人に教えたくない店 [377]

料理の面倒な作業の中にも
仕事の迷いを解く鍵が見つかります

大崎善生さん

 
 
大崎善生 = 談
Yoshio Osaki
おおさき・よしお●
1957年、北海道札幌市生まれ。日本将棋連盟「将棋マガジン」編集部を経て、91年から「将棋世界」編集長をつとめる。2000年にノンフィクション『聖の青春』で第13回新潮学芸賞を受賞。01年2月、作家活動に入る。続く『将棋の子』で第23回講談社ノンフィクション賞、02年に初めての小説『パイロットフィッシュ』で第23回吉川英治文学新人賞を受賞。他の著書に『アジアンタムブルー』『九月の四分の一』『ドナウよ、静かに流れよ』『ロックンロール』など多数。
須藤靖貴 = 構成・文川井 聡 = 撮影
 
 

 

 小説を書くことと料理とは一体です。切り離せるものではありません。

 料理好きで、毎日、スーパーマーケットに出かけます。自宅に篭もる仕事ですから、気分転換という面もあります。しかし料理は単なる気晴らしではない。下拵えなど、面倒臭いと思うようなことから、教わることも多いんです。

 肉の薫製をよく作ります。ベーコンなんて一週間がかりです。塩漬けした豚のバラ肉の塊を、冷蔵庫でじっと観察する感じです。ちょっとずつ血が溜まってくるので、小まめに拭って洗ってと。そうやっていると、肉がいい色に熟成してくる。豚肉を冷蔵庫で飼育している気分ですね。最後は1日かけて塩抜き。それができてから、初めてスモーク缶を使って薫製にします。

 スモークするときには8時間ほど付きっきりなんですが、この時間が楽しい。ビールを飲んだり、本を読んだり。燻し上がったものを、切って食べる。さらに風にさらして乾燥させる工程が残っていますが、ここまで手をかけると、美味しくなるんだということがわかります。

 ときおり、なんのために小説を書いているのか、あやふやになるときがあります。書きたいことはあるんだけれど、芸術性とかエンターテインメント性とか、小説にはいろいろな要素がありすぎて、ふっと自問自答することがある。

 自作に、文章を研く方法を問われ、「鍋を磨くようにするんだ」と答えるシーンが出てきます。丹念に粘り強く鍋を磨く。灰汁取りの煩雑さや、隠し味の妙味など、料理には人間の思いが含まれている。そんなことが、台所に立って料理をしていると、シンプルに納得できたりするんですね。

 外に食べに出るときも、書き上がったご褒美という意味合いでもないし、英気を養うものでもない。こちらも一体。常にいいものを書きたい思いと同じで、なるべくなら美味しいものを食べたいと思います。

 紹介する2店は、自宅近くでよく行きます。美味しいのは当たり前として、どちらも志が高い。出てくる料理を見れば、それがわかります。手間暇がかかっているんだろうなと。しかも安い。リーズナブルです。

「晴レ」では、調理の様子が見えるので、私はいつもカウンターに座ります。小田さんの所作を盗み見るわけです。醤油、酢、味噌のラベルの銘柄を覚えておいて、探し求めて、自宅の料理で使ってみます。

「魚吟」は寿司屋ふうの居酒屋。二人の共同経営で、一人が寿司職人、もう一人が揚げ物などの料理を作る。コンビネーションが抜群です。

 私はお酒が好きですが、飲んでも机に向かいます。酔っ払っていても、素面のときと同じように書けることが大事だと思いますね。

さかなや 晴レ 居酒屋
さかなや晴レ

酒好き店主による
酒飲みのための
西荻窪の隠れ家

●店主・小田哲治氏が大の酒好き。日本酒も焼酎も通が唸るラインアップだ。評判の肴も酒飲みの発想で作る。学生時代は筋肉隆々のレガッタ選手で、「よく飲みよく食べた経験が生かせる」。折り目正しいサービスが心地よい。
●東京都杉並区西荻北3-4-8 西荻ビル2F
TEL.03-3301-7001
営業時間/18:00〜翌1:00(LO24:00) 日曜休 日本酒は常温や燗を大事にし、生酒も燗で美味しく飲ませてくれる。


  1. 「豚バラの味噌漬焼」(800円)。これがあれば酒2合は飲める。焼酎によく合う。下茹でした豚バラ肉を、ブレンドした味噌に3日間漬け込み、香ばしく焼き上げる。箸で軽く切れる柔らかさ、塩加減が絶妙で、酒飲みの急所をつく。
  2. 「大根のあら煮」(500円)は人気上位の肴。金目鯛(魚は仕入れによって変わる)のいい出汁が大根によく染みている。
  3. 刺し身がまたうまい。「盛り合わせ」(2000円〜)は手前中央からミル貝、時計回りに金目、イサキ、アジ。新鮮さ、イキの良さには自信あり。
  4. 「玉子ごはん」(400円)は人気の小品、飲み助がシメに頼む。地鶏の玉子、まぐろぶし、揚げじゃこを特製タレにつけてごはんに混ぜ込む。おにぎりと茶漬けの中間の、ゆるめの優しい食感が受け、これで一杯飲む常連も多い。

寿司
魚吟 うおぎん



「美味しい料理、お酒を良心的価格で」がモットー

●店主の松下清二氏、斉藤竹見氏は修業時代に知り合い、将来店を共同経営することを約束、それぞれに精進した。それがこの店。「美味しい料理、お酒を良心的価格で」がモットーだ。
●東京都武蔵野市吉祥寺南町2-8-8 M288ビル2F
TEL.0422-72-0363
営業時間/11:30〜14:00、17:00〜23:00(LO) 月曜休 ランチのにぎり1050円、特上にぎり2100円、ちらし840円。夜の酒肴もリーズナブル。


魚吟
  1. 「江戸前かさごの素揚げ」(600円)。丁寧に二度揚げしてあり、骨までサクッと美味しい。
  2. 旬の魚を供する「刺身盛り」(1500円〜)。上から時計回りに、大トロ、北海しまえび、石鯛、大みぞ貝。珍しいネタを入れてくれる。
  3. にぎり寿司は1カンの値段を明記。写真手前から中トロ(300円)、甘鯛(300円)、小はだ(300円)、いくら(300円)、うに(400円)。セットは特上にぎりが2500円。「魚吟特製太巻」(1200円)など。季節の魚の焼き物も充実。添えられる無農薬野菜は農家を営む松下氏の父親から直送される。うまい肴で一杯飲んで寿司をつまんで、一人平均価格5000円。店内には10年前に亡くなった主人増田豊澄氏の写真が。やんちゃなお人柄の好人物だったという。
 
 
PRESIDENT 2007年12.3号
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