ビジネススクール流知的武装講座 [193]

7社の実例にみるマーケティング優良企業の条件

 
 

マーケティング戦略の優れた企業に共通するキーワードは、「市場志向」だ。
では、「市場志向」とは何か?
 筆者は、三つのプロセスからそれを解明する──。

 
 

神戸大学大学院経営学研究科教授
石井淳蔵 = 文
text by Junzo Ishii
いしい・じゅんぞう●1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。同志社大学教授を経て、現在神戸大学大学院経営学研究科教授。専攻はマーケティング、流通システム論。著書に『ブランド』『マーケティングの神話』『営業が変わる』などがある。

 
 

「あなたの会社は市場志向ですか」と聞かれると、多くの人は「もちろん」と答えるだろう。「作ったものを売るのではなく、売れるものを作る」という考え方は市場志向と呼ばれるが、多くの会社はそうした原理に従って経営していると答える。ところが、10年ほど前からアメリカのマーケティング学界において、あらためて「市場志向」の重要性が指摘されはじめた。「口では市場志向と言っていても、あなたの会社は本当に市場志向なのか?」というわけだ。そして、「本当に市場志向を実践している企業とそうではない企業との間では収益性に差がある」とも言い出し始めている。
 こうした研究の展開を受けて、「市場志向はマーケティング優良企業の条件である」ことを実証しようと、嶋口充輝教授を研究代表として研究プロジェクトを開き、最近一応の完成をみた(嶋口充輝・石井淳蔵・黒岩健一郎・水越康介『マーケティング優良企業の条件──創造的適応への挑戦』日本経済新聞出版社、2008年)。今回はその研究プロジェクトの概要を示しながら市場志向の実践の重要性を示そう。
 アメリカの学界で話題になった市場志向は、市場志向の実践、つまり市場志向のプロセスが組織に定着しているかどうかを問題にする。これまでの市場志向の議論の中にはなかった点だが、「顧客の声をしっかり聞く」「自社の都合だけで製品開発をやらない」「営業体制をしっかり整える」、あるいは「クレームに対する対応をきちんと整える」といった細かい点を扱う。その問題意識は次のようなものだ。
・市場志向とは組織のどういう状況を指しているのか
・市場志向である企業とそうでない企業との区別はあるか
・あるとすれば、それらの企業間で業績に違いはあるか
・市場志向の企業とそうでない企業に分かれるのはなぜか

「実践的市場志向」を
把握する
三つのプロセス


 そうした問題意識に従って彼らはアメリカの企業の聞き取りや調査を行う。見えてきたことは「市場志向は、次の三つのプロセスとして捉えることができる」ことだった。われわれもそれにならって、以下の三つのプロセスで市場志向の実践を把握することにした。

(1)市場情報の把握
 市場志向を実現するための最初のプロセスは市場情報把握のプロセス。つまり、市場から必要な情報を収集し、組織として使用可能な形に整えるプロセスである。市場調査やお客様相談室や営業を通じて入ってくる顧客情報は、組織としてきちんと理解され、マーケターが必要なときに必要な形で把握されていることが重要だ。

(2)市場情報の組織内での普及
 第二は、把握された情報を組織内に適切に蓄積し普及させるプロセス。市場から収集された情報は、最初は営業や市場調査やお客様相談室に蓄積される。しかし、そこに留まっていては、本当に必要とするマーケティング部門や開発・技術者やトップ経営者には届かない。組織内に普及させてこその市場情報だ。市場から集められた情報が組織全体に行き渡っているかどうかは、市場志向の大事な指標となる。

(3)市場情報への反応
 最後は、市場情報への反応プロセス。市場情報・顧客の声に対して迅速かつ適切に対応できているかどうかである。「顧客の声が、すぐに実践に繋がるか」「市場対応で他社に後れをとっていないか?」といった点が重視される。加えて、たとえ情報を把握し組織内で普及させていても、「市場反応の意思決定が社内の政治バランスに左右されていると元も子もなくなる」といった点も注意される。

 以上のような三つのプロセスに注目した実践的市場志向を、ここでは「プロセスとしての市場志向」と呼ぼう。プロセスで考えるという点で、これまでの「コンセプトとしての市場志向」とは違っている。市場情報の把握・普及・反応の概念を具体的な指標にしたものをまとめて次表に示しておく。
 これらの代表的な指標については、われわれも日米韓三国で企業相手の調査で用いたが、読者の皆さんも、試しにこの質問に答えてみてほしい。「わが社の市場志向の度合い」をチェックできる。ちなみに、アメリカでの研究では、こうした諸指標で測定された市場志向レベルが上がると、その事業の成果が上がることが実証されている。とくに、(a)収益性だけでなく、(b)顧客のロイヤリティ、(c)従業員のコミットメント、そして(d)持続的なイノベーションにも好影響を与えると言われている。
 プロセスとしての市場志向の重要性は、以上の枠組みと概念の下に理解できる。が、枠組みや概念だけではいわば骨と皮だけの話。問題は、こうした枠組みと概念を実際に日本企業に当てはめて、具体的なイメージや方針として理解することが重要だ。そこで、日本企業の経営トップにインタビュー調査を行い、情報把握、普及、そして反応を考えるうえでふさわしいと思われるケースを選び出し、詳しく検討することにした。いくつかのケースはすでに本連載でも触れたことがあるが、それらのさわりの部分を紹介しながら、三つのプロセスの重要性を明らかにしよう。

(1)情報把握
 お客様相談室や市場調査部は情報把握の重要な窓口となる。資生堂やサントリーが試みるお客様相談室は先進的だ。お客様からのクレームや要望に対応するばかりでなく、それらの情報を資源に変えて、社内の利用に供するための積極的な試みを行っている。
 市場調査部では花王の評価が高い。同社の市場調査部は、40年にもわたって社内で独立組織として存在感を示している。調査部は、花王の社内で企画・開発・マーケティング・販売の一連のプロセスを舵取りする存在となっている。というのは、企画から販売に至る一連のプロセスにおいて「go or not go」の判断がマーケティング担当者によってなされるが、その判断を支えるのは市場調査部が集めて分析したデータであるからだ。それらのデータは、標準化され客観化された調査プロセスによって生み出される。「消費者が欲しいと思っていない商品の市場導入を防ぐ」のは、市場調査部の役割だ。

(2)情報普及
 多様な情報が市場から組織に入ってくる。市場調査部やお客様相談室という公式組織とは別に、営業やそれ以外の部署からも入る。積水ハウスは、「納得工房」と呼ばれる技術研究所の顧客ラボを持ち、直接顧客から情報を得る。住まいづくりに関心を持つ顧客がそこにやってきて、相談を持ちかけたり、実際に工房に置いてある現物や機器を用いて確かめたり試したりする。そうして顧客情報が集まる。その情報は、技術研究所へフィードバックされる。しかしそれに留まらない。営業や開発にも利用される。顧客情報を顧客ラボという形で集積することで、顧客情報を多重利用することが可能になる。
 同じように、営業に関連して情報集積・普及の仕組みをつくったのがカルビー。同社は、沖縄に営業情報基地を設置する。そこには、日本全国160のエリアから店舗情報が毎日集まる。エリア営業担当が毎日情報を送ってくる。そうして蓄積された情報は、(a)小売本部の商談に赴く営業担当、(b)マーケティングを打ったばかりで一刻も早くその効果を知りたがっているマーケター、あるいは(c)次なる商品開発を考える開発・技術者によって使われる。
 いずれのケースでも、技術者が聞いた情報や営業が聞いた情報をそのまま使い捨てにせず、組織に情報・知識のダムのように貯水され、市場情報の組織内普及が図られている。この組織的な効果は、優秀な技術者や営業マンをいくら集めても得ることができない組織的な効果である。

(3)情報反応
 ちょっとした市場の偶然や差異を素早くビジネスに活かす、それも、各所で細々とした対応ではなく、大きい渦をつくっていく。これが情報反応の課題だ。
 ユニ・チャームには、開発担当者、マーケター、そして調査担当者といったメンバーで構成される開発グループがある。彼らは、消費者を使用現場において観察し、消費者のその商品の使い方やその商品の生活における意味、つまりその消費者独特のその商品に対するインサイトを把握しようとする。観察結果を巡ってそのメンバー同士で議論し、商品企画・商品設計へと直接に結びつける。
 ちょっとした偶然をコマーシャル・イノベーション(市場の革新)に結びつけたのは、ネスレコンフェクショナリーのキットカット。「きっと勝つ」との語呂合わせは偶然だが、それをコマーシャル・イノベーションに結びつける。そのために、ブランド・エクイティ、観察調査法、消費者インサイト、経験価値志向、そして互恵的なコミュニケーション戦略といった新しい概念や手法や仕組みが関わる。それが組織的にうまく駆動するようになっているのが興味深い。

市場志向に必要な
「創造的適応」と
「組織のリテラシー」


 市場志向は、マーケティング優良企業の条件だ。最後にまとめとして大事な点を二点指摘したい。第一に、現場での個人の臨機応変のやり方の重要性だ。そこに、マーケティングの課題たる「創造的適応」(適応すべき需要を、みずから創造する)が起こる。これまでの常識を打ち破り新しい地平を開くのは、そうした現場での個人・グループの臨機応変さだ。それが保たれていると、反応が遅れたり、ヘンな政治的なバランスが働いたりすることはない。
 だが、そのことは何も、「ビジネスは結局のところ、有能な個人に任せておけばよい」と言っているわけでは決してない。現場での個人の力と臨機応変さを支える組織的努力が不可欠だ。臨機応変さに対するマネジメントということになる。その一端として、(1)外の情報を把握し、(2)それら情報を組織の中に普及させ、そして(3)各所でそれらを活用しようとする組織の努力にある。これにより、「情報を学び、増やし、活用する力」が組織としても現場においてもついてくる。われわれは、その力を組織のリテラシーと呼んだが、それこそが、「企業が長期にわたる着実な市場適応力の増強の源泉」となる。

 
 
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