ビジネススクール流知的武装講座 [189]
「関係の脱構築」で
予想外の感動を起こせ
筆者は、これをビジネスの世界に応用することによって、
「共生的価値」が生まれると説く。
「教える側」と「教えられる側」の
一線を取り払う
長年、学生を教える仕事についてきたが、「教える側」と「教えられる側」とが峻別された関係の中で教えることは大変に難しいという実感がある。1時間半15回の授業。学ばねばならない知識を教え込もう、覚えさせようとするのは最悪かもしれない。そうすればするほど、学生たちは引いてしまう。そこで、面白おかしく語って聞かせるとか、興味を引きそうな話を挟んで緩急をつけるとか、ときにはこれは試験に出すぞといって緊張感をあおるとか、教師もそれなりに苦労を重ねる。
そうしたいろいろな経験を積む中でとりわけ大事だと思えることは、教える側と教えられる側との間に一線を引いてしまわないことである。知識を教える側と教えられる側との間で一線を引いて役割を固定してしまったとき、学生から、みずから進んで知識をわがものとして理解しようという態度が消えていく。「その知識が自分の生活や人生に、どのように関係するのか?」「その知識を知ったことで、自分のことや自分の周りのことが、どのように違って見えてくるのか?」。そうした、いわば知識に対するみずみずしい感受性が消えてしまう。つまり、授業で得る知識を自分の問題として考える契機が失われるのだ。単位を取るために出席し、試験に出るかどうかで聞く話を選別する。受け身的で功利的になってしまう。
彼らに知識に対するみずみずしい感受性を持ち続けてもらうためには、単に知識を教えるのではなく、「知識を学ぶことを教える」ことが肝心である。そのために、教える側と教えられる側との間に厳格な一線を引くのを避けること、常に関係を流動化させ反転させる契機をつくりだすことが重要になる。これは、「関係の脱構築」と呼んでいい。
〔脱構築とは〕
現実が思い込みによって成り立っていることを、一種の違和感を我々に与えつつ暴露すること。それにより、機能性・整合性という合理主義が解体されながら、同時に、新しい観念が具体的に形として提示される。
この考え方は、感受性を育てることに加えてさらに、「新しい関係づくり」の、そして「双方にとって価値ある何かをつくり出す」ための原理になるのではないだろうか。もちろん、ビジネス世界でもこの原理の持つ意義はかわらない。リクルートの取り組みは、そのことを教えてくれる。
内定者に入社案内をつくらせる
リクルートの意図
リクルート創業者の江副浩正氏の書いた『リクルートのDNA』(角川書店、2007年)には、なるほどと思わせる話が満載している。その中でも、リクルートへの就職内定者に自社の企業紹介を書かせるという話は、私にはとくに印象深かった。話はこうだ。
リクルートに内定した学生を7〜8人のグループに分け、事前に社内の人間を自由に取材させたあと、「リクルートの入社案内」を4日間の合宿でつくらせるという入社前研修プログラムがそれだ。それら取材成果を、文章や写真・図表などで形にして、全体会で人事マネジャーの前で発表させ、コンペ形式で優勝チームを決める。
江副氏は、「学生から見たリクルートと、入社してから見る実像には違いがあるので、そのギャップをなくすため」という意図を持ってこのプログラムを導入したという。実際、この研修プログラムを実施したあと入社を辞退する学生もいたとのことだが、残念なことには違いないが、このプログラムの趣旨に合っている。学生にとって、このプログラムが自分に向いた仕事や職場を事前に知るうえでよい機会になった。
期待と現実とのギャップを事前に把握できる。それ以外にもいくつかの効能がある。グループで活動するので、学生たちの間で互いの理解が深まる。連帯感も強まる。あるいは、リクルートでの仕事に対するより理解や愛着が生まれる。その本に書かれていたことだが、いわゆるリクルート事件で江副氏が逮捕された年、約1000名の内定者がいたらしいが、両親が反対するなどの理由でその半数が入社辞退してもおかしくなかった。だが、辞退者は、わずか5%にとどまり、江副氏たちの予想を大きく下回った。この内定者研修プログラムが下支えしたと理解されている。
以上が本の中に指摘されていた主効能だが、私は、それ以外にも大きい効能が二つあると思う。
第一の効能は、リクルートのリの字も知らない新入社員に、リクルート側からあらためてリクルートのことを教える手間が省かれることだ。彼らは、自身の社内調査を通じて、そして相互の発表を通じて、会社のことをみずから学んでいく。
さらに大事なことだが、第二に、新入社員が能動的に会社のことをしっかりと学ぶきっかけを得ることができることだ。普通の会社であれば、会社案内を事前に送っておいて、きちんと読んでおくようにと要望したり、入社後に時間をとって会社説明や研修などをしたりして教え込む。もちろん、受講者の側も、大学の授業のときとは違って、これから働く職場のことなので真面目に聞くだろう。だが、それでもそうした案内や説明や研修を通じて、会社のことを自分の問題としてしっかりと、しかも短い時間で理解できるかというと疑わしい。おそらく、自分たちの関心に沿って、社の先輩から実際に話を聞いてつくった、いわば「自分たちによる、自分たちのための企業紹介」を通じて得た会社の理解とは、理解の深さも早さも違っているはずだ。「教えられる」のか、「学ぶ」のかによって、理解の深さと早さが違う。
『リクルートのDNA』を読んでいると、こうした「教えるのではなく、みずから学ぶ」ための工夫、そして一般化して言えば「関係(ないし役割)を固定させない」工夫が随所に社内に組み込まれているように思った。
リクルートが開拓してきた情報誌それ自体が「教えるのではなく、学ぶ」雑誌である。リクルートでは社員持ち株制度が発達して、今や筆頭株主となっているという。そのことは、社員と株主という常識的な関係を乗り越えた関係をつくり出すものである。さらに言えば、リクルートの社訓自体、そういう精神を鼓舞している。「みずから機会を創り出し、機会によってみずからを変えよ」。私流に言うと、「自分が変わり、相手が変わる」だが、この社訓からは、受け身になってはいけないこと、そして自分を一つの役割や立場に決めつけてはいけないことが伝わってくるではないか。
揺らぎのない一線が引かれた関係、あるいは固定された役割を避けることが重要だ。そのことの大事さは、実際のビジネスの中でも見ることができる。以前にもこの欄で別の話題で取りあげたことがあるが、ネスレコンフェクショナリー社のキットカットのコミュニケーション戦略はそうした考え方で理解できる。
広告媒体にも価値を与えた
キットカット
キットカットのマーケターは、受験生の間に少しずつ広がっていた「キットカットで、『きっと勝つ』」というアイデアをサポートするためにさまざまなコミュニケーション戦略を案出した。その試みは受験生、そしてその家族の密かな不安あるいはストレスを解消することだと考えた(キットカットのもともとのコンセプトは、Have a break, have a Kitkatであるが、彼らはそれを「ストレス・リリース」と読み替えている)。
まず、受験生が泊まるホテルで、キットカットにカードを添えて宿泊した受験生に渡すサンプリングからスタートした。その試みは、見知らぬホテルに一人、不安の中にある受験生を感動させた。だが、受験生ばかりでない。ホテル側も感動した。「受験生の皆さんにこんなに喜んでもらえるなら、来年も続けたい」という反応がホテルから返ってきた。最初は二つのホテルで行われたサンプリングであるが、今や200以上のホテルで実施されるようになった。
キットカットは、さらにJR東日本とも組んで「桜咲く」のキャンペーンを行った。電車の車体に、キットカットのキービジュアルである「桜咲く」が彩られた。さらに、東京の本郷三丁目商店街とも共同キャンペーンを行った。もともとは、地下鉄の本郷三丁目駅に「桜咲く」ポスターを貼るという話が先にあったそうだが、「我々の商店街でも、受験生たちを元気づけたい」と言って商店街もその試みに乗ってきた。それで、商店街中「桜咲く」のポスター等で覆われることになる。さらには、キットカットのアピール点を少し広げて、大阪のテーマパークのUSJと組んで、USJパーク内に「きっとサクラサク願いの杜〜星に願いを〜」を登場させ、ウイッシュカードに願いを書けばきっと願いがかなうというキャンペーンを行った。
さて、これらのキャンペーンだが、実施するには、普通はネスレ側からホテルやJRや商店街やUSJに対してなにがしかのサンプリング費・販促費が支払われる。しかし、これらのキャンペーンは共同キャンペーンとして実施された。ホテルにも鉄道会社にも商店街にもテーマパーク側にも、キットカットのブランド・イメージや「桜咲く」のキービジュアルを用いることのメリットは小さくなかったのであろう。つまり、媒体側としては、単なる媒体となること以上の価値がそこには生まれた。つまり、共同キャンペーンは、媒体側の顧客にも魅力をつくり出したのだ。
普通であれば、広告媒体の売り手と買い手の関係だ。キットカット側は買い手であり、媒体取引契約の下にホテルや鉄道会社から媒体サービスを購入する。それはそれで、互いにやるべきことははっきりしていて、その分、効率的に仕事はこなされる。
だが、相手のことを自分の問題として考える契機は、そこにはない。決まった与えられた仕事を互いにこなすだけの関係でしかない。契約だからもちろんそれで過不足ないが、互いにとって価値のある新しい事態が展開することはないだろう。予想もしないような新しい事態を導くには、既存の関係を見直すことだ。その試みは、「関係の脱構築」であり、共によりよく生きるための「共生的価値」を求める試みにほかならない。
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