職場の心理学 [184]
「やりがい喪失マン」の点火ボタン
そのような強い組織をつくる仕組みが「ビジョンマネジメント」である。
指示待ち社員や、当事者意識の低い社員も自ら動き出すしかけを3つのステップで見てみよう。
大企業の社員ほど、
自分が役立っている実感が少ない
企業の安定した成長や発展、業績向上に不可欠な要素として、社員のワークモチベーションがある。しかし、近年「社員のやる気が感じられない」という相談が大企業から多数寄せられるようになった。
その原因は、会社の存在意義や自分の仕事の価値を見出せないためだ。弊社が実施している社員満足度調査によると、大企業ほど「その会社に属すことで自分が社会にどう役立っているのかイメージできない」という社員が多数を占めることが明らかになった。
本来なら中小企業より大企業のほうが、仕事を通じて社会に与える影響は大きいはずだ。しかし、社員にとっては、その実感が薄いようなのだ。実際に、大企業に勤める社員は、現在の会社に属していることについては誇りを持っている。だが、目の前の仕事にやりがいを感じられないという人が多くなっているのである。
特に成熟産業ほどその傾向は強い。自社の提供している商品やサービスが社会に広がり、あまりにも当たり前になりすぎているため、その価値が見えにくくなっているのだ。
「ハワイ旅行」を提供する旅行代理店を考えるとわかりやすいだろう。ハワイ旅行は、30年前であれば人々の憧れであり「そこに行ける」こと自体が価値であった。しかし、現在では「行ける」のは当然で、それだけで感謝されることはない。それよりも価格の低さやホテルの質が問われるようになっている。
極端な例えではあるが、同じ旅行でも「宇宙旅行」を提供している会社の社員は、仕事にやりがいを感じているのではないだろうか。
比較的新しいIT業界にいる人も、インターネットが一般的でない頃からビジネスを始め、自らの仕事による社会の変化を感じている。自社の働きがあるからこそ、その価値が提供され世の中が進化しているという実感があるだろう。
世の中からの賞賛が大きければ、自然に仕事の社会的意義を実感できる。しかし、産業が成熟すればするほど、社会からの賞賛は感じにくくなり、自社の商品やサービスが、どう消費者に喜ばれているのかわからなくなるのだ。
人は、自分が何らかの役に立っていることを実感できないとやる気を維持することが難しくなるものだ。
このようにモチベーションが低下した組織を、社員自らがやる気を高めていく組織に変身させる方法がある。
それが、会社の存在意義を設定し直すビジョンマネジメントである。事業の意義を現代に置き換え、社会に提供している価値を明確にし、それを会社のビジョンとして社員が共有するというものだ。
例えば、求人広告雑誌の発行を主な業務とする会社があるとする。営業マンに「あなたの仕事は?」と尋ねたならば、「求人がないか様々な企業を訪問し営業することだ」と答えるだろう。
だが、ビジョンマネジメントの考え方を取り入れると、「世の中の転職希望者に対して一つでも多くの選択肢を提供するために日々活動している」、あるいは「自由に転職できる社会の基盤づくりをしている」と置き換えることができるはずだ。
このように社会から見た一段上の視点でビジョンを提示するのがビジョンマネジメントだ。それにより自社商品やサービスの社会的価値を認識させ、モチベーションを上げていくのである。
ビジョンマネジメントの一例として一般的にもわかりやすいのが、テレビCMだろう。最近では、自社の存在意義や価値を消費者へのメッセージとして流しているCMも多く見られる。
例えばJT(日本たばこ産業)では、自社の価値として「ディライト」(喜び)というスローガンを掲げている。JTは、人々の「ディライト」を創出する企業であると社員の気持ちを喚起させると同時に、消費者へのアピールにも成功している。
ほかにも、三越の「飾る日も飾らない日も三越と」というコーポレートメッセージや、ローソンの「マチのほっとステーション」、コスモ石油の「ココロも満タンに」というキャッチフレーズにも、その企業の社会への価値が含まれている。
最近のCMを見ていると、提供する商品やサービスの利便性をアピールする機能的なものから、その商品やサービスがあるからこそ、こんなにも心が豊かになる、安心するという情緒的な価値に企業のビジョンがシフトしてきていることがわかる。
日本の経済が成熟したことで、物質的な豊かさを求める時代から精神的な豊かさを求める時代になっているからだ。古い固定観念を捨て、新たな企業ビジョンを掲げるべき時期に来ているともいえるだろう。
ビジョン策定から共有までの
三つのステップ
それでは、具体的にどのようにビジョンを策定し、社員の共有を図るのか、ビジョンマネジメントの三つのステップを紹介しよう。
ステップ1は、現代における自社の存在意義を明確にし、それを言語化したビジョンを掲げるためのビジョンデザインである。ビジョンを決めるため、最初に社内で10〜20人のプロジェクトチームを編成する。
プロジェクトメンバーの選定は、本来は挙手制が望ましいが、メンバーに偏りが出る可能性もあるので、場合によっては指名制とし、様々な部署から横断的に選出。本社だけでなく必ず現場の人間もメンバーに入れ、全社的ビジョンとなるよう考慮する。
また、メンバーには、できるだけ会社に対して貢献度が高く、活躍している人を選ぶといい。正統派ばかりではなく、一匹狼派や物事を批判的に見るタイプの人も加える。そうすると、議論が広がり、より多角的な視点から話し合うことができる。
プロジェクト会議は、1週間〜2週間に一度とし、ビジョンデザインには最低でも半年かけるのが理想的だ。半年という期間は、メンバーとなる社員が通常業務と並行してプロジェクトを進めるため、その負担を軽減させる意味もあるが、長期間かけることで仕事をしながら自分たちのビジョンへの考えを深めてもらうためでもある。
自社の存在意義を考える際には、これまで会社が提供してきた社会への価値は何か、今後社会はどう変化していくか、その中で自分たちが提供できる価値、提供したい価値、提供すべき価値は何か、様々な問いかけを行い、一つひとつを議論していく。
毎週、出た意見の取捨選択を進めていくにつれて、最終的には「自分たちの仕事にとって大事なことはこれ、だからこうしていきたい」というものが残るはずだ。議論の節目節目で、社内から意見を聞き、取り込んでいくなどして最終的にはできるだけ多くの社員を巻き込みながら仕上げていく。
ステップ2は、ビジョンの共有である。プロジェクトチームは解散し、総務部、広報・IR、経営企画室など、情報共有を担っている部署が引き継ぎ社員にビジョンを広めていく。
ビジョンとして掲げた新しい価値を社員に理解してもらうためには、規模に応じて社員集会を複数回開くことが効果的だ。また、このような社員が多く集まる場で、社長自らが率先してビジョンについて発言していくことが重要だ。ビジョン共有には、経営トップのコミットメントが欠かせない。
コミュニケーションツールを充実させることもビジョン共有には有効だ。例えば、社内報をビジョンにまつわる話一色にまとめてみてもいいだろう。
ビジョンを体現している人を特集したビデオを制作したケースもある。それを社内に配信したり、上映会を開いたりした後、議論の場を設けることで効果を上げている。
社員を巻き込んだ採用活動もビジョン共有に一役買っている。若手社員が学生に向けて会社のことを語る説明会などを設けると、彼らのビジョンに対する理解度が高まる。会社のビジョンを語る中で、自分の考えが明確になり、また、語ったからには実現しようという意欲も湧いてくる。
このように社員一人ひとりにビジョンについて考える機会を提供することが、ステップ2では一番大切だ。こうすることでビジョンと自身の仕事とを結び付けられるようにするのである。
掲げた会社側のビジョンと、社員がそれぞれ仕事を通じて実現したい個人のビジョン、この重なりの部分が大きいほど、モチベーションは高くなる。
ステップ3は、最終段階であり、社員一人ひとりがビジョンと自分の仕事を繋げ、誇りを持って取り組んでいる状態に持っていくことだ。
トップダウンのコントロールがなくても、現場の管理職がビジョンについて語ることができ、職場内の会話の中に自然に出てくるキーワードとしてビジョンがあるようにする。
一つのビジョンを社員が共有し、動き出した瞬間に、組織の機能はいい方向に回転を始める。これにより社会からもフィードバックを得て、さらにモチベーションが上がり、様々な新たな取り組みを発生させる。まさに社員が自家発電している状態だ。
先に述べたテレビCMなどのように、次の段階として、組織のビジョンを社外へ発信し、自分たちはこういう想いや考えを持って仕事に取り組んでいる、ということをアピールすることも社員のモチベーションをさらに上げることになるだろう。
企業の社会的意義を重んじる
新卒学生がふえている
ビジョンマネジメントができている企業では、社員のモチベーション向上だけでなく、様々な効果が表れている。
会社側からは、「社員の当事者意識が強まり、会社に対する参加意識を持つ社員が増えた」「指示待ち社員が減少した」などの変化が報告されている。
社員一人ひとりが自身の仕事の意味や意義を認識したことで「もっとこうすべき」などの意見を積極的に述べられるようになっているのだ。
さらに、社員がビジョンという共通認識を持つことによって、マネジメントしやすくなるというメリットも生じている。共通認識を持つことで様々な場面での判断軸がぶれなくなるのだ。
一方、社員たちからは、「なぜこの会社に入社したのかを思い出すことができた」「子供に自分の仕事について語れるようになった」などの嬉しい声が寄せられている。
最近では、新卒学生も就職活動において会社を選ぶ際、ビジョンを重視するようになっている。
弊社が実施しているアンケート調査によると「会社を選ぶ基準として重要視したものは何か」という問いに対して、1位は「事業の優位性・成長性・将来性」であったが、続いて「企業理念への共感」「事業の社会的影響力や社会的意義」が2位、3位と並び、上位を占めた。
これらは昨年に比べて大きく上昇しており、仕事に対して働く意味ややりがいを求める傾向は強くなっている。
中途採用市場も拡大し、大転職時代も到来している。景気の回復と人口減が同時に訪れ、採用競争が激化する中で、今後は選ばれる会社と選ばれない会社の二極化が進むだろう。企業ビジョンのない会社は確実に選ばれない時代に突入するのではないだろうか。
不景気の頃は会社の存続が何よりも優先すべき命題であった。だが景気が回復し、ふと気づけば社員は疲弊し、仕事に対するやる気を失っていたという会社も多い。
そんな企業にとっての特効薬、やる気を自家発電する原動力が企業ビジョンである。今後、ビジョンマネジメントは企業にとって不可欠なものとなっていくだろう。
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