職場の心理学 [180]
M&Aを成功させる「ミニ新社」のつくり方
しかし、統合によるシナジーを出せているケースは3割に満たないという。
多くのM&A案件を組織人事の側面から支えてきた専門家が
シナジー創出の秘訣を語る。
コストカットと業績
二つの統合シナジーを
両立させるには
今やM&Aがビジネスの現場で日常的に語られるようになった。新聞やテレビは毎日のようにM&A関連のニュースを報じている。M&Aが経営ツールの一つとして当たり前のように行われているため、もはやM&A自体よりも、統合後にシナジーを創出できているか否かが注視される時代になった。
その意味では、シナジー創出に対するマーケットの期待値と判断軸が昔に比べて格段に厳しくなったといってよい。過去には10年、20年という長いスパンで組織・人事統合を果たした合併例もあるが、近年のマーケットがそれを許すはずもない。統合後の早い時期に明確なシナジーを出せないと、経営陣は社内外から厳しい批判を浴びてしまう。
一方、統合の過程で怖いのは、「重要な人材」が次々と去っていくことだ。彼らがどういう状況で辞めるかというと、統合によるシナジーが感じられず、報われず、将来像が描けないと感じたときが多い。組織内の上下のバランスと意思疎通が悪く、意思決定の遅れから一体感が生まれず、期待された成果が出ないという状況である。「うちはコストカットばかりで社員の気持ちを考えない。これでは新製品が出せるわけがない。経営陣はわかってない!」──優秀な人ほど問題点を的確に見抜き、それを放置する上司や経営陣に対する怒りから会社を辞めていく。
特に同じような規模と業績の企業同士の統合は難しい。上から下まで「ウチのやり方が効率的で正しい」と互いに主張し、相手を怒らせ、壁や不信感を増大させてしまうからだ。
従ってシナジーを創出する道筋を早く見つけることが重要になる。「シナジー」の定義は、個別案件の事情によって異なるが、大きく分けて、「アップサイドシナジー」(マーケットシェアの向上、新製品の開発、クロスセル等による売上高の増加)と「コストシナジー」(コスト構造の変革による費用の減少)の2種類に分類されよう。その両方を実現し、かつ維持し続けてこそのシナジーだが、実は、その両立は至難の業である。
コストシナジーの実現は、人件費や経費の削減等によって短期間で一定の改善目標を達成しやすい。ところが、アップサイドシナジーの実現は1年や2年で必ずしも実現できるものではない。その実現のためには、一定の期間が必要だ。そして、この二つを両立させるのは、洋の東西を問わず非常に難しい。決して日本企業だけの課題ではないのだ。
時折、コストシナジーの実現だけで、「統合効果が出た」と勘違いしてしまうケースがあるが、それは間違いだ。本当に必要なものは、アップサイドシナジーとコストシナジーの両立なのである。
例えば、人件費削減によって人が減るということは、一人当たりの生産性を高める必要があるということだ。統合によって業務量も増えている。必然的に社員の仕事の負荷は高くなる。それを乗り越えるには、残った社員のやる気を引き出し、人の力を解き放たねばならない。どちらの社員も互いに気持ちよく働いてもらい、最大のパフォーマンスを発揮できる環境を整えねばならない。ただ統合するだけではなく、人の交流が行われ、業務プロセスが変わることでシナジーは生まれてくるからだ。
こうした視点から考えると、まず大事なことは「なぜ統合するのか」についての意識統一だろう。これには三段階ある。
第一に、経営トップのCEO(最高経営責任者)二人の意識統一が必要。次いで、経営陣の意識のすり合わせを行う。それは単に仲よしになるということではない。経営環境に対する認識を一致させ、統合後もブレないことがポイントになる。
これを統合前にやらないと、統合の目的が従業員に浸透していかない。最後に、現場レベルの意識統一であろう。それでも、ビジネスに対する考え方も仕事のやり方も違う二つの企業が一緒になる以上、各段階での意識統一には、プレスリリース後、数カ月から1年以上かかることもある。この時間をいかに短縮し、シナジー実現のための戦闘体制に入れるかどうかということが重要なポイントになる。
各部門代表が集う
「ミニ新社」に成功がかかっている
この間にやるべきことは、企業文化や業務プロセスの統合に向けた具体的な道筋をまとめることだ。統合推進委員会を立ち上げ、製造や営業、人事、IT、財務などの小委員会を設けて両社の精鋭を集める。この小委員会の構成は、新会社の経営体制の擬似形、“ミニ新社”といってよい。小委員会は5人から最大でも15人で構成し、それを少なくて5つ、多くても10つくる必要がある。単純計算すると推進委員会のメンバーには最低25人から最大150人の人材が必要になる。
小委員会の活動で重要なことは、カルチャーインテグレーション(企業文化の統合)である。世の中には、100点満点の会社も0点の会社もない。お互いの強さを活かしてシナジーを出すには、仕組みがいる。それが企業文化の統合というプロセスなのだ。これは統合プロセスの中で一番難しい仕事だが、ここを乗り越えない限り、一緒に住んでいても口はきかないという“家庭内離婚”のような状態が続いてしまうだろう。
企業統合では、センシティブな状況が生まれ、人間の心理として普通に人が知り合う場面よりも緊張感がある。それだけに小委員会ではまず、初対面で名前と顔を一致させ、相手の考え方を理解し、趣味の話などで人柄を知るという、人間同士が知り合うプロセスをきちんと踏むことが大事になる。
カルチャーインテグレーションも、そこから始まる。一口に企業文化といっても、その内容は様々。そこで、ビジネスとしてどのような「結果」を出すために、どういう「行動」を皆がとっていて、それはなぜなのかという「動機」の3つの因子で考えると、企業文化のありようが、意味のあるかたちでよりはっきりと見えてくる。
例えば、売り上げを上げるためにとにかく飛び込み訪問をする企業なら、それが訪問件数で報償金が出る仕組みが長らく続いていることから動き回るカルチャーができているのかもしれないと考え、議論する。なぜその行動をしているのか、その行動をすることによってどんな結果が得られているのかを議論の基準にすべきなのである。
ビジネスは“結果を出してなんぼ”の世界である。結果には、よい結果もマイナスの結果もある。売り上げが上がらない、新製品が出ないという残念な結果につながる行動は何なのかを見極め、そのマイナスの連鎖を断ち切ることも必要だ。そうしないと、新会社でも同じことが起きてしまう。
その意味では、カルチャーインテグレーションでは、どちらかに合わせるのでも違いを埋めるのでもなく、いったん既存のカルチャーを捨て、新しいカルチャーをつくるという意識で考えることが大切だ。
企業文化や業務プロセスの問題は、どちらが正しくてどちらが間違っているかの議論をすると、終わらなくなる。それまでのやり方でともに成功体験を持っていることが多いからだ。
“M&A人事感応度”が高い企業は
シナジーを出している
統合後、シナジーを継続的に創出している会社に共通する特徴は、互いの「違い」に目を向けすぎるのではなく、「一緒に何ができるか」という意識で企業文化や業務プロセスの統合を考えていることである。結果と行動、動機の3つの因子で議論できれば、その過程でシナジーが出てくるプロセスも見えてくるはずだ。「選ぶ議論」でなく、「つくる議論」ができるからである。
シナジーを創出できていない会社は、このつくる議論をやらず、「違い」を埋める議論だけをしているケースが多い。
アップサイドのシナジーは、マーケット、つまり顧客との関係からしか出てこない。顧客との関係において付加価値が生まれ、シナジーが出てくる。シナジーを継続的に創出している会社では、そのことを理解し、外の視点で内部を見ている。これは経営者の仕事である。経営者が外の視点で統合を見ようと思わない限り、「つくる議論」は生まれない。
私どものクライアントである某社では、統合の準備段階から企業文化の違いを外の視点で認識しようと努めていた。新しく企業文化をつくるために、まずは顧客やマーケットとの関係をどう捉えているのか、お互いの企業文化を理解することに1年以上の時間をかけた。企業文化の違いを乗り越えて、新たに「つくる」ことができるかを統合判断の基準にしたのである。
具体的には、準備段階で実験的な事業提携をして一緒に仕事をしてみたり、人材の交流を行ったりして相互の理解を深めていった。結果、統合後もスムーズにノウハウの共有化を進めることができ、現在は新会社内で人材交流を活発に進めている。シナジー創出のポイントは外の視点で事前準備をし、新たな企業文化をつくるための処方箋を持ち、実行に移したことにあるといえるだろう。
このほかにも、シナジーを継続的に創出している素晴らしい統合事例にいくつも関わることができた。彼らの統合成功のポイントは、両社の経営トップが準備段階で完全に意思統一し、統合後も明確で強い意志を発信し続け、早い段階から人材交流を行ったことにある。早くから新しく「つくる」議論を進めていたのである。これは、経営トップがシナジー創出に向けて組織・人事の重要性を重視している企業の特徴である。
ここへきて、組織・人事の統合マネジメントを通したシナジー創出の重要性に気づいた“M&A人事感応度”の高い会社が増えている。M&Aを経験して経験知が高まった結果であり、歓迎すべき流れであろう。











