ビジネススクール流知的武装講座 [184]

「ものづくりインストラクター」は
日本の産業を救うか

 
 
自信がない20代、時間がない30代、余裕がない40代……。若手の教育は誰が担うべきか。
筆者は、「ものづくりインストラクター」がそれを解くカギだ、と主張する。
 
 
東京大学大学院経済学研究科教授
藤本隆宏 = 文
text by Takahiro Fujimoto
ふじもと・たかひろ●
1955年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了。現在、東京大学大学院経済学研究科教授兼ものづくり経営研究センター長、ハーバード大学ビジネススクール上級研究員。
著書に『生産システムの進化論』『日本のもの造り哲学』などがある。
 
 

「ひとづくりの好循環」を生む
ベテラン人材の活用

 前回、企業や経済の持続的な成長は、「開かれたものづくり現場」の発展と、そうした現場間の知識共有を伴うべきだと論じた。また、そうした現場間における知識交流の牽引役として期待されるのが、「ものづくりインストラクター」だとも主張した。今回は、この話をもう少し掘り下げてみよう。

 繰り返すが、広義の「ものづくり技術」とは、顧客へ向かう設計情報(付加価値)の良い流れをつくる技術であり、それは、現場も企業も産業も、製造業と非製造業の壁さえ乗り越えて共有される汎用的な知識体系だ。そうした知識が現場間を自在に行き交うことが、日本の産業競争力を支えるのである。

 そうした「開かれた現場」で知識の出入りを司るエージェントが、「ものづくりインストラクター」にほかならない。それは、他産業の現場でも「ものづくり技術」を教える能力を持つ、改善のプロである。このとき、「開かれた現場」がイノベーションの好循環を確立するためには、そうした人材を社内に一定数確保する必要がある。

 それでは、インストラクターの主たる供給源はどの世代か(図参照)。見渡したところ、いわゆる「製造中核人材」である30〜40代は、正規採用が絞られていたこともあり、限られた現有勢力による自社国内工場(正規・非正規従業員)、海外拠点、協力企業などの改善・指導で手いっぱいであり、多くはまさに「こき使われて過労状態」だ。さらに20代は、正規・非正規従業員ともに、訓練・教育の機会が不十分だったせいか、技能も自信も不足気味だと言われる。このため、彼らの面倒見で、上の世代はますます忙殺される。

 一方50代は、役職定年・定年退職を目前に控える。その後は、悠々自適、意気消沈、雇用延長、自立、完全引退など、様々である。むろん、人それぞれ人生いろいろでよいのだが、彼ら多くの「ものづくりベテラン」は、自身の現場における役割が次第に縮小していく様を、ある種の閉塞的な諦念をもって眺めているようだ。そして、そんな彼らを見る周囲も、「〇〇さんも年だね。最近元気がなくなった」と断じてしまう。しかし、それは実力の衰えではなく、むしろ、会社の方針である「定年」に対する「諦念」が自縄自縛的にもたらした、気力の衰えではなかろうか。

 要するに、20代は自信がない、30代は時間がない、40代は余裕がない、50代は元気がない。非正規従業員は技能が足りない。未就業者には希望がない。これでは、「ひとづくりの悪循環」に陥りかねない。

 これを好循環に変えようとすれば、その起点は、(失礼ながら)力はあるが若干暇にもなってきた50代、とりわけ50代後半だと筆者は考える。彼らこそ、現場も企業も産業も世代も超えて指導できる、インストラクターに変身してもらいたい。その上で、まずは、正規、非正規、就業、非就業にかかわらず、20代にものづくり知識を教えていただきたい。世代的にも、親が子に教える構図であり、案外相性が良いはずだ。

 また、30代、40代も、20代の面倒見という負担も減り、本来の仕事に集中できるようになろう。かくして、「ひとづくりの好循環」が動き始める。

 さらに、インストラクターになった彼らには、企業の壁を越え、地域の他産業でも指導をしてもらいたい。海外で指導するのもよい。いずれにせよ、60歳を過ぎたものづくり人材が、会社と一定の関係を保ちつつ、産業を超えて活動するならば、自社にとっても導入型イノベーションの機会が増えるのではなかろうか。

 こうしたインストラクターの養成に対して、企業の人事担当者は、「定年間近の人を教育しても採算がとれない」といった狭い了見を捨ててほしい。この話は一個人への投資と回収というレベルではなく、ひとづくりの好循環という全体像から考えるべきことなのだ。

 個人の人生という観点から見ても、「ものづくりインストラクター」というアイデアは悪くないだろうと筆者は思う。

 我々学者にしても、60代は、ハードな研究を続けるのはかなりしんどいかもしれないが、教育者としては、気力と経験がバランスしたピーク期の可能性がある。会社に献身してきた現場のベテランが、定年後も、会社と適当な距離を保ちつつ、「開かれた現場」に飄々と出入りし、ものづくり技術の教育者として会社や地域に貢献し続ける、という構図は、21世紀の「ものづくり日本」にとって望ましい姿だと、筆者は思う。毎日会社に拘束されることもなく、時間の余裕を楽しむ生活と、現場の臨時教師として自在に動きまわる生活の両立は、可能ではないか。しかも、そうした現場インストラクターの存在が、日本全体の継続的発展に多大な貢献を果たすことは間違いない。

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(画像クリックで拡大)
ものづくり現場人材ロードマップ
悪循環から脱する起点はシニア層か?

 たとえば、定年後に悠々自適の生活を求めて、沖縄に移り住む人が増えているが、その中にものづくりの達人がいて、彼に地元企業の経営者が指導を求めたそうである。「毎日が日曜日」に少々退屈していた彼は無償で指導したそうだが、会社の業績はたちまち好転し、喜んだ社長は謝礼を支払った。かくしてこの人は、追加収入も得ながら、趣味生活と教師生活を両立させているという。良い生活ではないか。

 考えてみれば、定年後が、雇用延長で引き続きこき使われるか、完全リタイアの二者択一である必要はない。そのどちらでもない、自分のリズムに合った生活を選択できるのも、60代、70代の特権であろう。趣味に生きるといっても、週七日釣りをして暮らせば、多くがいずれは飽きるだろう。週に3日は指導、4日は釣り、という生活をよしとするシニアもかなり多いのではないか。

産業を超えてつぶしが利く
「ものづくり技術」

 このように、会社経営の軸、経済や産業の軸、個人の人生の軸、これらが交錯するところに、「ものづくりインストラクター養成スクール」というアイデアが生まれた。それは、経験豊富な団塊の世代が定年で現場を去り、技能・知識が空洞化するという「2007年問題」に、大学として何ができるか、という問いに対する、一つの暫定的な答えである。

 筆者は、かつて企業で働いたこともあるが、ものづくり現場で密度の濃い修羅場を経験したわけではない。百戦錬磨の暗黙知も持ち合わせない。部外者の学者の立場から、20数年、多くの産業・多くの現場を観察し、体系的な形式知を抽出する努力をしてきただけである。

 しかし、今、産業を超えた「ものづくり技術」の共有が必要なのだとしたら、異なる現場のプロが持つ産業知を再解釈し、産業を超えて融合させるお手伝いはできるのではないか。むしろそれは、抽象化と形式知化を仕事とする学者に向いているのではないか。そう考え、05年、経産省の産学連携製造中核人材育成事業に応募し、東大「ものづくりインストラクター養成スクール」を開校した。

 はじめるにあたり、東大「ものづくり経営研究センター」のスタッフ・関係者が集まって、市場調査を行った。その結果、自社の技能伝承、増加する派遣・期間工に対する現場指導、海外拠点の現場指導、取引先のサプライヤーの依頼による現場指導、他業種の依頼による現場指導など、こうしたインストラクターには様々な需要が存在することがわかった。また、「溶接のプロ」「鋳造のプロ」といった、固有技術のみを売り物にするインストラクターの看板では、なかなか他企業・他産業から指導要請の声がかからないが、「私は作業改善、工程改善、品質改善などもできます」と言えば、地元の中小企業などからも声がかかるとわかった。すなわち、「ものづくり技術」のインストラクターは、産業を超えて「つぶしが利く」のである。

「ものづくりインストラクター」を
養成する取り組み

 一方、供給側を見ると、言うまでもなく団塊世代という絶対数の多い世代である。彼らが定年退職した後にインストラクター稼業に従事するなら、生きがいになりえるとともに、本人の年金の足しにもなる。彼らの多くは、退職時の給料の半分ももらえればハッピーだと言う。仮にそれを、半年で200万円程度と見積もれば、この額は、需要側の中小企業が、経営者の裁量範囲で動かせるという金額とほぼ一致する。つまり、「ものづくりインストラクター」は、需給マッチする商売として成立する可能性を十分に秘めている。

 こうして、日本では全国規模で、企業自身が大々的に、「ものづくりインストラクター育成」の社内スクールをつくり、また、国や地方自治体も、需給マッチなどでインストラクターを側面支援する仕組みをつくるべきだ、との確信を持つようになった。が、まずは我々自身が実証実験をすべきだと考えて、大学としてスクールを試行したのである。

 スクールには、2年間で約30人、平均57歳の「現場の達人」が、自動車、産業機械、家電・電子、精密機械、化学、食品など、業種を超えて集まった。いずれも、生産現場・開発現場数十年のベテランであるが、当初の予想に反し、我々の抽象的なものづくり技術の体系を積極的に学習し、我々の準備したカリキュラムについてきてくれた。筆者も、基礎講義50時間、スライド1000枚の座学で応じ、東京大学の教員や現場のベテラン出身者である特任研究員一同も、様々な特別講義を担当した。

 ついには、受講者は業種横断的なチームを組み、異業種における改善実習を成功させて、大いに自信をつけ、インストラクターの修了証をもって卒業した。その後も彼らの産業横断のネットワークづくりは盛んで、頻繁に研修会・見学会(当然飲み会)をもち、プロ同士の付き合いが続いている。

 ものづくりインストラクター養成スクールは、地味で小規模な取り組みながら、筆者も予想しなかった化学反応を起こし、実証実験として確実に成果を出したと、多少の自負を持っている。そのカリキュラム等については、次回、やや具体的に説明することにしよう。

 
 
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