ビジネススクール流知的武装講座 [186]

「第二のサブプライム」を防ぐASEAN+3の取り組み

 
 
アメリカのサブプライム・ローン問題は、グローバルな金融危機を招く結果となった。
10年前に通貨危機を経験したアジア諸国は、同じ轍を踏まぬよう対策を模索している──。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
小川英治 = 文
text by Eiji Ogawa
おがわ・えいじ●
1957年、北海道生まれ。一橋大学商学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得、商学博士。88年より同大学商学部勤務。ハーバード大学(86〜88年)、カリフォルニア大学バークレー校(92〜93年)でvisiting scholar。著書・訳書に『国際通貨システムの安定性』『金融経済入門』『金融リスク管理戦略』などがある。
 
 

「アジア通貨危機」から
10年で何が変わったか

 サブプライム・ローン問題で世界中が大騒ぎとなった2007年が終わろうとしている。サブプライム・ローン問題の影響は08年にも残り、アメリカのみならず、日本と欧州の中央銀行の金融政策の足枷となってしばらく世界経済に悪影響を及ぼすことになろう。07年10月15日号でサブプライム・ローン問題について説明したように、アメリカの低所得者向け住宅ローンの焦げ付き問題がサブプライム・ローンの証券化を通じて日本を含めて世界中の金融機関に影響を及ぼし、さらには中央銀行の金融政策にまで影響を及ぼしている。その背景としては、金融のグローバル化が進展し、国境を越えて自由に資金の移動が容易になっているなか、このような金融危機の影響が当該国以外の国々に伝播しやすくなり、グローバルな金融危機に発展したのである。

 このような金融のグローバル化のなかで金融危機が拡散したのは、今に始まったことではない。10年前の1997年にアジア諸国で通貨危機を伴う金融危機を経験した。それは、97年7月2日のタイ・バーツ切り下げに始まった。数年前から外国から地元銀行を通じて大量に資金が流入したタイにおいて、その大量の資金が不動産投資などに向けられ、バブルが発生した。バブル発生の必然として、そのバブルが崩壊し、それとともに地元銀行の不良債権が増加し、深刻化することとなった。同時に、ヘッジファンドなどの投機家がタイ・バーツを売り浴びせた。その投機攻撃に対抗して外貨準備を取り崩してタイ・バーツをドルに固定してきたタイの通貨当局は、外貨準備が尽きることになった。事実上のドル・ペッグ制度を放棄せざるをえなくなった。タイ・バーツが切り下げられたことをきっかけに、アジア諸国の通貨危機が始まった。

 タイ・バーツ危機の影響を受け、投機攻撃は他のASEAN諸国通貨に及んだ。7月11日にはフィリピン・ペソが切り下げられ、続いて7月14日にはマレーシア・リンギットが切り下げられた。さらに、7月21日にはインドネシア・ルピアにまで切り下げの圧力が波及した。10月には切り下げの圧力が台湾ドル、香港ドル、シンガポール・ドルにまで波及した。11月20日に韓国ウォンの対ドル相場の変動幅を上下2.25%から10%に拡大したところ、韓国ウォンが急落した。12月に入っても、韓国ウォンは下落し続けた。98年1月に入ると、インドネシアがIMFに駆け込んで金融支援を受ける交渉のなかで、IMFの金融支援の条件を受け入れる意思がないものと国際金融界に見なされ、インドネシア・ルピアが急落した。

 このように金融のグローバル化のなかですでに10年前にアジアで金融危機・通貨危機が伝染病のようにタイから始まって各国に伝染するということを経験した。今年は、そのアジア通貨危機が発生してから10年が経過したことから、10周年の国際会議が日本をはじめ、アジア各国で開催された。そこでの議論は、アジア通貨危機を再検証するとともに、それよりも重要な問題として、アジアにおいて将来、通貨危機を引き起こさないために、そして、万が一通貨危機が発生したときに、伝染などの悪影響を最小限にとどめるための危機を管理するために、この10年間にどのような危機管理・危機予防のシステムを構築してきたか、そして、その危機管理・危機予防のシステムに残された課題は何かということについてであった。

 金融危機・通貨危機を経験したアジア諸国では、経常収支が赤字であったことを除くと、財政収支やインフレ率などのマクロ経済変数は、従来の通貨危機に比べてさほど悪くはなかった。むしろ、これらの国では、民間の金融機関や企業が多額の短期対外債務を負っていたことが問題とされている。また、通貨危機に伴って、これらの国の金融機関が経営破綻をきたし、金融危機が同時に発生した。金融機関は巨額の不良債権を抱え、タイやインドネシアでは金融機関の総貸出額に対する不良債権の比率が50%を超えた。通貨危機とともに金融危機が同時に発生するという双子の危機に東アジア諸国が直面した背景には、金融機関が金融リスク管理を十分に行わず、通貨と満期の両面において資産負債のミスマッチのリスクを抱えていたという金融部門の脆弱性が指摘された。

 このように、アジア諸国は、アジア通貨危機からいくつかの重要な教訓を得た。とりわけ重要な教訓は、アジア通貨危機以前には地域金融協力がアジアには存在せず、通貨危機に陥った国はIMFに駆け込まざるをえなかったことである。しかし、タイ・バーツ危機に際して、タイ政府への金融支援総額172億ドルのうち、IMFからの金融支援は40億ドルにすぎなかった。それに対して、半分以上の105億ドルが「二国間金融支援」に拠っていて、そのほとんどがアジアの中の隣国からの金融支援であった。このように、アジア諸国がIMFによる金融支援を量的に補完した経験を踏まえて、97年に日本とASEANが地域金融協力のための具体的な形態としてアジア通貨基金(AMF)構想を提唱した。しかし、AMFがIMFと重複すること、そして、AMFが緩やかな金融支援条件を課すことによってモラル・ハザードが誘発される懸念があることを理由に、IMFおよびアメリカから批判を受けて、その実現には至らなかった。

「チェンマイ・イニシアティブ」の三つの課題

 00年5月になってチェンマイで開催されたASEANプラス3(日本、中国、韓国)財務大臣会議において地域金融協力がチェンマイ・イニシアティブとして合意された。そのチェンマイ・イニシアティブによって、通貨危機に直面した際には外貨準備をASEANプラス3の諸国間で融通しあうという通貨スワップ取極が締結された。図に示されているように、その通貨スワップ取極は二国間取極のネットワークとして構築されている。07年5月5日に京都で開催されたASEANプラス3の財務大臣会議において、この通貨スワップ取極の総額が830億ドル相当にまで増額された。しかし、国別に見ると、例えばタイの場合、97年のアジア通貨危機時におけるタイへの金融支援総額172億ドルに比較すると、現在、タイは、ASEANおよび日本、中国、韓国と総額で150億ドルの通貨スワップ取極額にしか達していない。さらなる増額が必要である。

 通貨スワップ取極は、通貨危機に陥った国に対して通貨スワップ取極の相手国がその取極に従って、外貨準備を融通しあう金融協力である。そのため、通貨危機が発生した後に金融支援を行うという意味で、チェンマイ・イニシアティブに基づく通貨スワップ取極は通貨危機管理としての機能を有するものである。しかし、それは通貨危機防止を目的としたものとはなっていない。

 この問題点を改善するために、通貨危機防止を目的としてチェンマイ・イニシアティブの下で域内経済サーベイランス(相互監視)が行われるようになっている。それは、ASEANプラス3財務大臣代理会合において行われている「ASEANプラス3 経済レビューと政策対話」と呼ばれる域内経済サーベイランスをチェンマイ・イニシアティブの枠組みに統合して、強化することとなった。しかし、現状においては、GDPやインフレ率や金融部門の健全性といった国内経済状況のみがサーベイランスの対象となっていて、通貨危機に最も関係する為替相場にはその対象となっていないという問題点がまだ残っている。

 一方、現行の二国間通貨スワップ取極は「二国間取極」のネットワーク化であるがために、図を見てもわかるように複雑になっている。いわゆる「スパゲティ・ボウル」化している。複雑な分だけ、通貨スワップ実施の迅速性に劣ることになる。そのため、簡素化および意思決定の迅速化のために、二国間通貨スワップ取極を集団的意思決定さらには多国間取極とするマルチ化をめざして、その第一歩として集団的意思決定メカニズムを確立することとなった。これまでは、通貨スワップ取極の発動が二国間取極の下で個別の要請と個別の意思決定によって行われることとなっていた。しかし、今後は、事前に調整国を決めておいて、一つの要請と集団的意思決定メカニズムによって通貨スワップ取極が発動されることになる。集団的意思決定メカニズムの導入はマルチ化への進展のプロセスとして重要な第一ステップではある。

 しかし、集団的意思決定メカニズムが全員一致に拠るなど硬直的なものであれば、時として個別の意思決定よりも機動性を阻害する可能性もある。そのような問題を回避するために、多数決原理を導入することや期限までに集団的意思決定がなされなかった場合に従来の二国間スワップの個別の意思決定に拠ることなどが必要である。また、チェンマイ・イニシアティブを構成する二国間通貨スワップ取極間における適用条件などの調和化・共通化が必要となる。しかし、マルチ化の途中段階にある集団的意思決定メカニズムにおいてはむしろ機動性が阻害される可能性もあるので、さらに進んで多国間通貨スワップ取極を実現する必要があろう。そのように進んでくると、それはアジア通貨危機後に考えられたAMFに近づいてくることになる。

 また、今後、域内経済サーベイランスをチェンマイ・イニシアティブの枠組みに統合して、強化することになったように、チェンマイ・イニシアティブに基づく通貨スワップ取極は、通貨危機管理のためだけではなく、通貨危機防止のために機能するために、域内サーベイランスの面でチェンマイ・イニシアティブを一層、拡充・充実させることが望ましい。そのために、迅速な通貨危機管理を可能とするだけでなく、通貨危機を防止することにも寄与するサーベイランスの充実を図るべきである。サーベイランスが行われることによって各国政府は経済パフォーマンスを悪化させないように努めるインセンティブを増すことができる。

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注1:矢印(双方向のもの)のスワップ取極、矢印(片方向のもの)は一方向のスワップ取極を示す。
注2:上記総計(830億ドル)は、CMIの枠組みにおける2国間通貨スワップ取極の総計であり、新宮澤構想に基づくスワップ取極額(別途、日馬で25億ドルを締結)およびASEANスワップ協定の取極額は含まない。
注3:日中は円・元間、日韓(2)は円・ウォン間、中韓は元・ウォン間、中比は元・ペソ間のスワップ取極。その他は、米ドル・相手国通貨間のスワップ取極。

 出展:財務省ホームページ
 (日タイ第3次スワップ取極発行後を想定)
A 総額60億ドル相当
日本→中国30億ドル相当
中国→日本30億ドル相当
G 総額60億ドル
日本→インドネシア60億ドル
M 総額20億ドル
韓国→タイ10億ドル
タイ→韓国10億ドル
B 総額80億ドル相当
中国→韓国40億ドル相当
韓国→中国40億ドル相当
H 総額40億ドル
日本→シンガポール30億ドル
シンガポール→日本10億ドル
N 総額30億ドル
韓国→マレーシア15億ドル
マレーシア→韓国15億ドル
C 総額210億ドル相当
(1)日本→韓国100億ドル
韓国→日本50億ドル
(2)日本→韓国30億ドル相当
韓国→日本30億ドル相当
I 総額20億ドル
中国→タイ20億ドル
O 総額30億ドル
韓国→フィリピン15億ドル
フィリピン→韓国15億ドル
D 総額90億ドル
日本→タイ60億ドル
タイ→日本30億ドル
J 総額15億ドル
中国→マレーシア15億ドル
P 総額40億ドル
韓国→インドネシア20億ドル
インドネシア→韓国20億ドル
E 総額10億ドル
日本→マレーシア10億ドル
K 総額15億ドル
中国→フィリピン20億ドル相当
 
F 総額65億ドル
日本→フィリピン60億ドル
フィリピン→日本5億ドル
L 総額40億ドル
中国→インドネシア40億ドル
 
 
 
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