソーシング会社を3社、利用してみた。
「紹介された人数は本当に少なかったです。求める人材とのギャップも大きく採用には至りませんでした。弊社にもカラーがあります。そこからはみ出してしまうような人を妥協して採用したくはなかったんです」
 こう語るのは採用担当者の黒田啓子専務だ。ではなぜ、最終的に“妥協採用”せずに学生を「選ぶ」ことができたのか。その秘密は、採用活動に徹底した営業手法を取り入れたことだ。
 これは、中小企業の採用支援サービスを行っているビジャストが提供するもので「会社=商品」と位置づけ、営業によって会社を売り込み「入社意欲=購買意欲」をあげるというものである。同社の西野裕社長は、中小企業が学生に選ばれない理由は「知ってもらう努力をしないからだ」と語る。
「学生をただ待って、入社したい人を選ぼうとしている企業が多いのです。広告を出してお客様を待っているだけ。それなのに買う気満々に違いないと勘違いして学生を審査・吟味しようとする。企業は学生を待って選ぶのではなく、選ばれる立場です。採用活動は営業活動の意気込みでやらなくてはなりません」
 また、大企業に合わせた早すぎる採用にも苦言を呈す。
「内定を出した時点で企業は攻めから守りの態勢になります。採用はむしろ遅いほうが、学生が迷わずにすみ、囲い込みのコストもかかりません。採用が遅いと優秀な学生が獲得できないというのは錯覚。学生は『もっといい会社があるのでは』と常に新しい情報を求めているものです」
 余剰人員を雇えない中小企業は大手のように内定辞退者を見込んだ採用枠拡大はできない。学生の内定辞退はそのまま大きな痛手となる。西野社長は、中小企業はあえて採用時期を遅らせ、 “営業”し、攻めるべきだと主張する。
 採用を営業に置き換えるポイントは・学生のターゲティング・将来のビジョンを含めた学生の興味・関心を引くシナリオの作成・プロモーション活動・クロージング・フォロー(囲い込み)の四つだ。
 この四ステップをリンク・アップで実践したのがビジャストのコンサルタントである黒水沙亜子さんだ。彼女は最初に役員から現場社員に至るまでの各階層にインタビューを実施した。
「31項目の質問をインタビューシートにまとめ『社風』『社員の特徴』『新卒に何を期待するか』『前職との違い』などをヒアリングしました。特に社長には経営者の視点から『起業に至るまでの思い』や『将来、目指す方向』など幅広く聞きました」
 これにより今まで社員も意識しなかった「社員間の繋がりが強く、離職率がゼロである」「社員がそれぞれSEとして得意分野を持っている」など、学生に伝えるべき自社の魅力や「会社をもっと大きくしたい」という社長をはじめ社員の思いを引き出した。
 そのうえで(1)「学生のターゲティング」つまり、リンク・アップが求める人物像を見定めるよう促した。
「システム開発の会社であるため、はじめはどうしても大卒以上、理系学生で、ある程度スキルのある学生がほしいとイメージしがちでした。それが本当に正しいのか、社内で働く人の事例を見て考えてもらうようにしました」
 実際、リンク・アップには高専卒で活躍している優秀なマネジャーがいた。黒水さんはそういう社員の事例をもとに高学歴がよいといった固定観念や思い込みを払拭する作業をしたのだ。
 最終的に「リンク・アップはまだまだこれからつくり上げていく会社である」という社員の総意を得て、07年度の採用ターゲットを文理問わず「発展途上の会社を自らの手でつくり上げていきたいという成長意欲のある学生」と位置づけた。

エントリー者のうち
36%を説明会に導く


 (2)「シナリオ作成」では、最初のインタビューをもとに会社の将来ビジョンをまとめ、それを実現するためのドラマを考える。そしてドラマの登場人物として、学生に入社後どのような役割を担ってほしいのかを明確にする。
「社内はビジョンに向かって今後どう変わるのか、それが学生にどんな影響を与え、学生自身が入社後どう変わっていけるのかを話し合いました」
 結果、3年後は社員数30名、5年後には50名で売り上げ10億円を目指すなど具体的な数字で「会社を大きくする」将来ビジョンができ、5年後には「自社オリジナルパッケージ商品の開発を実現させる」などの目標が明確になった。合わせて、学生の成長イメージとして、入社1年後には「プログラミングやシステム開発の専門知識を吸収」、5年後には「スペシャリストとして得意分野を持つようになる」など入社のメリットを確認した。
 そしていよいよ(3)「プロモーション」である。このステップでは、できるだけ多くの学生に会社を知ってもらい、接触を図り、売り込む必要がある。
 黒水さんはまず、大手就職サイトを利用した。
「学生に向けてリンク・アップを露出する窓口となるものが必要でした。就職サイトからエントリーができることをパンフレットなどの配布物に記載し、そこを入り口として学生を呼び込む流れをつくろうと考えたのです」
 大手就職サイトを利用することによって、中小企業でもマスへのアプローチが可能になるのだ。
「ただサイトに事業内容を並べるだけでは学生の心に響きません。写真を撮り社員の笑顔を掲載したり社長の魅力を伝えたりしました。言葉もわかりやすくし、Q&A方式で伝えるなどの工夫をしました。時期によって動いている学生が違うことも意識して、反応を見てはテキストを随時変更し、できるだけ目につくように努めました」
 9月にはこのサイトが運営する合同会社説明会に参加。黒水さんはブースに入って学生への会社説明を担当する社員に、10分で自社をアピールできるよう打ち合わせをした。
「合同会社説明会に来る学生は、まだ業界や職種を絞り込めずにいる子が多い。そういう学生に『10分だけでいいから業界研究を含めて聞いていきませんか』と声をかけました。ここでいかにリンク・アップに興味を持ってもらうかが重要なのです」
 学生の争奪戦と化した会場で、20名程度の学生を呼び込むことに成功し、そのうち18名をエントリーに結びつけた。まさに呼び込みと自社PRという営業の賜物である。
 そのほか、プロモーション活動として黒水さんはビジャスト新卒会員登録者へメールDMを流し、反応のあった学生に対してマメに連絡を取り、詳しく説明するなどの営業活動をした。

入社の決め手
「面接で笑ったのはこの会社だけだった」

 これらの活動によって、就職サイトから45名、合同会社説明会から18名、ビジャストの新卒会員から16名のエントリーを獲得した。
 企業がエントリーした学生に接触できる確率は10~15%といわれている中で、同社は29名、つまり36%もの学生を会社説明会に呼び込んだ。
「説明会では、最初に作成したシナリオをもとに、現状と将来ビジョンを説明し『だからこういう学生を求めている』と、ストーリー仕立ての話をしてもらいました。その後、社員と交流できる少人数ごとの座談会を設け、学生が持つマイナスイメージや不安要素を解消するように努めました」
 これが「入社意欲=購買意欲」に繋がり、説明会に参加した29名のうち、なんと24名が選考を希望した。
 面接においても黒水さんは様々なアドバイスを行った。学生が最終的に入社を決めるかどうかは、面接時の印象で左右されることもあるからだ。
「面接での注意点は、学生に対して威圧的な態度を取らないこと。面接官には、なるべく笑顔で口調や声のトーンに気をつけてもらいました」
 面接を通じてさらに会社に興味を持ってもらうため、面接官自身も最初に自己紹介をするよう助言した。
「面接官には仕事内容だけでなく、あえて趣味や休暇の過ごし方なども話してもらうようにお願いしました。学生も親近感が湧きますし、社員たちが仕事だけでなく、プライベートも充実させていることが伝わります。また、面接の途中で随時学生のほうからも社員に質問できるようにしました」
 黒水さんは、面接は一方的ではなく「相互の対話の場」と考えることが大切だと述べる。リンク・アップは9名に内定通知を出し、そのうち7名が内定承諾書にサインした。当初の採用枠は5名であり、それ以上の成果をあげたのである。
 しかし内定承諾書は単なる仮契約にすぎない。内定から入社まで半年以上あり、学生の中には複数の内定を得ている人や、他社を受けている人もいる。
 せっかく選び出した「自社に合った優秀な人材」を他社に奪われないためにも(4)「クロージング・フォロー」は欠かせない。採用においては、売ったら終わりの営業ではだめなのだ。
「なかには、ネームバリューがなく、社員十数名という部分に親が心配を寄せているという内定者もいました。ご両親の信頼を得るために、採用担当の黒田専務に真摯な手紙を書いていただくなど工夫をこらしました。ほかの内定者にも暑中見舞いやクリスマスカードなどをマメに送るなどして、連絡を取るようにしました」
 採用人数が少ない中小企業だからこそできる細かな気遣いであり、営業活動である。黒水さんは内定者間の繋がりを強めるため、内定者を幹事とした懇親会を開くことも提案した。
「内定者が6人いたら少なくとも6回は懇親会が成り立ちます。それを写真に撮って採用担当者である専務に送り、参加した学生にメールを送ってもらうなどしました」
 ビジャストの西野社長は、内定後の学生のフォロー(囲い込み)では真剣な態度を示す必要があると話す。
「学生だって小手先だけの飲み会や食事会は見抜きます。内定者が目を輝かせて『なぜこの会社に入ったのですか』と聞いているのに『忘れたよ、そんなの』なんて答える先輩社員がいてはいけないのです」
 企業の顔である採用担当者の人選にも気を配るべきだと主張する。
「採用担当者はその会社を最も上手に売ることができる最高の営業マンでなくてはなりません。どんなに魅力のある商品(企業)でも見せ方を間違えたら買ってもらえないのです」
 最終的にリンク・アップの内定辞退者はたった1名。今年の4月、6名の学生が入社してきた。最後に黒田専務は喜びの声を寄せた。
「こんな小さな会社なのに、多くの学生が集まり本当に驚きました。最後に入社を決めてくれた情報系の学生は、ネームバリューのある会社も受けていました。でも面接で笑ったのはこの会社しかなかったと言って選んでくれました。内定を出した時点でもうほかの企業は受けないと言ってくれた学生もいたんですよ」
 中小企業であっても、その魅力を十分に伝えることができれば学生は集まる。そのための営業努力をするか否かが勝敗の分かれ目といえるだろう。

 
 
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