ビジネススクール流知的武装講座 [182]

プロも見誤った
「サブプライム問題」の教訓

 
 
米国国内の金融問題が、なぜ世界の株価や為替に影響を与えたのか。
筆者は二つの理由を挙げ、問題の本質を暴く──。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
小川英治 = 文
text by Eiji Ogawa
おがわ・えいじ●
1957年、北海道生まれ。一橋大学商学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得、商学博士。88年より同大学商学部勤務。ハーバード大学(86〜88年)、カリフォルニア大学バークレー校(92〜93年)でvisiting scholar。著書・訳書に『国際通貨システムの安定性』『金融経済入門』『金融リスク管理戦略』などがある。
 
 

問題の背景には
アメリカの抱える「三つ子の赤字」あり

 本誌の2006年4月17日号で筆者がアメリカの「三つ子の赤字」について執筆した際に、1980年代の「双子の赤字」に対して、現在は、財政赤字と家計部門赤字が経常収支赤字を引き起こしているので、「双子の赤字」に対して「三つ子の赤字」と呼ぶべきであろうと書いた。そして、アメリカ経済およびドルの不安定化要素として、経常収支赤字の背景にある財政赤字と家計部門赤字の両方を指摘した。

 この夏の新聞紙上を賑わせた「サブプライム問題」は後者の家計部門赤字に関係する。すなわち、アメリカではサブプライム・ローン(低所得者層などの信用力の低い個人向け住宅ローン)を利用した低所得者層も含めて、家計部門全体が多額の住宅ローンを行って、家計部門赤字を増加させると同時に、国際収支上では経常収支赤字が増加し、その裏側の資本収支黒字(外国からの借り入れ)が増加した。財政赤字とともに家計部門赤字が外国からの借り入れを増加させていたことが、今回、露呈した「サブプライム問題」のマクロ経済的背景となっている。

「サブプライム問題」は、アメリカにおけるサブプライム・ローンが、住宅市場の頭打ちから、ここにきて焦げ付きが増加していることに起因している。低所得者層向けの住宅ローンとして借り手の利子負担を小さくするために、借り入れを始めた最初の数年は低金利に設定され、ある年数が経ったところから返済の負担が高まるというものである。そして、多くの場合、地価や住宅価格の上昇から担保価値の増加を前提として、金利負担が増加する前に借り換えをして、新たな住宅ローンの下で低金利の軽い負担で返済することができると期待されていたのである。しかし、最近の住宅市場の頭打ちによって、地価や住宅価格の上昇を見込めず、むしろこれらの下落によって担保価値さえ減少している。そのため、サブプライム・ローンにとっての前提が崩れ、その返済に滞りが出てきて、不良債権化へとつながった。

 もしこの「サブプライム問題」がアメリカ国内だけで完結していれば、その問題はアメリカ国内の低所得者層向けの住宅ローンの焦げ付きとしてしか取り扱われない問題に終わったはずである。そうならなかったのは、第一に、サブプライム・ローンを証券化したことで、リスクがある程度は軽減化し、そして、それ以上にリスクが軽減したように見えたことである。

 そして第二に、アメリカ国内の貯蓄不足を背景として、金融のグローバル化の中、ヨーロッパの銀行をはじめとする金融機関やヘッジ・ファンドによる積極的なサブプライム・ローンに基づく証券化商品への投資が、「サブプライム問題」をアメリカ国内にとどまらず、ヨーロッパをはじめとする世界の金融機関を巻き込んだ問題に発展させてしまった。

「ポートフォリオ効果」は、
なぜ働かなかったのか

 そもそも信用力の低い個人向け住宅ローンであるサブプライム・ローンは、貸し倒れになるかもしれないという信用リスクが高い。その信用リスクの高いサブプライム・ローンを信用力の低い個人に提供したアメリカの住宅ローン会社は、リスク管理上、自己のバランスシートの資産サイドの中にサブプライム・ローンを高いリスクのまま抱え込まずに、投資しやすい資産担保証券という形に証券化し、他の金融機関やヘッジ・ファンドにそのサブプライム・ローンを担保とした証券を売却して、その負債サイドにも同じリスクを増やした。バランスシートの資産と負債に同じリスクを有すれば、これらのリスクはオフセットされる。このようにバランスシート上の資産と負債に同じリスクを抱えることによってリスクをヘッジ(回避)することをナチュラル・ヘッジングと呼ぶ。

 しかし、サブプライム・ローンの形で、まったく同じ高いリスクをそのまま他の金融機関に売却しようとしても、よほどリスク許容度が高い金融機関でないかぎりは、そのような高いリスク資産には投資をするはずもない。そこで、多くのサブプライム・ローンを集めれば、大数の法則を働かせることによって、貸し倒れの確率の振れを極力抑え安定化させることができる。そして、この信用リスクを安定化させたサブプライム・ローンの全体を証券として、ばら売りすれば、リスクの安定した資産担保証券となる。しかし、これでは、リスクの軽減にはならない。

 職業や地域など多様な個人に貸し出したサブプライム・ローンを集め、ポートフォリオ(分散)効果を働かせることによって、全体の信用リスクを軽減することができる。もし証券投資におけるポートフォリオ(分散)効果のように、収益率の相関係数がマイナス1のような分散投資、すなわち、収益率が常に反対に(一方がマイナスの収益率であるときに、他方がプラスの収益率であるというように)動いている複数の証券への投資が可能であれば、お互いの価格変動リスクを完全に相殺しあって、全体のリスクを限りなくゼロに近づけることが可能である。

 しかしながら、信用リスクの場合には、貸し倒れになるか、あるいは貸し倒れにならないか。すなわち一方が貸し倒れによってマイナスとなるときに、他方は貸し倒れにならず、高々貸出金利を確保するにすぎない。したがって、信用リスクに対するポートフォリオ(分散)効果は限定的である。さらに、アメリカで起こったようにアメリカの住宅市場全体が反転するといった、すべてのサブプライム・ローンに共通のリスクに対しては、ポートフォリオ(分散)効果はまったく働かない。

 それでは、このようにポートフォリオ(分散)効果によってリスク軽減を図ることのできない高い信用リスクを持ったサブプライム・ローンを担保とした証券を、どのようにして売りさばくことができたのであろうか。個々のサブプライム・ローンは前述した大数の法則やポートフォリオ(分散)効果を享受できない。そのため、リスクが高すぎて、個々のサブプライム・ローンそれ自体を売買する流通市場は成立しえない。しかし、大数の法則やポートフォリオ(分散)効果によってある程度は信用リスクが軽減した、サブプライム・ローンを担保とした証券は、流通市場での売買が可能となる。そして、価格が付くことになる。

 価格が付く証券は、たとえその証券そのものの信用リスクが高くても、それを補って十分なだけの価格上昇によるキャピタルゲイン(値上がり益)の期待があれば、トータルの予想収益率で見て、十分に魅力的な投資対象となる。とりわけ、住宅市場がブームとなり、サブプライム・ローンの担保となる土地や住宅の価格が上昇していたときには、信用リスクそのものも過小に評価されるとともに、キャピタルゲインの期待が旺盛だったのであろう。そのような期待が高まれば、サブプライム・ローンを担保とした証券はとても魅力的な投資対象であると、世界中の金融機関やヘッジ・ファンドの目には映ったのであろう。

 しかし、このことは、あくまでもこのように期待しているときに成立することである。キャピタルゲインを期待して購入が進めば、実際に値上がりしてキャピタルゲインが実現する。このような自己実現的期待の状況の中ではバブルが発生することになる。しかし、アメリカの住宅市場が反転すれば、同時に、このような期待も反転することになる。すなわち、バブルが破裂し、崩壊することになる。今回の「サブプライム問題」は、原資産が信用リスクの高いサブプライム・ローンであったとしても、バブルを前提として、それを担保とする証券がリスク軽減の期待を拠り所にして、円滑に売却され、資金調達されたところに問題の本質があったといえよう。

「円キャリー」と
為替相場動向の相関関係

 この「サブプライム問題」がアメリカ国内だけの問題ではなく、その影響がヨーロッパの金融機関やヘッジ・ファンドにも及んだことが明らかとなり、欧州中央銀行やアメリカ連邦準備制度理事会、そして日本銀行が市場安定化のために短期金融市場に資金供給を行った8月半ばに、円レートが対ドルと対ユーロで、さらには他のアジア通貨に対して急騰した。本誌07年6月18日号においてヘッジ・ファンドによる「円キャリー・トレード」によって、対ドルと対ユーロ、そして他のアジア通貨に対して円安が進んでいる可能性を指摘した。その延長線上で、今回の「サブプライム問題」によってヘッジ・ファンドが損失を蒙り、これまでの円キャリー・トレードが終息を迎えた結果として、8月の為替相場の動きになったとも推測することができる。

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 ただし、サブプライム・ローンを担保とした証券に投資して損失を蒙ったヘッジ・ファンドと「円キャリー・トレード」を行っていたヘッジ・ファンドとが同一のヘッジ・ファンドであるとは限らないので、両者は直接的な関係はないかもしれない。しかし、対ドルと対ユーロ、そして他のアジア通貨に対して少なくとも円高にならないという期待を前提として、名目的な金利差による収益を求めた円キャリー・トレードが続けられていたことを考えると、「サブプライム問題」を契機にドルとユーロが減価するという期待に反転したことが為替相場の動向に大きなインパクトを与えたのであろう。

 このように、「サブプライム問題」は、アメリカの低所得者層向けの住宅ローンの破綻という、一見すると国際金融問題には関わりを持たないと思われるアメリカの国内金融問題が、証券化という新しい金融技術の発展と金融のグローバル化の進展の中で、世界の金融機関に影響を与えるとともに、日欧米の中央銀行の金融政策運営に大きく影響を及ぼした。さらには、G3通貨(ドル、ユーロ、円)に対しても大きな攪乱要因となって、ボラタイルな変動を引き起こした。

「サブプライム問題」は、新しい金融技術を通じてショックが増幅し、同時に、金融のグローバル化の中でショックが世界中に伝播した典型的な例となった。

 
 
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