IT経営戦略特集

「IT最新事情2008」
経営の視点で考えるIT活用法

 
 
「見える化」の真価を引き出す「見渡し力」とは

「見える化」の効用が盛んに取り上げられる一方、
それを継続的な成果につなげられている企業は少ない。
今、経営者がなすべきこと、またITの役割とは──。
三菱総合研究所の木村孝主任研究員に聞いた。

 
 

「見える化」の失敗!
その背景にあるものとは──

21世紀に入り、ビジネスのキーワードとして「可視化」「見える化」が頻繁に登場するようになった。特に2005年以降は「見える化」がより一般的となり、企業内やメディアで多用されている。これほどのブームになる数年前から、コンサルティングを通じて企業活動の「見える化」をサポートしてきた三菱総合研究所・主任研究員の木村孝氏は、こう述べる。

「今でも『見える化』のたとえにトヨタ方式の『アンドン』がよく使われるとおり、『見える化』の本質は決して新しいものではありません。具体的には『問題を意識的に顕在化させ、自律的に問題解決活動を進める』ということ。単に『見える』のでなく、見えたら行動する、その成果を検証する、さらに改善する。こうしたサイクルをシステムとして回すことが本当の意味での『見える化』です」

「見える化」がもつ語感は、英語で表される数々のコンセプトに比べ、ずっとくみしやすい印象がある。にもかかわらず、「継続的な成果を生み出す『見える化』を実践できている組織はひと握りに過ぎない」と木村氏は指摘する。では「見える化」の成果が上がらないことの背景は何なのか。

木村 孝
株式会社三菱総合研究所
経営コンサルティング本部
経営情報グループ 主任研究員

専門分野は、コミュニケーションの力で解決できる経営課題全般。見え難いがゆえにマネジメントし難い諸領域の「見える化」を通じた問題解決活動に従事。

「かつての『見える化』は、生産現場における異常管理でした。モノの品質を維持しようというわけですから、正常か異常か、その基準は分かりやすい。生産ラインを止め、すぐ対策に動くこともできる。ところが、マーケティングやセールスなどの非定型業務にも『見える化』が応用されはじめ、ひと口に異常管理とは言い切れなくなりました。もともと業務のあるべき姿が描きにくいので、正常と異常の区別が主観的になってしまいます。さまざまな指標を集めても、その解釈が人によって違ってくる。これが、改善につながらない『見える化』の背景です。つまり、あるべき姿、目標が具体的に描かれていないことが障害なのです」

「見える化」のコンセプトが多領域に拡大したため、成果に結びつかないケースも目立つようになったのだ。

加えて「どうも営業部門に無駄がある。『見える化』すれば解決するだろう」といった安直な発想も失敗のもとである。木村氏が念を押すのは、「見える化」とは目的を果たすための「手段」だということ。指標が見えるような仕組みづくりそのものが目的になってしまうと、問題の解決は遠ざかっていくのである。

他方、さまざまな指標を通じ、いくつもの課題が顕在化して手がつけられず、全部が経過観察に陥る例もある。

「よく『戦略とは、やらないことを決めること』ともいいます。今はやるべきでないこと、それを見極められないと、『見える化』が失敗に終わる一因になるでしょう」

「見える化」が機能するか、
しないかは、企業風土にもよる

木村氏が冒頭で「改善のサイクルをシステムとして回すこと」と述べたとおり、「見える化」とはPDCAを形成する動的なシステムづくりだ。ただ指標を明らかにするだけの静的なシステムをつくる作業ではない。

したがって、指標を解釈し改善への仮説を立て、迅速な行動をとることこそ何よりも重要だ。最初の行動で効果が不十分だったら、新たな仮説から行動を起こす。その繰り返しである。

これを踏まえ、「見える化」を進めるうえで経営者がまず留意すべき点を木村氏が挙げる。

「経営者が現場を掌握するために指標を集める必要もあるでしょう。ただし、肝心なのは経営者の自己満足でなく、現場の初動が促され、PDCAにつながることです。そういう意味で、『見える化』はボトムアップの活動といえます」

しかし、ボトムアップには落とし穴もある。「見える化」の過程で問題点が発覚しても、現場では「自分の仕事が増えてしまう」と報告をためらうような場合だ。確かに現場と経営者にとって「見える化」の意義は必ずしも一致しないかもしれない。そこで経営者は、どの階層にも「得」になるフィードバックを考える必要がある。

さらに、問題点だけを報告するのは許されず、具体的な解決策とセットで提案を求められる、といった暗黙のルールをもつ企業は多い。そのような企業風土では、解決策が明らかな問題だけが取り上げられ、解決策の目途も立たないほど深刻な問題は、認識されても放置される危険性がある。

「問題が見えていること自体が評価される風土ならば、問題の矮小化や先送りは起こらないでしょう。また問題解決のためには、他部門との連携や、全社のリソースの最適配置などが円滑に進まなければなりません。こうした企業風土づくりは、トップダウンで実現させる必要があるでしょう」

眼下の局面だけにとらわれない
「見渡し力」が決め手に

続いて木村氏が経営者に重要性を説くのは、指標を解釈するためのプラットフォームの提示である。
前述のとおり、「見える化」の意義は多数の指標を並べることでなく、改善への行動を起こすことにある。指標をどう組み合わせ、どう解釈し、どちらへ向かうか? コストを削るのか、リスクをとって成長を目指すのか。それを示すことが経営者の務めだ。

木村氏は、プロ野球の監督采配になぞらえて次のように説明する。
「例えば『今、首位とは5ゲーム差だ。優勝するには次の直接対決までに最低2ゲームは縮めておかねばならない。今日の試合は絶対に落とせない。投手は完投目前だが、この局面では交代だ。抑えの切り札は疲労がたまっているから、あえて先発組の投手を起用しよう』といった具合です。あくまでゴールは優勝であることを念頭に、来る首位との対戦も考慮し、選手たちの状態を俯瞰。チーム全体としてとるべき方策を皆が納得できるよう示す。監督には眼下の局面にとらわれず、より広範囲にアンテナを張って、全体を見渡す力が求められます。企業経営者もまったく同じです」

しかも、企業経営者ならばなおのこと「オレの経験と勘によれば」という判断は許されない。指標の数々を組み合わせ、全体を見渡したうえで「だからわが社はこう動くのだ」というロジカルな解釈のプラットフォームを明示する必要がある。

「それが現場の社員たちの腹にストンと落ちれば、解釈のブレも是正されます。でないと、各社員は自分に都合のいい解釈で済ませてしまうかもしれない。自分の部門の最適化だけで終わってしまうこともあるでしょう。しかし、いまや企業が抱える問題のほとんどは部門横断的。その解決を目指し、異なる部門、異なる階層の社員が同じ認識のもとで行動していくには、経営者の『見渡し力』に基づいた解釈のプラットフォームを社内で共有することが第一歩となるのです」

木村氏の実感では、狭い局面にとらわれてしまい、「見渡し力」を発揮できていない経営者は、残念ながらまだまだ多い状況にあるそうだ。

ところで、経営判断に資する指標が見えるように支援してくれる情報システムのひとつが、ERPシステム(統合基幹業務システム)である。最近は、企業の導入意欲が一段と高まっているとの分析もある。「見える化」における情報システムの位置づけについて、木村氏はこう助言する。

「導入の前に『何に活用するか』を考え、自社にとって過不足のないシステムを選ぶことが大切です。そこでも、組織全体を見ていくことが必要でしょう。私どもへのご依頼で意外と多いのが、システム導入後に『データの活用法を考えてほしい』というもの。ご依頼はありがたい半面、やはり順序が逆ですね。IT化の成否は、それを活用する人間が決めます。仮説を立てて行動を起こすには、システムが提供してくれる指標を各部門・階層のメンバーで分かちあい、議論しあう。そんなアナログの場もあってこそ、情報システムの価値はいっそう増すはずです」

「マネジメントの見える化」が
経営者の求心力維持にも効果を発揮する

最後に木村氏は、「マネジメントの見える化」も重要だと呼びかける。いつでも事業や組織の統廃合が起こり得る今日、社員たちにとって、報酬やポストなどの不確実性は高まる一方だ。経営者側も、社員に対し先々の多くを約束することによって求心力を担保するのは困難なのが現実である。

「私どもが行った社員インタビューやアンケートを分析してみると、『経営者が号令をかけた社内改革にどれほどの価値があったのか』という点で、納得のいく回答を得ていないと感じている社員が少なくありません。それが新たな行動への障害となっているように思われます。さらには、経営者の求心力低下にもつながっているようです」

そのうえ社員たちはウェブサイトなどを介し、自社のみならず他社の経営者にかかわる情報も容易に得て、自分たちなりに優れた経営者像をベンチマークする傾向が強くなった。それだけ厳しい視線で経営者、自社を見ているのだ。結果、「この会社のために自分のリソースをどの程度費やすか」といったことを合理的に割り切る社員はますます多くなっている。

こうした時代に経営者がとるべき態度は、「まずPDCAをきっちりと回し続ける」「現場の改善への取り組みや経営者自身の施策をそのつど総括し、再び新たなアクションを喚起する」ということ。ひと言でいえば、やりっ放しで終わらせないことである。

「不確実性が増大するなか、経営者が常に正解を出せたなら、それは奇跡でしょう。ミスジャッジは防ぎきれません。勘による判断だったのなら論外ですが、指標に対するロジカルなプラットフォームがあってのことなら、なぜミスをしたかトレースできるし、それをすればいい。大事なのは、早くミスに気づき、早く修復を図ることです。玉虫色の結論でうやむやにしてはなりません。失敗は、必ず次につながる形で消化し学習する。新たなプラットフォームを提示する。文字どおりのPDCA。それが、経営者の求心力を維持し、社員のモチベーションを高める『マネジメントの見える化』にほかならないのです」

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