人に教えたくない店 [378]

少年時代は母から生ものを禁止され
父と共謀して回転寿司に通いました

野口 健さん

 
 
野口 健 = 談
Ken Noguchi
のぐち・けん●
1973年、アメリカ・ボストン生まれ。外交官だった父親の関係で世界各地で過ごし、4歳で日本へ。その後再び日本を離れ、中学・高校はイギリスにある立教英国学院で過ごす。寮生活を送る中、先輩との喧嘩により1カ月の停学処分を課せられる。自宅謹慎の厳命ながら「これで旅ができるな」とニコニコ助言してくれた父親の、「反省が足りないから寺に預けた」という苦しい体面に守られて祖父が住む京都へ。そこで書店で偶然見つけた植村直己著『青春を山に賭けて』に感銘を受け、登山を始める。高校卒業後、亜細亜大学国際関係学部に入学。99年、3度目の挑戦でエベレスト登頂に成功し、七大陸最高峰世界最年少登頂記録も樹立する。現在は「野口健環境学校」などでの精力的な活動を通して、環境の大切さを幅広く発信している。
斉藤由利子 = 構成・文古市和義 = 撮影
 
 

 千葉・鎌取は僕が大学生のとき、退官した親父が住んでいた町です。新興住宅地なのに自然が多いことに感動し、自分も家を借りて3年ほど住んでいました。少し東京を離れたかったのと、大型犬を飼っていたこともあって、この距離がちょうどよかったんです。

 引っ越してまず訪ねたのはバー。一番旨い寿司屋を聞き出すためで、紹介されたのが「まなぶ」でした。

 僕、こんな顔しながら和食党で、好物は寿司と蕎麦。4歳で初めて日本に来て初めて寿司を食べ、そのおいしさに衝撃を受けました。それなのに、生みの母ちゃんモナがある新興宗教に入ってしまったのです。異国の地で心細い中、親切にしてもらったという状況は理解できますが、教義で突然、生もの禁止! 魚も肉も思いきり焼きます。本当に恨みました。悲しさを通り越して我慢の限界に達し、ある日、親父をキャッチボールに誘ったんです。「わかってるね!」と目配せで念押しし、駅前の回転寿司で二人「おいしいね」と頷き合って。飢餓状態だから余計に旨い(笑)。このキャッチボールには何度も出かけました。

「まなぶ」を知った頃の僕は、講演で各地の寿司を食べまくっていましたから、それなりに寿司はやっぱり東京、などと思っていたのです。ところが、出てきた寿司はとても繊細で、ネタが新鮮で旨い。とくに平目がおいしくて、心の拠り所です。

 ヒマラヤなどに行くときは未練を残さないよう出発2週間前くらいからカウントダウンに入ります。昼夜とも食事は寿司。山では7500メートルを超えると何も食べられなくなりますが、そんな地獄のように辛いときはここに電話して、日本に帰れば天国が待っていることを確認します。そして、寿司のために踏ん張るぞと、気合を入れるんです。

 住まいを東京に移してからも月2回ペースで通い続けていたのですが、とうとうここから程近いところに家を構えてしまいました。といっても家に帰れるのは月に2、3回。顔を出せる回数は変わりません。

 東京では前の住居を事務所にしているので、活動拠点は住宅街のど真ん中。その近くに古民家を手入れした素敵なレストラン「弦巻茶屋」ができたんですよ。ただ居るだけで気持ちが安らぐ空間で、喧騒から隔絶した穏やかな時間が流れています。スペインやモロッコの料理を味わえるのですが、ワインと料理がテーブルに届いた途端、その国に出かけたような心地いい錯覚に襲われます。

 食は感性を豊かにする栄養源であり、おいしさは生きている実感です。どんなに忙しくても時間をとり、愛情こもった料理をちゃんと味わうこと。人生のカウントダウンを何度も経験する僕の持論です。

寿司 まなぶ 寿司
まなぶ
アットホームな店で味わう
上品な握り

●横浜で修業し、15年前に独立。凛とした清潔感あふれる店に家族経営のアットホームなサービスがうれしい。野口さんの母モナさんもお気に入りで「ケン。あのときママは間違えました」の一言で寿司の恨みは片づけられたという。
●千葉県千葉市緑区おゆみ野3-33-7
TEL.043-292-9789
営業時間/11:30〜14:00、17:00〜23:00 木曜定休 カード可※おまかせの場合、予算の目安は1人1万円。


  1. 小ぶりの上品な握りは手前から、おろし生姜で味わう鰯、アイルランド産本マグロのトロ、鯛に鯖。
  2. 酢の物。コハダ、たこ、青柳、蟹といった華やかさにも驚かされるが、味のポイントは鬼卸しでおろすきゅうり。試行錯誤を重ねたというだけあって、甘酢がからんだときの味わいが最高にいい。
  3. 北海道産きんきの煮つけ2500円〜。主なつくり手はご主人・及川英明さんの母上。舌にやさしく心に懐かしい味わいで、酒が進む。
  4. 高地での清掃活動は血液をどろどろにし、心臓や血管、肝臓などに大きなダメージをもたらす。かつてエベレストから戻ったボロボロの野口さんのため及川さんがつくって食べさせたのが“野口巻き”とも呼ばれるスライス玉ねぎ入り特製納豆巻き。医師の「納豆と玉ねぎの合わせ技が血液をきれいにする」というアドバイスから生まれた。お店側が時間に余裕があるときのみ注文可。

欧風料理
弦巻茶屋
 つるまきぢゃや


世田谷の古民家と
スペイン料理の
不思議な融合

●オープンは4年前。スペイン料理を中心に、イタリアン、フレンチ、モロッコの料理とワインを味わえる。ティータイムも雰囲気がいい。
●東京都世田谷区弦巻2-18-2
TEL.03-5799-3257
営業時間/11:00〜22:00(LO)、土・日曜・祝日は12:00〜。ランチは平日のみ〜14:30、アラカルトは平日17:30〜 月曜定休 カード可 ※4500円、7500円のコース料理は要予約。


弦巻茶屋 つるまきぢゃや
  1. ムール貝、はまぐり、スカンピなどをどっさり味わえる魚介のパエリア(2人分)3800円。スペイン米と国産米を絶妙にブレンドしてあるサフランライスがおいしい。
  2. イベリコ豚のグリル 野菜添え1900円。塩と白ワインだけで味つけしてあり、かむほどに豚肉の上質な旨味があふれ出す絶品。
  3. 真鱈のグリル レモン風味1900円。胡椒をきかせた鱈の脂とレモンの相性が程よく、食欲をそそる。
  4. モロッコの郷土料理であるタジンの肉料理(2人前)3800円。骨付きラム肉、豚スペアリブ、鶏肉とボリュームも満点だ。肉の旨味が溶け出したシナモン風味のトマトソースを吸った大根がおいしい。クスクス600円で煮汁を残さず味わうのが通。
 
 

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