職場の心理学 [182]

「考える部下」をつくる質問のコツ

 
 
コーチングを受けることで部下を導く自信をつけた女性部長と、
プレーイングマネジャーから、究極のゼネラリストに変身した製薬会社社長を紹介する。
一人ひとりが考えて動ける組織をつくるために、コーチングをどう活かせばよいだろうか。
 
 
ノンフィクションライター・翻訳家
野崎稚恵 = 文
text by Chie Nozaki
のざき・ちえ●
1967年、新潟県生まれ。青山学院大学英米文学科卒業。証券会社のディーラー、トレーダー、雑誌編集者を経てフリーに。レイ・クロック自伝『成功はゴミ箱の中に』が初の翻訳書となる。
高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashi
 
 

孤軍奮闘の女性部長が
「伴走型リーダー」に

 日産自動車の原田利恵子氏は、1980年の入社以来、一貫して企画畑を歩んできた。オーストラリア市場を担当し、ピックアップトラックのシェアを広げるなど能力が認められ、2004年、企画部門から一転、国内営業部門の店舗運営支援部の部長となった。

 ところがここで原田氏は大きな壁にぶち当たった。一挙に50名の部下を持つことになったが、多岐にわたる業務内容を理解し、遂行するのに精いっぱいで、トイレに立つ時間もとれない。常に社内を走って次のアポイントへと向かうような状態だった。組織を率いていくべき立場にありながら、それが実行できず、部下から「部長が物事を決めてくれない」「部長と打ち合わせしたくてもスケジュールがとれない」というような不満が噴出してしまったのである。

 問題は山積みで、何から手をつけていいかわからない。思い悩んで社内のキャリアコーチに相談したところ、コーチ・エィの齋藤淳子シニアエグゼクティブコーチを紹介された。

 創造的な人材を求める企業において、近年取り入れられている手法が「コーチング」である。人がどのような動機をもとに行動を起こすかに注目し、その人の本質的価値を徹底的に洗い出したうえで、目標に向けての行動を促していく双方向のコミュニケーション・プロセスだ。師と徒の関係にあるティーチングと異なり、コーチと主体者(クライアント)は主従関係になく、答えは主体者が自らの力で導き出し、コーチはそれを応援する立場にある。たとえるなら、ランナーと伴走者といったようなイメージだ。

 コーチングの流れは、基本的に次の五つのステップからなる。

(1)現状の明確化

(2)望ましい状態の明確化

(3)現状と望ましい状態のギャップを引き起こしている理由と背景の発見

(4)行動計画の立案

(5)フォローと振り返り

 原田氏も、現状の確認を行うことからコーチングが始まった。コーチの齋藤氏は言う。

「はじめて会ったときの原田さんは、孤軍奮闘状態でした。自分で計画を練ったり、ときには資料を自分で作ったり、会議でもアイデアを提案したりと、ひとりで何もかも抱え込んで立ち往生しているように見えました」

 コーチングの考え方の根底には、「人は誰でも、課題解決のための答えとなる資源をもともと備えている」というものがある。資源とはその人の本質的価値を指し、人が成長し、大きな力を発揮する源泉となる。

「セッションを通じて原田さんの重んじる価値は、『顧客視点』『現場』『リアリティ』にあること、そして未来の夢に牽引されて仕事を行っていくタイプであることがわかりました。それが、原田さんが課題を解決する力となるものです。『自分の現場は、いまはこの職場なのだ』『私の目標は、日産のブランド価値を高め、顧客に満足していただくことだ』『そのためには、チームで力を合わせて業務を遂行していかなければならない』という解を、コーチングの中で原田さんは導き出しました。これをふまえた具体的な行動として、まずメンバーと向き合う時間をとると原田さんは決めました。毎週月曜日の午前中を部員とのミーティングに充てることにしたのです」

 同時に、ビジョンやスキル、課題など、メンバー一人ひとりのデータベースを作り、これをもとにチームメンバーの育成戦略を立てた。自分自身のコミュニケーションスキルを上げる努力をしながら、チームと自分のビジョンメーキングを行っていった。

 原田氏は、当時を振り返りこう話す。

「国内営業の部長で50名も部下を抱えているなんていったら、交渉力も決断力も超一流の凄腕を想像してしまう。

 その像と自分とのギャップを一刻も早く埋めなくてはとあせっていました。それが、齋藤さんに、『原田さん、走るのをやめて、歩いて部下の方の顔を見ることから始めたらいかがですか?』と言われて肩の力がすっと抜けたのです。メンバーと向き合って、お互いを理解し合おう。偉い部長のイメージを徹底的に崩して、私にしかできない部長スタイルをつくっちゃえばいいと思えた。私にできない部分は、メンバーの力を借りていけばいいと考えられるようになりました」

それぞれが自分で考えて
動くことで会社は変わる

 コーチングは2年間続いた。最初の1年は月に4回、うち3回は電話でのコーチング(約40分)、残り1回は対面コーチング(約1時間)を行い、2年目は月2回、ほとんどが電話でのコーチング(約40分)となった。

 コーチの役割は「主体者の自発性を引き出すこと」にある。主体者の意欲を高め、持っている才能を目覚めさせる。主体者の視点を変え、リソースを探し、物事を具体化させ、問題を特定する。そのうえで、目標を設定し、自発的な行動へと移させるのである。

 齋藤氏は原田氏に、「今日は何を行いましたか?」「何がうまくいきましたか?」と、日々のことを細かく聞き、「うまくやっていますね」「原田さんがいるからこそできたことですね」と、心意気、着眼点をひたすら褒めた。原田氏がつまずいたのは、人に頼むとか、ものを聞いてみるといったほんの小さなことだったと齋藤氏は言う。

 本来の原田氏は褒められてパフォーマンスの上がる、明るいキャラクター。齋藤氏は、たとえひとつうまくいかなかったことがあっても、その問題にとらわれて元気を失ったりせず、先に進むよう、部下とどんどん会話をかわすようにと原田氏にメッセージを送り続けた。

「セッションの回数を経るうち、原田さんの口から部下の方たちのお名前が登場する頻度が増えていきました。『あの人たちは、こういう力を持っているから、こういうふうにしたらいい』というように。そして、いつしか彼女の主語が、IからWeに変わっていきました。『私たちはこう考えている』『私たちはこうしたい』と。自分の課題から、チームの課題へと変換できたことで、彼女のコーチングは成功すると確信しました」(齋藤氏)

 自分自身をじっくり見つめ、価値や強みを探る「自分の棚卸し」をしたことで、部下のリソースにも自然と目が行くようになり、みんなの強みが活かせるビジョンを考えることができるようになった。権限委譲もスムーズに行えるようになり、業務目標もクリアして、コーチングは終了した。

 原田氏は部下へのマネジメントに、自らが学んだコーチングスキルを活用したり、齋藤氏の言葉を思い出しながら日々仕事を進めているという。

「自分で導き出した目標に、人は真剣になれる。大きくジャンプする前に、いったん小さくしゃがむ、今の日産はそういう状態だと思います。日産には、『The power comes from inside』という言葉があるように、すべては一人ひとりでよくなる、つまり、それぞれが自分で考えて動くことで、それがひとつの大きな力になって会社が変わっていくと思うんです」

質問一発で社員をやる気にさせる
経営者になりたい

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「コーチングを受けて、仕事面だけではなく人生の軸ができた。複数の視点で物事を見る習慣がつき、バランスを大事にするようになった。常に自然体でいられるようになり、人に対しては以前よりずいぶん鷹揚になりました」

 こう語るのは、製薬会社フェリング・ファーマの西條一社長。『コーチング・マネジメント』という本を読んだことがきっかけで、西條氏は2004年の秋、コーチ・トゥエンティワンのCTP(コーチ・トレーニング・プログラム)説明会に参加した。社員の力を伸ばすうえで、コーチングスキルを学ぶことが有益ではないかと思ったからだ。

 そのセミナーで同社の安部昌伊コーチに出会い、安部氏の、人の話を聞く能力の高さと信頼の持てる人間性に触れ、その場でコーチを依頼、05年1月から、月3回、各40分の、電話でのコーチングが始まった。

「経営をするうえでも、自分の核となる本質を見つけることが第一だと思いました。気づいていない、自分の強み、弱み、価値は何なのか、安部コーチの力を借りて自分は何者かを徹底的に知りたくなったのです」(西條氏)

 セッションを通して、西條氏の価値は「永遠の自己開発」であることが判明した。一度社会に出てからMBA、医学博士号を取得し、向学心が強く、興味の対象をとことん追いかける西條氏は、自分が変わり続けていくことに至上の喜びを感じるタイプ。そこで、自分の価値を高めること、経営者としてリーダーシップの質を高めるという二点にテーマをおき、人生と仕事の両面での目標実現を図っていった。

 セッションを進めるうちに、西條氏の「永遠の自己開発」が、リーダーシップの場面で西條氏の内側に葛藤を生んでいるという事実が明らかになった。

「西條氏は持ち前の自己開発魂によって、各部門の専門スタッフと同レベルの知識を得ようとすることに力を割いていました。スタッフに任せきる、というよりも、ご自分の判断にこだわるところがあるように見えました。ところが、ある日のセッションで、部下を信頼し、権限を委譲したときにはじめて、リーダーとしての、大きな『絵』が見えることに気づかれました」(安部氏)

 あるとき、スタッフと話をしていて、西條氏の口から次のような言葉が自然と出てきたという。

「あなたを助けるために、会社は何ができますか?」

 スタッフにモチベーションを与え、潜在的な能力を顕在化させたいという西條氏の思いが、そのような質問に行き着いたのだと安部氏は考察する。

「その頃の西條さんは、スタッフのチームワークやモチベーション、生産性を高めるために自分は何ができるかということを一生懸命考えるようになっていました。それぞれの分野の専門家を束ね、力を引き出し、サポートしていく社長になられたと強く感じました」

 コーチングは、自己主張と感情表出という二つの軸をもとに、コミュニケーション・スタイルによって、人を四つのタイプに大別して考える。

(1)人も場も支配しようとするコントローラー

(2)人に影響を与えたいプロモーター

(3)人間関係をもっとも重視するサポーター

(4)分析と問題解決を重んじるアナライザー

 西條氏は本来、このうち2つの要素を持つコントローラー・プロモータータイプだ。もともと人を勇気づけたり、フィードバックする力はあったが、人の話をじっくり聞いたり、自分と違う価値観を重視するということは苦手だった。しかし、コーチングという軸を持ったことで、相手の自立性を尊重するリーダーへと、変化を遂げていった。

「自己開発魂が嵩じて、認定コーチの資格も取得しました。はじめは自分の考えた答えへ導きたくなったり、論理でスタッフを説き伏せそうになりました。しかし、徐々に自分の感情を距離を持って観察することができるようになるにつれ脇役に回って相手を本当に大事に考えられるようになった。そうすると、自分の価値観を押し付けることはなくなり、相手の価値観の中で、能力を伸ばしたいと考えるようになります。今では、コーチとしてのあり方が自分の経営者としての姿勢であると実感するようになりました。『質問一発で社員をやる気にさせる経営者になりたい』と思っています」(西條氏)

 コーチングは現在も続いている。安部氏は、自分を客観視するうえで欠かせない、コミュニケーションのパートナー、言ってみればもうひとりの自分のような存在だと西條氏は感じている。

「西條さんは、人の能力を引き出す、究極のゼネラリストになられたのだと思います」(安部氏)

 ふたりの好例が示すように、コーチングスキルを活用すれば、メンバーの潜在能力を引き出し、行動につなげるマネジメントが実現するだろう。

 
 
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