ビジネススクール流知的武装講座 [192]
「真のものづくり立国」になるための
七つの条件
「ものづくり」は「匠の世界」に限った話ではない。
一過性の流行と考えてはいけない。
筆者は、「ものづくり立国」となるための産官学に求められる課題を提示する。
ものづくりを
一過性の流行に終わらせるな
2年にわたり読者諸兄にお付き合いいただいたが、今回が最終回である。その間、「日本発の経営学」「現場発の経営学」「設計の比較優位」「統合型のものづくり組織能力」「擦り合わせ型アーキテクチャ」「設計情報の良い流れ」「開かれたものづくり現場」「ものづくりインストラクター」などを論じてきた。そこで最後に、ものづくり論の「あるべき姿」「避けるべきこと」「やるべきこと」に関する筆者なりの考えをまとめておこう。
筆者が考える「あるべき姿」は、「開かれたものづくり」である。それは一方で、人工物の設計論をベースに、産業論、競争力論、管理論、戦略論などを融合する学際的な試みであり、思想体系でもある。他方でそれは、現場・現物に密着した概念でもある。「生産」とも「製造」とも「マニュファクチャリング」とも微妙に異なる、現場での、この言葉独特の用法にこだわりたい。機械工場でものを削る人だけがものづくりではない。人工物で社会に貢献するための「良い設計」を考え、それをお客や市場に伝える「設計情報の良い流れ」をつくる人は、生産、開発、購買、販売を問わず、「ものづくり屋」である。良い設計情報が有形媒体に転写されれば製造業、無形媒体ならサービス業。「開かれたものづくり」は製造業をも超える。
設計とは人工物の機能・構造・工程を結びつける行為であり、特定の工程・構造・機能に関する因果知識を「固有技術」という。これに対し、個々の固有技術や設備をつなぎ、流れをつくり、市場や社会に結びつける知識が「開かれたものづくり」技術であり、それは固有技術や業界の壁を超えて共有されるべき汎用知識だ。
「固有技術」と「開かれたものづくり技術」は、現場力を支える車の両輪だ。強い固有技術は必須だが、後者の支えなくば、それは「技術の離れ小島」と化し、付加価値を生まない。だからこそ今、産業や企業や世代の壁を超えて「良い流れ」を共有するためのエージェント(仲介者)やインストラクター(伝道者)を、社会は必要としているのである。
このように「ものづくり」には「人工物の良い設計・良い流れで、お客と社会に貢献する」という、辞書には書いてない本質的な意味がある。ここが要諦である。とすれば「避けるべきこと」も自ずと明らかになる。
第一に、「ものづくり」を一過性の流行と考えてはいけない。この点、昨今マスコミや政界が「ものづくり」の重要性を声高に叫ぶのはありがたいが、要注意でもある。いったん「ものづくり」概念が世間に伝播すれば、ニュースや政策の目玉としての価値は薄れる。そのときが大事だ。マスコミ・政界が去ったとき、「ものづくり」も流行として終わるのか、あるいは日常的な思想として日本社会に定着するのか。現場や地域での地道な取り組み、人の交流、産官学の連携が問われる。
第二に、「ものづくり」を、製造業の生産現場の「匠の世界」の話に狭く限定すべきではない。たしかに匠の名人芸の世界は、良い画像が撮れるし、一瞬で人を感動させる力があるので、テレビや新聞はここを集中的に取材する。しかし、それを見た視聴者・読者は「いい話だけれど、私には直接は関係ないな」と考えがちだ。ここに「感動的なものづくり報道」の落とし穴がある。前述のように、「開かれたものづくり」は、人工物で世に貢献する思想である。その限りにおいて、たいていの日本人は当事者なのだ。
第三に、「ものづくり」を安易な万能薬と考えるべきではない。「日本はものづくりが強い」といった観念が普及するにつれ、「日本人にはものづくりDNAがあるから、擦り合わせ製品をつくれば即、勝てる」というような短絡的な議論が出始めた。しかし、そうした文化決定論的な「日本人ものづくり優性説」は根拠がなく、危険だ。
いうまでもなく、地道な能力構築が、ものづくり競争優位の大前提である。統合型の組織能力が日本に遍在しているのは事実としても、日本のすべての現場にそれがあるわけではない。特に、グローバル競争を経験せず、規制・保護・談合に傾いていた「競争不全部門」(日本経済の半分以上)では、「ものづくり組織能力」自体の再構築が先決だ。むしろ、生産人口の減少が始まろうとする今こそ、日本全体で、非製造業も中小企業も巻き込んで、現場の能力構築と生産性向上を、一からやり直すべき時期なのだ。
「ものづくり」は、繰り返せば「経済成長」という御利益のある念仏ではない。能力構築なき、安易なものづくり幻想は、やがて幻滅に至る。昨今の「イノベーション=救世主論」も同様で、先端技術に偏し、現場論が欠落しがちだ。先端の高さは、裾野の広さを要する。それは、草の根的な現場イノベーションに支えられているのだ。
日本中に「良い流れ」をつくる
産官学連携を
以上を踏まえて、最後に、今すぐやるべき「開かれたものづくり」への取り組みについて意見を述べる。これはいわば連立方程式の解なので、産官学が同時に着手すべきである。
第一に、優秀な現場人材を抱える製造大企業は、ものづくりの「インストラクター」を育てる社内スクール(師範学校)を直ちに開校すべきだ(すでに一部でその動きはある)。技能伝承に関する大企業の取り組みは、固有技能(旋盤道場、溶接道場など)に関してはかなり整備されたが、全般に固有技術偏重であり、それらをつなぎ、流れをつくる「開かれたものづくり技術」の視点が足りない。場数を踏み、「流れづくり」に長けた現場のベテランを発掘し、彼らを、業界を超えて知識伝承やイノベーションに貢献する「インストラクター」として社内で再育成すれば、すでに論じたように、彼らインストラクターは、60代でも70代でも、体力気力に応じた活躍ができる。それが本人にとっても良い人生というものだろうし、会社も地域も中小企業も非製造業も助かるのだ。人事部門も、「50代に教育投資しても元が取れない」といった狭い了見を捨て、技能伝承、若手の活性化、イノベーションといった大局的見地から、社内スクールづくりを支援してもらいたい。
第二に、会社は定年後の継続雇用に関して、より柔軟なオプションを用意すべきだ。(1)継続雇用で週5日間、従前どおりこき使われるか、(2)退職して週7日間、趣味の釣りで暮らすか、という二者択一では、継続者・退職者双方の多くに不満が残る。例えば再雇用後、現場インストラクターとして週3日働き、会社で若手に教え、地域の他業種でも教え、異業種の知恵を会社に還元し、あと4日は釣りをして暮らす。こういうオプションに対する潜在需要はかなりあると筆者は見る。会社はこうした中間的な再雇用形態も工夫すべきだ。
第三に、製造大企業は、各国に遍在する組織能力と設計思想を勘案した「適財適所」のグローバル拠点展開を行い、その中で、継続的に製品設計・現場設計が行われる「進化する現場」を、原則、日本に残すべきである。正規従業員・非正規従業員の比率も、「進化する現場の維持発展」という長期的な観点から考えるべきだ。目先の低賃金頼みで非正規従業員への依存を安易に高める風潮は、自らの組織能力を破壊する行為であり、論外である。
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第四に、中小企業や非製造業は、「良い流れ」をつくることによる付加価値生産性アップにもっと時間を割くべきだ。目前の仕事や資金繰りで手一杯、という実態は理解するが、それでは現状は変わらない。政府の中小企業助成で設備を導入しても、流れをつくる人、使いこなす人が現場にいなければ、「設備の孤島」「在庫の山」「壊れた機械の残骸」が増えるだけだ。前述のインストラクターなどに多少のお金(例えば半年に200万円)を払ってでも、「付加価値の良い流れ」を工夫してくれる助っ人がいれば、おつりが来る付加価値効果があろうし、人も育つ。
第五に、政府は、固有技術・先端技術に偏った従来の技術政策・産業政策を修正し、地域に「良い流れ」を生み出すための助成に軸足をシフトすべきだ。従来の固有技術支援は否定しないが、その結果は多くの場合「離れ小島」であった。今はそれらをつなぎ、流れをつくり、付加価値生産性を改善するときである。例えば、良い流れをつくるインストラクターを助っ人として雇う中小企業、あるいは送り出し側の大企業に、国や自治体が授業料を半額なり補填する。今大事なのは、設備資金だけではなく、それらをつなぎ「良い流れ」をつくる人への助成である。この観点なき先端技術支援やIT支援は、空念仏に終わり、またも「離れ小島」が増えるばかりだろう。
第六に、地方自治体は、「良い流れ」を希求する中小企業や非製造業と、大企業等から供給される「インストラクター」をつなぐマッチング事業を強化すべきだ。すでに滋賀県では試行が始まり、東大ものづくりインストラクター3人(全員別々の会社の人)がチームを組み、昨年末、県下の中小企業で3日間、改善指導をした。マッチングと授業料助成がセットで行われれば、効果は数倍だろう。すでにいくつかの県でこの動きがある。
そして最後に、大学である。こと「ものづくり」教育に関しては、文理の垣根を超えた取り組みが必要だ。例えば、工学系の固有技術教育と並行して、固有技術を活かす「開かれたものづくり」教育を産学連携で行い、それを梃子に、チームで実証研究のできる若手研究者を、工学系・経済系を問わず、文理融合方式で育てることである。
繰り返すが、以上を同時並行的に行わねば、効果は少ない。今の日本にはある種の閉塞感が漂っているが、突破口の一つは現場にある。開かれた現場、進化する現場、元気なシニア、地域を飛び回るインストラクター、流れと生産性の改善、雇用の再安定化、無理のない賃金アップ、設計で儲ける中小企業、流れ重視の産業政策、つなぎ重視の地域政策……。こうした現場発のイメージから、21世紀の日本の産業・経済・社会を見直してみる時期ではないだろうか。










