ビジネススクール流知的武装講座 [177]
米国流「マーケティング・マネジメント」の限界
マーケティングへの大規模な投資がある。
がしかし、流通市場が異なる日本において、
その手法を応用することは難しいのだ。
今回は、マーケティング・マネジメントが果たす役割を考える。それが、企業の中心に位置することを明らかにすると同時に、それだけではカバーできない問題・領域があることを示す。
マネジメントの核心は
「STP」と「4Pの統合管理」
マーケティング・コンセプトの核心は二つの概念である。その第一は、「作ったものを売るのではなく、売れるものを作る」という消費者志向の概念である。その考えは洗練されて、STPとして理解される。セグメンテーション(市場を細分した層に分ける)、ターゲティング(自社の標的となる市場層を選ぶ)、ポジショニング(市場での、競争者と差別化できる地位を確保する)の頭文字をとってそう呼ばれる。
市場は同質のニーズで構成されてはいない。性別、年齢、所得、住むところ、あるいはもっと複雑なライフスタイルによってニーズは異なる。メーカーは、それらニーズの違いに着目して市場を層に細分し、その中で自身が有利になりそうな市場層を選ぶ。そして、選んだ市場において、競合する他社商品と差別化すべく独自の市場ポジションをとる。こうした複雑な過程を経て、消費者志向の実現が図られる。
マーケティング・マネジメントのもう一つの核心は、マーケティングの4P(製品、価格、販売促進、流通チャネル)を組織的に統合管理するという概念にある。
製品は開発部門、価格は工場、販売促進は広告部門、そして流通チャネルは営業部門が、それぞれ個々に担当するというのでは、バラバラの活動になってしまう。たとえば、「こちらは1円、2円の勝負をしているのに、気取った広告しているんじゃないよ」という営業部門と、「せっかく高質なイメージをつくってきたのに、営業が値引きに走ってしまって、何にもならないよ」という広告部門の不満が出てくると大変だ。
ここに、いわばラグビーのスタンドオフのように、フォワードとバックスを統一した意思の下に束ねて全軍躍動させる役目が必要になる。その役目を果たすのが、ブランド・マネジャーである。ブランド・マネジャーは、むろん、ブランド・コンセプトに従って、STPを定め、矛盾のない4P編成を行う。その全体を図にすると、図表1のようになる。
日米における
マーケティングへの取り組みの違い
STPとマーケティング諸活動の統合管理の考えは、現代の先進的な企業の中に深く浸透している。とくにアメリカではそうだ。
アメリカのMBAのコア科目は、マーケティングとファイナンス。つまり、マーケティングはアメリカMBAを支えるもっとも重要なディシプリンの一つなのだ。そうなるのは、もちろん、アメリカの企業においてマーケティングの地位が高いからだ。
そう言われてアメリカ企業を見てみると、こんな像が見えてくる。
ROIを高めるべく、できるかぎり軽装備の経営を目指す。自社工場は持たない、人事や総務もできるかぎりアウトソーシングするという企業は多い。アメリカ企業にとって、これなしでは、企業たりえないという機能とは、まさにマーケティング(とファイナンス)だけなのだ。
ドラッカーが、50年も前に、「マーケティングのみが企業の成長を司る機能であり、企業のその他の機能はマーケティングを支える補助機能でしかない」と喝破したとおりの現実だ。P&G、コカ・コーラ、ナイキなど、世界で活躍するアメリカ企業を見てみるとそのことはよくわかる。彼らは、マーケティングに大きい資源を割り当て、マーケティング・リテラシーを上げることに注力している。
さて、STPと統合管理の概念は、マーケティング・マネジメントの中核となる概念・手法であるが、少し考えてみると、それらは一種、市場に向けての「計画」と「工程表」にすぎない。現実の消費者や取引相手との丁々発止の局面は、その中には含まれない。しかし、それで十分通じる。たとえば、日本からアメリカ市場に参入した食品メーカーの話だが……。
その会社は、MBAの熟練マーケターにマーケティングを任せている。そのマーケターは、担当商品について、STPを定め、それに合わせて4Pを編成する。製品ラインとして何種類の製品を準備するか、価格をいくらにし、広告費・販売促進費にいくら使って、小売店の店頭を確保するために販売代理店にいくら手数料を払って……、と予算を決めていく。
広告に資源を重点配分するか、チャネルに重点配分するかは、マーケターの判断次第。販売代理店と契約を結び、価格の何%かの手数料を支払いさえすれば、そこはそれに見合った店頭を確保し営業活動をしてくれる。より高い手数料を要求する代理店は、より広く店頭を確保できる。そう、まるで、マーケティングのゲームをやっているような感覚で、4Pの予算が決定され、実行案が生まれる。マーケターの仕事は、企業が持っている資源を、どの市場に配分するのか、4P間でどう配分するかを決定することなのだ。
では、日本ではどうか。
以前、消費財メーカーの営業組織のケースを紹介した(「競争優位の切り札『知識のダム』効果とは」2007年4月2日号)。日本でもっとも先進的な営業への取り組みをしているメーカーだが、概略を振り返っておこう。
そのメーカーは、マトリクス組織の営業体制をつくっている。相手組織の小売り本部と交渉する本部商談の営業と、エリアの小売店舗と交渉する店舗営業、このマトリクス組織だ。その二つの組織の間に、さらに独立した情報基地をつくり、情報・知識をストックする仕組みまでつくった。
そのメーカーは、流通過程における商品回転率の改善に注力する。商品回転率の改善は、商品の売り上げや利益の向上に結びつく。つまり、「売り上げや成果の中間ステップ」を見定めているわけだ(アウトプットのマネジメントではなく、プロセスのマネジメント)。
商品回転率の改善には、そのメーカーの工場や物流における努力も必要だが、チャネルの卸や小売りの連携・協力が欠かせない。そのため、卸や・小売りとの入念な打ち合わせが必要になる。商品回転率がもうひとつ改善しないチャネルについては、その問題点をチェックし、互いにメリットが生まれるような形で新しい取り組みを提案する。
こうした日本メーカーの手の込んだチャネルへの取り組みは、先のアメリカの例、販売代理店に手数料を払って小売り店頭を確保するという単純明快なやり方とは話が違っている。
どうして、こうした違いが生まれるのか。流通市場の状況が日米で違っているところに一つの原因がありそうだ。たとえば、図表2に示されるような違いが考えられる。
マネジメントの志向の違いは
なぜ生まれるのか
比較的標準化が可能なスーパーマーケットを考えてみよう。わが国の流通市場は、しかし、それほど標準化されていない。加えて、店舗は地域によって多様であったりする。同じ業態、同じ企業であっても、店舗規模に違いがあったり、オペレーションに違いがあったりする。
加えて、店頭では間断なく催事が行われる。春であれば、卒業式から入学式、こどもの日から母の日や父の日。間に挟まったゴールデンウイークには、旅行のための売り場がつくられる。その間にも、いろいろと旬の魚や野菜が入荷されて、春の息吹を感じさせる店頭づくりが試みられ、新しい料理の提案も行われたりする。
メーカーも、あの手この手で、自社商品の売り込みを図る。新しい棚割り提案やクロスマーチャンダイジング等という手法が次々に出てきて、ちょっと油断していると自社商品が隅っこに追いやられたり、棚から消えてしまったりする。
こうした変化の激しい店頭において、EDLP(エブリデー・ロープライス)は通用しそうもない。安いが、いつ行っても変化がないというのでは、日本の消費者には耐えられない。値段はもちろん大事だが、旬のモノが並んでいるかどうか、新しい提案があるかどうかがもっと大事なのだ。
EDLPが通用しないとなると、EDLPのバックグラウンドとなる大量仕入れによる低コスト化や、マージンの大きさで利益を稼ぐロジックは通用しない。それより、売れた分だけ仕入れる多頻度小ロットの仕入れ方式が採用される。流通業者もメーカーも、商品回転率で勝負する。一週間ごとにガラッと変わる売り場に対応するには、その方式しかない。
こうした店頭の違いを生むのは、日本の消費者の購買頻度の高さがあるだろう。これだけ近代的な小売り施設が発展してきてもなお、日本の主婦は毎日、買い物に行く。一週間、毎日スーパーマーケットに通っていると、店頭に何か変化が欲しくなる。しかし、アメリカのように週に一度の買い物で済ます主婦が相手だと、店頭の変化は一カ月に一度で十分だ。
多様で変化の激しい状況に対応して、緻密な営業活動が必要となる日本の流通市場。変化が少なく販売代理店任せにできるアメリカの流通市場。この違いが、メーカーにおいて、「計画立案のマネジメント」で済ませることが可能なケースと、「プロセスに入り込んだマネジメント」が必要なケース、という違いを生み出す。
この問題は、アメリカ発のマーケティング・マネジメントには限界があること、そしてプロセスに入り込んだマネジメントが重要であることを示唆するものだが、これについてはまた機会をあらためて論じたい。












