ビジネススクール流知的武装講座 [180]

企業の成長を支える「開かれたものづくり現場」

 
 
日本経済の持続的成長の決め手は、先端科学技術でもITでもない。
筆者は、現場発の「ものづくり技術」を産業を超えて普及させることが必要だと説く。
 
 
東京大学大学院経済学研究科教授
藤本隆宏 = 文
text by Takahiro Fujimoto
ふじもと・たかひろ●
1955年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了。現在、東京大学大学院経済学研究科教授兼ものづくり経営研究センター長、ハーバード大学ビジネススクール上級研究員。著書に『生産システムの進化論』『日本のもの造り哲学』などがある。
 
 

持続的成長論は
「ものづくり現場論」を必要とする

 前回、「開かれたものづくり」という考え方についてお話をした。ものづくりとは、顧客に向かう「設計情報の良い流れ」をつくることである。つまり、ものづくりの本質は「モノ」ではなく「設計」にある、との発想転換を行うわけだ。これによって、生産現場のみならず開発・購買・販売現場までも巻き込み、さらには製造業のみならず非製造業も包含する、「開かれたものづくり」という発想に至る。かくして「ものづくり」は、生産現場の匠の世界という枠を超えて、日本経済全体に関わるキーコンセプトの一つとなるのだ。

 これに関連して言うなら、「イノベーションによって生産性を向上させ、少子高齢化の中で経済成長を持続させよう」という、現政権が打ち出した将来シナリオに欠落していると筆者が痛感するのは、「現場論」すなわち、将来のものづくり現場に関するリアリティのある議論である。マクロ的視点を欠く現場論は狭いが、現場論を欠くマクロ成長論も脆い。

 例えば、日本経済が平均3%近い成長によって、世界における存在感を維持しようとするならば、非製造業を含む広範な「ものづくり現場」において、物的生産性をとりあえず2倍、3倍にする必要があろう。しかし、それはどうすれば可能になるのだろうか。そこには、どんなタイプのイノベーションが必要なのだろうか。

 ナノテクなど先端科学技術で世界をリードすることも、100年の計としては重要だが、それだけでは所期の経済成長目標の達成は覚束ない。仮に先端科学技術によって、日本に数兆円規模の産業が十数年で数個出現したとしても、今のGDP500兆円を2020年に700兆円以上にしようというような経済成長目標からすれば、インパクトが足りない。そうした先端技術の多くが固有技術であり、影響を与える産業の範囲に限りがあるからである。

 IT(先端情報技術)についても同様である。すでに本欄で指摘したように、ITの経済成果は、IT・組織能力・製品アーキテクチャの間の相性(フィット)に左右される。そこに不適合がある場合は、ITの経済成長効果は小さい、という西村清彦氏(前東京大学教授・日銀政策委員会審議委員)の議論が説得力を持つ。1990年代、分業適合型のデジタル情報技術は分業社会アメリカに成長をもたらしたが、長期雇用・多能工・チームワークに立脚する日本型の組織能力にはフィットせず、その経済成長にはあまり寄与しなかったのである。

 したがって、ITを成長に結び付けるには、(1)日本企業が分業型ITに合った分業型組織能力を構築してモジュラー型製品で勝負するか、(2)日本企業の統合型組織能力にフィットする統合型ITを日本が自ら構築して擦り合わせ型製品で勝負するか、要はフィットすることが必要である。

 つまり、先端科学技術のイノベーションも、ITイノベーションも、それ単独では、日本経済の持続的成長の決め手になりえない。とすれば、ほかに何が必要なのか。

 それは、「ものづくり技術」という汎用技術が、産業を超えて日本全体の現場に普及することによる、国全体の「ものづくり組織能力のかさ上げ」だと筆者は考える。こうした現場論的な基礎が、経済成長論を支える必要があるのだ。

「ものづくり技術」の産業を超えた
共有が現場成功のカギ

 以上の現場論において大切なポイントは、「固有生産技術」(例えば鋳造、機械加工、溶接、醸造、化学工学など)と、汎用技術である「ものづくり技術」の区別である。この二つは、産業の競争力を支える、いわば車の両輪であるが、両者を混同すべきではない。

 固有生産技術もむろん重要だ。しかし、そればかりにこだわれば、産業間の知識共有が阻害され、また「ハイテクに邁進すれば日本は勝てる」といった幻想につながる。先端固有生産技術だけでは日本企業は海外に負けかねないという現実は、過去十数年の歴史の教訓ではなかったか。

 一方、「ものづくり技術」とは、様々な固有技術をつなぎ、「顧客へ向かう設計情報の流れ」をつくる知識であり、それ自体は、産業横断的に適用可能な汎用技術である。この考え方は、現在、内閣府で進行中の「ものづくり技術」検討プロジェクトチームで形成された一つのコンセンサスでもある。

 従来、「ものづくり技術」は定義が曖昧であったため、国の科学技術予算編成の過程で「その他の固有生産技術群」と読み替えられ、何でもありの草刈り場と化す懸念があった。これに対し筆者らは、「顧客への流れをつくる」「固有技術をつなぐ」「産業を超えて共有可能」といった、ものづくり技術本来の特性に言及しない限り、ものづくり技術と認定すべきでないと主張する。

 その点、ものづくりリーダー企業であるトヨタ自動車のスタンスは明快だ。同社では、以前から、「生産技術」(溶接・プレス・鋳造・加工など、生産技術部系の固有技術)と「製造技術」(トヨタ生産方式など、生産調査部・生産管理部系のものづくり技術)をはっきりと区別し、固有技術は時に厳しく秘匿するが、ものづくり技術は積極的に内外サプライヤーや異業種企業に対しても開示し、そのエッセンスを他社に伝えてきた。

 ここに、21世紀のものづくり現場のあるべき姿を示唆するヒントがある。それは、「開かれたものづくり現場」という発想である。「開かれたものづくり」は、「開かれた現場」を必要とするのだ。確かに、現場にはブラックボックス化(秘匿化)すべき固有技術もあるが、少なくとも「流れをつくる技術」は、企業を超え産業を超えて共有すべき汎用知識である。固有技術のロジックにひきずられ、現場全体をブラックボックス化し、外の世界との交流を嫌い、他に学ぶことにも他に教えることにも消極的になり、自らの固有技術に引きこもるような現場は、21世紀において成功をもたらさないと、筆者は確信する。

 昔も今も、ものづくり革新のヒントは、往々にして、他企業・他産業にあった。例えば、桑原哲也神戸大学教授や松井幹雄拓殖大学教授が指摘するように、トヨタ生産方式は綿織物など戦前の繊維産業のものづくり知識を一源流としている。キヤノンがソニーからセル生産方式を学んだこともよく知られる。アパレルのワールドは、シーズン一括発注や返品・未引き取り制が一般的なこの業界で、ユニークにも週単位のきめ細かい後補充生産を行っているが、その発想の原点はトヨタ自動車など日本の自動車企業にある。

 要するに、他産業から自在に学ぶ知的なオープンさを備えた企業は、他業界では当たり前の慣行(ルーチン)を自社に移植し、進化させ、新たな組織能力を構築する。同業他社はその潜在力に気がついていないので、当該ルーチンはこの企業にオンリーワン(独自)の組織能力をもたらす。こうした産業横断的な学習のできる企業とできない企業で、長期的には大きな競争力の差が出るのではないか。

 それだけではない。他産業にものづくり知識を積極的に教えることで、教えた企業も進化する。第一に、教えることで自らの知識が体系化し、自社の現場革新への応用可能性が高まる。第二に、教えることで相手企業を真剣勝負の場に引き出し、彼らの奥の手を知ることで、その一番良いところを学べる。

 確かに固有技術の場合には「教え損」ということもあろう。しかし、ものづくり技術の場合は、基本的に「教え上手が学び上手」である。結局、教えることで学び、プロセス・イノベーションも生産性向上も加速化する。この好循環を熟知しているのは、ほかならぬトヨタ自動車であろう。

 かくして、21世紀前半、日本の継続的成長を下から支えるのは「開かれたものづくり現場」だと筆者は考える(図の右側)。より正確に言うなら、それは、隠すべき固有技術はしっかり隠されるが、汎用的なものづくり知識は現場の境界線を越えて自在に行き来する、いわば「半開・半閉」のインターフェースを持つ現場である。

 これに対し、従来型の「閉じた現場」(図の左側)だけでは経済成長を下支えできないと筆者は懸念する。現状、多くの企業のものづくり現場は、実力はあるが閉鎖的すぎる。現役組を高い壁で囲っても、彼らが定年退職すれば同業他社に引き抜かれかねない。ものづくり革新も、中の知恵だけでは減速しかねない。

社内に「ものづくりインストラクター」の
学校を立ち上げよ

 それでは、教えて学ぶ好循環を持つ「開かれた現場」において、知識の出入りを司るエージェントは誰なのか。それは、筆者が「ものづくりインストラクター」と呼ぶ、他産業で教える能力を持った改善のプロである(図の)。開かれた現場では、こうした人材を一定数確保する必要がある。

 それでは、そうしたインストラクター人材の主たる供給源はどこか。筆者の見たところ、現場の中核人材(30〜40代)は目前の仕事で手一杯という感じだ。むしろ、50代の現場ベテラン層に目を向けたい。彼らの多くは、インストラクターになれる潜在力を持ちながら、その機会がないままやがて定年退職し、いつの間にか海外のライバル企業に見出され、そこで改善指導をすることになるかもしれない層である。

 そこで、放っておけば定年退職で縁が切れる彼らを、産業や企業を超えてものづくり現場の指導ができるインストラクターに育て、彼らに定年後も嘱託や委託の形で「半分中・半分外」の層に留まっていただく。彼らシニア軍団が、半透膜のような現場の境界を出入りし、外での改善指導経験を持ち帰り、中の現場に外の知恵を吹き込むエージェントとして活躍するならば、結果として「海外への意図せざる技術流出」も抑制できる。現場の知恵の循環が活性化し、ものづくり革新が活発化し、会社の生産性向上も加速する。そして彼らの知識移転により、非製造業を含む日本全体の生産性も上がっていく。

 そのために、企業が今やるべきことは何か。筆者は、それは社内に、ものづくりインストラクターを養成する「社内スクール」を、すぐにでも立ち上げることだと考える。すでにこれに気づいて動き始めた企業もある。具体的な中身については、次回お話ししよう。

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