ビジネススクール流知的武装講座 [185]
ブランドの健康管理 「プロセス・マネジメント」の効能
筆者は、ブランドを場とした「プロセス・マネジメント」が、そのカギを握ると説く。
「リセット型マネジメント」の非効率性
普通言われるところのマーケティング・マネジメントとは、マーケティング諸活動を統整する計画を立てることである。たとえば、マーケターが新商品の市場導入を図るとき、市場を細分した層に分け(セグメンテーション)、その中からターゲットを定め(ターゲッティング)、そして競合商品との差別化を図る(ポジショニング)という形で計画を立てる。それがいわゆるSTPと呼ばれるやり方だが、それを指針としてマーケティングの四つのP(製品/価格/販売促進/チャネル)の具体策が決まる。
だが、四つのPがいくらきめ細かく決められても、そこには状況変化への対応策は含まれない。計画を策定したものの意に反して拙い結果を生み出した場合には、あらためて計画をつくり直すしかない。このやり方は、PDC(プラン/ドゥ/チェック)のやり方に則ったものであるが、問題はそこにある。
「計画が思い通りいかなかったからといって、計画を一回一回見直し、やり直してよいものか」という点が問題なのだ。成長市場で、「少々の利益を犠牲にしても成長を狙え」と言われている事業であれば、少々コストがかかっても一回一回やり直すやり方も許される。だが、市場での成長余地も生産におけるコスト削減余地も技術面での余地も小さくなった状況で、「失敗したら一から考え直してというやり方(=リセット型)」はお勧めではない。いかにも非効率だ。日本メーカーの多くが成熟期に入った段階から収益性を落としているのは、一つにはこうしたマーケティングが行われているからだと、筆者は考えている。
成熟期に入った段階にあっては、マーケティング計画の全面改定ではなく、マーケティングの中の問題点をきちんと見定めて、そこにピンポイントで絞って改良し、再度市場に挑むというやり方が必要になる。そこに、プロセス・マネジメント(市場という相互行為の場で、時間経過に対応したマネジメントを行う)の存在意義がある。通常のマーケティング・マネジメントとの違いを端的に言えば、「時間経過のマネジメント」があるか否かである。
こうした問題意識の下、前回は「顔の見える顧客」を営業の問題として扱ったが、今回は相手の顔が見えない市場でのマネジメントを論じよう。
ブランドとは企業と顧客との
「交流の場」である
相手の顔が見えない、つまり不特定多数の顧客を相手にするとき、「人を媒介とする営業」対応はコスト面で許されない。そこで、次善策として「ブランド」を媒介として用いる。ブランドとは、たんに商品名というのではなく、企業と顧客との間に築き上げられた「交流の場」と、ここでは考えている。
図1に示すように、消費者は、ブランドに対して期待や夢を抱く。もちろん、時には不平や不満という形をとる場合もある。一方、企業は、「そのブランドにふさわしい技術や製品とは何か」を探し求める。つまり、「消費者の期待や夢を集める一方で、企業自身の方向づけを与える場」がブランドによってつくられる。見えない顧客を相手にするマーケターの課題はこれだ。
コカ・コーラもネスレも、ソニーもアップルも、P&Gも花王もロレアルも、フォルクスワーゲンもホンダも、世界に名だたる消費財メーカーは、マーケティング努力の大半をこの場をつくることに注力してきた。そして、それらの企業は、みずからを「ブランドの束」と見なしている。われわれが「ソニーという名前を聞いてどういう商品を思い出しますか」と問われて思い出すのは、ウォークマン、バイオ、プレステといったブランド名なのだ。以下の議論を先取りして言うと、ブランドづくりがないと、顔の見えない顧客相手のプロセス・マネジメントはできない。逆に言うと、成熟期に対応したマーケティングをやるためには、まずもってブランド構築が必要なのだ。
顔の見えない顧客相手のプロセス・マネジメントは、ブランドを場として行われる。企業のマーケティングの最大の課題は、その場に対してどれだけ投資をするかの判断を誤らないことだ。そのために、ポートフォリオの手法が用いられる。
製品ないしは事業ポートフォリオという手法は、読者の皆さんにはおなじみかもしれない(コラム参照)。企業を「ブランドの束」として経営する企業では、ポートフォリオはブランドを単位として行われる。たとえば、花王には、アタックやビオレなど40を超えるブランドがある。それぞれのブランドのパワーが測定され、それらのパワーは、自社の他のブランド、同一市場の他社ブランド、あるいは過去の自身のパワースコアと比較される(図2参照)。
たとえば、ブランド・パワーが劣っている、言い換えると「交流の場の魅力」が衰えていると、その回復のために資源が投下される。逆に、パワーが優位にあって揺るぎがないのであれば、投資は控えられる。つまり、そうしたパワーの比較を通じて、それぞれのブランドにどれだけ資源を投下するのかが決められる。
それぞれのブランドにどれだけ資源を投下するかだけでなく、どの局面に投資するのかもこのフレームから明らかになる。
- 製品ポートフォリオ
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社内に複数の製品を持っているとしよう。それらを、それぞれの、(1)市場成長の軸と、(2)市場シェアの軸とで評価する。成長性の高い市場にあってシェアが高い製品はスター製品。成長性は低いがシェアが高い製品は投資が少ない分、お金を稼いでくれる「金の成る木」。成長性は高いがシェアが低い製品は、利益を生まず投資だけが嵩む「問題児」。そして、成長性もシェアも低い製品はその存在すら意味のない「負け犬」、といった仕分けが行われる。この分析により、社内資源の製品(事業)間での配分が行われる。
ブランドのパワーは、いくつかの指標の総合値として算定される。消費者が、そのブランドの名前を聞いて思い出せるかどうか(再認率)は大事な指標だ。競合ブランドの中で一番に思い出してもらえるかどうか(再生率)も重要だ。それ以外にも、いろいろな指標がある。まとめて、図3に示した。これらの指標は、期を定めて消費者相手の質問表調査を通じて測定される。
受験偏差値は、国語、数学、英語、理科、社会の試験点数(指標)から計算された総合指数だが、ブランド・パワーも同じように図3の指標から計算される総合指数である。
そのブランド・パワー(偏差値)を用いてブランド・ポートフォリオ表が作られ、社内資源配分が行われる。だが、これらの指標は、たんにブランド・パワーを測定するための方法というにとどまらない。それらは、投資の戦略上の方向性をも指示する。
たとえば、ブランド・パワーが前期に比べて落ちているとしよう。その原因が、再認率や再生率の下落にあるのなら、再認率や再生率を改善すべくコミュニケーションに投資すべきだろう。使用満足度の下落にあるなら、品質の改良に力を注ぐ必要がある。情緒度に問題があるなら、ブランドを新鮮にするために何か技術開発上の工夫が必要になる。改善点がピンポイントでわかるのだ。
「ブランド・パワー」を用いる三つのメリット
ブランド・パワーの概念を用いることによって、第一に、ブランドという場の変化をいち早く捉えることができる。第二に、パワー低下現象の原因を見きわめることができる。そして第三に、原因の違いによって打つ手を選ぶことができる。この三つがカギである。
ブランド・パワーの概念がないとしよう。その場合、ブランドの変調はその売り上げの変調によって見つかる。そして、売り上げの変調の原因が探られる。いろいろの原因が挙がってくる。製品の機能や品質から始まって、パッケージやコミュニケーションの局面まで、ブランドの売り上げ変調の理由を考えだすと、候補はいっぱいある。その結果、「全面変更」という答えが出てきてしまう。
それに対して、ブランド・パワーの概念をもてば、問題の拠ってきたる原因をきちんと見きわめ、それに即して打つ手を選ぶことができる。ピンポイントでの対応が可能になる。
前回、「営業効率を上げる『市場プロセス・マネジメント』」と題して、「顔の見える顧客」を相手とした営業プロセス・マネジメントの話をした。今回は、「顔の見えない顧客」相手のプロセス・マネジメントの話をしてきた。
顔の見えない顧客、つまり不特定多数の消費者を相手にした事業において、プロセス・マネジメントを実施するには、ブランドという媒介・媒体を使うしかない。ブランドという消費者との「交流の場」をつくる。そして、その場が、時間とともにあるいは競合相手と比べて、強化されているのか弱っていっているのかを見きわめること、これがプロセス・マネジメントのカギだ。
体調を測るために、体重や血圧という尺度が用いられる。それらの変化は、体調変化のバロメーターである。それと同じように、ブランドの場の健康を記述するのに認知度や理解度といった少数の要素が用いられる。それの最大のメリットは、それによって改善すべき点がピンポイントで明らかにされる点にある。
(1)消費者と長期にわたる「交流の場」となるブランドを構築すること、(2)ブランドの健康診断を行うこと、そして(3)悪いところがあればそこだけをピンポイントで改良していくこと、こうしないことには、成熟期に必要な効率的なマーケティングが行えない。プロセス・マネジメントの効能はここにある。











