職場の心理学 [192]
日産は「箱根徹底訓練」で次世代経営者をつくる
V字回復の“成功の秘訣”を国境を越えて浸透させようと試みる
日産自動車の取り組みを探った。
V字回復の秘訣は
社員一人ひとりの
潜在力の引き出し方
日本企業の海外進出が著しい。国内市場の低迷を背景に海外での収益拡大を目指し、国外の売上比率も年々高まりつつある。だが、真の意味でグローバル経営に成功しているかといえば疑問なしとはしない。
たとえばアジア地区では人材の流出が相次ぎ、現地の人事担当者は1年を通じて採用活動に忙殺されているという話をよく耳にする。
流出の原因として給与の高低などの労働条件や流動性の高い労働市場の特性も挙げられるが、それだけではないだろう。根本的原因は人材の活用と登用を柱とする人材マネジメントの仕組みが確立されていないか、日本独自のシステムをそのまま移植したからである。安価な労働力を頼りに一時的に利益を稼ごうとするならともかく、持続性のある収益力を確保し、長期的成長を目指すのであればグローバルマネジメント経営は不可欠だ。
その要諦は大きく分けて、(1)従業員をモチベートする共通の価値観、(2)価値観に基づく人事処遇制度、(3)人材の育成──の三つだ。これらを国境を越えて統一化し、進化・発展させていくことができるかどうかがグローバル経営の成否を握っている。
これに果敢に挑戦するのが日産自動車である。1999年のルノーとの提携以来、カルロス・ゴーンCEOの下で瀕死の状態にあった経営の改革に着手。見事にV字回復を果たし、成長軌道に乗せてきた。その間の改革の成果を集大成し、社員の行動指針として抽出したのが2005年に打ち出した
「日産ウェイ」である。いわば日産版“成功の秘訣”ともいうべきものだ。
「この会社を立ち直らせたのはゴーンという指導者の力もありますが、社員一人ひとりが持つ潜在的な力をゴーンが引き出したともいえます。それが日産リバイバルプランやCFT(クロス・ファンクショナル・チーム)などの成果と結びついている。そこでトップエグゼクティブの方々にインタビューし、キーとなるマネジメントの要素、つまりどういうところが日産の成功の秘訣だったのかをまとめたのが日産ウェイです」(高橋利明・人事部人事企画担当部長)
日産ウェイのキーメッセージは「すべては一人ひとりの意欲から始まる」。そして行動指針は、それぞれ五つの心構えと行動の計10項目からなる。心構えの筆頭に「クロスファンクショナルクロスカルチュラル」(異なった意見・考えを受け入れる多様性)という旧来の蛸壺化した組織の壁を壊してきたゴーン改革の象徴でもある言葉を掲げる。4番目にフルーガル=Frugal(最小の資源で最大の成果)という耳慣れない言葉が登場するが、これも「我々が数年間やってきたビジネスの中でもうまくいった秘訣の一つ」(高橋部長)である。
また、行動の指標としては新生日産のステークホルダーへの約束の言葉として有名になった「コミットアンドターゲット」(自ら達成責任を負い、自らのポテンシャルを十分に発揮していますか?)も盛り込む。そのほか「パフォーム」(結果を出すことに全力を注いでいますか?)、
「メジャー」(成果・プロセスは誰でもわかるように測定していますか?)など社員の仕事の具体的な判断指針を挙げている。
しかし、言葉だけを掲げても社員に浸透しなければ意味がない。目下、人事のあらゆるプロセスを通じてグローバルレベルでの浸透に全力を注いでいる最中だ。同社では世界の拠点を日本、アメリカ、欧州、その他の四つの地域に分け、それぞれの人事のトップが定期的に集まって議論しながらグローバルレベルの人事戦略の企画・立案を行っている。その一つが日産ウェイの評価制度への導入である。
課長職など幹部社員層の人事・報酬制度はグローバルで統一している。報酬は基本年俸と短期インセンティブ(賞与)で構成されるが、基本年俸の評価基準に日産ウェイを取り入れる。これを貢献度評価と呼ぶが、日産ウェイの五つの心構え(価値)を指標に各人のレベルをS、A、B、Cの4段階で総合評価。年俸額は段階ごとに設定され、たとえばS評価であればSのゾーン内で年俸額が決まるという仕組みだ。
日産ウェイを掛け声だけで終わらせることなく、報酬に直結させている点に浸透にかける熱意が感じられる。これは一般社員層も同様である。
ターゲット達成で
業界トップレベルの年収に!
基本年俸は比較的定性的な評価項目であるが、賞与は厳格な業績査定で知られる「コミットメントアンドターゲット」による定量的評価で決まる。評価の仕組みは全世界共通である。その仕組みはまず、期初に個人業績目標と部門業績目標を設定し、それぞれにコミットメント(必達目標)とターゲット(より高度な達成目標)を設定。その達成度で賞与額が決まるが、課長クラスは基本年俸の最大約20%、部長クラスは最大約30%に設定されている。
たとえば仮に部長の基本年俸が1500万円の場合、全部の目標がターゲットをクリアすると450万円が支給される。逆に部門業績目標はコミットメントをクリアしても、個人業績が未達の場合は、その分が減額される。ちなみにターゲットを達成すれば「トヨタさんやホンダさんを含めた業界のトップレベルの年収を上回る水準で設計している」(高橋部長)という。
ところで、課長クラス以上の幹部社員の人事制度はグローバルで統一していると述べたが、一般社員層の評価・報酬制度は四つの地域ごとに設計している。日本の場合、報酬は月例給と賞与の二つで構成され、月例給はPX(担当職)、PE2(総括職)、PE1(課長補佐職)の三つの役割等級ごとに賃金テーブルを設定。人事評価は求められる能力(コンピテンシー)を基準に評価され、評価結果(点数)に応じて賃金テーブルの枠内で昇給(ゼロ、マイナスもあり)する仕組みだ。
評価項目のコンピテンシーは大きく担当職、総括職などの地位・役割別、部門・職種ごとの専門スキル、それに全社員共通の三つに分かれるが「全社員共通のコンピテンシーに日産ウェイが入る」(高橋部長)ことになる。また、賞与額は月例給比例分と成績分で構成され、この成績分は幹部社員と同じようにコミットメントアンドターゲット評価で決まる。
一般的に若年層の月例給は技能・スキルの習熟期でもあり、本人の能力伸張に応じた安定的給与を支給する日本企業が多いが同社も例外ではない。この仕組みをグローバルで統一することはできないのか。これに対し、高橋部長は「欧米の場合はレイバーマーケット(労働市場)で賃金が決まる部分が大きい。無理して統一するよりは評価のポリシー、とくに日産ウェイを評価要素としてきちんと折り込み、後は地域ごとに目標の達成を目指すというやり方で十分ではないか」と指摘する。
事実、欧米では職務・職種別賃金市場が発達し、日本とは相容れない部分もある。そのため、一般層においては評価の基本ポリシーを共有し、仕組みは地域の歴史・文化に応じて決定し、幹部社員は完全に統一するというのが日産流グローバル人事制度である。
日産自動車のグローバル規模の価値観の共有化と人事制度の統一とその運用はいまだ緒についたばかりであるが、早くから着手しているのがグローバル規模の次世代リーダーの育成だ。
ゴーンも参加する
次世代リーダー発掘会議
00年にゴーン社長自らノミネーション・アドバイザリー・カウンシル(NAC)を立ち上げ、今も毎月1回ゴーンCEO以下副社長クラスが全員参加して行われている。NACの目的は二つ。一つは次世代リーダーの発掘と育成プランの作成、もう一つはグローバルな主要ポストのサクセッションプラン(後継者育成計画)の作成だ。
次世代リーダーの発掘では、まず日本、欧州などの地域ごとのリージョナルNACによる選考を行い、さらに販売・マーケティング、商品企画、開発、生産などの各部門(ファンクション)別の検証を通じてNACに人材が上がってくる。会議ではその人材を将来のビジネスリーダー候補(ハイポテンシャル・パーソン)として登録するかどうかを議論する。登録されると育成のための配置や特別なトレーニングプログラムの計画を作成する。
後継者育成計画のテーマはグローバルの約200の主要ポストの後継者をリストアップすること。「ファンクションごとに一つのポストについて緊急的に代わりが務まる人、理想的には誰が候補者にふさわしいか、将来的に誰がいいかという三つのカテゴリーで数名ずつ選びます」(高橋部長)。
その際の候補者はもちろんハイポテンシャル・パーソンと連動している。また、03年には「キャリアコーチ」制度を導入し、現在メンバーは5人いる。キャリアコーチは各部門を回り、インタビューなどを通じて次世代リーダー候補の発掘作業と育成の提案、そして後継者育成計画作成のアドバイス業務を担当する。
ハイポテンシャル・パーソン登録の対象者は現在は課長職以上。年齢的には35~45歳の世代が多いという。若い層も多い欧米に比べると高いといえるが、課長層以下の発掘をどうするかについては目下の課題になっている。ハイポテンシャル・パーソンの育成の柱は計画的配置とトレーニングだ。登録されると部門の壁を越えて異動する。
「従来の日産では物づくりが主体ということもあり、同一部門内でキャリアや経験を積んでいくことが多かった。しかし、今はビジネスリーダー候補になると本社ないし地域本社への異動もあり、提携先のルノーに行く社員もいます。あるいはビジネスの幅を広げるためにまったく違うキャリアを積ませる。たとえば開発部門の社員に経理や人事の経験をさせることもあります。そうしたキャリアを通じて経営的視点を磨くようにしています」(高橋部長)
異動を含む育成プランはキャリアコーチが作成するが、本人の合意を最大の前提としている。また、経営的経験の場の一つとして活用されているのがCFTだ。縦割り組織の弊害を打破し、特定の課題を解決するための部門横断型プロジェクトチームであるCFTはゴーン改革のシンボル的存在だ。そのチームの実質的運営を担当するパイロット職にハイポテンシャル・パーソンを任命し、経験を積ませる。
CFTでの貢献度や異動先での能力・実績は常にチェックされ「うまくいけば、どんどん新たなチャンスが与えられる」(高橋部長)仕組みである。
トレーニングにも注力している。02年以降、将来のリーダー候補を対象にした「グローバルエグゼクティブトレーニング」と呼ぶ研修を毎年開催している。コーポレートオフィサーになる直前の社員から選抜した20~25人のクラスと部長手前の若手課長を含む層から選抜した40~50人のクラスの二つがあり、講義はすべて英語で実施される。
合同研修は箱根仙石原プリンスホテルを買収し、05年に開設した選抜型人材の研修専用施設「マネジメントインスティチュート」で行われる。ここはGEの経営者養成施設であるクロトンビルをイメージしてつくられたものだ。研修期間は1年。年4回の集合研修が開催され、1回目は外部アセスメントによる経営者としての強みと弱みを把握し、外部研修の受講などを指導する。残りの3回(各1週間)は世界からメンバー全員が箱根に集まり、ビジネス変革のプロセスなどを学ぶ。
トレーニング機能もさることながら、リーダー人材の発掘と配置を含む計画的育成をここまで徹底して実施している日本企業は少ないだろう。グローバルリーダー人材の育成は「時間の経過とともに仕組みとしてはうまく回っている」(高橋部長)と自負する。
日産はもちろん早くから海外に進出していた。しかし、昔と今ではグローバル経営の中身は大きく変質している。
「従来はファンクションもリージョンも蛸壺化していました。たとえば以前のアメリカと日本の関係は戦いみたいな関係にあり、それぞれの地域が独立した存在でした。現在はファンクションとリージョンが交差するなかでいろいろな衝突も発生しますが、ちゃんと真面目に議論ができる。互いが尊敬しあい、皆で必死に頭を回転させながらの議論を通じてアイデアを出し合う風土になり、組織としても、人のビヘイビアもかなり成長してきていると思います」(高橋部長)
グローバルマネジメント経営とは本社の指揮・命令下で世界の拠点を管理・統率する機能を高めることではない。多様な人的資源によるシナジーを生み出し、成長の起爆剤として活用することにある。










