ビジネススクール流知的武装講座 [187]

ここがおかしい! 日本企業の人材教育

 
 
教育や能力開発の機会を、従業員に対して平等に与えるべきなのか──。
企業の競争優位を左右する教育機会の分配について、筆者は二つの原則を提唱する。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
守島基博 = 文
text by Motohiro Morishima
もりしま・もとひろ●
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。2001年より一橋大学商学部勤務。著書に『人材マネジメント入門』『21世紀の“戦略型”人事部』などがある。

 
 

 思えば、2007年は「労働の年」だと言われて始まった。労働の年という言い方が経営的視点を欠くと言われるのであれば、「人材の年」だった、と言ってもいいだろう。バブル経済の崩壊から15年以上を経て、経済が少し上向き、後半でサブプライム問題などの変動要因はあるものの、企業業績もようやく持ち直し始めている。また同時並行的に少子高齢化とそれに伴う労働力減少が進むなかで、多くの企業にとって経営資源としての人材の相対的価値が高まったのだと思われる。当然だが、08年も同じ状況は続く。

 そうしたなかで、年の初めと比較して、議論がやや下火になったテーマに格差論がある。格差論が盛んになった背景には、多くの研究が社会における格差の増大とそれに伴う不平等な資源分配を指摘してきた経緯があった。また実態としても日本社会で不平等感が増加し、多くの社会調査がそれを支持する結果を豊富に蓄積してきた。

 もちろん、これまでもわが国の雇用制度では、所得や雇用機会、所得などが平等に配分されていたわけではない。わが国においても歴然と格差は存在した。さらにそれが日本社会のダイナミズムの源泉だったという主張もある。また、一貫した実証的なアプローチでこの問題を研究した大竹文雄著『日本の不平等』(日本経済新聞社、05年)によると、わが国の所得や資産の不平等は、人口構成の変化や地域格差による要素が大きく、雇用のあり方や労働市場での変化による要因は小さいとの指摘がされている。

 だが、ほかのことに気をとられているうちにあまり話題に上らなくなった格差論のなかで隠れたもうひとつの格差に関する議論が大きくなっている。「学習機会へのアクセス」においての格差である。

 例えば、私もメンバーとして参加していた経済産業省の産業構造審議会基本政策部会が行った調査によると(図表1)、父親の学歴と子供の学歴の間には確かな相関が見られるし、またそれが学力に反映していることが確かめられている。

 こうした学力の格差が、親の学歴による学習機会へのアクセス格差に主に依存するのかは、これだけからはわからないが、その可能性はある。また人生の初頭における教育機会に差があるとすれば、その格差は企業内での育成チャンスへのアクセスへと影響を及ぼすことが考えられ、企業内で能力開発のチャンスがある人材グループとそうでないグループの明確な分離を生むだろう。そしてさらにこの連鎖が親から子供、子供から孫へと引き継がれていく可能性がある。

 こうした懸念から、「機会の平等」がしばしば主張される。

 ただ、社会レベルの議論とはやや異なって、企業経営の観点から見ると、教育や能力開発の機会は、企業が持つ経営資源であり、これをどう配分するかによって企業経営のよし悪しが決まってくると考えることもできる。なぜならば、前回のこのコラム にも書いたように、企業は能力開発の機会を何らかの形で従業員に配分して、人材を育成し、企業目標の達成を図るからである。ここで言う能力開発の機会には、いわゆる研修のような育成施策だけではなく、経験から学ぶことのできる機会(前回の言い方では、「良質な経験」)が含まれる。

能力開発の「衡平原則」と「平等原則」

 そこで能力開発へのアクセスが企業の経営資源である以上、分配原則としては、2種類考えられる。ひとつが「衡平(公平)原則」である。つまり、なんらかの基準にしたがって、評価を行い、その結果に応じて、資源(賃金、教育へのアクセスなど)を分配する考え方である。雇用システムにおいては処遇の配分などにおいて、広くこの原理が採用されてきた。企業から見ても、働く側から見ても、効率と公正を最もよくバランスする原則であるように思えるからである。

 だが、実際には、資源の分配においては、衡平原則だけではなく、平等原則を併用する場面もある。平等原則とは、資源を個人などに平等に分配するという原則である。雇用に限った場合でも、単に給与やその他の処遇だけではなく、雇用機会、学習機会、情報へのアクセスなど、広い範囲の資源を平等に分配すべきとの議論がなされてきた。

 そして、重要なのは、ことさら教育や能力開発という資源に関しては、社会でも、またある程度は企業内でも平等の原則が志向される傾向が強いことである。いわゆる、「機会の平等」という主張である。学習機会へのアクセスやチャンスの付与は平等原則にのっとって行われなくてはならないという主張が頻繁に聞かれるのである。

 ただ、この点に関して、多くの企業はいまだきちんとしたポリシーを形成しえていないようであり、そのために多くの混乱が起きている。少しデータを見てみよう。ここでは、すでに何回もこのコラムで活用した労働政策研究・研修機構(JILPT)が05年に行った「企業戦略と人材マネジメントに関する総合調査」(企業調査)と「新時代のキャリアデザインと人材マネジメントの評価に対する調査」(従業員調査)のデータを使って、日本の実態を検討する。

 まず、公平や格差に関する議論のなかで頻繁に議論される成果による評価および処遇の拡大と、教育機会の分配について見よう。図表2は、過去5年間についてどのような人事施策を重視してきたかについて尋ねた質問の一部に関する結果である。結果は全体で見て、75.3%の企業が、「成果を基準とした評価や処遇格差拡大」を重視してきたことがわかる。通説になっているように、評価や処遇についての分配原則が、成果を基礎とした衡平原則に移行してきた様子が窺える。

 では、それに対して、企業が分配するもうひとつの重要な資源である教育機会はどうだろうか。これについては、「従業員全体の能力向上を目的とした教育訓練の実施」を重視してきたと答えた企業は53.3%にとどまった。平等原則ではない。だが、同時に衡平原則で育成を行ってきたのかというとそうでもないようだ。「一部の従業員を対象とした選抜的な教育訓練の実施」を重視してきた企業は、さらに少なく32.9%である。つまり、多くの企業では、どちらの原則も採用していない傾向が見られる。

 また、これらの数字はその企業が成果による評価・処遇の格差拡大を重視してきた場合でもそれほど増加するわけではなく、全体を対象にした育成を重視するのが55.4%、一部への選抜型の育成を重視するのが35.4%であった。教育機会の分配に関する考え方と評価・処遇の格差(分配)に関する考え方は必ずしも一貫しているわけではないようだ。言い換えれば、衡平原則への一貫した移行が見られるわけでもなく、評価・処遇の分配に関して衡平原則が採用されるにしたがって、育成機会は平等にも衡平にも分配されているわけではない。

 次に従業員は、こうした企業側の混乱にどう反応しているのだろうか。同時に実施された従業員側の調査を使って、人事方針の組み合わせと、評価・処遇に関する納得感との関係を見た場合、図表3のようになった。ここでは、評価・処遇と教育機会、ともに衡平原則によって分配されるケースを他のケースと比較した。

 この結果から、2点が指摘できよう。まず、第一に従業員の納得感が最も高まったのは、成果による格差拡大を重視せず、また育成においても一部の従業員に対する選抜型の教育訓練も重視しないタイプの人事管理である。ある意味では従業員にとって最も評価・処遇の納得性が高いのは、成果や業績を評価基準とした衡平原則を支持せず、育成を平等に分配している企業だといえよう。

 だが、第二点として、上記グループとそれほど違いがなく、次に納得感が高いのは、成果による格差拡大と選抜型の育成機会提供を行っている企業であることがわかる。従業員としては平等原則にせよ、衡平原則にせよ、一貫性のある人事施策を望んでいるということなのだろうか。残りの二つの組み合わせはどちらも一貫していない方針を持つ企業だが、どちらも評価・処遇に関する納得感が相対的に下がっている。

長期的な観点から
どちらが適合的か見極めるべき

 どうやら働く人が本当に関心を持っているのは、結果の不平等を補うための、機会均等ではなく、一貫した衡平原則または平等原則に基づく資源分配のようである。企業の側に見られた混乱は、従業員にとっては、ダブルスタンダードだとみなされているのかもしれない。

 企業には育成機会を資源として従業員に配分することで、企業の競争力を維持することが求められる。だが、データを見る限り、その分配原則についていまだ多くの企業は衡平原則による配分を行うという視点には立っていないようだ。本論で見たデータではいまだ多くの企業が育成機会の分配について、まだポリシーを決めかねており、それが働く人に無用の混乱を起こしているようでもある。企業にとって必要なのは、長期的な競争力の観点から、平等、衡平、どちらの分配原則が適合的なのかを見極め、それを実施に移していくことであろう。

 ただ、重要なのはこの過程で、変に「機会の平等論」に惑わされず、育成機会を衡平に分配することもありえる点である。なぜならば、企業成長が鈍化し、そのなかで育成のための予算や良質な経験が希少になり、企業にとって、働く人に提供する育成機会は平等に分配する余裕がないかもしれないからだ。そのために、企業のなかの育成機会については、平等原則に基づく分配ではなく、より衡平原則に基づいて、潜在能力が高い人材に傾斜配分することで競争力を高める必要があるからである。本論で見たデータでは、従業員も企業側が一貫していれば、それを受け入れる用意があるように見える。企業のなかにおける育成機会へのアクセスは不平等でもよいのである。

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i 審議会の報告書は経済産業省のホームページからダウンロード可能である。
http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g71026a01j.pdf

ii 衡平、公平と2つの表記があるが、本稿では原則に言及するので「衡平」を用いる。

iii 本論とは直接関係ないが、現在、(独)労働政策研究・研修機構(JILPT)は、行政改革推進本部での議論のなかで廃止ないしは一部機能の民間への移管が検討されている。経営の視点から労働問題を見ている研究者の一人として、人材活用に関する基礎的研究を利益とは関係のない立場から行うJILPTの研究機能は民間シンクタンク等では代替できないと考える。

iv 納得感は、3つの項目に対する、過去3年間における納得感の変化を質問した。項目は、「仕事の成果や能力の評価に関する納得感」「評価の賃金・賞与への反映に対する納得感」「周りの人の評価や処遇を比べた場合の自分の評価や処遇に関する納得感」の3つであり、尺度は、3=高まった、2=変わらない、1=低下した、を用い、3項目に対する回答を平均した。したがって、得点が高いほど「納得感が高まった」傾向を示す。
 
 
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