ハーバード式 仕事の道具箱 [129]
辞めたくなる会社と留まりたい会社、何がちがうのか
離職率を業界平均の
3分の1に下げる法
あれこれ言われているが、
彼らを留まらせる要因にも目を向けてみるべきだ。
それらを強化することで、
定着率が高まるかもしれない。
今後、労働力人口が減少傾向にあるなかで、トップクラスの人材を維持することは、この先10年の企業の重要な競争要件である。組織、そして各マネジャーは、そうした人材を確保するためになにができるだろうか。
社員が辞める理由について考えるのではなく、留まる理由に注目しようと、ジョージタウン大学経営大学院の経営学助教授、ブルックス・C・ホルトムは言う。離職を誘発する施策と残留を促す施策を識別できない企業は、優秀な人材を引き留めておくために、効果のない方法をとってしまう危険性がある。たとえば、より高い報酬を得るために別の会社に移る社員がいるとしても、それは必ずしも、優秀な社員の引き留め策として、ただ報酬を上げればいいということにはならない。
ホルトムは同僚のテレンス・R・ミッチェル、トマス・W・リーとともに、10年以上にわたる調査に基づいて「職務定着(job embeddedness)」という概念を打ち出している。彼らの調査によれば、人は自分の職務に定着していればいるほど、その職を離れる可能性が低くなる。
社員はなぜ会社に留まるのか
ホルトム、ミッチェル、リーの3人は、銀行、ヘルスケア、小売りという、タイプの異なる3つの産業で調査を行った。そして、どの産業でも、職務定着は職務満足と組織コミットメントを合わせた指標よりも、社員の残留をうまく説明できることを発見した。
職務への定着には、次の3つの独立した側面がある。
(1)適合 自分は組織や周囲の地域社会に適合し、満足していると感じている。たとえば、雇用主と自分は同じ価値観を持っており、自分の知識やスキルは自分の職務の要求にマッチしていると思っている。また、会社が所在している地域社会への帰属意識を持っている。
(2)絆 組織内の他の人々や地域社会の人や集団と強力で好ましいつながりを持っている。
(3)犠牲 この組織やこの地域社会から離れることになれば、おもしろいプロジェクト、得るところの大きい職場の人間関係、職場の外での豊かで有意義な社会生活など、自分が価値を置いている多くのものを犠牲にしなければならないと感じている。
社員と組織・地域社会との適合性が高ければ高いほど、社員が組織・地域社会に対して感じている絆が強ければ強いほど、またそこから離れることで犠牲にするものが大きければ大きいほど、その社員は職務に「定着して」おり、離職可能性は低くなる。また、定着は人材維持を高めるだけでなくパフォーマンスにも好影響を及ぼす。
社員の定着を強化するには、包括的な社員取り込み策、配慮に富んだキャリア計画やキャリア開発、および仕事と私生活の両立を助ける施策が有効な方法だとホルトムは言う。具体的には、次のような策を提案している。
【新規採用社員をどう迎えるか】
たとえば、新規採用者に新しい同僚と知り合い、共通の経験その他の共通点を見つけるチャンスをたくさん与えるだけで、その新人が組織に対する強い絆を築き始める助けになる。新規採用者に似通った経歴を持つメンターをつけることにも、同様の効果がある。
社員と組織の強い絆を築くもう一つの方法は、新規採用者が上司と個人的なつながりを築く手助けをすることだ。カジュアル・レストラン・チェーンの大手、アップルビーズ(カンザス州)の地区ディレクターたちは、人材定着化を高める広範なプログラムの一環として、新人マネジャーたちを「親睦ディナー」に招待している。この人材定着化プログラムを導入した最初の年に、アップルビーズは、ゼネラル・マネジャーのきわめて重要な入社1年目の離職率を、業界平均が19%のなかで8%に下げることに成功した。
また、企業はビザやグリーンカードを取得しようとする外国人社員に支援を与えたり、英語を母国語としない新規採用社員とその配偶者に英語講習を提供したりすることによって、地域社会への適合を高めることができる。ホルトムは、不動産紹介サービスを導入することで、看護師を獲得、維持することに成功した病院の例を挙げる。新たに採用された看護師には、信頼できる不動産仲介業者が紹介され、銀行から有利な条件で融資が受けられるよう融資保証が与えられた。さらに、看護師の5000ドルの契約ボーナスは近隣の地区で住宅を購入するための頭金に切り替えられた。病院は新規採用者一人につき5000ドルを負担しなければならなかったが、その額よりはるかに価値のある忠誠心を獲得した。
新規採用者の上司となるマネジャーは、その社員が新しい環境に慣れる手助けをすることを通じて、社員と地域社会の絆を築くことができる。ホルトムは、新規採用者の初出社の日に、最新の地域情報が載っているニュースレターをその社員の机の上に置いておいたマネジャーの例を挙げる。ニュースレターに添えられたメモには「来てもらえて嬉しく思っています。この界隈の出来事に関心があるかもしれないと思ったので」と書かれていたという。
【キャリア計画の手助けをする】
昇進させたり、社内のキャリア開発機会について部下に継続的かつ広範な情報を提供したりすることで、社員と組織の適合性を高めることができる。
こうした情報を提供することによって、マネジャーは「部下に希望を与える。この会社で自分の未来を築くことができるという希望を」と、ホルトムは説明する。社員に社内の上位の人々と話す機会を与えることも効果的だ。その会社で成功している人の実例を見せることで、「トップへの道」が存在することを確認させるわけだ。また、社員が社内のさまざまな部署の人々との連絡ネットワークを拡大する手助けをするのもよい。
社員が長期的なキャリア目標を見つける手助けをし、それらの目標に向かって前進するために必要な訓練や能力開発の機会を与えることも、社員と組織の適合性をさらに高める働きをする。たとえば、ウェグマンズ・フード・マーケッツ(ニューヨーク州)は新人研修に加えて職務別の研修も行っているが、ワイン醸造所やチーズメーカーを視察するためにイタリアやフランスに行く出張は、製品知識だけでなく会社に対するコミットメントも高めてくれる。こうした出張を含むウェグマンズのキャリア開発策は、業界平均の約3分の一という低い離職率につながっている。
【仕事と私生活の両立を支援】
柔軟な労働時間制度は、少なくとも3つの面で定着を強化する。企業が質の高い保育など、社員が必要とする資源を利用しやすくすれば、社員と組織の絆を強化するとともに、その会社から離れる際に払うことになる犠牲を大きくする。このような支援の案をいくつか挙げてみよう。
・現役社員および元社員のための子育てネットワークを支援する
・社内保育施設またはエクササイズ施設を設置する
・勤務スケジュールを作成する作業に社員を参加させる
ニューヨーク市に本社を置くデロイト・コンサルティングは、出張がコンサルタントとその家族に与える負担を緩和するために、コンサルタントが遠隔地に出張する際には、3泊4日を限度とし、5日目にはオフィスに出勤するという方針をとっている。そうすることで、どの週にも出張している夜(3泊)より自宅にいる夜(4泊)のほうが多くなる。ちなみに同社は業界で最も離職率の低い企業の一つである。
社員に地域の奉仕活動に貢献するよう促すのも賢明な策である、とホルトムは言う。なぜなら、それは企業と社員が重要な価値を共有していることを明白にし、また、その社員と地域社会との絆を強める結果をもたらすからだ。
優秀な社員の会社や地域社会との一体感を高め、彼らの会社や地域社会との絆を強め、会社を離れたら犠牲を払うことになると感じられるほどすばらしい全体的な労働経験を生み出すとき、企業はトップクラスの人材をしっかりと引き留めることができるのだ。
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