ビジネススクール流知的武装講座 [196]

原油高時代、日本繁栄への三つの道

 
 

原油価格が高騰を続ける中、日本は中長期的にどう対処すればよいか。
日本のエネルギー戦略のキーマンである筆者は、三つの解決策を提示する。

 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
橘川武郎=文
text by Takeo Kikkawa
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得。経済学博士。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授を経て、現在一橋大学大学院商学研究科教授。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『日本電力業発展のダイナミズム』、共著に『現代日本企業』などがある。

平良徹=図版作成

 
 

9年間で約10倍上昇した
原油価格


 今年3月13日、ニューヨークのマーカンタイル取引所(NYMEX)でアメリカ産標準油種WTI(West Texas Intermediate)の中心限月4月物は、1時1バレル=111ドルの史上最高値を記録した。WTIは、アメリカ・テキサス州で産出される、含有硫黄分が少ないうえにガソリンを多く取り出すことができる高品質の原油であり、NYMEXで取引されるWTIの一カ月先物価格は、世界的な原油価格の指標となっている。
 NYMEX のWTI価格は、1999年初頭には1バレル=10ドル強の水準にとどまっていた。しかし、99年3月の主要産油国会議で、OPEC(石油輸出国機構)の大幅減産、サウジアラビアとイランの協調、非OPEC諸国の協調減産が決定されたことを一つのきっかけとして、上昇に転じた。そして、その後9年間にわたって高騰を続け、ついに1バレル=110ドルの水準を突破するにいたったのである。
 二度にわたる「オイルショック」に見舞われた70年代には、当時の原油価格の国際的指標となっていた中東産アラビアンライトの1バレル当たり公示価格が、73年1月の2.6ドルから80年7月の32.0ドルまで上昇した。今回の99~2008年の原油価格の高騰は、70年代のそれに匹敵する、あるいはそれを上回る激烈なものだと言っても過言ではないのである。
 今回の原油価格の高騰に関しては、投機マネーの流入という金融的な要因が、しばしば指摘される。確かに、この指摘自体は、間違っていない。
 別図は、原油市場をめぐるマネーフローを、今年2月の時点でまとめたものである。この図からわかるように、原油市場に流れ込むマネーには、長期的な収益確保とリスク分散を図る投資的資金と、短期的な利ざや獲得を狙う投機的資金とがある。これらの資金の流入は、原油価格を上昇させる一要因となっている。
 このうちとくに問題視されているのは、最近急増している投機的資金である。07年夏にアメリカでサブプライム問題が表面化して以降、短期証券市場等から離れたヘッジファンド等の資金の一部が、原油先物市場に流入したと言われている。これらの投機マネーの動きは、低金利政策やドル安傾向、インフレ懸念などとあいまって、原油価格を高騰させることになったのである。

価格高騰の
根本的要因とは何か


 しかし、ここで見落としてはならない点は、今回の原油価格高騰に関して、投機マネーの流入だけでは説明できない、別の根本的原因が存在することである。NYMEX のWTI価格は、サブプライム問題が表面化するはるか以前から上昇を続けていたのであり、投機マネーの流入は、この上昇傾向に拍車をかける促進要因ではあっても、上昇傾向そのものを生み出す根本的原因ではないのである。
 9年間にわたる原油価格高騰の根本的な原因は、石油需給の逼迫に求めることができる。
 まず、需要面についてみれば、中国やインドなどの新興国を中心にして、石油消費量が急増している。IEA(国際エネルギー機関)の推計によれば、30年には世界の石油需要が05年実績に比べて、40%程度増加するのである。
 一方、供給面には、いくつかのボトルネックが存在する。直接的には、中東産油国での供給余力の後退や、国際価格の決定に大きな影響力をもつアメリカ市場での石油精製能力の減退が大きな問題であるが、その背景には、80~90年代に低油価時代が続いたため上流開発投資が縮小し、石油関連人材の育成も停滞したという、歴史的・構造的事情がある。
 石油供給面での不安は、地政学的リスクの高まりによって、いっそう増幅されている。イラク情勢の泥沼化、イランの核開発問題をめぐる緊張の継続、ナイジェリアでの民政移管後の国内紛争の深刻化などの出来事は、石油需給の逼迫に拍車をかけ、原油価格を押し上げる意味合いをもっている。
 ここまで述べてきたように、今回の原油価格高騰には、歴史的・構造的要因が作用しており、それらはすぐには解消されそうにない。現在の価格水準が多少下がることはあっても、原油高自体は今後も継続すると見込まれるわけであるが、このような事態に対して、日本はどのように対処すべきであろうか。
 今年2月にとりまとめられた総合資源エネルギー調査会石油分科会の「次世代燃料・石油政策に関する小委員会報告書」では、日本の石油政策について、現在の課題と今後の方向性が包括的に論じられている。筆者は、この小委員会で委員長をつとめさせていただいたので、以下では、同報告書の内容を簡単に紹介することにしたい。
 原油高への緊急対応のような短期的なテーマを除いて、中長期的なテーマに論点を絞れば、「次世代燃料・石油政策に関する小委員会報告書」で論じられている内容には、以下の三つの特徴がある。
 第一は、地球温暖化対策が待ったなしの状況となり、エネルギー政策をめぐる三つのE(Economy, Energy Security, Environment)のうちEnvironment(環境)が、優先課題として浮上してきたことである。
 上記の小委員会は、次世代輸送用燃料に関する提言もとりまとめたが、そこでバイオ燃料の導入を促進することを打ち出した背景には、このような事情が存在する。一方、原油価格の高騰は引き続き進行しており、エネルギー安全保障(Energy Security)が最重要課題の一つである状況に変わりはない。
 地球温暖化問題の深刻化を反映して、最近では、産油・産ガス国においても省エネへの関心が高まっており、世界最高クラスの省エネ技術を有する日本への期待が強まっている。今後は、省エネ技術の提供を通じた産油・産ガス国との関係緊密化という形で、EnvironmentとEnergy Securityという二つの課題を同時に追求することが、わが国の石油政策の大きな柱となるであろう。
 第二は、日本の石油産業の本格的な国際化が視野にはいってきたことである。
 精製部門に資源を集中的に投入してきたわが国の石油産業は、あくまで国内での製品販売に事業の主軸をおいてきた。しかし、30年に向けて、国内の石油需要量は、00年実績と比べて15~30%減少することが見込まれている。

石油産業は
消費地精製主義から脱却せよ


 これとは対照的に、世界全体の石油需要量は、既述のとおり05~30年に約40%増加すると予測されている。エネルギー安全保障上重要な意味をもつ国内の精製能力を一定規模以上の水準で維持するためには、石油製品を国内で売るだけでなく、積極的に輸出していかなければならない。さらに進んで、国内の製油所をマザーファクトリーにして、産油国や石油大規模消費国で精製事業を展開するという、海外直接投資も必要になるであろう。日本の製油所のオペレーション能力や重質油分解能力は、海外で高い評価を受けている。わが国の石油産業は、消費地精製主義から踏み出して、国際展開することが求められている。
 第三は、石油に関する縦割り行政の限界が明らかになり始めたことである。
 産油・産ガス国が日本に期待しているのは、下流の石油精製や石油化学、さらにはその先の家電や自動車などが現地進出し、生産拠点を設けることである。この要請に的確に対応するためには、資源エネルギー庁資源・燃料部の石油・天然ガス課と石油精製備蓄課との共同作業はもちろんのこと、経済産業省内の他の部局との連携が必要になる。
 また、輸送用燃料としてバイオ燃料等をガソリン・軽油に混和することになれば、石油流通業界に大きなインパクトを与えるサービスステーションの地下タンクの二重殻化が、現実的な検討課題となる。その場合には、資源・燃料部の石油精製備蓄課と石油流通課との協調が求められるであろう。もはや、縦割り行政の壁を突き破らない限り、効果的で機動的な石油政策を展開しえないのである。
 ここまでの検討から明らかなように、今後の日本の石油政策では、EnvironmentとEnergy Securityとの同時追求、下流の技術力で上流を攻めるという新鮮な発想、消費地精製主義から脱却した国際的な事業展開、縦割り行政を突き破る機動的な推進体制の構築などが、求められる。その意味で、わが国の石油政策は大きな曲り角に立っているのであり、「次世代燃料・石油政策に関する小委員会報告書」の打ち出した方向性がどのように実行されていくかを、注目してゆきたい。

 

 
 
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